作戦会議1
ユリアーナを連れて宿屋に戻ると、すぐに全員を集める。
部屋は、フィンとノアが使用している二人部屋だ。ユリアーナが増えても、リディの一人部屋よりは広い。椅子も二つあるので席で揉めることもない。
家具の位置は一人部屋とほぼ一緒。
それぞれ昨日と同じ場所に陣取り、ユリアーナは空いている椅子に座った。
ユリアーナが着席したのを見て、フィンとノアに彼女を紹介する。
「というわけで、フィンさん、ノアさん。助っ人を連れてきました」
「どういうわけだよ!?」
間髪を容れずにフィンが突っ込みを入れる。的確な突っ込みだ。
「そういうわけです」と端折ろうかとも思ったけれど、このあとの話を円満に進めたいので、きちんと説明することにした。
「昨日話しましたよね? 彼女が、話術が得意なネイフォートの諜報員、ユリアーナちゃんです。彼女の腕は凄いですよ~。クリストフォルフ殿下が陥落しましたからね」
自国の王子の名を挙げて説明すると、フィンとノアが「は?」と口を揃えた。
二人の理解していなそうな言動に、更に説明が必要かと眉根を寄せる。
だが、私が説明をする前にユリアーナが口を開いた。
「ご紹介にあずかりました、ユリアーナです。元はグレンディアの子爵家の娘ですけど、国外追放されて今はネイフォートの諜報員をしています。よろしくお願いしますね!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。情報が多すぎて、少し理解が及ばないのだが……」
「そのままです!」
「おかしいだろっ!?」
爽やかな笑顔のユリアーナに、フィンの冴えわたる突っ込みが入った。
まあ、確かにフィンの言うように、情報が多すぎだとは思う。
でも、どこも間違ってはいない。ちょっと説明が不足しているだけだ。
「フィンさん、本当にそのままですよ。殿下を誑かした罪で、王城の地下牢に入れられた令嬢がいたでしょう? 彼女がその令嬢です」
「その令嬢はレーネ公爵令嬢を陥れようとしたはずですが?」
「ええ、ノアさんの言う通りです。ただ、ユリアーナの策は成就しませんでした。僕がこの姿で逃げていましたからね」
「だとしてもおかしいだろ? 普通は自分を陥れようとした人物を遠ざけるはず。なのに何故呼び寄せたんだよ。ルディ、お前本当にそれでいいのか?」
フィンの言葉はもっともだ。私が第三者でも同じことを言うだろう。
だが、ユリアーナを必要としているのはほかならぬ私だ。理由もちゃんとある。
「いいんです。だからユリアーナを呼んだんです。ユリアーナとは一応和解しているんですよ。相容れないですけど」
「ルティナ……」
「リオン、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。ユリアーナは僕の配下にいるようなものだから、心配いらないよ」
「そうです。ルディ君には絶対に逆らいません。安心してください。とりあえずみなさんよろしくお願いしますね。それにしてもお二人ともかっこいいですよね~」
うん。ユリアーナが強い。
物言いがついた話題を軽く流して、別の話題に挿げ替えている。
おまけに根底がぶれない。
身を乗り出して、フィンの整った顔をまじまじと見ているから呆れてしまう。
もっとも、フィンが若干引いているだけで実害はないから止めはしない。
とはいえ、このやりとり何かが引っかかるのよね。
多少の違和感を覚えて、フィンとユリアーナを交互に見る。
そうして何度も二人を見ているうちに、ふとあることに気付き、愕然とした。
「うそっ!? フィンさんがユリアーナを口説ていない……や、槍が降ってくるかも……」
「だから、私のあの行動は演技だと言ってるだろうが!」
「言われたね、フィン。あと、一人称が元に戻ってるよ」
「うっさいぞ、ノア」
フィンが勢いよく横を向き、窓際に立つノアにあたる。フィンのペースが少し乱れてきたようだ。
ユリアーナもわかっているくせに、更にフィンにちょっかいをかける。
「いい! その口調で『私』っていうのもありですね! 意外とキュンとくる女性が多いかも!」
「だー! もーっ!」
フィンが、今にも髪を掻きむしらんばかりに声を上げる。
そろそろ騒ぎを収めないと、フィンがストレスでグレてしまいそうだ。すぐさま間に入る。
「そこまで! こんな感じでユリアーナは人の懐に入ったり、ペースを乱したりするのが得意です。ほかに質問はありますか? ……ないようなので、ユリアーナ。報告を」
私が話を振った途端、ユリアーナの姿勢が正され、顔つきが真剣なものに変わった。
「はい。ネイフォートでは現在、表立ったことは起きておりません。裏では何度か帝国の使者が、王との接触を試みたようです。全員捕えて尋問をしましたが、皇帝の名は出ませんでした。代わりに、側室と第二皇子の名は出ました」
「証言だけでは少し弱いかな。もっと確とした証拠が欲しいところだね」
「そうだな。ユリアーナ嬢、ほかに決め手となるような話はないか?」
私の意見に同意したリディが、ユリアーナに問う。
するとユリアーナが、ニヤッと笑った。
「ご安心ください。主よりこちらを預かってまいりました」
言いながら、ユリアーナが上着の内ポケットから一通の封筒を取り出した。
「それは……」
「ちょっと見せてくれるか?」
