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スタンピード1

戦闘シーンがあるので苦手な方はご注意ください。

グレンディア国は、大地の女神ヴェルテディアが、この地域一帯にある魔物の巣窟――所謂ダンジョンと呼ばれるもの――から世界を守るために作った、と言われている。

なぜかダンジョンは幾つもあるにも関わらず、その全てがこのグレンディア地域にしか存在せず、それだけならまだしも一定周期でスタンピードを起こして、人々を苦しめてきた。

そして、その者たちを守るために女神ヴェルテディアがこの地に降り立ち、全てのダンジョンを囲むように広大な守りの結界を張り居を構えた。その居がグレンディア城だ。

それ以来結界の内側である国内では魔力を持つ者が生まれ始め、百年に一度起こるスタンピードから民を守ってきた。他の国では魔力持ちは基本生まれないので、女神から授かった力だと考えられている。


また、女神の側には片時も離れずに女神を守り続けた一人の人間の騎士がおり、やがて二人は結ばれて、その子孫が王と呼ばれるようになった。

余談だが、この国の騎士団がなぜ『聖騎士団(ハイリヒリッター)』と呼ばれるのかと言えば、女神の夫である聖騎士(ハイリガーリッター)にちなんだためだと言われている。



言わずもがな、国教は女神ヴェルテディアを崇めるヴェーデ教だ。強制ではないが国民の殆どはヴェーデ教信者である。そのため、他教が否定されることはないが、受け入れられることもまずないだろう。


ゆえに教会は驕り、少しずつ腐敗していった。

だが教会の高く高く伸び切った鼻をへし折り、完膚なきまでに叩きのめして正した人物がいる。前国王陛下だ。

その当時のことをおじい様に尋ねたら「とにかく凄く恐ろしかった」と青い顔をして震えながら語っていたことを覚えている。結局その手腕はわからず仕舞いなのだが。


そんなことがあって、今ではすっかりおとなしくなった教会が表舞台にしゃしゃり出ることもなくなった。本来の教会の在り方に戻ったと言ってもよい。

だから先日の旧聖堂でのことは、ヴェーデ教とは切り離した方がよさそうだ。






***


街道を逸れて北東に馬を走らせること十分足らず。然程大きくもない森に辿り着く。

森の入り口には見張りと思しき二人の騎士がおり、当然ながら私たちも止められたが、そこをリオンが強引に押し切って森に入った。

折角練っていた見張り対策は無駄になったけれど、すんなりと森に入れたので良しとしよう。


それからは常歩(なみあし)で、木々生い茂る森を注意深く進む。

辺りは鳥の囀る声と、時折吹く風に揺れて聞こえてくる草葉の擦れる音、そして私たちが乗る馬の蹄の音だけで、至って長閑である……と言いたいところだが、小動物くらい見受けられるかと思いきやその姿さえなく、却って静かすぎて不気味なくらいだ。


グランデダンジョンは王都の冒険者ギルドからとても近く、ダンジョンでの依頼が多いこともあって、リオンとコンビを組んで何度か訪れている。

その際にもこの道を通ったが、その時は通るたびにウサギやリスなどの小動物を見かけていた。その動物たちがいない。まるで嵐の前の静けさ、何かを敏感に感じ取って怯えているかのようだ。


それを裏付けるかのように、先程私が感じた嫌な気配は、注意を向けずとも感じられるくらいには強くなっている。けれど、リオンにはさっぱり感じられないらしい。彼にも魔力はあるはずだが……。




やがて森を抜けて、拓けた平原に出る。平原は、すり鉢状の巨大な穴が点在しながらも延々と広がっており、はるか遠くを見遣れば山々が連なっていた。その手前に森があり、更に手前には平原の中にぽつんと一つ、私の身長約五倍ほどの山があって、まるで口を開けて威嚇しているかのように、大きな入り口を森に向けている。

それこそが私たちの目指すグランデダンジョンだ。


馬を少し平原に進めて振り返れば、北西の方角に屹立する城がはっきりと見えた。城の南側にはタウンハウス街、庶民街、職人街が扇状に広がっている。つまり、王都とこのグランデダンジョンはそう離れてはいない、寧ろ目と鼻の先くらいの距離にある、と言うことだ。

ゆえに百年に一度の周期で起こるスタンピードの際には、グレンディア軍総出でここの制圧にあたってきた。それこそ、近衛騎士団(ケーニヒリッター)だけは王家を守るために城に残らなくてはならないが、聖騎士団(ハイリヒリッター)から魔法師団(ツァオベラー)、果ては傭兵師団(ゼルトナー)もその垣根を越えて王都を死守するのだ。


だが、少しおかしい。確か前回のスタンピードからはまだ八十年ほどしか経っていないはずだ。三年前にもイストゥールダンジョンでスタンピードがあったが、それもおかしいと未だに言われ続けているのに、グランデダンジョンまで起こりそうとは。周期が短くなっているのだろうか?




