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スタンピード2

爆撃魔法でかなりの魔物を倒したため、ダンジョン入り口の勢いはなくなってきたが、まだ魔物が姿を現し続けている。

そこを狙って魔法を放ち、間近に迫ってきた魔物は腰の剣を引き抜いて問答無用で斬り捨てて行く。

正直疲弊はしているが、なんとしてもここで押し止めなくてはならない。私の背後には王都があり、王都には国王陛下は勿論のこと、大事な人たちがいるのだ。

防御魔法をかけ、気合を入れ直して魔物に挑む。




魔物は種族によって対処法が異なる。

グレートベアは巨体なので剣や魔法を当てやすい。大きな氷柱を一つ生み出し心臓目掛けて放つ。が、魔法は僅かに逸れてしまい、反対に襲って来られたので剣で払う。


数匹で攻撃を仕掛けてくるダークファングは、陣形を崩すために一匹ずつ炎で囲む。すると怯んでばらばらになるのであとは斬り捨てるだけでいい。


ビーストウルフは頑丈な顎が特徴だ。人間の体ならば一噛みで元の形を留めずあっさり喰いちぎられてしまう。だが、然程素早くはないので噛まれる前に斬ってしまえばいい。

更に言えば、遠距離攻撃が有効なので魔法を放てば楽勝だ。風を使い一か所に集めて爆撃魔法を放てば後には何も残らないし、上手くいけば周りの敵も巻き込める。


キラーハウンドは素早く振り下ろされる鉤爪がネックだ。けれど素早さならば私も負けてはいない。風を纏い地を蹴って、高速移動で撹乱しつつ素手で顔面を殴りつける。剣で攻撃すると素早さが落ちてしまうのでこれが一番よい方法だ。


また、人間相手では力を加減する必要があったが、魔物相手ならば加減する必要がないので思い切り殴ることが可能である。ただ、力任せに殴ってしまうと見るも無残な姿になってしまうので、そういったものが苦手な方にはお勧めできないが。


なお、私の場合お兄様が必死に止めに入るので、日帰りでギルドに行く日にはできない。一度返り血を浴びて帰ったら物凄く心配されて『魔物相手でも道徳に反する』と訳がわからないことを懇々と諭された。やらなければこっちがやられるのだけれど……。試しに防御壁を張ってみようかな。

話が逸れてしまった。元に戻そう。


ここグランデダンジョンにいる魔物はどの種族も皆似たり寄ったりの強さなので、対処法を適切に用いれば難なく倒せる。

初めて戦った時は、いくら魔物とは言え命を奪ったことに衝撃を受けて、暫くの間夢に出てきたものだが、何度も戦っているうちにすっかり慣れてしまった。慣れとは恐ろしい。




襲ってくる魔物を一体ずつ丁寧に倒しつつ、合間に魔物が多く集まる箇所や入口付近を狙って爆撃魔法を放つ。

周りを見れば騎士達が数人ずつのチームに分かれて次々と魔物を倒している。一人が危ない状況になっても、他の騎士がすぐに助けに入り魔物を倒すので、確実に魔物の数が減っていく。

気が付けば魔物の数は更に少なくなっていた。

団長が率いるこの師団は思っていた以上に強かったみたいである。嬉しい誤算だ。


だが、顔には出さないがここまでくるとさすがにつらい。


「やるな、少年。ルディと言ったか。剣の筋もなかなかだな」

「団長殿にお褒めいただけて光栄ですね」

「君のおかげで魔物がだいぶ減った。少し後ろに下がって回復に努めるといい」

「ありがとうございます。もう少ししたらそうさせていただきます」


近くで戦っていた団長が私の状態を的確に判断して声をかけてくれた。すぐに別の場所に移動した彼は、周りの者に目を配りながら己の敵を葬り去っている。素晴らしい力量だ。さすが聖騎士団の団長と言うところか。

リオンも攻撃補助魔法を駆使しながら、多数の魔物を一人で引き受けて難なく倒している。息も然程上がっていないようでまだまだ戦えそうだ。剣技だけで言えば団長であるエリーアスよりも技量が上なのではないだろうか。



