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公爵令嬢メイドになる

宰相の馬車に乗せてもらい、皇都の北に位置する皇城に向かう。


皇城は小高い丘に建てられていて、城に続く道は曲がりくねった上り坂となっている。

坂までは道が真っ直ぐと延びており、道の両側には飲食店や服飾店などが立ち並ぶ。

人が行き交い、わいわいと賑わう様は、いたって普通の、ありふれた街の風景だ。活気があって好ましいと思う。


一方で、今から行く皇城はそんな街並みとは真逆の様相を呈している。

というのも、皇城を囲う壁が来る者を威圧するかの如くそそり立っているからだ。

壁自体も強固なレンガで造られていて、すべてを跳ね返さんばかりの物々しい印象を与えている。


その頑丈な壁と一体化している(いか)めしい門を、馬車が通過する。

直後、思わぬ風景が目に飛び込んできた。


「まあ!」


門の先は、青々とした庭園が広がっていた。

高い木はなく、一定の間隔で低い木が植えられていて、所々に小道がある。

小道の先も低木が続いていて、まるで巨大な迷路だ。散策するのは絶対に楽しいだろう。

すべてが終わったら庭園を散策したいと思いつつ、周囲に目を向ける。


真っ先に目に飛び込んできたのは皇城だ。庭園を囲うようにして建っている。

といっても、完全に庭園を囲っているわけではない。

奥が引っ込み、両側が突出している、(おう)の形だ。そそり立つ壁とは少し離れている。


「何かありましたか?」


少しでも情報を入れたくて辺りを探っていると、向かいに座る宰相に声をかけられた。

外に向けていた視線を宰相に移し、ゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。庭園の大きさに驚いていました」

