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公爵令嬢の元婚約者

一方その頃、の王太子視点です。

国中を揺るがせた、グレンディア国王太子()と、レーネ公爵家令嬢(マルティナ)の婚約白紙事件から十日近くが経った。


卒業パーティーの前日に姿を晦ましたマルティナは、捜索の手がかかってもなお、杳として行方が知れない。それは、レーネ公爵家の手の者は勿論、王太子である私の『影』と呼ばれる隠密部隊を使ってもだ。


彼女を捜し出すことなど容易いと思っていた。

世間知らずな令嬢が家を飛び出したとて、出来ることなど限られている。きっと何も出来ずに市井で誰かに助けられているか、悪い者たちに目をつけられて売り飛ばされたか、良し悪し関係なく何かしらの手掛かりくらいあるだろうと考えていた。

しかし、それは甘い考えだったようだ。

なぜなら彼女はその手掛かりすらも掴ませてはくれないのだから。探すこちらにも次第に焦りが見えてくるというものである。

何せ十日だ。食事にありつくことが出来なければ、命を失っていてもおかしくないくらい経っているので焦りは当然と言えよう。


(何故見つからない、ティナ……)


ついマルティナのことを考えてしまい、仕事の手を止めて窓の外を見れば、空は雲一つなく晴れ渡り、一面鮮やかな紺碧色に染まっている。

私の心とは裏腹に、すかっと澄み渡る空が恨めしい。


「殿下、手が疎かになってますよ」


優秀な私の侍従は、マルティナの身を案じる本の僅かの小休憩さえ許してはくれないようで、執務室に入ってくるなり新しい書類を執務机の上に高々と積み上げる。


「何故こんなに書類がある。誰か溜めていたのか?」

「いえ、いつもと変わりませんよ」

「嘘を言え。最近までこんなになかったぞ」

「それはレーネ公爵令嬢がいたからです」


これ程高く積み上がった書類は見たことがなく、職務怠慢ではないかと思ったのだがどうやら違うようだ。書類の量は普段と変わらないらしい。彼女が何かしていたということだろうか?


「レーネ嬢は可能な限り書類に目を通されて、殿下を介さずに捌けるものはご自身で処理なさっていたんですよ」

「ティナがそんなことを?」

「何れ王太子妃になられる身でしたから、今から出来ることは率先して行っていたようです。人手不足だったのもありますし」


つまり、彼女との婚約が白紙に戻ったために、今まで彼女が手伝ってくれていた執務や雑務が直接私に来ているということか。いかに彼女が有用な存在だったのか気付かされる。

加えて彼女は、私の不得手な面に気付かぬ振りをして、さり気なく助けてくれていた。

そんな彼女を何故あの時信じてあげることができなかったのだろうか。それだけが今でも悔やまれるし、できることならば頭を下げて謝りたい。

けれど、王族がほかの者に頭を下げることは基本許されないとされている。それがまた歯痒くて仕方がない。






マルティナを陥れようとした子爵令嬢、ユリアーナ・ハインミュラーは牢の中だ。子爵令嬢が公爵令嬢に牙を剥いたのだから当然の結果だろう。

この国では下の者が上の者に(そむ)く行為は重罪とされている。まあ、例外もあるが今回に限ってそれはない。

彼女はこの国の法に基づき、判決が下るのを牢の中で粛々と待つことになる。

公爵家に牙を剥いたのは勿論のこと、王子である私すらも手玉に取ったのだ。恐らく子爵家取り潰しの上、彼女自身は国外追放となるだろう。修道院に入るにしては犯した罪が重すぎた。


そんなユリアーナは、取り調べが始まるとすぐにぺらぺらと全てを語ったそうだ。

「自分は父親の命令で王太子を落とした」とか「公爵令嬢は後々邪魔になるだろうから排除しろと言われた」など彼女単独の犯行かと思いきや、ハインミュラー子爵も絡んでいたようで、現在子爵を捕らえて取り調べを行っている最中である。