そんな彼をちらりとだが今一度見る。今のリオンには、先程の様な切羽詰まった雰囲気は微塵も感じられない。だがあの時明らかに様子がおかしかった。

彼は私の強さを十分知っているので、いつもは見守りながらも私がしたいようにさせてくれる。その彼が、私を必死に止めようとしたのだ。

しかし、私が爆撃魔法を放ったらその言動がぴたりと止み、今はもういつもの彼と何ら変わらない。


一体何だったのだろうかとは思ったが、とりあえず考えるのは後にしよう。

改めて魔物に意識を向ける。

直後キラーハウンドが正面から突っ込んできた。その鉤爪をひらりと躱し、逆に拳を叩き込む。

今回は殴る際に防御壁を張って返り血を防ぎながら戦っているのだが、意外と有用だ。視界が悪くなるのでその都度張り直さなくてはならないのが難点だが。




近くの騎士たちをさり気なくフォローしつつ、入り口付近の魔物を退治する。それを何度か行っていたらいつの間にか入口から魔物が顔を出さなくなっていた。魔物の数もあと数十体くらいである。

討伐の目途が立ち魔力もだいぶ底を突いていたので、エリーアスの言葉に甘えて少し後ろへ下がる。

後は彼らだけで事足りるはずだ。聖騎士団の皆に任せて暫し休憩する。


(もうだめ。疲れた……)


地面に倒れ込むように腰を下ろすと、騎士たちの戦いを何も考えずに眺める。少し魔力を消費しすぎたか。

これは魔力が回復するまで暫くかかるわね、と覚えずため息をつきかけた時、左手の腕輪が淡く光った。邸を出る前にお兄様にいただいた卒業祝いの腕輪である……曰く付きの。

他の人に見られるとまずいので、咄嗟に光が漏れないように右手で軽く押さえて隠す。幸い、目が眩むほどの光ではなく、ささやかな光りだったので容易に手で隠すことができた。

緩慢な動作で頭を左右に動かし、辺りを警戒しながら恐る恐る手の中の腕輪を見る。腕輪は今もなお発光し続けていて、それと同時に魔力が徐々に回復していくのが感じられた。


(やだ、お兄様。紛う方無く成功していますわよ、コレ……)


思わず王都の方を向いた私は、ここにはいないお兄様に心の中でそう報告したのだった。






それから四半刻近く経っただろうか。あれ程犇めき押し寄せていた魔物たちは、生き物と言う定義を完全に失い、塊へと姿を変えていた。思っていたよりも早く片が付いたようだ。今や動いているのは人間(騎士)以外に見受けられない。


その人間(騎士)だが、やはり無傷とはいかなかった。しかし、それなりに負傷はしているものの、幸いにも亡くなった者や、生死にかかわる負傷、欠損している者はいないようだ。

とはいえ、痛いことに変わりはない。

出来るものなら今すぐ魔法で癒してあげたかったけれど、生憎私は回復魔法が使えない。習わなかったわけではなくて、私には回復魔法の素質がなかったのだ。


魔術師には得意な魔法もあれば苦手な魔法もある。苦手と言っても素質がないために全く使えないものから、使えてもあまり効果がなかったり、別の物で代用できる程度の威力しか放てないというものまで様々だ。

私も解毒魔法や補助魔法は扱えるが回復魔法は発動すらしない。専ら破壊専門なのである。


それに今現在私の魔力は、お兄様のおかげで多少残ってはいるが、殆どない状態と言ってもよい。動くだけで精一杯で、立てるかどうかもわからない状態だ。よって、残念ながら負傷した騎士様たちは、魔法師団が来るのを待って、治癒魔法をかけてもらう以外に方法はない。

そういう訳なのでお願いだからこちらに期待の眼差しを向けないで下さい、お願いします。そのきらきらした目に応えられず非常に心苦しいです。



騎士たちの視線に居たたまれず、顔をつうっと背けて森の方へ向けると、遠くで何かが動いた気がした。気の所為かとも思ったのだが目を凝らしてよく見ると、どうやら気の所為ではなく、騎乗した人の姿のようである。今ここに来る者など限られているので、恐らく待ちに待った魔法師団の皆様ではないだろうか。

更によく見れば、二、三十人程の魔術師が連なっている。魔術師か、はたまた魔法騎士か。どちらにせよもう回復以外の魔法は必要ない。襲歩――馬を最大速力で走らせこちらに向かって来ているが、少し来るのが遅かったようだ。


集団はやがて我々の前まで来ると馬を止めた。


「急いで来たのにもう魔物がいないじゃないですか。こんなに大量の魔物を騎士団の皆さんだけで退治しちゃったんですか?」


馬から降り、危機感皆無の口調で言ったのは魔法師団の師団長。彼とも数回会ったことがあるのだが、こんなに軽い人だったっけ?


