聖騎士団とリオン3
この際だと彼に名を尋ねる。
「フルネームを、訊いてもいい?」
「ああ。エリオット・ディーター・イストゥールだ。この聖騎士団の副団長の座に就いている」
「イストゥールって侯爵家の?えっ、うそ!?確か嫡男だったクラウス様がスタンピードで亡くなって、その後嫡男となった弟君がいるって聞いていたけどまさか……」
「よくわかったな。というか兄の事までよく知ってるな」
「う、うん。まあね」
クラウス様が近衛騎士団近衛副長に就任した際にお会いした、などと言えるわけがないので慌てて言葉を濁す。
それにしても驚きだ。リオンが貴族だと薄々感じてはいた。それがまさか侯爵家の嫡男だったとは。
だってこの口調だし、ね。所作は綺麗だけれどらしくないと言うか……。
「今なんか失礼なこと思わなかったか?」
「え!?う、ううん。全然」
(なんでわかったのかしら?)
ぶんぶんと首を左右に振ってその場を取り繕う。
イストゥール侯爵家と言えば武官の家柄であり、現当主が将軍の座に就いている。つまり、リオン――ではなくてエリオットか――の父君だ。
私も何度か将軍に会ったことがあり、国への忠誠心が強く侠気に富んだ御仁だな、と思ったのを覚えている。
そんな家柄の彼だ。私以上に剣の腕を磨いてきたはずであり、私が勝てないのは当然だった。
それに彼程の腕前だったら聖騎士団副団長の座も頷ける。軍は実力主義なところがあるからだ。
融通が利いていたのもそのためだろうか。ただ少しばかり利きすぎている気がしないでもない。ほかの者たちもそれに対して気にしているようには見えなかったし。
でもいろいろと納得した。道理で彼と会ったことがないわけだ。
イストゥール侯爵家の次男は、成人のお披露目以外社交の場に現れたことがない。それが彼の噂だった。
実際私も彼の詳しい話を聞いたことはない。知っていることと言えば、騎士ということだけ。
家督を継ぐのは長男であるクラウス様。次男である彼は名前すら世間に知られていなかった。
また、イストゥール侯爵家の次男は騎士のまま終わるだろうと囁かれていた。
そのため、ご令嬢方にはあまり魅力的に映らなかったみたい。寧ろ皆婚約者のいなかったクラウス様を狙っていたと聞く。
だが、三年前にイストゥール侯爵領にあるダンジョンでスタンピードが起こり、偶々侯爵領に戻っていたクラウス様が出撃、そのまま帰らぬ人となってしまった。
嫡男を失ったイストゥール侯爵は次男を跡取りに据え、間近に迫っていた王家主催のパーティーを披露の場に選んだ。
恐らく、王家への挨拶は元より、より多くの貴族に披露できると考えたのだろう。
勿論王太子殿下とその婚約者だった私もパーティーに出席する予定だった。
けれど、先隣の国で突如第一王子が立太子し、それに伴い催されることになった式典に殿下が招待されたのである。
そしてそこで問題が起きた。
私たちが成人してから正式に婚約の書類を交わす予定だったため、『仮』とは公けにされていなかったものの、当時の私は殿下の正式な婚約者ではなかったのだ。
それゆえ殿下に同行することができず、かと言ってパーティーに参加することもできず、最終的に私はそのどちらにも参加しなかったのである。
殿下は後日改めて侯爵家の嫡男に会ったらしい。
一方の私は、王妃様と一緒に国賓の奥方をおもてなししていたため、そこでも会うことが出来なかった。
所詮仮の婚約者だ。今後正式に婚約すれば会うこともあるだろう、となあなあにされて、結局侯爵家の嫡男に会うこともないまま殿下との婚約が白紙に戻った。
こうして思い返すと偶然に偶然って重なるものなのだな、と驚いている。彼の素性も知らずに三年前からギルドで顔を合わせていただなんて不思議なものだ。
……て、もしかしてリオンの正体を知ってしまったから私もレーネ公爵令嬢だって言わなくてはだめ?今更きれいさっぱり忘れますとか言っても無駄だろうし。
「安心しろ。お前のことを詮索するつもりはない。ただ、聖騎士団にお前の力が欲しい。どうせこの後どこに行くかも決まってないんだろ?だったらお前を詮索しない代わりにここに所属してくれないか?」
だから何で私の考えがわかるの!?顔に出ている?嫌だわ、最近ちょっと緊張感が足りないみたい。
「副団長、やはり私は賛成しかねます。身元がわからぬ者を聖騎士にするのは……」
周りにいたうちの一人が異を唱える。そしてそれに賛同する者が数名。
それはそうだ。ひょっこり現れた謎の少年を聖騎士団に入れる、と言われて素直に頷けるわけがない。
「確かに素性はわからない。だが、間者じゃないことは確かだ。少なくとも上の連中よりは信頼できる」
(えっ!?私のこと知ってるの?)