なんの手紙かユリアーナに訊こうとしたところで、フィンが割り込んできた。
フィンはユリアーナから封筒を受け取り、そのまま裏返す。そして、嘲るように笑った。
「はっ! やはりな。ノア、見てみろ」
フィンが手紙を取り出し、封筒だけをノアに渡す。
私とリディも席を立ち、便乗する形で封筒を覗き込んだ。
赤い蝋の中央に、右を向いた獅子の顔と槍の印が押されてある。
ノアはその印が誰のものなのか理解したらしく、一つ頷いた。
「この印、間違いないですね」
「俺の場合は、右向きの獅子に剣だからな。それより、こっちの内容もすごいぞ」
フィンは、ノアではなく、再びベッドに座った私たちに手紙を寄越した。
リディは受け取った手紙を、私の顔の高さに上げる。私にも見せてくれるのだろう。
見やすくなった手紙に遠慮なく目を落とす。
当たり障りのない文言から始まり、途中に悪事に関する話などが隠語で書かれてある。
手紙の最後には、直筆のサインとともにいくつか印が捺されてあった。
フィンとノアはこの印を本物だと言う。
だとすれば、この手紙は貴重な証拠になる。
「ユリアーナ! 君の主は本当に素晴らしいね!」
「もちろんです! そうでなければ、散々こき使われている私が浮かばれないですからね!」
「なんであんたがドヤ顔なんだよ……」
ユリアーナが得意げな顔で何度も頷く。
そこに、フィンの弱々しい突っ込みが入った。
よく見れば、フィンの眉間にきゅっと皺が寄っている。うんざり、という言葉がぴったりの表情だ。
「まあまあ、フィンさん。これで相手を追い詰められますから、そんな顔をしないでください」
「……そうだな。これで兄上の許に大手を振っていける。だが、どうやって兄上のとこに行くかが問題だな。皇族の私的区域は警備が厳重だ」
真顔になったフィンが、顎に片手を添えて考える素振りをする。
そんなフィンに向かって、リディが声をかけた。
「フィン、ノア。お前たちはここで待機していろ」
「副団長っ!?」
私たちと一緒に行くつもりだったのだろう。フィンとノアが同時に声を上げた。
リディは、二人の抗議を無視して話を続ける。
「昨日もルティナに言われただろ。お前らは顔を知られている。おとなしくここに残れ」
「兄上が危険に曝されているんだぞ!? なのに、俺たちだけ安全な場所で待っていろと?」
「それが皇太子殿下の願いでしょう? フィンさんを帝国から逃がすために策を弄した皇太子殿下ですよ? 僕もリオンの言葉に賛成です」
「だがっ!」
リディを見ていたフィンが、こちらに顔を向けて反論する。とても苦しげな顔だ。
これ以上フィンを追い詰めないよう、優しい口調を心がけて彼を諭す。
「フィンさんが安全な場所にいるから、皇太子殿下は戦えるんです。王都でも言ったでしょう? 『安全な場所で皇太子殿下のご快癒の一報をお待ちくださいね』って」
「ルディ……」
「僕とリオン、ついでにユリアーナも、回復役のフィンさんが安全に来られるように場を整えます。それまで身を隠して待っていてください」
フィンの目を見て、ゆっくりと語りかける。
暫くして、フィンが渋々といった様子ながらも「わかった」と承諾した。
なお、ユリアーナの「私はついでなの?」という不満は、聞こえなかったふりをした。
「ルディ、その女も連れていくのか? 元グレンディアの令嬢だろう?」
話が落ち着いてすぐ。フィンが難しそうな顔で尋ねてきた。
おそらくフィンは、ユリアーナが帝国語を話せるのかを懸念しているのだと思う。だが、心配は不要だ。
「失礼ね! 私はネイフォートの諜報員よ。近隣国の言語はマスターしているわ。地獄の特訓で、短期間にみっちりと仕込まれたんだから! あと、私はユリアーナよ。『その女』なんて呼び名じゃないわ、皇子様!」
「なっ! お……」
「殿下は黙っててください。ご令嬢、殿下が大変失礼いたしました。私はノア。あっちがフィン。便宜上、そう覚えてください」
フィンが何かを言いかけたが、ノアに遮られた。
余計なことを言って場が荒れても困るため、ノアの行為はありがたい。
「ふぅん。本名じゃないってことね? わかったわ。私もユリ……いえ、アナと呼んで。この国らしい呼び名でしょう?」
「そうですね。わかりました、アナと呼ばせていただきます」
ノアがユリアーナに優しげに微笑む。
ユリアーナは動じないだろうが、夢見がちな女性ならくらっとするかもしれない。
でもその言動は、フィンの売りだったはずなのに……。
「フィンさん、ノアさんが……」
「な? 言っただろ? 紳士なのは俺じゃなくて、むしろノアの方だ」
「普通の対応ですよ。厳しくすると殿下の評判が悪くなりますし、優しすぎると勘違いさせてしまいますからね。何事も『適度に優しく』です」
「……」
ノアが朗らかな笑みで言いきると、途端に部屋が微妙な空気になった。
しかしそれも一瞬のこと。すぐさまノアが空気を壊した。
「それはともかく、私と殿下が残るなら使える手が一つ出てきますね。少しお待ちください」
ノアは紙とペンを用意すると、部屋に置かれたテーブルに向かい、手紙を認め始める。
手紙は簡易的な内容だったようで、ノアはあっという間に手紙を書き終えた。
そのままノアは手紙を封筒に入れ、近くにあったカバンから封蝋用の道具を取り出して、手際よく封をする。
熱せられた蝋は、けして香しいとは言えない、独特のにおいがした。