彼は古来より魔術師を多く輩出する名門ヴァーグナー伯爵家の者で、名はコーネリウス・ヴァーグナー。伯爵の弟にあたる方でエリーアス団長よりは若かったはず。

一族の中でもずば抜けた才能を持ち、齢二十四という若さでグレンディア国軍魔法師団師団長に抜擢された凄い経歴を持つ。それから数年経った今も彼の地位は不動のものだ。

世間では彼の足元に及ぶ者はいないとされている……王家と我が家の者以外には。


光を受けて艶めく濃紺色の長い髪を一つに束ねて後ろに流し、輪郭に沿って湾曲を描くサイドの髪は風に吹かれてさらさらと揺れている。氷のように透き通る淡い秘色(ひそく)色の瞳は、宝石みたいに輝いてとても綺麗だ。

白い肌にすっと通った鼻梁。切れ長の目は瞳の色と相俟って一見冷たく見えるが、始終微笑んでいるためにあまり冷たさは感じられない。

そんな彼がふいとこちらに顔を向ける。


「魔力の消耗が激しいですね。もしかして、あの広範囲に亘る爆撃魔法は君が放ったものですか?それならば魔力の消耗も、短時間の一掃も頷ける。おや?でも自然回復よりも早く回復しているように見受けられるね」

「……グレンディア国軍魔法師団師団長、コーネリウス・ヴァーグナー様ですね。こうしてお話ができるだなんて夢のようですが、その前にやらなくてはならないことがあるようです。どうか彼らの傷を治してはいただけませんか?私にはもう彼らを回復するだけの魔力は残っておりませんので」

「ええ、そうですね。そうしましょう。それじゃ話はまた後で」


疲弊して座ったままの私のところへ師団長が来たと思ったら、どうやら彼は私に興味を持ったらしい。目を爛々とさせて話しかけてきた。これは非常にまずいかもしれない。


師団長はお兄様と一緒で魔法のことになると周りが見えなくなり、気になったことは徹底的に追究しなければ気が済まない性格らしい。ご令嬢方が楽しそうに噂していた。まあ、一途になるのは彼らだけではなく、研究に身を置く者ならば誰でもそうなのかもしれないが。

けれど、私はお忍び(ということにしておく)でここに来ている。私の存在もそうだが腕輪のことを知られても厄介なので、話を逸らして彼が騎士たちの方へ行くのを見送った。


その後ろ姿を見ながらふう、と一息つく。実のところ立ち上がる気力もないくらいへとへとなので、腹の探り合いのような神経をすり減らす問答はご容赦願いたい。もしやるのならば気力と体力が万全に整った時にしてほし……くないわ、やっぱり。どちらにしろやらないに越したことはない。



師団長が去ってやれやれと思っていると、今度は漆黒の軽鎧に紫色のマントを纏った女性がこちらにやってきた。漆黒の鎧は魔法騎士隊の証。マントを身に着けていると言うことは魔法騎士隊の隊長か次位なのだろう。


肩よりも少しだけ長い黒茶色の真っ直ぐな髪は、無造作に一つに纏められており、赤茶色の瞳は、光の加減で赤にも見える。綺麗な顔立ちで、所々そばかすがあるが負の印象は全くなく、とても快活そうな女性だ。年齢はイルマと同じくらいだろうか。

女性は私の前まで来るとにこっと笑う。


「ねえねえ君、魔法もさることながら剣も扱えるのね。どう?うちに来ない?あ、私は魔法騎士隊隊長の……」

「こいつはうちに所属している。露骨な勧誘はやめてもらおうか、ヴェローニカ」

「この子あんたのところに所属してるの?えぇ~。魔法の腕も剣の腕も良いって聞いたからうちに来てほしかったのに!残念。気が変わったらいつでもうちに来てね。歓迎するわ」

「残念だが気が変わることはない」

「あんたに言ってないでしょうが!」


リオンと一頻り言葉の応酬をした後、ひらひらと手を振りながら去って行った彼女は、魔法騎士隊隊長ヴェローニカ・ヘスと言う名らしい。なかなかの才腕で、優秀な人材をどこからともなく見つけてくることでも有名なのだそうだ。