リオンの言葉に驚いて隣にいた彼を見上げた。それに気付いたリオンが私の方を向いて「どうした?」と何食わぬ顔で言う。どうしたもこうしたもないわ。
動揺を隠しつつリオンに「なんで僕が間者じゃないって言いきれるの?」とこっそり尋ねたら彼はしれっと「時にははったりも必要だ」と言ってきた。
要するに反対する者を納得させるため嘘をついたわけだ。とは言え私は間者ではないので、彼は嘘をついていないのだけれど。
「まあ、彼は女神の愛し子の中で一番と言っても過言ではないからな。味方でいてくれれば心強いが」
「団長まで!」
リオンは言わずもがな、団長も私を雇い入れることに賛成のようだ。つまり後は私の返事次第ということになる。
尤も団長の場合は私を手元に置いておくのが目的だろう。
監視をして何かあればすぐに対処できるようにというところか。後考えられるのは『あわよくばその正体がわかるかも』かな。
面倒く……ではなくてばれたらまずいからできれば逃げたい。駄目で元々、騎士になるつもりはないと断ってしまおうか。
「リオン、いやエリオット様。僕は聖騎士になるつもりは……」
「リオンで構わない。お前に様付けされるのはなんだかこそばゆい。で、話を戻すが別に聖騎士にならなくてもいいぞ。昨日それなりの地位を用意すると言っただろ?」
そういえばなんか言っていたな。満身創痍でぼーっとしていたから覚えていない部分もあるが。
「副団長補佐官っていう役職はどうだ?」
「は?」
「副団長……それはあなたが楽したかったからでは?」
「そ、そんなことないぞ?」
あるんだな?突っ込まれて彼の目が泳いでいる。なんともわかりやすい。
リオンが言うには『副団長補佐官』という大層な名ではあるけれども、臨時事務員として雇い入れるので決して聖騎士扱いではないとのこと。だから戦争になっても参加する必要はないという。私の力云々はどこ行った?
それはさておき、仕事内容は主に内務の補佐と雑用。殿下の執務補佐と然程変わらない内容だ。それくらいなら何とかなるかな。
また、時間があれば訓練場を使用して体を動かしても構わないそうだ。
どうせこの後はギルドに行くか邸に戻るしか選択肢はないだろう。
リオンはあの調子だし、何故か団長も雇い入れる気満々で、そんな二人を前にして到底逃げきれそうにない。ここはおとなしく頷いておくのが得策か。
ただ、ここは王城だ。殿下と鉢合わせする可能性もある。
まあ、殿下はあまり私に関心を持っていなかったし、ルディの恰好ならなんとかなるかもしれないけれど。
それはそれとして、リオンの話からすればその『副団長補佐官』は大事な書類とかも見ることができる立ち位置のはず。そんな役職を私にぽんと預けるなんてリオンは一体何を考えているのだろうか。
それに団長も団長だ。いくら監視のためとは言え、得体の知れない人物を聖騎士団に雇い入れるだなんてよく許可したものである。
だって私から見たって充分怪しいわよ、私。それなのにどうしてリオンはそんなに私を信用してくれるの?
「部外者である僕に大事な書類とか見せてもいいの?」
「お前なら問題ない」
「そんなこと断言しちゃっていいの?」
「まず疑わしい奴はそんなこと言わんだろうが」
「うん?そう、かな?……まあ、僕を傍に置いた方が監視しやすいもんね。それじゃ、今日からお世話になります」
「お前は……」
物言いたげなリオンを無視してぺこりと頭を下げると、団長が私とリオンのやり取りに何か納得したらしく「君なら大丈夫だな」と言って頷いた。
団長に納得してもらえるようなことを何かしただろうか。疑問に思って小首を傾げる。
すると何が面白かったのか周りの人たち――第二、第三師団の師団長と部隊長たちらしい――が堪えきれないといった体でどっと笑いだした。え?本当に私何かしたの?
