困惑
リオン視点です。
戦闘の話を書こうとして、先にこっちの話が出来上がってしまいました。
ギャグに走っておりますし、以前の話とかぶっている個所もあります。もちろん前話も含みますので、苦手な方はご注意ください。
目の前の人は誰だ?それが俺の、変装した相方への第一印象だった。
『生贄の護衛』と言うギルドの依頼を受けて、イェル村村長の家に滞在して数日。作戦も決まり、生贄の代役を相方に押し付けて、あとは決行日を待つばかり。
当初相方であるルディは代役を拒否していたのだが、俺が言いくるめたら渋々承諾してくれた。
その際に知り合いを呼ぶと言っていたのだが、正直たかが女装に何故あそこまで拘るのだろうか。態々『その道のプロ』と称する人物を呼び寄せなくても、作戦決行は月明りのない夜なのだから誰もそこまで気にすることはないのに。
だがそんな思いとは裏腹に、年下の少年が一体どんな格好をするのか、本の少し愉しみな部分もある。自分がやらないから言えることだ。
代役の話をしている時、ルディが苦し紛れに「だったらリオンがやればいいじゃん!」と言っていた。しかし、生憎だがそれは無理な話であった。
俺は剣を扱うががっしりとした体格ではなく、必要最低限、それなりの筋肉しかつかない。もう少し筋肉を付けたいのだが付いてはくれないのだ。
それでも女装をすれば、その必要最低限の筋肉が邪魔をして悪い意味で目立ってしまう。
だったら筋肉もなくて、身長も問題ない、容姿も中性的で戦えて、生贄に必要な魔力を十分に持っているルディが最適ではないか。そう思った俺は悪くないと思う。
決行日前日の昼、食事の用意が出来たと言われて食堂に行くと、そこではじめてルディが呼んでいた人物が来たことを知った。何でも今は試しに変装をしているとか。
いやはや、ここまで拘るとは。一体どうなることやら、期待と不安が入り混じり複雑な気分だ。
昼食を終えてだいぶ経った頃、執事に部屋の戸を叩かれて、ルディの支度が整ったので応接間に来るようにと告げられた。
応接間に行くと既に村長が席についていて、軽く挨拶を交わしつつ自分も最早定位置となりつつあるソファへと腰かける。
本当ならば護衛たちを呼んだ方がいいのだろうが、それはぎりぎりまで知らせない方向で行くと言う結論に至った。あの時ルディが言ったのだ。「敵を欺くなら味方からね」と。
少しして廊下から「ルディ様、こちらでございます」と言う執事の声と、聞き慣れた少年の礼を言う声がした。ルディが来たようだ。
ノックの後ルディを連れてきた旨を伝える執事に村長が応えをすれば、一拍の間を置いて入口の扉が開かれる。
いよいよかと思えばそこにいたのは執事で、彼の左手にはやや青みがかった白いレースの手袋をはめた、幾分小さい手が添えられていた。だがその姿は壁に隠れていて見えない。すると、執事がそっと手を前に出し、それに合わせてルディが二歩ほど前に出た。
―――そして、俺の時間が止まった。
目の前にいる人は誰だ?知っているのに知らない。亜麻色の髪も、白い肌も、儚げな表情も、くらっと誘うような香りも、その蠱惑的な姿態も、まるで淑女のような完璧な所作も。
あんなにつり上がっていた目は、気の所為だったのではないかと言うくらいに垂れ下がっており、伏し目がちだった目がこちらを向くと、紫水晶のような澄んだ輝きとかち合った。視線がぶつかるのと同時にルディが僅かに首を傾げてにこりと微笑む。その瞬間俺の時間が動き出して、怯えているわけではないのに無意識に肩が跳ねた。
ルディは完璧だった。今まで出会ったどの女性よりも整った容姿で美しい。恰も精巧な人形ではないかと疑いたくなるが、一度動き出すと途端に人へと姿を変える。
そして人に姿を変えると今度は艶めかしくなった。中に何を詰めたのか本物のように胸が揺れている。なんでそこまで拘るんだよ。そう思いつつも気付かれないうちにそっと視線を逸らしておく。
俺はどうかしてるのだろう。頭ではルディだとわかっていても、なぜかいつもよりも距離を置いてしまうのだ。どもる俺にルディは普段と変わらない仕種で俺の前へ来て困った顔を浮かべた。ああ、気を遣わせてしまったか。情けない、ちゃんとしなければ。
