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帰還

お待たせいたしました。

リオン視点です。

王都ヴェルテに入り王城を目指すこと四半刻余り。

俺たちはグランデダンジョンのスタンピードを制圧した後、グレンディア国軍本部がある王城に向かっていた。

さすが馬だけあって常歩(なみあし)で進んでいても速い。あっという間に外城門に着くと、顔パスで先に進む。


この先だだっ広い敷地を進み、内城門を通り過ぎて、漸く王城に到着するのである。

大地の女神が築いたというこの城の敷地は本当に広大で、軍本部まではまだまだ遠い。

早くルディを横にしてやりたいという気持ちを抑えて馬を進める。






スタンピード制圧後、俺はその場に残って事後処理に当たろうと思っていた。

いくら命令だったとは言え、別行動でゆっくりさせてもらったのだからそのくらいするべきだろう、と思ったのだ。


だがルディに断りを入れようと彼を見れば、彼は力なく座り込んでいて、今にも倒れてしまいそうになるのを必死に堪えているようだった。

見る限り怪我はしていない。衣服に汚れは窺えないし、返り血すらない。

怪我ではないとすれば魔力消耗による疲労か。もしそうならば十分な休息をとる以外に回復法はない。

このままルディを放置して事後処理に当たったとしても、集中できずに周りに迷惑をかけることは目に見えている。

よって事後処理は断念し、彼を休ませるために団長の許可をもらって王都に戻ることにした。


ルディのところに行くと、彼はもう自力で立ち上がることができない状態だった。やっと立ち上がったと思えば今度は足腰に力が入らずふらふらする始末。

そんなルディを担いで馬に乗せると、彼は馬の首筋に突っ伏してそのまま意識を失ってしまった。

恐らく魔物を倒し終えて張り詰めていた糸が切れたのだろう。あれ程の魔法を放ったのだ。魔力が尽きて気を失ったのは当然と言えよう。



ルディは尽きた魔力を回復するためなのか相当深い眠りに入ったようで、話しかけても何しても起きる気配がなかった。当初死んでしまったと思ったくらいだ。

また、意識がないにもかかわらず『その姿勢でつらくないか?』と突っ込みたくなるような絶妙なバランスを保ちながら、寝返りもせずに行儀よく寝ていた。


現在ルディはお腹を支えられているだけのかなり不安定な姿勢である。少しでもバランスが崩れたらそのまま落馬してしまってもおかしくない。

かと言って横抱きにする趣味はなかったし、荷物のように馬の背に交差させるのもどうかと思い、このまま支え続けることにした。

それからずっと彼は同じ姿勢のまま微動だにせず眠り続けている。まったく、器用なものだ。






外城門を通り過ぎ、然程かからずに内城門に差し掛かる。

今日の城門担当は第二師団か。外城門と同じく二人の騎士が配置されていた。

二人は俺を見るなり即座に敬礼をする。


「おかえりなさい!」

「留守中異常はなかったか?」

「はっ!異常ありません」


一人の騎士が声をかけてきたので、いつものようにお決まりの言葉を返す。

よく見れば彼の視線は馬に突っ伏したままのルディに向けられていた。


「今日一番の功労者だ」

「は?」

「ま、そういうことだ」


ルディの後頭部に手を乗せて軽くぽんぽんと叩いて見せれば、騎士たちはさっぱり意味が解らないと言いたげな表情をして首を傾げる。

まあ、それも仕方がないことだろう。仮に全て説明した後に『この少年がその功労者だ』と言ったとしても、誰も信じないのではないだろうか。

それでも、彼が今日一番の功労者であることは紛れもない事実だった。



俺の目の前で意識を失っているルディを改めて見る。

魔物の群れを一掃するほどの爆撃魔法。彼がその爆撃魔法を何発も放てるなど聞いたこともなかった。

普通の魔術師は大抵一発で魔力が尽きる。魔法師団の師団長だって数発いけるかどうか。それを彼は二発同時に放ったのはおろか、威力は違えど十発以上も放って見せたのだ。

加えて、あれ程の魔法を放った上で何事もないかのように戦い続けたのである。

そんな彼に感心や驚きを通り越して空恐ろしいものを感じた。寝ている姿は可愛らしいのに……。



ルディは魔法もさることながら知識が豊富で頭の回転も速い。

