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公爵令嬢と元子爵令嬢1

お待たせいたしました。いよいよ対面です。

「そろそろ昼だな。向かいがてら説明しよう」


団長が席を立ち部屋を出て行く。私もその言に(うなず)いて部屋を後にした。




囚人は余程凶悪でなければ、王城北東の外れにある牢に入れられる。彼女もそうだ。

ただ、王城北東とは知っていても、道順まではわからない。そのためおとなしく団長の後ろをついて行く。

やがて軍本部を出たあたりで団長が私の隣に並び口を開いた。


「囚人の面会に先立ち、幾つか注意点がある。従えないようであれば引き返すので心して聞いてほしい」


団長の言葉に徐に、しかし力強く頷く。団長も私が肯くとわかっていたようですぐに説明を始めた。


「先ず、牢屋の中は結界が張られているため魔法が使えない。君の桁外れな力を以ってしても結界を破るのは不可能だ。下手な真似はしないように」


成程。そうやって簡単に脱獄できないようにしているのか。考えたものである。

とは言え、魔法を使う気など端からないし、脱獄の手助けをするつもりも更々ない。よって団長に諾と返事した。

すると団長が話の続きを口にする。


「令嬢に面会する際には私も同席する。勿論会話が聞こえないぎりぎりのところで待機するつもりだ。安心するといい。

 それと、君に少しでも怪しい素振りが見られたら迷わず斬る。それを念頭に置いておいてほしい。それから剣をこちらへ。私が預かる」


そう言うや否や団長の手がスッと私の前に差し出される。

何もそこまで……。そう思ったけれど、すぐにユリアーナ嬢の話が頭を過り、無理もないかと思い直して素直に従うことにした。

そうして腰に佩いていた剣をベルトから外し、団長の手に乗せる。少し心許ないが仕方がない。

一方団長は私の剣を手にして「随分な業物だな」と言って僅かに驚いた顔をしていた。



それから程なくして目的の場所へと到着する。

そこは一見、外からは窺えない奥まったところにあった。

牢獄らしく建物は石を積んだだけの無骨な造りだ。牢扉もさり気なく、ただ側を通っただけでは牢屋だと気付かないかもしれない。

扉の両脇にはそれぞれ見張りの騎士が立っていて、私たちが近づくと即座に敬礼する。それを団長が手で制した。


「今日は第三師団が担当だったか。囚人用の食事はもう来たか?」

「いえ、担当の者は団長たちの後ろにおります」


騎士の一人が私たちの後方に目を向けて言うので振り返って見てみれば、すぐそこに食事の載ったトレイを持つ一人の騎士がいた。

団長がその騎士の方を向く。


「その食事は囚人に持って行くものか?」

「はい、そうです」

「そうか、ご苦労だったな。今日は彼に当番を代わってもらうのでもう戻っていいぞ」

「えっ!?いいんですか団長」


代わる相手が団長ではなく私だったからか、食事当番の騎士が目を瞠りながら団長に尋ねた。


「ああ、私が許可した。問題ない」

「わかりました。ではこれを」


そう言って騎士が私にトレイを差し出す。それを受け取ると食事当番の騎士は戻って行った。


騎士が去った後、扉の方に向き直りつつ手元のトレイに視線を落とす。

食事は一人分、この牢屋は女性用。つまり中にいるのはユリアーナ嬢だけということになる。

団長は離れたところで待機してくれるようなので、これで心置きなく彼女と話ができそうだ。


「ではここを通らせてもらうぞ。今日の囚人の食事当番はルディだ」

「「はぁ……」」


見張りの二人はいつになく大胆な団長に驚き、生返事しかできなかったようである。

そのため難なく二人の間を通り、食事当番のために解錠されていた扉を開けて牢屋の中へと入って行った。




牢は地下に存する。中に入るとすぐに階段があり、一人通るのがやっとの幅を団長の後に続いて下りて行く。

一段下りる毎にカツーン、コツーンと、低音を含んだ乾いた音が鳴り響く。

体重なのか、大きさなのか、或いはその両方か。私と団長とでは靴音が違い、階段を下りる度に石壁に反響し、耳に心地よい旋律を奏でる。


辺りは暗く先が見え難いため、その旋律は暫く続くかと思われた。

