聖騎士団とリオン1
赤や白の薔薇が咲き誇る、華やかな庭園に設えられた席。
テーブルには緻密に編まれたレースのクロスが敷かれ、中央に焼き菓子など美味しそうなスイーツが置かれている。目の前の紅茶は香りがよく、スッキリとした味わいが良い。
視線だけで周りを見回せば、自分と同年代の令嬢数人が同じ席に着いていた。令嬢は皆思い思いに着飾り、装飾品がきらきらと輝いている。
……などと美しい表現で済めばどれ程良かっただろうか。
実際は、反射光がぎらぎらとこちらを攻撃してくるので、あまりの眩しさに思わず顔を背けたくなる。まさか本当に背けるわけにもいかないので、顔に笑顔を張り付け必死に堪えているのが実状だ。
「マルティナ様、お妃教育は順調でして?」
「ええ、滞りなく進んでおりますわ」
「そうなんですの?殿下との仲があまり進展していらっしゃらないようでしたから、てっきりお忙しいのかと思っておりましたわ」
そう言うのはスヴェンデラ侯爵家のご令嬢だ。くすんだ金茶の髪はきっちりと縦ロールにされていて、少しきつめの顔立ちは私を小馬鹿にするようにクスっと笑っている。
「そうですわね、お忙しそうにお見受けしますわ。そのように風が吹いたら飛ばされてしまいそうな程儚いマルティナ様ですもの。お妃教育なんてお辛いのではなくて?」
「わたくしもそう存じますわ。お体を悪くしてしまったら大変ですもの、何でしたらお妃教育を代わって差し上げましょうか?」
とは伯爵令嬢お二人の言。何れの令嬢も、私が婚約を承諾するまでの、暫定的なお妃候補だった方々である。
正直ほっといてほしい。この見た目は成り行きでこうなっただけであって本当の姿ではないのだ。
しかし言われっ放しなのはいただけない。令嬢たちを見回すとにこやかに微笑む。
「皆様のお心遣い痛み入りますわ。お言葉に甘えてお願いしたいのですけれど、この庭園の外周を五周程走れる方はいらして?」
「「「は?」」」
皆『何を言っているのだ?』と言わんばかりに目を丸くしてこちらを見るが、その視線を無視して話を続ける。
「あら、皆様ご存知ありませんの?王妃の仕事は体力勝負なのですわ。最低でもこの庭園の外周を五周走れるだけの体力が必要なのですって。わたくしも始めは難儀いたしましたけれど、もう八年もお妃教育を受けているおかげでなんとかなっておりますのよ。
それで走れる方はいらっしゃって?まずは走っていただいて、完走なされた方にお願いいたしますわ。そうですわね、スヴェンデラ侯爵家のベアトリーセ様はいかがです?」
「えっ!?わ、たくし用事を思い出しましたわ!申し訳ありませんがお暇させていただきますわね」
「あら、そうでしたのね?お引止めしてしまって申し訳ありませんでしたわ。でしたら……」
「そっそう言えばわたくしも約束があったのをすっかり忘れておりましたわ」
「わたくしもですわ!」
最初に私を攻撃してきた侯爵令嬢を指名すれば苦しい言い訳で席を辞し、残り二人の令嬢に視線を向ければその二人も慌ただしく席を立って、心持ち足早にこの場を去って行く。
甘い!お城の中では腹芸の得意な者たちが蔓延っているのだ。そんな伏魔殿の重鎮たちに比べればこんなの序の口である。これくらいで逃げていては殿下の婚約者など務まらない。
因みに『庭園の外周を五周走れるだけの体力が必要だ』と言ったのは私のお母様だ。教育係の先生たちなどではない。とは言え体力が必要というのもまた事実である。
(折角代わってくれそうな人が現れたのに残念だったわ)
そうは思えど試すような真似をしたのは自分だ。
誰にも気づかれないよう下を向き、そっと嘆息をもらしたところで人の気配に気付いて顔を上げた。
そこにいたのは我が婚約者である王太子殿下だった。
嗚呼、殿下は今日もお麗しい。陽光を受けて輝く金色の髪が、こちらの目を攻撃してこなければ尚更に。
「今慌てた様子のスヴェンデラ侯爵令嬢たちとすれ違ったのだが何かあったか?」
「まあ、殿下。何でもございませんわ。とても楽しくお話をしていたのですが皆様用事を思い出されてお帰りになられたのですわ。どうぞおかけになってくださいまし」
急いで立ち上がり礼をとると、殿下に席を勧め自分もその後に座る。
「……あなたも容赦ない」
「恐れながら殿下、わたくしはそこまで鬼ではございませんのよ?ちゃんと手心を加えさせていただきました。ですが、皆様何も仰らずにお帰りになられるのですもの」
