表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/127

公爵令嬢は眠れない

夜も遅く。

宛がわれた客室のベッドに入った私は、なかなか寝付けずに何度も寝返りを打っていた。


もうかれこれ、一時間近くは格闘していると思う。

それにもかかわらず、睡魔は一向に襲ってきてはくれない。

連日の移動で体も疲れているはずなのに。


まあ確かに、今日あったことで思うところは多い。

でも、眠れない程の悩みではない。

興奮するような戦闘があったわけでもないし……。


考えれば考える程、目が冴えていく。


「……ああもう、だめだわ。全然眠れない。何か温かい飲み物でもいただいてきましょう」


無理矢理眠ることを諦めて、ベッドから起き上がる。


今の私は元の姿だ。

妙齢の女性が、深夜に寝間着姿でうろうろと邸を歩き回るのはいただけない。使用人が用意してくれたカーディガンを羽織る。

少し厚めで、膝近くまである長いカーディガンだ。これで多少は体裁が繕えたはず。


内履きを履き、手燭(てしょく)を持つと客室を出る。

夜も遅い時間なので、廊下には誰の姿もない。

部屋から漏れる明かりもないので、皆ぐっすり眠っているのだと思う。なんて羨ましい。


じゃっかん恨めしく思いながら、すたすたと廊下を歩く。

クルネール邸は何度も訪れているため、迷うことなく厨房に着いた。


厨房には朝の仕込みのためか、副料理長がいた。

彼に理由を説明し、睡眠効果のあるハーブティーを淹れてもらう。

それを十分くらいで飲み干して、部屋に戻った。



これで(ようや)く眠れる。そう安堵したのも束の間。

歩いたことで更に目が冴えてしまった。

気晴らしに風にでも当たろうと、手燭を近くの台に置いてバルコニーに出る。


外の空気は澄んでいた。

少しひんやりとしているが、それがまた心地よい。


天を仰げば、深い濃紺色の空に、薄黄色に輝く月が浮かんでいた。

この間見た時は満月の一歩手前だった月は、今はもう満月を過ぎて半月近くになっている。

月から離れたところでは無数の星が瞬いていた。


「綺麗……」


手すりに掴まり、星空に片手を伸ばす。

星に手が届くはずもないけれど、気持ち的には触れている気分だ。


「それ以上身を乗り出したら落ちるぞ」


もう少し、もう少しと手を伸ばしていると、不意に声をかけられた。

驚いて手を戻し、声のした方を見る。


「リディ? ごめんなさい、起こしてしまったかしら?」


リディの近くに行き、彼と近い距離で顔を見合わせる。

目が合うだけで胸がいっそうときめくのだから、恋とは不思議なものだ。


でも、私だけがドキドキするのは面白くない。

リディも少しはドキドキしてほしい。


珍しく乙女チックなことを考えながら、リディの様子を窺う。

リディはドキドキの『ド』の字もないような、素の顔をしていた。……だと思った。


「いや、考え事をしていた。気分転換に外に出たらお前がいた。眠れないのか?」

「ええ。気がかりなことは何もないのに、どうしても眠れなくて」

「そうか。……そっちに行ってもいいか?」

「それは構わないけれど、大丈夫?」


バルコニーは一部屋ずつ手すりで区切られている。

隙間も空いているので、おいそれと隣の部屋には移れない。

まあ、それは普通ならばの話だが。


「これぐらいの距離を飛び越えられないんじゃ、騎士なんてそうそう務まらないさ。よっ、と」


隙間などものともせずに、リディがこちらに飛び移ってきた。

少し後ろに下がって、リディの場所を作る。すかさずリディがその場所に立った。


先程よりもリディとの距離が縮まる。


リディは、普段は軽く流している髪を下ろしていた。

彼の長い前髪が所々目元を覆い、そこはかとなく色気を醸し出している。


いけない。こちらに来ていいと許可したのは間違いだったかも。

ぴたりと動きを止めた私に、リディが苦笑する。


「そんなに硬くならなくてもいいぞ。今はまだ何もしない」


そう言ったリディの黄色い瞳を、横から射す月の光が照らしている。

前髪の隙間から瞳が覗いているため、途轍もない色気だ。