供述を聞くに、とんでもないことを企んでいたようで、全容が明らかになれば国中を震撼させる一大事となりそうだ。

そうなれば更に罪が重くなり、間違いなく子爵は死刑、ユリアーナも危うくなる。

それでも、この件に関して彼女を庇い立てするつもりはないし、きちんと己の罪を認めて償ってもらいたい。



あれ程ユリアーナに執心していた割りには、実に淡白で薄情な男だと自分でも思う。

ただ、彼女を想う気持ちは本当だった。

あのはにかんだ笑顔も、私を呼ぶ声も、私を見つめる桃色がかった茶色い瞳も何もかも本当に……。

ずっと一緒にいたい、私の隣で微笑んでいてほしい。だからユリアーナを側室に望んだ。

それくらい彼女のことを想っていたし、あの時までは確かに愛していた。

けれども、彼女の真意がわかれば百年に一度の恋……とまでは言わないにせよ、盲目であった恋も一気に冷めると言うもの。


それに、私の正妃となる者は国のためにその身を捧げなければならない。

彼女は側室ではなく正妃を望んでいた。


為政者は時として国のために非道なことを行う覚悟も必要だ。

怨まれることだってあるだろう。大勢の命を助けるために一人の命を犠牲にしなければならない時だってある。

その際には、毅然として後ろ指を指されるようなことをしなくてはならないのだ。

伴侶となる正妃もまた然りである。

だが、すぐに暴かれるようなお粗末な策を講じ、挙句捕らえられた後にあんな醜態を曝すような彼女に正妃など到底無理だ。

それがわかっていたからこそユリアーナに夢中になっていた時でさえ、正妃はマルティナしかいないと思っていた。

そしてそれは間違っていなかったと断言できる。




ブルノー公爵家のカミルと宰相子息のアンゼルムは、未だにユリアーナに盲目的で、面会を願い出ていると聞く。

今までの状況から鑑みて、申請が通ることもなければ、二人の家が首を縦に振ることもまずないだろう。それだけのことをしたのだ。

それにあの二人のこと、逃亡の手助けをする恐れもあるので接触はなるべく避けるべきである。


彼らは、ユリアーナを見限り正しい方へ舵を切った私とは違い、それが出来ていない。

この状態が続けば、近いうちにそれぞれの家から何かしらの沙汰が下るであろう。いくら子供同士のこととは言え、レーネ公爵の手前生半可な沙汰では済まされないはずだ。



かく言う私も実は先日、国王と王妃からひどくお叱りを受けた。

謹慎の話は『人手不足でこれ以上人手がなくなると政務が滞る』との観点から立ち消えとなり、現在執務机に置かれた大量の書類とこうしてにらめっこしている。


私は両親の間に遅くできた唯一の子だ。父上は母上を愛しているため側室もいない。

兄弟はほかにおらず、謹慎同様廃嫡も免れた。多分次はないだろう。

ゆえにより一層気持ちを引き締め、この国のために王太子としての責務を果たしていかねばならない。

そしてその際には、未だ行方不明中のマルティナに一緒にいてもらいたいと思っているのだが……。


抑々(そもそも)マルティナは何者なのだ?普通公爵令嬢が本職の者()を嘲笑うかのように痕跡一つ残さずいなくなるとか有り得ないだろうが。

まさかレーネ公爵も一枚絡んでいるとか?いや、先程公爵に会った時に「どなたかの所為でうちの天使がいなくなってツライ」と言われ、人をも殺せそうな視線を向けられたので、あれが嘘だとは思いたくない。