困った表情を浮かべて向かいの殿下を見ると、殿下は余所行きの笑みを張り付けたまま、侍女が淹れてくれたお茶に口をつける。そうして一口だけ飲むと優雅な仕種でティーカップをソーサーに戻す。
「手心を加えたあなたに言い返すこともできず、よく私の隣を望むものだ。
ところで先日漸く隣国関係の講義が終了したそうだね」
「はい。捗が行かず申し訳ございません」
「構わない。私もあなたまでとは言わずとも手子摺った記憶があるからね。私の隣に立つ者として更に精進してほしい」
「畏まりました」
恭しく頭を下げて答える。殿下はそのまま執務に戻られてしまい、残された私は冷めた紅茶を一口こくりと飲み込む。
ああ、今回も褒めてはもらえなかった。上へ上へと望まれるだけで達成しても更に上を目指せと言う。私は一体どれだけ頑張ればよいのだろうか……。
もう嫌だ。
***
「ゆ……め……?」
浮上する意識に身を任せゆっくりと瞼を上げる。
どのくらい眠っていたのだろう。決して良いとは言えない夢を見ていたようだ。
夢とは言ってもあれは実際にあった出来事で、確か三年くらい前の話か。もう殿下の婚約者ではないとわかっているのにあんな夢を見るなんて……。
あの頃は何事にも全力で事に当たっていた。茶会も、夜会も、何もかも。どんなに頑張っても褒めてもらえず、更に上を目指せと言われるばかりの空しい日々だった。
王妃様は殿下よりもその程度が著しく、顔を合わせれば決まって『頑張りなさい』の一言。
最初の頃は、未来の国母ならそのくらいできなくては、と王妃様の言葉に一生懸命応えようとしたのだ。でも努力する度に紡がれるあの言葉が私のやる気をどんどん削いでいく。
正直もう限界だった。それこそ逃げ出したいと思うくらいには。
……ああ、そうか。今ならはっきりとわかる。
あの時私は殿下たちから『逃げなくては』と思った。でも本当は『逃げたかった』のだ。
その思いは表に表れることがなくとも、何年も前から常に私の心の奥底にあった。今までその気持ちを思い止めることが出来たのは、偏に家族や、公爵家の立場を考えたからこそだ。
それも結局は逃げ出した。
殿下への不信の念とか私らしくありたいとか切っ掛けなんて何でもよかった。後押ししてくれる何かがあればそれだけで。
私にとっての後押しは、自棄だった。改めて考えるとなんて恐ろしいことをしてしまったのか。
…………ああもうやめやめ!朝っぱらから鬱々したくないのでこの話はもう終わり!とりあえず起きよう。
「う……ん」
気持ちを切り替えるように軽く背伸びをする。それとともに頭がはっきりしてきたようだ。
何かが視界にちらついたので、すぐ側の窓に目を向けると、柔らかい光がカーテンの隙間から射し込んでいた。
ここは一体どこだろう。
鳥の囀りが聞こえてくるだけで、しんとした室内に人の気配はない。
ぐるりと周りに視線を遣れば、訪れたこともない知らない部屋。
壁紙やカーテン、敷かれた絨毯は白でこざっぱりと纏められており、設えられたテーブルや椅子は木目を活かした素朴な作りで温かみを感じる。
対して、置かれた美術品はどれも高級品のようだ。それらの美術品は、壁に掛けられた絵画も含め全て自然をモチーフとしているために、嫌味な感じはしない。寧ろとても上品に纏められた部屋と言えよう。
起き上がってベッドの端に腰かける。
そう言えば私どうしてここにいるんだっけ?目覚める前の出来事を思い返す。
確かグランデダンジョンでスタンピードが起こって、それを阻止するために魔法を放って、それから……。
ああ、そうだ。魔力が底をついて意識を失ったのか。そして今まで寝ていた、と。うん、大体理解したかも。
改めて周りを見回した後視線を下に落とせば、コートは勿論ベストも脱がされており、シャツとスラックスのみの姿だった。
誰が脱がせてベッドに寝かせてくれたのだろうか。もしそれがリオンだったらかなり問題である。
シャツの中はコルセットではなく、布で胸を潰しただけの状態だ。女だとバレる可能性だってあるし、それがきっかけで私の素性を知られてしまう可能性だってある。そうしたら双方ともに困ったことになってしまう。
更にそれがお父様の耳に届いたら、リオンの命がやばいことになる。
……ん?でもリオンなら何とかなるかな?
