クルネールの戦い1
王太子視点です。
馬を駆り、大所帯で北に向かう。
晩夏の日射しはまだ強く、馬に乗っているだけでも十分暑い。体力がじわじわと削られる。
とはいえ、我々は魔法の恩恵によりありえない速度で移動している。その分風の影響も強いので、止まらなければ汗が流れ落ちることはない。
頬を撫でる風に心地よさを感じながら、ちらりと周りの兵たちに目を向ける。
……よく付き従っているものだ。
騎士たちとは一線を画した、どこか荒々しさを感じさせる者たちに内心で称賛する。
最たる人物は、私の斜め前を行く女性だ。
彼女は一つに束ねた漆黒の髪をなびかせながら、軽々と馬を乗りこなしている。なんと勇ましいことか。
だが彼女の勇ましさはこんなものではない。王都を発つ前に行なわれた、傭兵の編制作業時の方が余程勇ましかった。
その時のことを思い返す。
六日前。グランデダンジョンから王城に戻った私は、公爵夫人が傭兵たちと剣を交えていると耳にした。
夫人の話は知っていたが、実際に戦っている姿は見たことがない。今後の参考になればいいと見学に行き、そこで衝撃を受けた。
彼女は次々と攻撃してくる傭兵たちを、休む間もなく軽々と往なしていた。
むろん、一度に全員の相手をしたわけではない。相手にするのは一人ずつだ。
しかし、一人を往なすと次の者が攻撃をしかけてきて夫人に息吐く暇はない。
そのうえ、「二! 四! 一!」と大きな声で、一人一人に番号を振っていた。
よく体力が続くものだと感心する。同時に、夫人の剣技に見入っている自分がいた。
さすがは『クルネールの戦乙女』。その名に恥じぬ剣技だ。
気付いた時には「自分も援軍に加えてほしい」と志願していた。
その後、延々と街道を走り続け、漸く戦いの前線が見えてきた。
どんなに急いでも一週間以上はかかる道のり。その道程を、レーネ公爵の魔法で短縮した。
公爵の魔法の精度と魔力量は、ただただ驚くばかりだった。
前線に着くと、馬から降りて公爵夫妻とともに歩いて移動する。傭兵たちは待機だ。
多くのクルネール兵が己の役目に従事している中、近くにいた兵士に声をかける。
本営に連れていってくれるよう頼めば、兵士は一張りの大きなテントに案内してくれた。
テントは入り口が開け放たれていて、自由に出入りできるようになっている。
中に目を向ければ、中央付近に台が置いてあり、台を囲むように数人が立っていた。
「伯、レーネ公爵夫妻と王太子殿下です」
兵士が告げると、台を囲んでいた人たちが一斉にこちらを向いた。
その中から、壮年の男性が我々の方にやってくる。クルネール辺境伯だ。
「義兄上、姉上! 殿下も、よくいらしてくださいました」
辺境伯はにこやかに話しかけてきた。だが、どことなく空々しさを感じる。
辺境伯だけではない。テントの中の者たちもどこか険のある表情だ。しかし、公爵夫妻に対してはそのような表情が見られない。これは……。
……私にだけ向けられている?
戸惑いながらも笑顔を崩さず、辺境伯たちとやりとりを続ける。
主に話をするのは、私ではなく夫人だ。
「皆、無事なようでよかったわ。それで、戦況はどうなの?」
「今は拮抗状態です。敵の数はおよそ六千。対する我々は千五百です。ただ我々には魔術師が二名おりますので、単純に数だけでは計れないかと」
「そうね。敵大将は?」
「大将は第二皇子で、側には将官が控えております。斥候の報告から、敵は魔術師が疲弊するのを待っているのだと思われます」
なるほど。数の差を埋めている魔術師さえいなくなれば、簡単に力でねじ伏せられる。敵はそう考えたのだろう。
だが、我々が来たからにはこれ以上の侵略行為はさせない。お引き取り願うとしよう。
あれこれと考えながら、辺境伯たちの話に耳を傾ける。
「我々も相手の作戦に乗っかり、息子と順に休みをとることにしました。現在息子は最前線にて様子を窺っております」
「その間に作戦会議というわけか。何か良い案はあったのかい?」
「いいえ、義兄上。魔術師の力で辛うじて均衡を保っておりますが、状況を覆す程の策はまだ……」
「それなら、私が魔法で蹴散らそうか?」
伏せられてはいるが、公爵は父上よりも魔力がある。
公爵が本気を出せば、この地は跡形もなく消滅するだろう。
一応勝利とは言えるものの、地形が変わるのはいささかあと味が悪い。
それに、難点もある。
「常に義兄上がこの地におられるわけではないのです。一旦は蹴散らせるでしょうが、すぐに魔法に対抗し得る程の兵を投入してくる恐れがあります。あまり派手な攻撃はしない方がいいでしょう」
辺境伯の言う通りだ。公爵の脅威に立ち向かうべく、更に多くの軍勢がこの国に押し寄せてくる可能性が、わずかながらもある。
それがごくわずかだとしても、可能性があるうちは軽くみてはいけない。雑兵でも、数によっては脅威となるのだから。
「確かにそうね。ここは王都から離れていて、すぐに援軍を送れる距離ではない。マティアス様が目立つのは得策ではないわ。それは私も傭兵たちも同じ」
「なら、私の正体を隠したらどうだい?」
公爵の提案に、夫人がゆるゆると首を振る。
「常にこの地にいないのなら同じだわ。私たちはあくまでも手伝いでなくてはだめよ」
そこで話が途切れ、場が一気に静まり返った。
現時点で、策と言えるようなものはない。
魔術師と援軍の傭兵たちを投入し、目立たせないようにしながら手堅く戦っていく。それが、地道だけれども確実で現実的な方法だ。
ただ、クルネール兵はだいぶ疲弊している。手っ取り早く勝利に導けるのなら、それに越したことはない。
だがわかってはいても、案がないので皆無言だ。
かくいう私もその一人。本当に策はないのだろうかとずっと考え続けている。
公爵夫妻と傭兵の存在を目立たせずに、クルネール兵たちと同等に扱う。もし可能なら、敵大将かそれに準ずる者を捕える。
そのような夢物語があればいいのだが……いや、待てよ? あるかもしれない。
すぐに公爵に尋ねる。
「レーネ公爵。傭兵とクルネール兵のすべての馬に、風の魔法をかけることは可能ですか?」
「可能です。殿下、何か良い案が?」
「おそらくは。全体行動ですので、目につく者は誰もいないかと……」
「信用ならないな」
話の途中で誰かが呟いた。
呼応して、「あの王子ですしな」とか「我々も裏切られるのでは?」といった批判が飛んでくる。テントの中はおろか、周囲からもだ。
その批判の数々に、自分が今どこにいるのかを思い知った。
この地はクルネール。元婚約者の母親の故郷。
恨まれて当然の行ないをした私に、好意の目を向ける者は誰一人としていない。いるはずもない。
すうっと目の前が暗くなり、脳裏に空っぽの玉座が過った。
活動報告にて、三国と二領地のそれぞれの思わくや協力関係などを軽くまとめております。
興味のある方は、下記の『作者マイページ』よりどうぞ。