ルディのおかげで気持ちの切り替えができ、こうして俺はその後恙なく作戦の最終打ち合わせを終えることができた。
ふと、あの時のルディを思い出して苦笑する。確かにルディは美しかった。だが、ただそれだけだ。他意など全くない。俺にはそれ以上の感情が湧かなかったのだから。少女の姿はあまりにも人からかけ離れた姿ゆえに作られた感が半端なかったのである。
他の者はそうは思わないらしくその美しさに惑わされ、最初はあんなに恐怖に慄いていたのに、今現在幸せそうに昏倒している者が殆どだ。
俺もそう思えたのならどんなに良かっただろう。だが、先程見た光景が頭から離れず、嫌でも現実を突きつけてくる。
それはこの世の地獄のような光景だった。
「みーつけたっ」
ルディに女装をさせてはいけない。ころころと鈴を転がすような可愛らしい声に惑わされてもいけない。俺はそれを今日、身をもって知った。
そこは阿鼻叫喚、地獄絵図と化していた。
ルディが入っていた檻から出される。すると一瞬のうちに彼を捕まえていた者が、ぽーんと宙に舞うではないか。賊は仲間の方を向いていて、皆ルディの仕業だとは気付かずに「魔術師がいるぞ!」と辺りを警戒するが、それをよいことにルディが「きゃ…怖い、魔法?」なんて殊更に怯えた態度をとるものだから、お前がそれを言うのか、とつい笑ってしまいそうになる。
その中で全てを見ていた敵の魔術師が、首をぶんぶんと左右に振るが、ルディが一瞥した途端にぴたりとおとなしくなった。
そしてすっかり騙された男どもが、ルディによって赤子の手をひねるかのように次々と吹っ飛ばされていく。しかし、それに気付いた時には後の祭りだ。襲い来る賊をルディが軽やかに捌いていく。その姿たるや妖精が舞を舞っているかのように美しい。だが実際はそんな幻想的なものではなくて地獄のような悲惨な光景だ。
なにせあの、何も重いものが持てませんと言わんばかりの、今にも消えてしまいそうな儚げな美少女が、急に豹変したかのように満面の笑みで男どもを倒しまくっているのだから。
敵はそこそこの手練れで剣も持っているのに、それをものともせずに素手で殴っていた。普通剣に素手で立ち向かったりはしない。だがルディは身体強化の魔法をかけた上で、己の手足に風を纏わせて、相手に大打撃を与えているのだ。相手への衝撃は凄まじいのだが、風がルディを守るので殴っても手には何も感じない。ただドアをノックする程度の力で殴っていくだけで相手は吹っ飛んでしまう。
ルディは簡単な風の魔法だと言っていたが、あれはそんなに簡単なものではない。俺は火や水と言った属性の魔法は扱えない。けれど、あれがかなり高度な技術を要するものだということくらいはわかる。しかし、本人にとっては造作もないことのようだ。
そんなルディに再び目を遣る。ルディはその風を利用して相手から剣を奪うと、これまた最高の笑みで斬りかかって行く。その戦力たるや目を覆いたくなるくらい一方的で相手に同情したくなる。
しかし、そこはルディ。相手に容赦など一切せず、強さに恐れ戦き、物陰に隠れてしまった者までご丁寧に探し出して斬っていくのだから始末に負えない。
敵はあの可憐な見た目に惑わされてつい油断をしてしまうのだろう。しかし中身はルディだ。大胆に立ち回り、更に困惑した者たちを躊躇いなく斬って捨てて行く。恐ろしい。実に恐ろしい。ルディ無双だ。一騎当千、勝ち残るのは彼以外には有り得ない。
それにしても強い。ルディとは何度かともにダンジョンに行き、その強さも戦闘の仕方も見て知っている。だが、目の前の彼が人間相手に戦う姿は更に強い。
気が付けば10人ほどいた賊があと1人しか残っていなかった。他の者は地面と仲良くしている。
この強さが欲しい。できればルディをこちら側に取り込みたい。
前々からそう思って彼を調べているのだが全くもってその素性がわからない。俺の『影』を使っているのに尾行や詮索に気付いて上手く逃げられてしまうのだ。何者なんだと何度思っただろうか。情けないことに未だにその正体は掴めていない。