でも、私を雇い入れることに反対していた人たちの中にも笑っている人がいたので、少しは認めてもらえたのかな。……そんなに甘くないか。そこはもう追々認めてもらうしかないだろう。
それから今後の説明を受ける。
臨時事務員として雇うものの、あくまで私は客人扱いらしい。
部屋も先程までいたところを引き続き使用できるようだ。ほかの騎士たちと相部屋になることはなさそうで、一先ず安心した。
説明が終わり、リオンが仕事に戻ると言うので彼とともに団長室を辞する。
今いた部屋のすぐ隣の部屋が副団長室だそうで、リオンに促されて入った部屋の中は団長室と変わらない設えだった。先程と違うところと言えば書類が執務机に山積みになっているところか。
そうそう、殿下の机もこんな感じで書類が山積みだった。決して仕事を疎かにしているわけではないのにあの量だ。きっと今頃人手が足りなくて難儀しているだろう。ちょっと申し訳なかったかな。
いや、殿下が自分で蒔いた種だ。自分で刈り取ってもらおう。
それよりもリオンの机だ。
きっとイェル村の一件がなくてもスタンピードまでダンジョンに張り付いていただろう。そう考えるとこの量は仕方がないのかもしれない。
(よし、お妃教育で培ったスキルを遺憾なく発揮しますか)
そうと決まれば行動あるのみ。リオンから一通りの説明を受けるとすぐに内務に取り掛かった。
机が一台しかないので応接用のテーブルに向かって作業をする。リオンに背を向ける恰好だ。
その間疑問に思っていたことを考えていた。
なぜリオンはギルドにいたのだろう。彼の実力ならばダンジョンに回った方が戦力になるし、それは団長も良く分かっていたはず。でもそうしなかった。
本人はその理由を知っているのだろうか。斜め後方のリオンを見る。
「ねえ、リオン。一つ訊いてもいい?」
「なんだ?」
「何でリオンはダンジョン配置じゃなかったの?ずっとギルドにいたよね?」
「ああ、それな。俺だって本当は皆と一緒にスタンピードに備えたかったさ。だが団長が『お前ならギルドにいても怪しまれることはないはずだ。冒険者たちがダンジョンに来ないようにギルドで見張っておけ』て言ってさ、俺をギルドに回したんだよ。まったく、俺が何したって言うんだ。魔物を沢山倒そうと意気込んでいたのに」
ああ、そうか。少しわかった。
副団長である彼がギルドの見張りに回されるなど普通ありえない。それなのにわざと回された。それは何故か。
それは、彼がイストゥール侯爵家の次男だったからだ。
リオンは兄であるクラウス様をスタンピードで亡くしており、恐らくその原因となった魔物を憎んでいる。
以前ギルドの依頼でグランデダンジョンに行った時、彼は異常な程魔物を敵視していた。でも彼は戦っている私を見守るだけ。そこがずっと疑問だった。
今思うと、それらの行動は全てクラウス様の件によるものだったのだろう。彼がどの様なことを思い行動に至ったのか、その経緯はわからないが。
付き合いの短い私でさえ気付いたのだ。日々をともにしている団長たちは彼の言動にすぐ気付いたことだろう。そしてその言動から団長たちは、リオンが一人で突っ走ることのないように、わざと彼をダンジョンから遠ざけたのだと考えられる。
先日のスタンピードの際、私は先陣を切って魔物の群れに突っ込んだ。彼にはその姿がクラウス様の姿と重なって見えたのだろう。だからあれ程取り乱したのではないだろうか。
でも、私とクラウス様は似ても似つかなかった。魔法を放っている私を見て、彼はそう気付いたのだろう。それからの彼は自分を取り戻して普通に戦っている。
ほかにも私の知らない事情が彼にはあるはずだ。とは言え、それは私が安易に触れて良いものではない。
それに、あくまでもこれは私の推測でしかないから。
「ん、どうした?」
無口になった私が気になったのか、リオンが不思議そうな顔で言う。
「ううん、何でもない。ね、リオン、僕は大丈夫だよ!」
「はぁ?」
「僕は強いから負けたりしないからね!」
「そうか。なんかよくわからんが、覚えとく」
「うん!」
そうして私はリオンに微笑みかけると、再び視線を下に落として彼の内務を手伝ったのだった。
ブックマークや評価などありがとうございます。
話の中にあった『お前の力云々~』にまつわるお話を考えたのですが、本編には全く関係ないので割愛しました。そのうち公開出来たらなと思います。




