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公爵令嬢生贄になる

空を制していた太陽が徐々に勢いをなくし、どんどん地平線へと歩みを進めている。それに伴い黄色から橙、そして赤へと絶妙なグラデーションを描き、辺りを彩っていく。

一方で、眩しく輝く太陽から目を背ければ、そこは夜の帳を下ろし始めており、赤色から紫、そして濃紺へと先程とは真逆の色合いを見せている。

それらの影響を受けた建物は、見事なまでのコントラストを生み出していて、見る者が感極まってつい泣きたくなるような、そんな寂寥感を与えていた。


「ティナ様、皆様の準備が整ったようです」


支度を終え、窓辺に置かれた椅子に腰かけて外の風景を眺めていた私に、ここのお仕着せに身を包んだイルマが声をかける。

ああもう時間か、とそろそろと立ち上がりドレスの裾を踏まないようにゆっくりと歩く。

イルマがそんな私を心配そうに見る。この作戦は単純なものではあるが、成功する確率が高いので問題ないであろう。ゆえに、心配ないと告げる代わりにふんわりと微笑んでみせた。それを見てイルマも僅かに微笑む。


ふと近くにあった姿見に目を遣り、じっくりと自分の顔を見つめる。儚げで物静かな少女がそこにいた。


静かに目を閉じ、数秒ほどして再び目を開ける。

それからゆっくりと部屋の扉の前まで行く。

待機していたイルマが扉の取っ手に手を掛けようとした時、突如廊下側から扉をノックする音がして、目を丸くする。何事かと小首を傾げてイルマを見れば、イルマもまた小首を傾げ、彼女自身もわからないのだと態度で示す。

何だろうとは思うが基本この邸内に危険はないので問題ないだろう。もし問題があるとすれば間者の存在だ。とは言え、私のこの姿はごく一部の者にしか知らせてはいないし、私が囮になることを知っているのも限られた者だけだ。

それゆえに、今一番にするべきことは、この姿が村長の娘ではないと知られないようにする、ということである。

とりあえず元々被る予定だった布をイルマから受け取り被った。視界は遮られるが私だと知られることもないだろう。私が布を被ったのを見て、イルマが様子を窺いに一人で部屋の外に出る。だが、さして間を置かずに戻ってきた。


「イルマ、なんだったの?」

「それが、この邸のご令嬢がティナ様にお会いしたいと」

「私に?……いや、僕にだね?構わないよ」


村長の娘(カテリーネ)公爵令嬢(マルティナ)に会いに来るはずがない。ルディに何か用があるのだろう。一瞬でルディの仮面を顔に張り付け令嬢を招き入れる。

カテリーネは一つ断りを入れるとおずおずと部屋の中へ入ってきた。布を被ったままだったので髪が崩れないように注意しそっと布をとる。すると、息を吸い込む微かな音がしたのでそちらを見れば、カテリーネが両手で口元を押さえながら目を瞠っていた。


「えっ!?ルディ、様……?」

「ええ、そうです」

「うそ……。すごく、凄く綺麗です!え、なんでこんなに……。信じられない…女性の私より綺麗だなんて、自信なくすわ……」


最初は力強く賛辞を述べていたカテリーネだったが、その言葉は段々と尻すぼみになっていき、最後は呟くような小さな声へと変わっていった。

ルディが女性ならば『綺麗』と言われて『ありがとう』と返せる。ただ、如何せんこの姿でも中身は男性だと思われているのだ。ならば『ありがとう』はちょっと違う。何と答えれば良いのかわからなかったので、とりあえず曖昧に笑ってみた。


それにしても何故カテリーネはここに来たのだろうか?そんな疑問を投げかければ、気を取り直したカテリーネが「私の代わりにルディ様が生贄になると聞いてお礼を述べたかったんです。今なら皆下に集まっていていないから、こっそり抜け出してきました。……変装見たかったし」と返答した。

最後!ぼそっと言ったつもりだろうがはっきりと聞こえたわよ。

後でもよかったのにとは思ったが、最後の本音が目的だったのだろう。いろいろと思うところはあったものの、とりあえずにっこりと微笑んで、礼は必要ない旨を伝える。


そう、本当に必要ないのだ。なぜなら私たちはギルドの依頼で来ているのであって、人助けで来たわけではないのだから。依頼である以上仕事として割り切るので、本来礼を述べるのは私たちにではなく、あの状況から諦めることなくギルドを頼って依頼をした村長に述べるべきなのだ。

彼女に全てを話すことはできない。まさか庇護してくれるはずの領主に見捨てられたなんて言えるわけがないし。


一頻り私を眺めると満足したのかカテリーネは帰って行った。多少顔が赤かった気がしたのだがなぜだろう?