だが予想に反して階段は短かく、それは早々に終わりを告げた。


「着いたぞ。このまま真っ直ぐ進んだ先の牢だ」


団長がこちらに振り返る。その表情はとても硬い。

ゆえに言葉を発するのが憚られ、無言のままこくりと頷いた。


「ルディ、先程の言葉忘れるなよ。何かあったらすぐに斬るからな」

「はい。団長ありがとうございます」

「何、礼には及ばんよ」


融通を利かせてくれた団長に礼を述べると、団長の脇を通り抜けて四つ程先の牢へと進む。

地下は照明魔道具の代わりに蝋燭の火が灯っていて、多少暗いものの難なく歩ける。

団長は階段を下りた辺りに立ったまま動く気配はなさそうだ。これなら安心して会話ができるだろう。


彼女がいる牢の前まで行くと足を止める。

牢には当然鉄格子が填められており、そこから中を覗けばユリアーナ嬢と思しきハニーブロンドの女性が、こちらに背を向けてベッドの端に腰かけていた。


「食事を持ってきました」


意を決して声をかけ、持っていたトレイを鉄格子の下の方にある小窓から牢の中に入れる。

すると私の声に反応した彼女が、緩慢な動きで頭を上げてこちらに振り返った。


その姿は以前のような美しいものではない。服は囚人用の薄い布でできたワンピースだし、肌はガサガサで、髪は艶もなくボサボサだ。

勿論化粧などしていないので、この女性が本当にユリアーナ嬢なのか些か疑問ではある。

ただ、愛らしい容貌は健在だ。彼女で間違いないだろう。


「もうそんな時間……え?」


ゆっくりと立ち上がり、一歩前に出たところでユリアーナ嬢がぴたりと止まった。

そのまま軽く目を開いて私を見る。


「あ、あなた誰?超絶美形じゃない!?あれ?でも待って、こんな人いたっけ?確かもっと別な……」


漸く動き出したと思ったら、こちらに詰め寄り興奮気味に捲し立ててきた。あまりにも早口過ぎて、最後の方はぶつぶつ言っているようにしか聞こえない。これには吃驚(びっくり)である。


「あ、あの、お食事冷めますよ?」

「え?ああ、うん。いただくね」


ユリアーナ嬢が床に置かれたトレイを取るとベッドまで戻り、先程とは逆側――こちらを向くように腰かけて食事を摂り始めた。

その様子を黙って見る。


彼女は以前とは違い、とても砕けた口調になっていた。

今の私の姿が年下の少年だからだろうか、とても親しげだ。


「なぁに?食べ終わったら食器は外に出しておくから心配しなくていいよ。それとも私に何かご用?あっ!もしかして私に惚れた?……なわけないか。あなたの方が私より何倍も美しいもんね。惚れる要素がどこにもないわ。それじゃどんなご用?私をここから出してくれるってわけじゃないんでしょう?」


私の視線に気付いた彼女がそう尋ねてきたので、頷いて肯定した。


「あなたに伺いたいことがあります」

「伺いたいこと?あなたとは初対面のはずだけど私から何を聞き出したいの?」


ユリアーナ嬢は食事の手を止め、心底不思議そうに首を傾げる。


「確かに対面するのは初めてですが、学院では何度かあなたの姿を拝見しておりました」

「え、そうなの?でもあなたみたいな超絶美形が学院にいたのなら噂になってもおかしくないと思うんだけど……」


そう言ってじっと私を見つめてくる彼女に、曖昧に微笑んで見せる。

すると彼女は眉間に皺をよせ、一つ小さなため息をついた。


「……まあいいわ。それより伺いたいことだっけ?それって『何故クリス様を手玉に取ったのか』てこと?それとも『良いところの子息を誑かした理由』かな?若しくは『何故クリス様の婚約者だったあの令嬢を陥れようとしたのか』とか?」

「……全てです」


驚いた。彼女は意外に頭が良いのかもしれない。

彼女が挙げた三つの事柄は、彼女と向き合った際に訊いておきたいことだった。それを彼女が言い当てたのだから話が早いというものである。

これならすぐに話が終わりそうだと彼女を見ると、彼女は何故か含みのある笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「そんなの取り調べで語ったことが全てよ。あなたも騎士なんでしょう?だったら聞いてるはずじゃない」


