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――ああ、早く。一刻も早くお父様を止めなくては!


宿舎を出ると城には向かわず、足早に職人街に向かう。

目指すは雑貨屋……いや、便箋が手に入るならこの際どこでも良い。あとインクとペンも。

それでお父様に手紙を書くのだ。


手紙の内容は決まっている。『ユリアーナ嬢に対して極刑を求めるのはやめてほしい』それだけだ。


お父様が私を慮って下さったのはわかる。でも、私はそれを望んでいない。

それに子爵家が取り潰しになったことで、レーネ公爵家とハインミュラー子爵家との間にあった問題は方が付いた。

レーネ公爵家はちゃんと体面を保つことが出来たため、これ以上何も望む必要はないのだ。

それゆえお父様の要求は無意味なものであり、そればかりか敵に付け込まれやすい状況となっているのである。

尤も、お父様のことだから敵などあっという間に蹴散らしてしまうのでしょうけれども。




十五分程歩いたところで職人街に着く。

便箋が買えるお店を探せば存外早く見つかった。

そこで必要な物を購入するとその足でカフェに行き、個室を頼む。

これで誰にも見られずに手紙が書ける。懐が痛いのは……まあ、目を瞑ろう。


個室に通され席に着くや否や、急いで手紙を認め封筒に入れる。

先程買った蝋の芯に魔法で火をつけ、溶けた蝋を封筒の上に垂らす。そこにシーリングスタンプを押し当てて待つこと十数秒。封筒に小さな三日月が浮かんだ。

これなら差出人の名前がなくても私からだとわかるだろう。


手紙の発送も『手紙集配所』に頼めば、低リスクで公爵邸に届けてもらえる。

勿論有料ではあるものの、それで安心が買えるのなら安いものだ。

面倒な手続きは一切ないため、今から出しに行ったとしてもさして時間はかからないだろう。


早速カフェを出ると、王都に何か所かある集配所のうち最も近いところに向かった。


集配所に着き、受付で手紙を出す。

受付の担当者は宛先を詳しく見ないように徹底されているので、問題なく手紙を出すことができた。きっと明日の午前中にはお父様のもとに届くだろう。


手紙を出すと息つく暇もなくティーナを引き取り、急いで城に戻った。






王城入り口へと続く道をティーナに乗ったまま、入り口のすぐ手前まで進む。

入り口ではアプローチの階段を男性が下りているところだった。

その人を視界の端に捉えながら、ティーナの軌道を軍本部がある東へと逸らす。

その際念のため男性に会釈し、皆まで顔を上げずに伏し目のままその場をやり過ごした……つもりだった。


「見たことない顔だな。そっちに行くということは君が聖騎士団の英雄か?」


突如かけられた声にティーナを止めて振り返る。

短く刈り込んだくすみのある金茶の髪に、鋭い目つきの中年の男だ。顔には年相応に皺があり、体格は良く、どこか威圧感があった。


とりあえずティーナから降りようと、左の鐙にかけた足を少しずらす。すると、男が「そのままでよい」と私を制した。

そのため降りることはせず、ティーナをくるりと回転させ男と向き合う。


「私は英雄ではありませんが、聖騎士団のお世話にはなっております。

 初めまして。ルディと申します。こうしてあなた様にお会いできて光栄の限りです、スヴェンデラ侯爵閣下」

「ほう、若いのに私を知っているのかね?」


知っているも何も、殿下と同じくらい会いたくなかった人物である。いや、苦手意識がある分殿下以上に会いたくなかったかも。

その理由はまあ置いておくとして、とりあえずマルティナだとばれていないか、悟られない程度に注意深く動向を窺う。


「勿論です。近衛長という華々しい地位にいらしたと聞き及んでおります。騎士たちも、雲の上の存在である閣下に、是非一度ご指導を賜りたいと申しておりました」

「だが君はそう思っていないのであろう?我々との接触を拒むくらいだからな」


遣り難い相手だ。おだてに乗る素振りは微塵も窺えないし、逆に切り返してくる。

これだから上層部の人たち――特に目の前の人物に会いたくなかったのだ。

とは言え、ぼやいていても始まらない。とにかくここを乗り切らなくては。


「お気に障ったのでしたら申し訳ございません。何せ私は格式ばったことが苦手なものでして、他意はなかったのですが、気を張ることは避けたいと思ってしまったのです」

「確かに、我々に会うとなると気を引き締めねばならぬか。君の言いたいことはわかった、そういうことにしておこう」


(うわぁ、建前だってばれてる。もうやだ……)