カテリーネがいたのはそんなに長い時間ではなかったが、既に皆を待たせていたので改めて布を被り直して皆のもとへと急ぐ。

前が見えないのでイルマに支えてもらいながら皆の前まで行くと、ぺこりとお辞儀をした。極力正体は隠したいので無言のままその場に佇む。代わりにイルマが謝罪をしてくれた。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。お嬢様は先程から声が出なくなってしまって……」

「そりゃあ、生贄にされようとしているんだ。怖くて声が出なくても仕方がないさ」

「ちゃんと私たちがお守りしますので大丈夫ですよ」

「済まない、カテリーネ」


機転を利かせてくれたイルマに、護衛の一人が仕方がないさ、とフォローする。すかさずリオンが安心させる言葉を紡ぎ、最後に村長が謝罪してきたのでふるふると首を振って答えた。リオンはともかくとしても、村長もなかなかの役者だ。

ここにいる他の護衛たちが言葉を発してはいないので、そっと隙間から周りを窺うと、皆先程の護衛と同じ意見のようで、うんうんと頷いていた。

そんな中で、一人の護衛が何かに気付いたらしく、リオンの方を向く。


「リオン殿、もう一人の護衛の方が見当たらないようですが」

「ああ、彼には既に現地に行って待機してもらってる」

「そうでしたか」

「他に何か気になる点はあるか?……なければ、カテリーネ嬢。そろそろお支度を」


こくり。リオンに促されて頷き、用意されていた檻の中に入る。冷たくて硬い床面で、その座り心地は最悪だ。長時間座っていたくはない。それでも、これは仕事なのだと割り切っておとなしく座っておく。

かちゃりと鍵が掛けられて、がっしりとした体格の男二人が、それぞれ檻の両脇から突出している棒を肩にかけて軽々と持ち上げる。一瞬バランスを崩しかけたが持ちこたえて再び座り直した。そうして檻は男たちの手によって移動を始める。

担ぎ手の足は意外と軽やかで、檻を担いでそのまま聖堂まで行きそうな勢いではあったが、そんなことはなく、外玄関のすぐ脇に停められていた馬車の荷台に括りつけられて聖堂へと向かう。

聖堂には歩いて十分くらいだったか。馬は常歩ではあるが、人の足よりも早いのですぐに着いてしまうだろう。



旧聖堂に着くと、再び先程の男たちが檻を担ぎ上げて聖堂の中に入り、祭壇の側に檻を置く。開錠はされたが鎖が巻き付いたままなのでそれを外さずに檻の中に留まる。

予め決めていた通りに手を胸の前で組んで俯く。まるで女神に縋り祈っているかのように見えるはずだ。

それを受けて、護衛たちは速やかにその場から離れる。その中にリオンの姿はない。恐らく聖堂に入ってすぐに身を隠したのだろう。私たち二人はこれから暫くこの静寂の中で時が来るのを待つのだ。





どれ程の時が過ぎたのだろうか。

しんと静まり返った聖堂に、ギィィィ……と錆びた蝶番の軋む音がしたので、ゆっくりと顔を上げて振り返る。

すると聖堂の中にざっと五、六人程の男たちが入ってきた。恐らく外の見張りが同じくらいいるはずだ。


「ハハッ!成功したな。こうも上手くいくと気分がいいぜ」

「油断するな。上手くいき過ぎる。罠かもしれない」

「お前は心配性だなあ。大丈夫だって。生贄を連れてきた時にいたやつらは皆帰って行ったじゃないか」

「それはそうなんだがな」

「なあ、仕事が早く終わりそうだからこの後飲みに行こうぜ!」

「いいな!」

「んじゃ、その前にちゃっちゃと済ませなきゃな」


男たちはそんな呑気な話をしながらこちらに近づいてくる。その口調も態度も緊張感など全く感じられない。

程なくしてその中の一人が檻の前まで来ると錠を外し、ぐるぐるに巻かれた鎖を外しにかかる。布を被っているのでよくは見えないが、他の者たちは手伝うこともなく檻の中の私を興味深そうに眺めたり、ただ檻の扉が開くのを待っているだけのようだ。