(あいつ、割と秘密主義なんだよなあ)
ルディは飄々とした人好きのする性格で、聞き上手なところがある。だが、ひとたび自分の話になると途端に会話を躱して、別の話へと誘導してしまう節があった。ギルドでは互いに詮索をしないことが暗黙の了解とされており、それ故に3年の付き合いがある今も『ルディ』と言う名前とその強さ、そしてあの性格しかわからないのだ。それすらも作られたものかもしれないが。
それでも少しの付き合いの中でわかることもある。
ルディは「自分はお人好しではない」と言っていたが、十分お人好しだと思う。今回のことだって面倒だと言いながらも、ずっと気にしている節があった。見兼ねた俺が話を持ち掛けたら、一も二もなく飛びついたのは言うまでもない。暇だったからという説も否めないが。
それからもう一つ。彼は頭はいいが、思慮深く見えてその実、体の方が先に動いてしまうタイプだ。特に夢中になると周りが見えずに戦いに明け暮れる、言うなれば『戦闘狂』である。何かあれば大暴れする彼が、諜報員や暗殺者のような任務に就けるわけがない。だからこそ相方をやっているわけだが。
そして彼はおそらく貴族だ。普段の何気ない所作からそれはすぐにわかった。だが貴族にルディなんぞと言う名前の少年はいない。俺と一緒で名前をもじっているか、本名とは全然関係のない偽名か…。
あの作り物じみた美しさにしてもそうだ。今は儚い少女の容貌だが、本来の彼は男性とか女性とかそんな枠組みなど関係ないと思える程の美人で、あれ程の美貌はこの国にそうそういない。
いくらデビュタント前だからと言っても、あの美貌だったらどこかの噂話の端に上がっていてもおかしくはないはず。ルディは噂好きのご婦人たちの恰好の獲物と言ってもいいくらいだ。いくら俺が社交していないにしても、あいつ等の話に上がりそうだし…。
確かルディは15歳だったか。それならば尚の事おかしい。その年なら軍の養成学校か学院にいなくてはならないはずだ。おそらく軍の方にはいないだろう。となると学院か。
あのくらいの歳頃ならばご令嬢のお相手として目をつけられていてもおかしくはない。なのに彼の話がないとはどういうことだ?
一体彼は何者なのだろうか。ますますわからなくなってしまった。
だがしかし、身元が一切わからずとも、諜報員や暗殺者の役目が彼には無理だと言うことさえわかれば十分だ。
一頻り暴れた後にルディが残党を刈りに出て行く。彼は引き止める間もなく足取り軽やかに出て行ってしまって、残された俺はとりあえずやることもないので、転がる賊を片っ端から縛っていくことにした。
ルディ一人で大丈夫だろうかと一瞬思ったのだが、嬉々として出て行ったので恐らく問題ないだろう。寧ろ相手側の心配をしてあげた方がよさそうだ。それを証拠に少し離れた場所からドーンと地響きと轟音が聞こえてくる。
(……マジでやべぇ。滅茶苦茶暴れてるわ、あいつ)
俺は女神像の前で賊の無事を祈った。ルディは祈らなくとも無事だ、多分。
祈りの甲斐あってか暫く経った頃、ルディが賊の頭と思われる者を引き連れて…いや、ずりずりと引き摺って戻ってきた。いくら身体強化しているからとは言え、どこにそんな力があるんだよ。しかもあの見た目で。空恐ろしいな。
初めからあの煙の立つ場所を押さえればよかったのではないだろうか?慎重なんて言葉はこいつには必要ないと思うのだ。
頭と思われる男を檻に入れ、周りに転がっている者たちも片づけると、ルディが両手に付いた汚れを落とすようにパンパンと叩いて、すっきりした表情で祭壇前に佇む。
その光景に俺は息を呑んだ。
新月のために月光が届かず、天井に所々空いた穴からは、前回訪れた時に見た燦燦と輝く日の光ではなくて、無数の星が顔を覗かせていた。
そして祭壇には、星の光にうっすらと照らされた、儚げな美少女が佇んでいる。少女は何の混ざり気もないくらい白く透き通った肌に、手で掬うとさらさらとこぼれ落ちる金糸のように輝く亜麻色の髪で、か弱そうなイメージを連想させる垂れた目をしていたが、今現在あの星程度の光量でその色をはっきりと捉えることなど不可能だ。
