公爵令嬢と聖騎士団2
お待たせいたしました。
何も考えられない。
鈴を転がすような可愛らしい声は、知り合いの声に似ていると確かに思った。
ただ、はきはきとした口調に覚えがなかったため別人だと思っていたのだ。
それゆえ彼女の姿を見て、私の思考は完全に停止してしまったのである。
「……ア、アマリー?」
「え?……はっ!?え、うそ。なんでティ、むぐっ」
漸く紡ぎだした言葉は彼女の愛称だ。
一方、訝るように私を見ていた彼女は、唐突に目を見開いて吃驚した。そして困惑の表情を浮かべながら私の愛称を呼ぼうとする。
それに気付き、慌てて駆け寄ると彼女の口を右手で覆った。
「どうしてアマリーがここに?」
周りの様子をちらりと窺いつつ手を離すと、彼女にだけ聞こえるように小さな声で話をする。
すると察した彼女がこちらに顔を寄せてくれた。
「それはこちらの台詞です。私が聖騎士団所属になったことはご存知でしょう?」
「あ……そうだったわね、ごめんなさい」
いけない、いろいろあってすっかり忘れていたわ。
慌てて謝罪すると彼女が頭を振った。
「大丈夫です。それよりティナ様はどうしてこちらに?」
「私、今日からここにお世話になるのよ。ルディという名の少年の姿でね。
それでアマリーにお願いがあるの。上手く調子を合わせてもらえないかしら?」
「それは構いませんけど、何故少年の姿を?その切られてしまった髪と関係あるのですか?」
「ええ。私の話は知っているでしょう?」
僅かに眉を顰めてこくりと頷く彼女は、学院で何が起こったのか、その詳細を知っているようだった。ゆえにそこは省略して話す。
「冤罪に巻き込まれそうだったから、逃げるために髪を切って少年になったの。これなら私だってすぐに気付かないでしょう?
で、そこまでは良かったんだけど、婚約が白紙に戻ったというのにクリストフォルフ殿下が私を探しているのよ。だからあまり人に知られるわけにもいかなくて。エミィから何か聞いていない?」
私が尋ねると彼女は考え込むように顎に人指し指を添えて首を傾げた。
「エミィからですか?いいえ、何も。毎日朝食時に顔を合わせてますが何も言っていなかったです。あ、でもティナ様のことを心配してましたよ」
「同い年なんだから敬称をつける必要なんてないのに」
「私が一方的に尊敬しているのでいいんです」
彼女はそう言ってにこっと微笑んだ。
そうなのだ。アマリーは私とエミィ――エミーリエ・パウラ・ローエンシュタイン侯爵令嬢と同い年である。
更にエミーリエとアマリー――アマーリエ・ラウラ・ローエンシュタイン侯爵令嬢は姉妹の関係だ。それも年子ではなく、双子である。
だが、アマーリエは私を『ティナ様』と呼ぶ。
それは私たちがまだ小さい頃、二人が公爵邸に遊びに来た時の出来事に起因する。
二人が遊びに来た時、私はお母様から剣の指導を受けていた。そしてそれを見たアマーリエが、何故か私に一方的な憧れを抱いてしまったのである。
以降アマーリエは剣術を習い始めた。そして、反対する侯爵様たちを説得して、侯爵令嬢であるにもかかわらず強引に騎士養成学校に入ってしまったのだ。
私たちよりも一年早く学校に入学したアマーリエはみるみる才能を伸ばし、昨年男性顔負けの首席で学校を卒業して、そのまま聖騎士団に入ったのである。
その後、実力主義である聖騎士団の中でどんどん昇進していった彼女は、第一師団第三部隊の部隊長に抜擢されるまでに至った。
因みに、エミーリエとアマーリエは双子ということもあり、その容姿はある一点を除いてとてもよく似ている。
当然癖のない艶めくブルネットの髪も同じだ。エミーリエが髪を下ろしている一方で、アマーリエは一つに纏めている。
また、ガーネットの如く輝く瞳と、整った容貌も瓜二つだ。
全く同じ顔なので見分けるのが大変かと思いきや、姉であるエミーリエが悩ましい姿であるのに対して、妹のアマーリエは明るく元気な女の子といった感じの姿なので一目で見分けがつく。
「話はまとまったか?」
「わっ!?」
「きゃ!?」
顔を近づけてひそひそと話し合っていた私たちの頭上から突如リオンの声が降ってきて、私とアマーリエの肩が同時に跳ねた。
「リ、リリリ、リオン!びっくりするじゃないか!」
「お前たちがこそこそ話してるからだろうが。皆待ち草臥れてるぞ」
「あ、ごめん。今行く」
「リオン?」
アマーリエが不思議そうに私たちを見る。
そう言えば彼女は、私たちの間柄を知らないのだったか。
「あぁ、アマリーは知らないか。彼は冒険者ギルドで僕の相棒だったんだ。リオンというのはギルドの通り名だよ」