やがて鎖が解かれて扉が開くと、鎖を解いていた男とは別の男が檻の中に入ってきた。男は私の腕をそっと掴んで立たせる。もっと乱暴に扱うものだと思ったがどうやら多少は紳士的な人物のようだ。その手に導かれて、檻の外へと出る。

だがその時、焦りを含んだ、叫ぶような大きな声が外から聞こえてきた。


「大変だ!幻覚魔法が解除されてる……って檻?人助けじゃなかったのか!?」

「細かいことは気にするな。何も問題ないだろう?」

「そうさ。それに魔法が解除されたくらいどうってことはないだろう?もう目的は達成されたんだし」

「問題大ありだ!これじゃあ誘拐じゃないか!それに解除されているってことは目論見がバレていて、伏兵がいる可能性だってある」

「だがなあ、ここの兵たちは皆『女神の御業だ~』とか言って尻込みしてるって話だ。心配すんなって」


ああ、やはり気付いたか。先日訪れた際に爪痕の幻覚魔法トリックに気付き、先程ここに来た際にこっそりと解除しておいたのだ。見る者が見れば気付くとは思ったが、そうか……どうやら入り口に佇むあの青年が、面倒くさい幻覚魔法の施術者か。よくあんな方法を考えたものだ。






そう、あれは魔法を使う者たちの常識を逆手に取った、経験に基づけば基づくほど気付き難くなる、そんなトリックだった。


普通あの爪痕を隠したいのであれば、爪痕自体に幻覚魔法をかける方法が一番手っ取り早く、また魔力の消費も少なくて済む。勿論何もない壁に爪痕を残したい場合も同様だ。

私も最初はそのどちらかが施されているのだと思っていた。けれど、フランツさんが指し示した壁には魔法の痕跡は何一つなかったのだ。


どんなに優秀な魔術師であっても、僅かに魔力の残滓のようなものが残る。それが感じられないとなると、そこには最初から魔法がかけられていなかったとみるべきであろう。だがあの時の私は、確かにあの場所で僅かな魔力を感じていた。

それがあの違和感の正体である。



そして()()に気付いたのは本当に偶然だったとしか言いようがない。

あの時の私は、考え込んでもわからないものはわからないわよね、と考えることを放棄して、只々景色を眺めていた。だが、ふと風に揺れる花に目を遣った時、花のすぐ側にごく最近伐られたであろう切り株を見つけたのだ。


誰も訪れなくなった聖堂で何故木が伐り倒されているのか。

薪にするつもりならもっと村に近いところにある木を伐るはず。聖堂は鍵がかかっていて入れなかったし、聖堂の周囲で焚き火をした形跡もない。


ならば伐らなければならない何かがあったのだろうか。

例えば聖堂を今にも破壊しそうなほど伸び放題だったとか。いや、周りの木々は、いくら伸び放題だとは言え、聖堂を壊さんばかりの伸び方はしていない。故に伸びてしまった木を整えるとか伐採するとかそう言った理由ではなさそうだ。


では他に考えられることと言えば何かあるだろうか。

例えばそう、そこに木が立っていては目的が果たせない、だから伐ったと考える場合。

それは視覚的なことか、物理的なことか。

前者ならば何かが見えないので視界を良くするために伐った、後者ならばそこに木が立っていると遮られる、又は物が置けないから伐った、とするのが妥当だろうか。


そう考えると答えは自然と出ていた。恐らく後者を踏まえつつ前者も多少掠っている。

聖堂付近に溢れ出ていた魔力。あれは神秘的な力でも何でもなく、やはり作為的に張り巡らされたものだった。そして、それは爪痕を魔法ではなく、女神の力と見せかけるために必要なことだったのだ。