だが一つ言えることがある。それは、この光景があまりにも幻想的で少女が今にも消えてしまいそうなことだ。
少女はこちらを見ると優しい笑みを浮かべた。その姿、表情、所作、どれをとっても少女と見紛う姿に俺は困惑する。
何故なら少女は本当は少年であり、自分はそっちの気などないからだ。
だがそんな俺の困惑を余所にルディがにこやかにこちらに近づいてくる。そしてこともあろうか、そこら辺の令嬢よりも綺麗な所作で淑女の礼をして見せた。
「リオン様、無事成功しましたわね?」
「あ、ああ…」
何故少女のような可愛らしい声音と令嬢のような口調で言うのか。しかし、にこやかな笑顔を顔に貼りつけて、絶対零度の空気を纏わせるなんて器用な芸当を見せるルディに何も言えない。そして、その理由はすぐに明らかとなった。
「あなたがわたくしを興味半分で生贄役に抜擢したことは知っておりましてよ?わたくしもお受けしたからには最後までご令嬢になりきろうと思いましたの。でもそれだけではつまらないでしょう?ですからわたくし、意趣返しを兼ねてあなたを惑わせてみようかと思い立ちましたのよ」
「…は?」
なんでそんなに楽しそうなんだ?くすくすと笑う声や口元に手を添える仕種がやけに女性らしいんだが。僅かに首を傾げて俺を見るのもやめてほしい。『イケナイ扉』を開けてしまいそうになる。
ルディは可愛らしい笑みを浮かべたまま更に近づき、俺の顔を下から覗き込む。すぐさま至近距離にあるルディの肩を掴みぐっと引き離した。
「悪かった。勘弁してくれ」
「本当に悪かったって思っておりますの?」
「思ってる。思ってるからちょっと離れてくれないか」
「それではもう二度とわたくしにこんなこと強要なさいませんわね?」
「ああ、誓う」
「ふふ、その言葉が聞きたかったんですの。それではそろそろ増援が来る頃ですからこの者たちを引き連れて戻りましょうか」
そう言うなりルディが祭壇に置かれている檻に手をかける。俺も奥に回り、そのまま二人で檻を入口の方まで押していく。檻の下には車輪のようなものが付いていて、いとも容易く運ぶことが出来た。
檻はガラガラと物凄い音を立てているが、中の男たちが目を覚ます気配はない。強力な眠りの魔法か、強力な物理の力か…。どちらにしても少々この男たちが不憫に思えてならない。
入り口付近まで押してきた時、折よく村の自警団員がやって来た。
団員たちは、来る途中にルディが転がしておいたという残党をすでに邸の牢へと連れて行ったようで、残りは頭目を含めてこの檻の中の賊だけである。その檻を団員たちに任せて、ルディと村長の邸に戻る。
自警団員たちは当初、ルディが変装していることを知らなかったために、知らない令嬢がいると驚いていた。それだけならまだしも有り得ないくらいの美少女だと興奮する者や、ちらちらと窺う者、更には目の色を変えて狙っている者までいたのだが、残念だったな、そいつは男だ。
ルディ自身もそんな男たちを揶揄っている節があり、にっこり微笑むとドレスを軽く摘まみながら優雅に歩いていく。楽しそうだな、おい。
とりあえず誤解を解くために少女がルディであることを周知すると、途端に彼らは目に見えてわかるほど落胆し、その目は皆一様に死んでいた。中には諦めきれない者もいたが、あのルディのことだ、何があっても大丈夫だろう。
そうこうしているうちに邸に着く。時刻はもう日付が変わる頃で、月のない空は無数の星が優しく光り輝いていた。
こうして作戦は見事成功した。いや、寧ろこれで成功しなければおかしいわ。
確かにルディを生贄役に据えれば勝率は上がるだろうと予想はしていた。この作戦だってかなりの確率で上手くいくと立てた策だ、失敗するはずがない。
だが、ルディは予想以上の立ち回りを見せて俺を戦慄かせた。
賊はトータルで20人近くいたのだが、決して弱くはないそれをルディは全部一人で片したことに畏怖の念を抱かずにはいられない。
この日のことは一生忘れることはないだろう。俺はいろんな意味で二度とルディに女装はさせまいと心の中で固く誓った。