とりあえずそれ以上事が荒立たないように、申し訳なさそうな表情を顔に張り付け下手に出ておいた。




それにしても彼女の行動はなかなかに謎めいている。

その真意が知りたくてマルティナという一人の令嬢を思い浮かべれば、実は彼女のことを知っているようで知らないことに気付いた。


初めて会ったのは六歳の頃だ。

両親に「婚約者が決まった、今度顔合わせをするので会え」と言われて城の庭園で会ったのだ。

当時毎日が忙しかったために、その時のことはあまりよく覚えていない。ただ漠然とこの子と結婚するのか、くらいにしか思っていなかったと思う。

それ以降も、彼女は政略結婚の相手であり、国を治めるためのパートナーとしか見てこなかった。彼女と信頼し合って国を良くしようと誓った時でさえ。

勿論婚約者として節度をもって礼儀正しく接してきたつもりではあるし、何かあればフォローもしてきたつもりだ。

しかし、それらを全て無に帰すような行為をしたこともまた事実である。

従って、再びマルティナと婚約するのはかなり厳しい状況だと言えよう。


私は魔力を感じとる力が極端に弱い。幼い頃から父上の強い魔力に曝され続けていたために、防御反応のようなものが働いてしまったかららしい。

だからこそ私には彼女が必要なのだと父上に言われていた。

何て愚かなことをしてしまったのだろうか。


それだけではない。

彼女が何を好んで、どんなものを得意として、何を思っているのか。私はそんなことすらもわからない。

彼女の容姿だってそうだ。類い稀なる美しさであることは良くわかっている。珍しい髪色で、今にも消えてしまいそうなほど儚げだということも知っている。その姿から『月の妖精』と世間で呼ばれていることも。

慎ましやかで常に私の半歩後ろを歩き、私を引き立ててくれる、淑女の鑑のような人だということも知っているつもりだ。


交友関係で知っていることと言えば、ローエンシュタイン侯爵令嬢と仲がよいことか。ほかの令嬢とは普通に接していた気がする。

学院以外なら父上と仲が良い。と言うのも、父上が実の娘のように彼女を可愛がっているからだ。

それを妬んだどこぞの誰かが、彼女のあることないことを父上に告げ、逆に父上に遣り込められた話は記憶に新しい。


一方、母上との仲はあまり良いものではなかった。

何でも卒なく熟す母上にとって、お妃教育に対するマルティナの姿勢は少々至らないように映っていたらしい。

私からしてみれば母上が特別なのであって、別にマルティナに至らないところがあったとは思わない。それどころか、お妃教育以上のものが施されていたくらいだ。

数年前に彼女の教育進歩状況を確認した時、それを知って驚愕した。

彼女自身気付いていないようで、知らないうちに習わされていたとみてよいだろう。

だから彼女が至らないなんてことは全くない。寧ろ完璧に仕立てられていた。

まあ、母上が何かを言うことはなかったし、彼女も母上の期待に応えようと頑張っていたために、軋轢までは生じなかったが。



こうして思い返してみると彼女について意外と知っていたな。

とは言え、裏を返せばそれだけだ。誰でも知っている情報しか私は知らない。

母上とのことだってそうだ。あれは城勤めの侍女たちの間では有名な話である。


今ここでマルティナの顔を思い出せ、と言われれば思い出せるくらいには顔を合わせてきた。けれど、目元はどうか、口元はどうか、家族の誰に似たのか、そんな細かい事まで尋ねられたら答えられる自信がない。

これではマルティナが戻って来て再び私の婚約者になった時に、また同じことを繰り返してしまうだろう。

それを打開するためにもこれからは私の方から彼女に歩み寄ろう。彼女と話し、彼女を知る。もしかしたら一人の女性として見ることができるかもしれない。


そのために先ずは彼女を見つけなくては。

今は影を使って秘密裏に彼女を捜索している。今後も見つからないとなれば大っぴらにして大捜索をすることも吝かではない。

本当にマルティナはどこにいるのだろうか。


「殿下、また手が疎かになってますよ」

「少しくらい休憩させてくれ」

「書類は待ってくれません」

「はあ……ティナがいてくれれば」

「レーネ嬢を裏切ってお捨てになったのは殿下ですよ?彼女を見つけても再び婚約者になってもらえる可能性は低そうですが?」

「……わかっている。だが、やってみないとわからないこともあるだろう?」

「はいはい」


侍従の言葉は耳が痛い。自業自得だとわかっているからだ。甘んじて受け入れよう。




さて、そろそろ執務を再開しなくては。思考を切り替え、黙々と書類にサインをする。

すると、僅かに開けていた窓から爽やかな風が入ってきた。私の心は書類に追われて強風が吹き荒んでいるというのに何とも穏やかなものだ。

出てきそうになったため息を呑み込み、投げ遣りになる気持ちを抑えてカリカリとペンを走らせたその時。



――――ドンッ!