とにかく誰が私の服を脱がせたのかを確認しなくては。でも誰に、どうやって?
そんなことを考えていたら扉をノックする音がした。誰かわからないので警戒しつつ無言でそちらに顔を向ける。
「失礼します。……あら?目を覚まされたのですね。ご気分はいかがですか?」
部屋に入ってきたのはお仕着せに身を包んだ一人の女性だった。セピア色の髪に同色の瞳、笑顔が魅力的な元気溌剌お姉さんといった感じだ。
「おかげさまで大分いいです。それで、あの……ここは?」
「あ、そうよね。眠っていたんだもの、ここがどこかわからないよね。ここは軍本部の聖騎士団区画にある客間よ。君は昨日からずっと眠りっぱなしだったの。あの人ってば君を連れてくるなりベッドに寝かせるだけで、メイドである私に全部押し付けるから、それで私がずっとお世話を……て、あらやだ。私ったら馴れ馴れしくてごめんなさい」
どうやらここは聖騎士団の本拠地らしい。意識を失う前にリオンが『聖騎士団に来い』と言っていたので、気を失った後そのままここに連れて来られたとみてよいだろう。
お仕着せのお姉さんは聖騎士団で雇われているメイドだそうだ。
彼女からは、ここの人たちとあまり敬語で話をしていない、といった雰囲気が感じられた。だから私と話をしていて素が出てしまったのだろう。
寧ろその方がありがたいので、謝罪する彼女に気にせず普通に話してほしいと告げた。
それに私はそのことよりも、先程の疑問の方が気がかりだ。
いっそのこと彼女に訊いてみようか。何か言いかけていたし、知っている可能性は高いだろう。
「あの、僕の介抱をしてくれたのって……」
「あ、それは私。さっきも言ったと思うけど、彼は君をこのベッドに寝かせただけで、な~んにもしてないの。女性に介抱されるのちょっと恥ずかしかったかしら?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
彼女の言葉に安堵する。話から察するに、リオンが私の服を脱がせたわけではないようだ。
命拾いしたわね、リオン。私が言うのもどうかと思うけれど、お父様は怖いからね。
というわけで、リオンが関わっていないことはとりあえずわかった。
残る問題は彼女が私の性別に気付いたかどうかということだ。
先程の様子からして、私に対する彼女の言動は少年に対するそれと同じもののように思えた。
もし私が女性だと気付いたのならば『女性に介抱されて恥ずかしいか』なんて聞いたりしないはず。気付いた上でわざと少年として接している風には見えなかったし。
だから彼女は気付いていないとみなしてよいだろう。勿論安心はできないのでこれからも注意は怠らないが。
それからメイドが言っていた『あの人』というのは恐らくリオンのことだと思う。
あの言い方からすると、リオンと良い感じなのかな?
少し気になったので彼女に尋ねてみたら「私恋人いるし、もしいなくてもありえないわ~」と一笑に付された。恋話に発展しなかったか、残念。でもちょっとほっとしたかも。
……あれ?何でほっとするんだろう?変なの。
そう言えば目覚めてからリオンの姿を見ていないな。いつもの彼だったら、私が目覚めるまでベッドに張り付いていそうだけれど。
「すみません、彼はどこにいるんですか?」
「ああ、彼ね。ん~これ言ってもいいのかしら……」
何気ない問いにメイドが言い淀む。
「何か?」
「ええ、それがね……懲罰を科せられるって聞いちゃって」
「え?」
は?懲罰?懲罰って何?
まだ頭が寝ているのだろうか。彼女の言葉に私の頭は激しく混乱した。