緊張のためか先程から背中に異常な程の汗をかいていた。その汗がつつっと腰の方に流れ落ちていく。ああ、胃が痛い。


それでも笑顔を湛え「お心遣いに感謝いたします」と返せば、侯爵はそんな私を一瞥し「引き止めて悪かったな」と言ってその場を去って行ってくれた。


「はあ……。心臓に悪いわ」


侯爵の乗った馬車が城門に向かうのを見ながら、体の力を抜いて息をつく。

その際つい素が出てしまい、元の口調に戻ってしまった。

慌てて辺りを見回し誰かに聞かれていないか確認するも、それは杞憂だったようで、私の声が聞こえる範囲には誰の姿もなかった。


「あ、手が震えてるや。まいったなぁ」


違和感を覚えて見てみれば、手綱を持つ手が小刻みに震えていた。

まあ、無理もないか。


スヴェンデラ侯爵は油断のならない人物だ。二代前の近衛長という肩書と、その名にふさわしい剣の腕を持つ。

また、剣の腕前もさることながら頭も切れるため、彼の御仁と話す時はかなりの緊張を強いられるのである。


それゆえ、何の前触れもなく声をかけられた時はどうしようかと思った。幸いマルティナだと勘付かれることもなく、恩情をかけてもらって早々に立ち去ってもらえたけれど。

ああ、今思い出しても恐ろしい。早くこの場を立ち去ろう。

ティーナを一撫ですると震える手で手綱を握り直し、軍本部へと向かった。






「ただいま、リオン。会議お疲れ様。今お茶を淹れるね」

「ああ。お前もご苦労だったな」


副団長室に戻るとコートをコート掛けにかけて、お茶の用意をする。

もうすっかり落ち着いたようで手の震えはない。


朝の会議に出席していたリオンは既に戻って来ており、疲労困憊の顔で机に向かっていた。

どうやら会議は相当白熱したようである。こんな時は甘いものが一番だ。砂糖は多めに入れてあげよう。

ティーポットに茶葉とお湯を入れ、茶葉が開くのを待ちながらリオンに尋ねる。


「ねえ、リオン。団長は部屋に戻ってきてる?」

「団長なら一緒に戻ってきたから部屋にいるはずだ。用でもあるのか?」


リオンは書類をめくりながら私の問いに答える。


「うん。今から団長のところに行ってきてもいい?」

「それは構わないが、向こうで何かあったか?」


リオンの言葉に作業の手を止め顔を上げる。一方彼も手を止めてこちらを見ていた。

きっと彼の言葉に深い意味はないのだろう。けれど、まるで心を見透かされているようで、洗い浚い話してしまいそうになる。

とは言えこれは私の問題だ。彼に話すつもりは毛頭ない。

そのため軽く口角を上げて微笑むと、再び手元に視線を戻した。


「ううん。そうじゃないけどちょっと個人的に団長に話があって」


頃合いだろうお茶を、空気を含ませながらカップに注ぎ、最後にいつもより一匙多く砂糖を入れる。


「そうか。事情は知らんがあまり無理するなよ」

「ありがとう。お茶、ここに置いておくね。それじゃ行ってくる。暫く戻って来られないかもしれないから後はよろしくね」

「ああ」


応接用のテーブルにカップを置いて、リオンの返事を背に部屋を後にした。






団長の部屋は今居た部屋の隣だ。扉をノックし、返事とともに中に入る。

部屋の主はリオンと同じように書類に目を通していた。だがすぐに顔を上げてこちらを見る。


「ルディ、どうした?」

「団長にお願いがあります」

「君が頼み事とは珍しいな。何が望みだ?」


団長は書類を置くと私と向き合った。私も団長の顔をしっかりと見て話しを切り出す。


「とある囚人に会いたいのです」

「囚人に面会か?ならば普通に手続きすれば、余程のことがない限りその場で面会できるだろう?」


団長が何当たり前のことを言っているのだ、と言わんばかりの顔で答えたかと思うと、次の瞬間ニヤリと笑う。


(わかってて言ってるわね!)