「成程、了解です」
「んで、お前たちの関係はどういったものなんだ?」
「幼馴染だよ」
「へぇ……幼馴染ねぇ」
リオンが本当かよ、と言わんばかりの顔でこちらを見る。嘘ではないのだけれど、今までいろいろとはぐらかし過ぎたかなぁ。
とにかく、ずっと入り口で立ち話をしているわけにもいかないので、一先ず団長のところに戻った。
すると一緒に移動していたアマーリエが、騎士たちの方には行かずに私の隣で立ち止まる。
どうしたのかと彼女を見ると、彼女はリオンの方を向いてギラリと目を光らせていた。
あ、これはまずい。
「副団長は先程の話、信じていないんですよね?」
「まあ、そうだな」
「でしたら私が特別にルディ様の……」
「そ、そうだ!リオン、ここにいるみんなを僕に紹介してもらえる?」
アマーリエが手を胸の前で組み、夢見る乙女よろしく語りだしたので、慌てて彼女の話を遮り、中途半端になっていた話の続きをリオンに促した。
「ああ、そうだったな。だが、いいのか?」
リオンがアマーリエをちらりと見て問う。
つられて私も見れば、彼女は既に自分の世界に入っていて、こちらの会話は聞こえていないようだった。でもこれはいつものことである。
「アマリーはこの手の話になると長くなるんだ。害はないから放っておいていいよ」
「そうか?ならいいんだが……ルディ、彼らは第一師団の騎士だ。困ったことがあれば助けてもらうといい」
「初めまして、ルディです。どうぞよろしくお願いいたします」
騎士たちの顔を端から端までぐるりと見回し、手短に自己紹介をして頭を下げる。すると歓迎の声とともに盛大な拍手が起こった。
どうやら挨拶はうまくいったようだ。あの厳しい王妃様から及第点をもらっていたので大丈夫だとは思っていたけれど。
そんなことを思っていたら、端の方で何かがすっと上がるのが見えたので、そちらに顔を向けた。
そこにいたのは一昨日イェル村で会ったあの二人組である。どうやら手を上げて挨拶してくれたらしい。
でも私は例の件をちゃんと覚えていますからね。
「あ、一昨日僕を口説いた人だ!」
「ブフッ!」
「おまっ!それわざとだろっ!わざと言ってるんだよな!?」
私の言葉にノアと名乗っていた騎士が堪えきれずに吹き出し、口元を押さえて顔を背ける。
一方フィン、だったか。彼はお行儀悪くも私を指差して顔を真っ赤にしていた。
私の言葉に周りが騒めく。
「だって本当のことじゃないか」
「フィンさん、いくら美人だからって男にまで手を出すとは……」
一人の騎士が驚愕の色を見せながらフィンに言う。周りの騎士もうんうん、と同意しているようだ。
ノアにいたってはまだ復活できておらず、震えながらも笑いを止めようと奮闘している。
「お前が女装なんかするからだろうが!あれで男だと気付く方がおかしいわ!」
「女装?ルディ様そんなことをしたんですか?」
いつの間にか向こうの世界から戻って来ていたアマーリエが、僅かに驚いた顔をして私に尋ねてきた。
「イェル村の一件で仕方なくだよ。リオンにやらされたんだ」
あの時のことを思い出し、不貞腐れた表情を浮かべて答える。
すると、アマーリエが「どんなお姿だったんですか?」と耳打ちしてきたので、正直に「月の妖精よ。完全バージョン」と彼女に倣い耳打ちで返した。
それを聞いたアマーリエが可哀想なものを見るようにフィンを見る。
「フィン、ご愁傷様。とっても儚げな美少女だったでしょう?」
「隊長わかってくれるのか!?」
「ええ。あれに敵う少女なんてこの世に存在しないわ。何故追求したのかと言わんばかりの、可憐な姿にそぐわない理想の我儘ボディ。世の男性たちが(ダンスに)挙って名乗りを上げる勢いだもの、仕方がないわ」
アマーリエが両手で私の体のラインを描く。そのラインの何と大袈裟なことか。
私はそんな大層な容姿ではない。特に胸なら彼女の姉であるエミーリエの方が素晴らしいではないか。
彼女の言葉を否定しようとして、彼女の方をしっかりと向いた、その時。
始終感じていた騎士たちの視線が、何となく異質になっていることに気付いた。
何事かと周りを見れば、ほかの騎士たちが皆ゴクリと喉を鳴らし、または息を呑み、期待を込めた眼差しでこちらを見ていたのである。
「な、なんですか?」
「ちょっとだけでも女装してもらえない?」
「ダメだ」
なんて勇気ある発言!でももっと良い場面で言ってもらいたかった。内容が内容で残念過ぎる。
断ろうと口を開いたら、私が言葉を発するよりも早くリオンが却下していた。何故かリオンの顔が少し青褪めている気がするのだけれど?