確かにその話は耳にしている。

ただそれは噂話程度のものなので、曖昧模糊な部分が多々あるのだ。

だからこそ彼女の口から真実が知りたい。そのためにここに来たのだ。


そんな私の思いなど知らない彼女は、先程とは違う屈託のない笑みを満面に湛えていた。

そして、まるで歌うかのように口を開く。


「今日はちょっと機嫌がいいの。美しい顔を拝ませてもらったからね。だから特別にもう一度話してあげる。

 まず最初に『良いところの子息を誑かした理由』からね。と言っても、ぶっちゃけ殿下との取っ掛かりが掴めるなら誰でも良かったんだよね。私の話術が通用するのか試してみたかったから、ガードが固くて殿下に近い人物にしただけよ。多少顔も選んだけどね。まさかあんなにころっと行くとは思わなかったな」


そう言ってからからと笑う彼女に悪びれている様子は微塵も窺えなかった。

それが不快でならない。少しくらいは申し訳ないと思ってもいいだろうに、これでは彼女の気まぐれで標的となった二人があんまりである。


一瞬眉を顰めそうになったのを堪え、気持ちゆっくりと瞬きをして彼女を見る。

彼女は実に楽しそうな表情で、メインディッシュの付け添えの野菜を口に運んでいた。

そして暫く咀嚼し、口の中の物を嚥下した後再び私の方を向く。


「それじゃ次ね。えっと『何故クリス様を手玉に取ったのか』でいいかな?」


彼女の問いに短く頷くと、彼女はリズムを取るように、持っていたフォークを軽く上下に振って話し始めた。


「簡単な話よ。私が王妃になりたかったの。だって王妃になれば贅沢できるんだもの、誰だってなりたいに決まってるでしょ?」


いや、決まっていないと思う。現に私は一度たりとも王妃になりたいなどと思ったことはないもの。


彼女の言葉にどうしても賛同することができず口を閉ざしていたら、それが気に食わなかったのか彼女が顔をしかめた。


「反応薄……ま、男の子にはわからないか。とにかく私はいい生活がしたかっただけなんだよね。見目のいい男たち侍らせて、煌びやかに着飾って贅を尽くしたかっただけ。

 それから『クリス様の婚約者だったあの令嬢を何故陥れようとしたのか』だけど、さっきも言ったように私は王妃になりたかったの。そのためにあの女が邪魔だった。黙って男の後ろを歩くような古風な女のくせして、言う時は言うもんだから扱いが難しいし、その上物事にも聡くてほんと困ったわぁ。だから厄介払いしようとしたのよ。失敗しちゃってこのざまだけどね」


そう言うなり彼女がフォークを持つ手の甲でこつんと頭を小突き、同時に片目を瞑りぺろりと舌を出す。


やはり彼女は愚かではあったが、馬鹿ではなかった。きちんと物事を考えられるだけの能力はあったのだ。

それなのに何故彼女は思い止まることが出来なかったのだろう。その疑問を彼女にぶつけてみる。


「そんなことをすれば、何ればれてこうなることくらいわかっていたでしょうに、何故行動に移してしまったのですか?」

「簡単よ。リスクよりもリターンを選んだ。それだけ」


私の問いに苦笑しながら答えるユリアーナ嬢は、学院で噂されていた人物像とは似ても似つかなかった。

それだけに、彼女が本心を述べているのか皆目見当がつかない。


確かに話の辻褄は合っているし、理由に不審な点もみられない。

でも、何かが違う気がした。

試しに、幾つか質問をしてみる。先程の話以外にも彼女に訊いてみたかったことだ。


「あなたは、クリストフォルフ殿下を慕っていたのですか?」


彼女の反応を窺う。僅かな変化も見逃さない。


「……何度も言ったと思うんだけど。私は王妃になりたかっただけよ。恋愛感情なんてないわ」

「もし、企みが成功していたら幸せになれたと思いますか?」

「ええ、勿論。だって輝かしい未来が手に入るのよ?手放しで喜ぶと思うわ」


私を真っ直ぐ見据えて不敵に笑う彼女。口調からも自信満々に言っているように聞こえる。


けれど――。


「嘘……ですね。あなたは顔面に笑みを貼り付けているけれど、心の底から笑っていない。あなたの本心はどこにあるのですか?」


その瞬間、彼女の目が零れ落ちるのではないかというくらいに目一杯見開かれた。

ブクマ、評価、誤字脱字報告をしてくださってありがとうございます。


「うなずく」という漢字ですが、二種類を使い分けています。感情など内面的な意味合いが強い場合は「肯く」、単なる動作としての意味合いが強い場合は「頷く」と表記しています。


それから「徐に」という言葉ですが、『ゆっくり落ち着いて行動するさま』というのが本来の意味でした。逆の意味で使っていたのでその部分を全部修正いたしました。

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