ただ非常に残念なことに、対敵を見るとなぜか策も思考も何もかも放り出して戦いに興じてしまう。そうして、見ているこっちが戦いたくなるくらい楽しそうに戦うのだ。

だからダンジョンでは彼の好きなようにさせて、俺はいつでも助けることが出来るように後ろから見守っている。


また彼は、一日近くダンジョンに籠っていても魔力が尽きることなくいつも平然としていた。

今にして思えば、属性魔法を連発したところで、彼にとって何ら影響はなかったのだろう。

あまりに平然としているので、それなりに強いのだろうとは思っていた。その強さも、精々一般的な魔術師より少し上くらいだと踏んでいたのだ。

ところが今回、俺の考えは見事に打ち砕かれた。

間違いなく彼の魔力は師団長よりも上だろう。

師団長もそう感じたのかルディに興味を持っていた。これは完全に狙われたな。


過去に何度か師団長の餌食になった人物を見たことがある。皆一様に死んだ目をしていた。

これからルディもその餌食となるのか。


(可哀想に……)


何も知らずに眠り続けている目の前の相棒を不憫に思った。出来るだけ守ってやりたいとは思っても、四六時中彼と一緒にいることなどできない。彼自身のことなのでその時になったら本人に何とかしてもらうしかないのだ。




まあ何にせよ、後は聖騎士団本部に行ってからだ。

城門警備の二人に、引き続き警備に当たるよう告げると更に奥に進み本部へと向かう。


それから数分後、城に着くと正面入り口には入らず、東に逸れて大塔を目指す。その大塔にグレンディア国軍本部があるのだ。


「もう少しの辛抱だぞ、ルディ」


返事はないと知りつつも話しかける。相も変わらず同じ姿勢だ。

いや、変わらないのは姿勢だけではない。昔から殆ど変わっていないのである。




ルディとは三年の付き合いだ。

三年と言っても毎日一緒にいたわけではないし、ギルドに行ってみなければ彼がいるのかさえわからない、そんな間柄だった。

それはそうだろう。俺たちには互いに知らないそれぞれの生活があるのだから。

だから俺とルディは実質的にそれ程の付き合いはないと言えよう。

それでもルディがいる時はともに行動していた。



初めて出会った時のことはよく覚えている。

あの時のルディは今の姿とは違い、癖のある琥珀色の髪を丁寧に編んで前に垂らしていた。

極上の紫水晶を彷彿とさせる瞳はとても綺麗で、何よりこの世の者とは思えない程美しい容姿だった。それを見た周りの者は、彼のあまりの美しさに息をするのも忘れるくらい見入っていたのである。


彼は、庶民が着るようなコートやスラックスにもかかわらずシャツはぴしっとしていて、いかにも『変装しました』と言わんばかりの、何ともちぐはぐな恰好をしていた。

今もその時の話をすることがある。話をする度にルディの頬がぷくっと膨れて面白い。だからつい揶揄ってしまう。

あれは最早小動物だな、手懐けるのが少々厄介な。

……話が逸れた、元に戻そう。



自身の年齢を十代前半だと語ったルディは、同年代の少年たちよりも少し背が高かった。

だがその割に着ている服はゆったりとしたもので、着られている感が半端なかったのである。そのため子供という印象が強く残り、彼の語る年齢に当初疑問を抱くことはなかった。

疑問を抱き始めたのは出会って一年を過ぎた頃。

ルディの身長が全く伸びていなかったことと、声変わりしていないことに気付いたのだ。これは気の所為で片づけられる話ではない。


ほかにも大人びた口調や仕種は勿論のこと、わざと子供らしく演じていたり、やけに博識だったり、気になる点が出るわ出るわ。

それらを解明しようにも、ギルドは『互いに詮索しない』と言う暗黙のルールがあって訊くこともできない。俺の『影』を使って解明を試みようとしても毎回上手く逃げられてしまうし。


それでも、一つだけ彼の言動からわかったことがある。

彼は国に忠誠を誓った魔術師だということだ。それはイェル村の魔術師の件からも窺い知れる。

もしそうだとするならば、彼がどこの誰なのか身元を調べることは容易ではないだろうか。

ただし、これには魔法師団師団長の協力が必要で、話を持ち掛けたとしても師団長が首を縦に振るかどうかはわからない。


(ルディには悪いが師団長の好奇心をくすぐってみるか)