つまりどういうことか。

それは至って簡単。聖堂の敷地全体を幻覚魔法で覆ったのである。と言うと、なら魔力の残滓を感じるのではないか、と思うだろう。だが、壁に直接かけるのとは違い、この方法ならば既に魔力の残滓が全体に漂っている状態なので、壁に触れたところで新たな残滓を捕らえることなどできないのである。

光の屈折のように覆い隠された爪痕は、実際はあるのに脳が誤認してしまい、見えない、感覚がないという錯覚に陥ってしまったのだ。勿論壁の残滓も感じられないために魔法ではないと判断されてしまった、と言う訳である。


そしてこれは、一般的には回りくどい、寧ろ搦め手と言える方法だろう。何故ならば、この聖堂全体を覆う幻覚魔法はそれ相応の魔力を要するからだ。一人でやるには少々面倒な上にそれなりの力を持つ術者が必要で、かと言って魔術師を複数人集めるとなると、ぶっちゃけカテリーネ嬢にそこまでの魅力があるのかという疑問が生じてくる。

確かに彼女は魔力を持ってはいるが、彼女の話し振りからすると、せいぜい明かりを点すくらいの魔法しかできないであろうし、失礼ながら顔は可愛いとは言っても絶世の美女という訳でもない。例え彼女の魔力量を知らなかったとしても、複数の魔術師を集める手間を考えればもっと他に案はあるだろうし、普通はそんな冒険にはでないだろう。だから複数人の魔術師が裏にいるとは到底思えないのだ。

となると後は道具を使う方法か。道具を用いて魔法陣を描けば力はそれ程必要とはしないし一人でも容易にできる。手間暇はかかるけれども。


長々と説明したが、ここで漸く先程の木の話に繋がる。

実際確認してみたところ、等間隔に魔法陣を保つための楔が、切り株の見えない所に打ち込まれていた。また、陣を描くにあたり陣の軌道にある木が伐られ、伐られたことにより周囲の視界が開けて、それを受けて無意識に目線が遠くへと行ってしまい、その結果眼下への注意が散漫になってすぐに気付くことができなかったのだ。



なかなかどうして、優れた術者である。それなのに何故この者たちとともにいるのだろうか。先程の話しぶりだと今回の生贄の話は、聞かされてはいなかったようだけれども。

男たちの会話に再び耳を傾ける。


「そうだけど、俺の術をあっさり見抜いて解いて見せた魔術師がいるってことは事実だ」

「はいはい、気をつけますよ」

「ハハハ、お前も心配性だなぁ」


いや、心配性ではない。大いに心配した方がよいだろう。何せ二人だけではあるが包囲網が張られているのだから。魔術師は正しい。この者たちが抜けているのだ。本当におかしいわ。

我慢できずについくすり、と小さな声で笑う。私の腕を掴む男だけがそれに気付いて、「何だお前、本当に生贄か?」と言いながら私の手を後ろに捻り上げた。そして不意に頭に被っていた布を剥ぎ取られ、その様子に気付いた者たちが次々と私の方を向く。次の瞬間私以外の全員が硬直し、辺りは即座に静かになる。

「い……痛いですわ。離してくださいまし」と静寂の中涙目でそう訴えれば「も、申し訳ない」と言う言とともに、私の手を捻る男の力が弱まった。同時に静寂は一気に破られる。


「うお!?めっちゃ可愛い!」

「ヤバい……惚れた」

「俺の彼女にならない?」

「こんな美少女見たことない!!」


等々。皆が皆、一斉に言葉を発していて理解不能である。正直わいわいとやかましい。子供か!とは思ったが、後々面倒なのでおくびにも出さないけれども、ちょっと静かにしてほしい。

そんな中で、入り口付近にいた魔術師が私を見るなり目一杯目を開いて震える声で叫んだ。


「そ、そんなっ、馬鹿な!なん……なん、で。有り得ないっ!桁違いの、魔力だっ!」


悲鳴に近いその声に全員が青年魔術師の方へ顔を向ける。

必死に堪えたが口角が僅かに上がる。だが私を見ている者は一人もいない。


――今だ!


私はチャンスだとばかりにすぐさま行動に移していた。

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