馬の歩みを進めてダンジョンに近づく。それにつれて人の集団が見えてきた。全員が同じ白い鎧のようなものを着ている。近くには野営のための大きな天幕が幾つか張られているようだ。

リオンがそちらに馬を進めると、然程かからずに相手の顔がわかる距離まで近づいた。ここまで来ればその者たちが何者なのか誰でもわかる。彼らはグレンディア国軍聖騎士団の騎士様方だ。

騎士たちは皆、私たちがこちらに来ることに気付いていたが、馬上の人物が誰なのかわかった時点で警戒を解いていた。しかし更に近付くと、私の存在にも気付いたのだろう。再び緊張が走ったようだ。

その中で、一人だけ青いマントを纏っている騎士が集団から一歩前に出てこちらを窺っていた。

青いマントを纏うことが許されているのは、聖騎士団の団長と副団長だけである。つまり彼はそのどちらかなのだが、私の記憶が正しければ団長だったはず。


騎士たちの前まで来るとリオンが馬から降りたので、私もすかさずぴょんと飛び降りる。

その際に、私が着地した音とは違う重低音が僅かに聞こえた気がした。しかし、耳をそばだててももうその音はしない。気の所為だろうか?

念のためにもう一度耳を澄ましたが、直後に会話が始まってしまい断念せざるを得なかった。


「部外者は立ち入り禁止のはずだが?森の入り口で引き止められなかったか?」

「あいつらを怒らないでやってくれ。俺が引き止めようとするあいつらに命令したんだよ。もう間もなく事が起こるとこいつが言うからな。見る限りまだ師団長殿は来ていないようだが」

「確かにまだ来てはいないが、だからと言って部外者を連れて来ていい理由にはならない」

「そう言わないでくれよ団長。師団長殿がいない今、最強の助っ人だ」


やはり団長か。昔殿下とともに一、二度ほどお会いしたことがあったのを朧気にだが覚えている。改めて彼を見れば、こんな感じの御仁だった気が……しないでもない。


この国に多い茶色い髪は短く切り揃えられていて、目は榛色。がっちりとした筋肉質の体はご令嬢方に『守ってもらえそう』と大人気だとか。名前は確か……そう、エリーアス・デュナー様だ。

彼は武官で有名なデュナー伯爵家の三男だったはず。今は家を出て騎士として国に仕えていて、年は私よりも一回り以上上だったかな。三年ほど前に聖騎士団団長の職に就いたらしい。結婚していて夫人は幼馴染の子爵令嬢だった方なのだとか。愛妻家でまだ小さい娘さんがいるとお母様に教えてもらったっけ。


(あら、いやだわ。お茶会ってやっぱり伊達じゃないのね、疎かにはできないわ)


団長の顔を見ながらそんなことを思っていたら彼と目が合った。


「まだ子供じゃないか!どこで拾ったんだ?返して来い」

「誘拐じゃねえって。俺が出入りしているギルドの相棒だよ」

「この子が、あの例の?」

「初めまして、ルディで…………早速ですが団長殿。彼と言い合っている暇はありません」

「どう言う意……」



――――ドドドドッ!!



団長が言い終わらないうちに、何かが駆けるような重たい音が彼の後方から聞こえてきた。彼のすぐ後ろに控えていた騎士たちも皆瞬時に振り返って状況を確かめる。

粉塵が立ち上がり、辺りを揺るがす地響きが絶え間なく続く。

最初は騎士たちが壁となって見えなかったが、偶然出来た隙間から覗けばダンジョンの入口と思われる辺りには、夥しい数の異形な生き物が溢れかえっていた。スタンピードである。