「そうでしたか。……ああ、着いたようですね。皆さんにはこれからここで働いていただきます。まずは私の執務室に行きましょう」


乗降場所に着いたようで、宰相の話のあとに馬車がゆっくりと停まった。


少しして、馭者席にいた従者の声が聞こえ、扉が開く。

従者にエスコートされて、私とユリアーナが順に降り、続けてリディと宰相が馬車から降りた。


そのまま宰相の後ろについて、皇城の中を歩いていく。

何度か角を曲がったり、階段を上ったりしたあと、宰相がとある部屋の前で足を止めた。


「さあ、中へ。あなたは侍女長とメイド長を呼んでくるように。その後は外で待機していなさい」


宰相自ら扉を開けると、部屋に入るよう私たちを促す。

言われるまま中に入ると、宰相は自身の従者を追い出す発言をした。


「閣下!?」

「いいから行きなさい」

「…………かしこまりました」


従者は不承不承の様子ながらも引き下がり、ゆっくりと頭を下げた。


従者が去り、宰相が部屋の扉を閉める。

完全に扉が閉まると、宰相が私たちの脇を通り、窓際にある執務机の椅子に座った。

私たちは机の前に、横一列になって立つ。私が真ん中だ。


「さて、呼びに行かせた者が戻ってくるまで、もう少し話をしましょうか。訊いておきたいことがあれば今のうちですよ」

「そうですね、では……」


宰相の提案を受け入れて(しばら)く話をする。

そうしている間に、従者が二人の女性を連れて戻ってきた。侍女長とメイド長だろう。


私たちが横にずれると、女性二人が宰相の正面に立った。


「お呼びと聞き、参じました。どのような御用でしょうか?」


二人のうちの一人、中年くらいの、少しふくよかな女性が宰相に頭を下げた。

もう一人の女性も中年女性にならい、頭を下げている。


「ああ、侍女長。急に呼び出してすまなかった。新たに人を雇い入れたので面倒を見てほしい。彼女らはメイドを希望だ」


宰相に侍女長と呼ばれた中年女性が、頭を上げて私たちを見る。


「メイド、ですか? 立ち姿が美しいようですが」

「準男爵家の娘たちだそうだ。この所作ならば人目についても問題ないだろう。メイド長の管轄になるが、侍女長もよく見てやってくれ」

「かしこまりました。……あなたたち、名前は?」


侍女長に尋ねられて順に名乗る。すると侍女長がわずかに頷いた。


「ルディにアナですね。私はこの城の侍女長です。何かあれば私やメイド長に相談なさい。メイド長」

「はい。ルディ、アナ。メイド長のヒメネスです。これからあなたたちは、私の下で仕事を覚えてもらいます」


侍女長に話を振られたメイド長が、私たちに話しかけてきた。

メイド長は壮年くらいの年齢で、女性にしては背が高く、すらっとしている。何かあってもすぐに見つけられそうだ。


どうでもいいことを考えながらメイド長に挨拶をすると、メイド長が満足げに頷いた。


「では最初に、部屋に荷物を置きに行きましょう。それが済んだら仕事に入ります」

「はい。それでは閣下、失礼いたします。お仕事をご紹介いただきありがとうございました」


宰相にお礼を述べると、リディを見る。

リディとはここでお別れだ。

心配する気持ちはあるものの、一緒にいるわけにもかない。


『無理しないで頑張って』との思いを込めてリディを見つめる。

リディはすぐに気付いてくれて、小さく頷き返してくれた。


その姿を目に焼き付けると、私はユリアーナと一緒に部屋をあとにしたのだった。




宛がわれた部屋でお仕着せに着替え、メイド長に連れられてメイド専用の休憩室に行く。

休憩室には十人程のメイドが、思い思いの場所で休憩していた。


「休憩中悪いわね。みんな集まってちょうだい」


メイド長の呼びかけでメイドたちが一斉に集まる。

全員が集まったところで、メイド長が口を開いた。


「今日からここで働くことになったルディとアナよ。困っているようなら声をかけてあげてね。ほかの人には明日の朝紹介するから、訊かれたらそう答えるように。ミレーラ」

「はい、メイド長」


メイド長に呼ばれて返事をしたのは、栗色の髪を一つに纏めた女性だ。

ややきつい顔立ちで、私より十歳程上に見える。


「あなたに二人の指導をお願いするわ。彼女たちの立ち居振る舞いに問題はないから、人手が足りない区域の掃除を担当させてちょうだい」

「プライベートエリアも含まれますか?」

「ええ、大丈夫よ。二人の雇用は宰相閣下直々のものですから」

「宰相閣下の……?」


訝しげな顔で、ミレーラと呼ばれた女性がこちらを向く。

その視線は射抜くように厳しいが、動じることなく会釈をする。


それが功を奏したのか、彼女が再び話し始めた。


「……ミレーラよ。早速だけど、あなたたちには廊下の掃除を行なってもらうわ。ついてきて」


厳しめな表情はそのままに、彼女――ミレーラが扉に向かう。

私たちもミレーラのあとに続き、部屋を出た。


「まずは用具置き場に行くわ。道順をしっかり覚えて」


ミレーラが歩きながら軽くこちらに振り返る。先程よりもいくぶん表情が柔らかい。


「あの、複雑な道順なんですか?」


ユリアーナが少し不安げにミレーラに尋ねる。


私はフィンから城の構造を教わっているので、今までどこを歩いたのか把握している。

でも、ユリアーナは違う。一から覚えるのは大変だろう。

そう心配したけれど、ユリアーナは存外(したた)かだった。


「大丈夫よ。もし迷子になっても、私たちに訊けばいいわ」

「ああ、よかった。ありがとうございます。不安だったんですけど、ミレーラさんがいてくれるなら心強いです!」


満面に笑みを浮かべて、ミレーラにお礼を言うユリアーナ。見えない尻尾が今にも見えそうだ。

そんなユリアーナにつられるかのように、ミレーラの顔の強張りが徐々にほぐれていく。


……なかなかあざといわ、ユリアーナ。


ダメな子を演じて、ミレーラの警戒を緩めたユリアーナの手腕は相当だ。以前よりも磨きがかかっている気がする。


呆れるやら感心するやら。複雑な思いでユリアーナを見ていると、ふとユリアーナと目が合った。

ユリアーナは『任せて!』と言わんばかりに、ウインクをする。


それを半眼で返していると、先を行くミレーラが足を止めた。


「ここが用具置き場よ。掃除をする時はここから必要なものを持っていって。次は水場ね」


ミレーラからあれこれと説明を受け、必要な道具を手にする。

そのまま用具置き場をあとにして、再びミレーラについていくと、ミレーラは何故か水場ではなく、用具置き場近くの部屋に入った。


ミレーラに手招きされ、多少警戒をしながらも部屋の中に入る。

直後、ぱたんと扉が閉まり、施錠する音がした。

慌てて後ろを向くと、ミレーラが扉の前で静かに佇んでいる。


「あの、ミレーラさん?」

「……お願い。仕事での態度は変えないと約束するから、正直に答えて。あなたたちはどっちの派閥なの?」


ミレーラの言葉に、目を瞬かせる。


ミレーラはたぶん、『第一皇子と第二皇子、どちらについているの?』と訊いているのだろう。

だとしたら、答えは一つだ。


「私たちは中立派です。ナダル一門ですので」


本当は第一皇子派だが、中立派筆頭のナダル子爵の名を借り、その配下である準男爵家の娘として皇城に上がっている。


偽りの肩書だからすぐにばれてしまうけれど、そう悪いことばかりでもない。

中立派なら、疑心暗鬼に陥りそうな皇城の中で、一定の間警戒されずに立ち回れる。

また、ほかのメイドたちがどの派閥であれ、邪険にされずに済む。むしろ、勧誘を受ける立場になるだろう。

とはいえ『どちらの派閥にも引き込まれるな』と、子爵から言付かっているので、頷くことはないけれど。


「ナダル一門? ああ、子爵家の。だから宰相の口利きがあったのね。宰相はナダル子爵を第二皇子派に引き入れたがっていたもの。まあ、私たち第一皇子派が阻止させてもらうけど」


ミレーラは第一皇子派らしい。

それなら、警戒を緩めても大丈夫か、と一瞬心が傾く。

だが不意に、『全員を疑ってかかれ』というフィンの言葉が脳裏を過り、即座に思い直した。

皇太子殿下でさえ味方に裏切られて生死の境をさまよっているのだ。気を引き締めこそすれ、緩めてはならない。


改めてミレーラを見れば、顎に人差し指を添えて、こちらを見ている。

おおかた、いかにして私たちを勧誘するか、とでも考えているのだろう。ご苦労なことだ。


やがて結論が出たのか、ミレーラが口を開いた。


「あなたたち、休憩時間も私と一緒にいなさい。ある程度は守ってあげる。もちろん、無理にこちらに引き入れることはしないわ」


ミレーラは長期戦でいくと決めたらしい。

短期戦でいく私たちにはありがたい決断だ。余計な手間が省けていい。


もっとも、私たちが皇太子派であると素直に告げれば、その手間も一瞬にして消える。

だが、誰が敵で味方か区別がつかない中、どこで情報が漏れるかわからない。

私たちの存在を知る者はごく少数に留めておくに限る。


だから私は、中立派の立場に相応しい言葉を選び、お礼だけを口にしたのだった。

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