突如遠くの方で轟音が聞こえ、少しおいてやや強めの風が部屋に入ってきた。


「何事だ!?」


舞い散る書類から視線をずらして音がした方を見れば、南東の方角で爆発特有の粉塵が立ち上っていた。

賊か?隣国の奇襲か?いや、あれは――


「あそこはグランデダンジョンですかね?」

「グランデダンジョンってまさか……。有り得ないだろう!?魔法師団師団長(コーネリウス)の話が嘘とまでは言わんが、スタンピードまではまだ十年以上先のはずだ!」


二週間程前、我が国の魔法師団の師団長が、国王である父上にグランデダンジョンがきな臭いと告げてきた。

前回グランデダンジョンがスタンピードを起こしたのは八十年程前だったと聞く。その話が本当ならば次に起こるのは私の代になってからだ。何度も計算したので間違いない。

しかし、三年程前にもイストゥールダンジョンでスタンピードが起こっている。まだ当分先であったはずなのに。


ここ百年の間に何かが変わってきているのだろうか。

イストゥールの時もいろいろと見解が分かれて結局様子見となった。

その所為で今回グランデダンジョンで事が起こってしまったとするならば、原因究明を急がなくてはならなくなるだろう。何せダンジョンはその二つだけではないのだから。

本来ならば、グランデダンジョンがスタンピードを起こす前に究明しておかなければならなかった。王都のすぐそばにあるダンジョンなので、王都に攻め入られる前に何としても食い止めなくてはならないからだ。

どうやら今回はコーネリウスが間に合ったようなので心配しなくてもよいだろう。


「コーネリウスが間に合ったようだな。爆発はあの者の仕業だろう。彼の魔法があれば王都(ここ)に魔物が侵入することもあるまい」

「殿下、お忘れですか?師団長殿を見送ってから然程経ってはおりません。ここからグランデまでは急いでも四半刻以上はかかります。あれは師団長殿ではないのでは?」

「だが、警戒にあたっていたのは聖騎士団だったはず。聖騎士にあのような上級魔法が放てる者はいなかったはずでは?……まさか魔物がっ!?」

「あそこの魔物は物理攻撃をするものしかいません。人が放った魔法だと思います」

「そうだったな。では一体誰が……」


窓の外では小規模な爆発が続いていて、時折空へと向かう火柱が見える。

なんと洗練された魔法だろう。これがコーネリウスではないと言うのならば一体誰なのか。

恐らく第一線で戦っているだろう魔術師は、私とは比べ物にならないくらいの威力と、膨大な魔力の持ち主と思われる。コーネリウス並みかそれ以上、下手をすれば陛下よりも魔力が高いかもしれない。

この国でそれ程の力を有しているのはレーネ公爵だ。その公爵は先程私に射殺さんばかりの視線を投げかけてきたな。

では誰だ?


そう思ったものの、いつまでも執務を中断していられない。再び机に向き直って書類を捌く。

現場にいない者があれこれ推測したところでわかるわけがない。グランデダンジョンからここまでは目と鼻の先だ。今日中に報告がなされるだろう。




案の定その日のうちに報告がなされ、魔法を放ったのが、その名を耳にしたことのない一人の少年冒険者だと知る。

この時の私は、爆発の中心にいた少年が変装した公爵令嬢(マルティナ)だったことも、マルティナがずっと私のすぐ近くに居たことも、更には何か月もマルティナを見つけることができず結局公開大捜索に踏み切ることも、知る由もなかった。

誤字報告ありがとうございます。

『本の僅か』は漢字表記です。

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