それを見た瞬間に体が勝手に動いていた。騎士と騎士の隙間に割って入り、騎士たちを掻き分けながらダンジョンの方へと駆け抜ける。


「おい、ルディ!!ダメだ、行くな!戻れ!!」

「リオン!彼らを下がらせてっ!!僕の魔法の後で倒し損ねた魔物たちをみんなで手分けして倒していって!」

「止せ、やめろ!ルディー!」


辛うじて聞こえたリオンの声に足を止めて軽く振り返ると、お腹の底から声を出してリオンに届くように叫ぶ。そしてすぐに向き直り、彼が必死に私を止めようとするのを無視して、再び全力で走り騎士たちの前に出た。


一瞬お父様の言葉が頭を過ったが、ここで安全圏に逃げたら多くの人が傷つく。それがわかっていて逃げるなんて真似はできない。

それに私は曲がりなりにも魔術師だ。魔術師の本当の仕事は国に尽くすことではなくて、スタンピードから民を守ることである。お父様もきっとわかってくださるはずだ。


迷いを捨てて、きっと魔物を睨む。すると魔物は何かを察したのか、一斉にこちらに向かって突進してきた。




グランデダンジョンの魔物は主に物理攻撃を得意とする大型獣が多い。

グレートベアにダークファング、ビーストウルフやキラーハウンドなどいろんな種類がいて、どの魔物も皆魔法に弱いと言う性質を持つ。勿論打撃でも倒すことは可能なのだが、魔法だと更に簡単に倒せるのだ。


武器で戦うのが基本の聖騎士団でも魔法を扱える者たちは存在する。が、基本は自己強化を主とした魔法が殆どなので、魔法ならば専門である魔法師団に任せるのが得策だろう。だが未だその姿がない。

それどころか傭兵師団さえ来ていないようだ。ここにいるのは一個師団ほどの騎士だけである。

恐らく事が起こるか否か、上の意見が分かれたのだろう。そのため全軍をここに差し向けることが難しくなり、団長率いる第一師団に白羽の矢が立った、と考えられる。


第一師団と言えば聖騎士団の中でも精鋭揃いだと専らの噂だ。しかし、いくら精鋭揃いとは言え、一個師団で抑えきれる数ではない。仮令魔法師団が到着するまでの繋ぎだとしてもだ。

それでも、魔法師団を待つ間、我々だけで持ち堪えなければならず、それは正直なところかなり厳しい。が、もし可能ならば誰一人欠けることなく帰還したい。とすれば、私が魔法で出来得る限りの魔物を蹴散らして数を減らすことが、負傷者の数を抑える最善の方法だと思うのだ。



最初の一撃はなるべく大規模で破壊力のある爆撃魔法を放ちたい。制御可能な範囲で最大の魔力を、両手に集めるように集中する。


普通の魔術師ならば、全魔力を一部に集めて制御することも可能であろう。しかし、私の場合は魔力がありすぎるために、全魔力を一か所に集めてしまうと、制御しきれずに大惨事を引き起こしてしまう。だから私は、どのくらいまでなら制御できるのかを把握する必要があり、把握してからはその量を違えないように心掛けている。


やがて、魔力がごっそりと持っていかれて、両手に強大な力が集まっているのが感じられた。その魔力を極限まで圧縮して体の外に出す。すると諸手のそれぞれ数センチ上に、光り輝く魔力球が浮かび上がった。

それをちらりと見遣る。大きさは私の拳くらいだろうか、魔法に詳しい者が見れば思わず逃げ出す大きさだ。何せ普通の火や水の魔法ではなくて、圧縮された魔力の塊である。それが二つも。その威力が如何程の物なのか、わかる者にとっては脅威以外の何物でもない。



私が得意とする爆撃魔法は魔力を極限まで圧縮して放つ魔法だ。魔力を直接敵に当てるので属性は存在しない。そしてこれは上級魔法であり、それなりの魔力量と技術を持つ者しか放つことができないのである。

理由として先ず、圧縮するには魔力が相当量必要だということ。圧縮できたところで真珠ほどの大きさではお話にならない。パン!と可愛らしい音を立てて人を驚かせるくらいが関の山だろう。


次に技術だ。これがなかなかに難しいのである。自分の中に流れる魔力を一か所に集めることが出来たとしても、それを切り離して外に出し、浮かせるのにはかなりの練習が必要だ。そして大抵の人は練習を一、二回もすれば魔力が尽きて倒れてしまう。なのであまり堅実的ではない爆撃魔法は一般的に忌避される傾向にある。