そんな姿で言われても、安心なんてちっともできない。

ただまあ、ほんのちょっぴり期待もしているけれど。


「ルティナ?」


私が無言だったからか。リディが不思議そうに首を傾げた。

その仕草に、胸が高鳴る。


悔しい。私一人だけが、リディにドキドキさせられている。


きっと今の私は顔が真っ赤になっているだろう。

でも暗いから、リディには気付かれていないはずだ。


すぐに満面に優しげな笑みを浮かべて、ごまかす。


「ごめんなさい、なんでもないわ」


私だけが一喜一憂するのは業腹だ。

この胸の高鳴りは、絶対リディに教えてあげない。


ひそかに決意していると、リディがムッとした顔つきになった。


「……なんか、よそ行きの笑みだな。気に食わない」

「あら、気に食わなかったらどうするの?」


優しげな笑みから一変。

何もしないと口にしたばかりのリディに、いったい何ができるのかしら? と、挑発的に笑って見せる。


……今の私、悪女みたいだわ。ちょっと楽しい。


悪女的な笑い方を何故だか無性に気に入って、そのまま演技を続ける。

さて、リディはどう出るかしらね。


ちらっとリディを見る。


リディは、片手で顔を覆っていた。

わずかだが、彼の体が震えている気がする。


どうしたのかしらと様子を窺っていると、リディがぽつりと呟いた。


「可愛い……」

「えっ!?」


なんか、変な単語が聞こえてきた気がするのだけれど??

聞き間違いかと思い、演技もそこそこにリディの顔をじっと見る。

するとリディが、再び変な言葉を口にした。


「ほんと可愛いな。顔が真っ赤なのも可愛かったが、それをごまかして、挑発的に笑っている姿も可愛い」

「なっ!? あなた、気付いて……」

「目はいい方だからな。その狼狽えた顔も可愛い」

「かっ、からかうのも大概にして!」


居たたまれず、両手でリディの胸元をぐいっと押す。もっと離れて、という無言の抗議だ。

でもリディは私の抗議などお構いなしに、私の手を取って自分の方に引き寄せた。


「っ!?」


リディの手に導かれて、彼の胸に飛び込む。

すかさずリディが私を受け止めてくれた。と思ったら、今度は私を抱きとめる腕に力を込めてくる。


驚いた、なんてものではない。鼓動が全力で暴れまわる。


「ちょっと、リディ!?」

「悪い。そう怒らないでくれ。本当に可愛かったんだ。からかわないと手を出すくらいにはな」

「またからかって」

「本当のことだ。だからそんな可愛らしい顔で俺を見るな。離せなくなる」


いや、『そんな可愛らしい』と言われても困る。

私はただ、顔を上げてリディを睨みつけているだけだから。


リディの言葉に戸惑いつつも、負けじと言葉を返す。


「なら、手が届かない位置に居続ければよかったのではないかしら?」


我ながら可愛げがない返しだ。

幻滅してしまったかしら?


不安になって、リディの様子を窺う。

リディは、幻滅とは程遠い顔をしていた。


「そう言うな。心配したんだ。ま、杞憂だったようだがな」

「!」


眠れない理由は何もない。そう最初にリディに告げていた。

それなのにリディは私を心配してくれたの?

疑問を口にすれば、リディは「は? 当然だろ?」と返してきた。


途端に胸が温かくなる。

嬉しくて、でも少し恥ずかしくて、俯きながらリディにお礼を言う。


「……リディ。ありがとう」

「あ、ああ。じゃあ俺、戻るわ。明日は帝国に向かうんだ。早く寝ろよ?」


頭上から声が降ってきたかと思えば、額にふにっと柔らかいものが触れた。

これって……。


「よし! おやすみ、ルティナ」


リディはそう言うと、隣のバルコニーに飛び移り、部屋に戻っていった。

残された私は(しば)し茫然としたあと、ぽつんと呟いた。


「…………嘘つき。やっぱりなんかしたじゃない」


リディが触れた部分は、やけどしそうなくらい熱かった。


副料理長「まずい! いつもの癖でハーブティーにブランデーを入れてしまった!!(滝汗)」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