少しイラッとしたものの、何とか感情を抑え込み、わざと大袈裟に肩を竦めて苦笑して見せる。


「それができれば苦労しませんよ」


今の私は、名前はおろか性別すらも偽っているのだ。『ルディ』の名で署名しても許可が下りるわけがない。かと言って身元を曝すわけにはもっといかない。

だから最後の手段として団長に願い出た。囚人の監視や取り調べ等は基本聖騎士団で行うからだ。

それに、彼女の手続きはほかより審査が厳しく、時間がかかる。

できれば今すぐにでも面会したいので、これが一番手っ取り早かったりするのだ。


「君が面会したいのは誰だ?」

「ハインミュラー子爵令嬢……あぁ、元子爵令嬢かな」


団長に問われて素直に答えると、途端に団長の表情が変わった。緊張?いや、警戒か。


「悪いが彼女に会わせることはできない」

「彼女が危険だからですか?」

「そうだ。誰かから聞いたか?彼女の担当になった者は、彼女に籠絡されて仕事どころじゃなくなる。だから今は女性騎士か既に配偶者がいる者に担当させている」


そう言えば騎士たちが言っていたな。『彼女は人誑し』だと。

でも――。


「彼女に恋情を抱くことは絶対にありません」


だって私、女性だもの……とはさすがに言えなかったけれど、団長から目を逸らさずきっぱりと否定した。


「それを信じろと?いや、信じたいのは山々だが、万が一君に異変が起こったら我々では手に負えない。そこを懸念している。何せ君は、魔法は最強だわ、剣の腕は師団長クラスかそれ以上だわ、頭が切れるわで規格外もいいところだ。それに規律を冒すわけにもいかないしな。悪いが今回は叶えてやれそうにない」

「女装してもだめですか?」

「そういう問題ではない」

「では、どうしたら彼女に会わせてもらえますか?どうしても彼女に会わなくてはならないんです。お願いします、団長」


頭を下げて必死に頼み込む。ここで引き下がったら一生後悔することになるだろう。

そんな私の頭上に、団長の抑揚のない声が降ってくる。


「君は『本名で申請をしたくない、理由は話さない、でも囚人に会わせろ』と言うが随分虫が良すぎるのではないか?」

「それは……」


言葉に詰まる。頭を上げて言い返そうとするも、言葉にならずただ口が動くだけ。

自分でも身勝手で我儘な願いだとわかっている。

それでも、今の私にはこれしか選択肢がなかったのだ。


「話はそれだけか?だったらもう終わりだ」


何も言い返せない私を団長が突き放しにかかる。

ここで団長との話を終えたら、もう彼女に会うことは叶わないだろう。

だから私は形振り構わず必死に懇願する。


「そこをなんとかお願いします!正規の手続きをしている間に彼女の刑が執行されてしまったら、僕は彼女を追いかけなくてはならなくなります!」


実際にそうなったらどうするかはわからない。でも、気持ちとしては、国外追放されるであろう彼女を追いかけるつもりだ。

その気持ちを込めてじっと団長を見つめる。団長も私の真意を探ろうと見つめ返す。






どのくらい経っただろうか。


長い沈黙の後、団長が少しだけ視線を逸らして「ふぅ」と一つ大きなため息をついた。その表情は些か困り気味である。


「君がいなくなったら、エリオットがまた……になるかもしれないしなぁ……」

「え?」


団長の言葉が途中聞き取れなかったので聞き返すと、団長は小さく頭を振った。


「いや、こっちの話だ。仕方がない。条件付きで良ければ特別に許可しよう」

「ありがとうございます!」

「但し、ちゃんと私の指示に従ってもらう」

「はい!」


条件など些細なことだ。だから団長の言葉に力強く頷いた。

次回はいよいよユリアーナとの対面です。

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