「どうしてですか副団長!副団長がさせたって今彼が言ってましたよ?」
「どうしてもこうしてもダメなものはダメだ。それと言い忘れていたがルディが前線に出ることはまずない。あくまで彼は騎士ではなく補佐官という役職だ。それだけは覚えといてくれ」
リオンは頑ななまでに騎士たちの懇願を拒絶していた。恐らく少し前に私が釘を刺したためだろう。
皆リオンには逆らえないようで、彼の言葉に文句を言いながら渋々肯いていた。
それにしても、何故皆そんなに私の女装(と言って良いものか)が見たいのだろうか。
私は女性なのであの姿になってもどうってことはない。
だが、心情的には良くてもここは王城だ。イェル村と違い、私を知る者は多い。
だからここでは正体がばれないように、おとなしくしておいた方が良いだろう。
そうそうイェル村と言えば、村で暴れていた賊たちは皆牢に繋がれたそうだ。
リオンが『これからじっくり取り調べするぞ!』て意気込んでいたっけ。やはり悪いことはできないわね。ちゃんと真面目に働かなくては。
「団長大変です!」
和やかな雰囲気にそぐわない、緊張を孕んだ声に意識を戻され、そちらに目を遣る。
そこにいたのは一人の騎士。確か一昨日、グランデダンジョンに続く道で見張りをしていた騎士の一人だ。
リオンに押し切られて泣きそうな顔をしていたけれど、処罰は受けなかったのだろうか。
隣のリオンにこっそりと尋ねれば、リオンが彼らの処遇について教えてくれた。
それによると、見張りの二人は口頭で注意されただけで、ほかに咎はなかったらしい。リオンのことがあるから素直に喜べないものの、ちょっとほっとした。
「どうした?」
「実は北でいざこざがあったらしくて……」
(北?それってクルネールのこと?)
北でいざこざと言えば、大抵はクルネールとその隣にあるガルイア帝国の小競り合いのことを指す。基本ガルイアが仕掛けてきてクルネール私軍が追い払うという図式だ。
ただ、いくらクルネールにそれ相応の力があると言っても、相手は軍事大国だ。それを一辺境伯家の力だけで防ぐには限度がある。
ましてや小競り合いが本格的な戦争になることもあるのだから、心配もするというもの。
「……わかった。引き続き情報収集に当たってくれ」
「は!」
「団長」
報告に来た騎士が踵を返し去って行く。入れ替わるようにリオンが団長に声をかけた。
「エリオット、皆も聞いてくれ。たった今クルネールから連絡が来た。隣がまたちょっかいをかけてきたらしい。今回もなんとか被害を出さずにあしらえたようだが油断は禁物だ。遠征も視野に入れ気を引き締めて過ごすように!」
『はい!』
ああ、よかった。叔父様たちは無事のようだ。
いつものこととは言え、毎回話を聞く度にひやりとする。とにかく何事もなかったようで安心した。
「しかし何だってこのタイミングで……」
「あ……」
安堵したのも束の間、リオンの言葉にはっとする。言われてみれば確かにそうだ。
一昨日のグランデダンジョンの一件から間を置かずに今回の小競り合い。偶然で済ませるには少々タイミングが良すぎる気もする。
ただ、偶然だと言ってしまえばそれまでで、荒唐無稽な話であることも確かだ。
恐らく上もその可能性に気付いているだろう。だとしたらこれ以上首を突っ込まない方がいい。
考えるのは上の仕事。黙って上に任せておこう。
リオンたちもそう判断したのか、この話はすぐに終わった。
初顔合わせはいろいろあったけれど無事に終了した。
ほかの師団の人たちはまた今度紹介してくれるそうだ。一度に数百人は覚えきれないので正直その配慮はありがたい。
とりあえず仕事を覚えるのと同時に、第一師団の騎士たちの顔と名前を覚えよう。当分忙しくなりそうだ。
こうして私は、副団長補佐官として聖騎士団に身を置くことになったのである。
でもまさか数か月もここにお世話になるとは、今の私には知る由もなかった。
いつもブクマ、評価などなどありがとうございます。