リオンが「間に合ってよかったな」と言いながらそう教えてくれた。


魔法騎士隊(あいつら)のとこに行ったら確実にこき使われるところだったぞ。危なかったな」

「だからって君たちのところに所属したつもりはないけど」

「そう言うなって。ああ言っておけばあいつらに絡まれることもないし、それにどうせこの件でいろいろと話を聞かれるだろうから、嫌でも聖騎士団(うち)にいることになるだろうさ。その間それなりの地位をくれてやるから暫くうちに所属しておけ。悪い話じゃないはずだ」


確かに話を聞くかぎり悪くない話ではあるのだが、しかし、そこでいろいろと疑問が生じてくる。

自分で言うのも何だが、今の私(ルディ)は物凄く怪しい存在だ。そんな人物に地位を与えて彼や聖騎士団に利があるだろうか。加えて彼にそんな権限があるのか。

そう考えると、彼を疑いたくはないが罠のようにも思えた。そう思うのは私がひねくれているからなのか……。


自分から足を突っ込んだこととはいえ面倒なことになりそうだ。

そう言えばリオンが正体を教えてくれると言っていたが、未だに教えてもらっていない。あ、でもそうしたら私の正体も教えないといけなくなるのだろうか。それは少しまずい。こっそりこの場を離れてしまおうか。

しかし、魔力の消耗が激しく、体を動かすだけでも精一杯な私には、ここから誰にも気づかれずに抜け出せる術がない。


「リオン、君って騎士だったんだね。しかもそれなりの地位だ」

「そうだな。……ルディ、少しおとなしくしとけ。あれだけの魔法を放ったんだ、疲れてるだろ?あとは聖騎士団に任せて俺らは王都に戻って休むぞ。ギルドに報告もするんだろ?」

「うん。癪だけどここはリオンにお世話になるかな」

「ふっ、口だけは達者だな。立てるか?」


もうなるようにしかならないようだ。

諦念に至り、リオンの手を借りて立ち上がろうと足に力を込める。だが、思っていた以上に疲弊しているらしい。彼の手を借りても立ち上がることができず、見兼ねたリオンが子供を立たせる時にするように、私の両脇に手を差し込み立たせてくれた。

こうしてやっと立てたが、今度は足が震えて立っているだけで精一杯である。

すると何を思ったのかリオンがぷっと吹き出して「お前、こんなになるまでよく頑張ったな」と私の頭をがしがしと撫でた。


あ、嬉しい。こんな風に家族以外の人に褒めてもらえたのはいつぶりだろう。

思えば王太子殿下は婚約をしていた時でさえ私に無関心で、パートナーとしてフォローはしてもらっていたが、褒めてもらったことなど終ぞなかった。十一年も一緒にいたのに。


本来ならば、がしがし撫でるリオンに「子供扱いするな!」と抗議すべきところだろう。でも、どうしてもそんな気にはなれず、寧ろ嬉しいと思ってしまうくらいには思考力が低下していたようだ。

先程から視界が揺らいで、上手く彼の顔を見ることができないのは、その所為だろうか?

とりあえず零れ落ちそうなそれを必死に堪え、はにかみながら「えへへ」と笑ってその場を取り繕った。



それからすぐに彼に抱えられて馬へと乗せられる。今の私は本の僅かな時間すらも立っていられなかったからだ。

行きとは違い今度は落ちないように前に乗せられるが、ずっと背筋を伸ばして居られなかった私は、一分と持たずに馬の首筋に突っ伏してしまった。しかし、リオンがすかさずお腹に手を回して支えてくれたので落ちずに済みそうだ。

その安心感からか。急速に意識が遠のいていく。


「あ、おいルディ!?」

「…………」


心身ともに疲れていた私は、リオンの呼びかけに答えることもできずにそのまま意識を手放した。
















******


同国某所――――


「失敗したようだな」

「もっ、申し訳ありません。ですが、彼らが口を割ることは……」

「構わん」

「……は?」

「何かあれば始末するだけだ。それに大本の計画にさして影響はない。引き続き事に当たれ」

「かしこまりました」


二人の会話は何時ぞやのように片方が立ち去ることで終了となった。

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