では何故私がこの魔法を得意としているのかというと、生きて行く上で必要だったからだ。とは言っても当時まだ三、四歳だった私が覚えている事など殆どなく、真偽の程は定かではない。だが、お父様たちから聞いた話なので間違いないだろう。


私は普通の人より多くの魔力を持ってこの世に生まれた。魔力量でみればこの国一と謳われるお父様よりは少ないが、そのお父様の子であるお兄様ともども、我が国の王よりも抜きん出ている。それゆえに王太子殿下と婚約したと言っても過言ではない。殿下はあまり私に興味を示さなかったので知っているかどうかは怪しいが……。

因みに魔力量が人並み以上であることを、魔力が強い、魔力が多い、他にも高い、豊富などと表現したりする。そして、魔力量――つまり魔力の総量は生まれた時のまま、減ることはあっても増えることは決してない。


話が逸れたがつまり、その人並み以上の魔力がいつも私の中に留まっていると想像してほしい。

魔力を持つ者は生活する際無意識のうちに魔法を使っていたりするのだが、魔力が減れば少しずつ自然回復していくので、枯渇してもしっかり休めば元の量まで回復する。

私も例に漏れず魔力が減れば自然回復するが、その回復の仕方が意外とえげつない。

回復速度は他者と一緒だ。そこは良い。問題はその後である。完全に回復したにもかかわらず更に魔力を補おうとするのだ。ただでさえ人並み以上の魔力を持っているのに、飽和状態から更に追加されるのである。


魔力がなくても差し支えはない。だが、多過ぎれば異常を来す場合もある。あまり記憶にないが、私の場合は幼い頃に体が弱かったらしい。

お父様が私に甘いのはそのためだろうか?


それはさておき、体が弱かった私にお父様が魔力の操作方法を教えてくれて、お父様の結界が厳重に張られた訓練室で魔法を放つようになってからは、不調はなくなった。今ではすっかり健康体だ。

そしてその時お父様に教えられた魔法というのが爆撃魔法なのである。幼子になんて危険な魔法を教えるのか、と聞いた時には思ったが、その理由を尋ねてもお父様は答えを濁すだけで教えては下さらなかった。


とにかく、爆撃魔法は魔力をごっそりと持って行ってくれるため、体が軽くなり走り回……動けるようになったらしい。そしてそれを見たお母様に剣を握らされるようになったのだとか。


やがて魔力が制御できるようになると訓練室で魔法を放たなくとも良くなった。魔力球を浮かせるだけで魔力を消費してくれるし、浮かせた魔力を放つことなく消し去ることも可能なので、毎朝起きる時にやればその日一日元気でいられるようになったからだ。

だが今朝は、前日大暴れして魔力が減っていたこともありまだ行っていない。また、賊たちの命を奪うつもりはなかったので爆撃魔法も放たなかった。そのため、幸いにも魔力はほぼ満杯だ。






つと、魔物らを見ればその数を増やし魔法の射程範囲内にまで達していた。好機だ。

両手を上に掲げると狙いを定めて振り下ろす。すると、両手にとどまっていた魔力が一気に放出され、二つの魔力球がそれぞれ狙った場所に命中した。



―――ドゴオォォォン!!ズズズ……。



耳を塞ぎたくなるようなけたたましい轟音とともに凄まじい爆風がこちらにまで届く。大きな石はこちらまで届かないが、時折小石が飛んでくる。それを防御魔法で弾く。周りの騎士たちも難なく石を躱しているようだが、全体に防御壁を張っておけばよかったかな。



やがて爆風が収まり、粉塵に覆われていた視界が開けてくると、即座に辺りの様子を確認する。魔物はその数を大分減らしていて、ざっと半分弱減らすことに成功したようだ。

だが、まだ油断してはいけない。魔物は一瞬怯んだだけで、爆風が収まるのと同時に動きを再開していた。


私もすぐに次の行動へと移る。魔力は先程の一撃でごっそりと持っていかれてしまったけれど、まだ余裕で戦えるだけの魔力は残っているので問題ないだろう。

これ以上横に広がらないように、群れの両端を再び爆撃魔法で叩く。先程のような威力はないが、一度に十体強を倒すくらいの魔法は然程集中しなくても扱える。それを惜しみなく放っていく。

倒し損ねた魔物は「ここは任せろ」とか「君はできるだけ多くの魔物に魔法を」との声とともに、いつの間にか戦闘を開始していた騎士たちが見事仕留めてくれた。

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