不憫だと思いつつも好奇心の方が勝ってしまった。

許せ、ルディ。骨は拾ってやる。


今師団長はグランデダンジョンで負傷した者たちの回復と調査を行っているはずだ。戻ってくるのは夜遅くになるだろう。

話は師団長が戻って来てからするとして、先ずは(将軍)にグランデダンジョンの報告と、イェル村の一件を報告だな。

恐らく既にフィンたちが報告しているはずだが、より詳しい話をする必要があるだろう。ルディのことを上手く言わなくてはいけないしな。






そう考えつつ馬を進めると程なくして軍本部に到着した。


本部入り口のすぐ側に馬を寄せ、ルディが落ちないように気を付けながら馬を降りる。

結局彼はダンジョンからここまでバランスを崩したり寝返りを打ったりすることはなかった。ある意味凄い。この先全く役に立たない技術ではあるがとにかく凄い……などと感心している場合ではないな。

一向に起きる気配のない彼を馬から降ろして肩に担ぐ。


(……軽い)


馬に乗せる時にもそう感じた。魔力が尽きたら軽くなる、なんてことはないので元からこのくらいということか。


ルディは剣と魔法を上手に使い分けて戦う。

基本的に魔法を使用し、必要に応じて剣を振るっていた。

剣を振るうにはそれなりの筋力が必要である。だから見た目に反して体重があると思っていたのだが、こうして実際に担ぎ上げると予想以上に軽い。これでちゃんと食べているのだから不思議なものだ。

ともあれ、このくらいなら難なく運べるだろう。

偶々近くを通った騎士をつかまえて、馬を厩に戻してもらうように頼むと中に入った。



軍本部は東西南北と中央の五つのブロックに分かれている。塔とは言えとても広い。

そのため南は近衛騎士団、東は魔法師団というように、各団に一ブロックずつ割り当てられている。

聖騎士団は西側のブロックだ。勝手知ったるなんとやらで、迷わず西ブロックに向かう。


そんな俺に廊下ですれ違う者たちが皆一様に振り返る。

少年を担いで歩いているのが気になるのだろう。担がれているのが見たこともない少年ならば尚のことである。

現にルディを背負ってずんずんと進んでいく俺を、周りの者たちは不思議そうな目で見ていた。


途中、階段脇にあるメイド待機部屋の扉をノックして声をかける。

騎士は身の回りのことは自分でしなければならない。遠征や演習では誰も世話をしてくれないからだ。

だが本拠地では自分に与えられたスペースのみでよい。訓練や体力づくりの時間を削ってしまってはそれこそ本末転倒だからである。

それゆえ掃除や洗濯、食事を作ってくれるメイドを軍本部で雇っているのだ。


「お呼びですか?」

「悪いが彼を客室に連れて行きたい。空いている部屋はないか?」


部屋から出てきたメイドは俺の話を聞くと「只今ご案内いたします」と一礼をし、階段を上り始めた。

それに続き三階まで来ると、今度は緩やかな曲線を描く廊下を歩く。


やがて、とある部屋の前でメイドが立ち止まり「こちらです」と扉を開けて一歩下がった。

促されるまま中に入ると、そこは全体が白で統一された品の良い部屋だった。家具は木目を活かした素朴な物で、この部屋によく合う。

軽く部屋を見回せば、ベッドは窓際に置かれていた。すぐさまそちらに行きルディを寝かせる。


「あ、ちょっと!服が皺になっちゃいますよ!」

「だったら君が脱がせてやってくれ。汚れてないからコートとベストだけでいいはずだ。君一人で大丈夫だろ?俺は用事を済ませてくるから彼を頼む」

「もう!勝手なんですから……って、あら?まあ、まあ!物凄く美人な方ですね!どなたなんですか?」


すっかり素が出てしまっているメイドに後を頼み踵を返す。その直後後ろから感嘆の声が発せられた。

きっと彼の顔を見たのだろう。その気持ちはわかる。ただ、彼のことは俺も知らないのだ。


「さあな、寧ろ俺が知りたい」

「え?」

「いや。彼はルディだ」

「ルディ様ですね。それで、こちらの方は貴族なんですか?」

「恐らくな。だが畏まらなくてもいいぞ。普通の対応の方が本人もありがたいだろうからな」

「かしこまりました」


メイドに顔を向け、それだけを告げると部屋を後にした。

さてルディは彼女に任せるとして、俺はさっさと上に報告を済ませるか。

その後は今まで放置していた内務をこなさなければ。暫く別任務に当たっていたために沢山溜まっているだろうな。


「はあぁぁ……」


段々と気が重くなり鈍っていく足を叱咤激励しながら、一路将軍の部屋へと向かった。

『対敵』敵とする相手。

誤字ではないです。


誤字脱字報告ありがとうございます。

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