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王都へ2

「魔術師は拒否しなかったのか?」

「魔術師は大概研究狂いよ? 師団長を見ていればわかるでしょう? 誰よりも早く結果を得られるとわかれば、命なんて微塵も顧みないでしょうね」

「俺もお前も魔術師なんだが?」

「私たちは大概に漏れたのよ。少しばかり、その……物理的な力の方に意識を持っていかれているのだわ……」


自分で言っておきながら悲しくなり、両手で顔を覆い、項垂れる。

そういえば、以前お兄様に『脳筋だ』と言われたことがあったっけ。

確かに私は戦うことが好きだけれど、決して戦闘狂ではない……はずだ。


「魔術師はともかく、人為的にスタンピードを起こせるのはわかった。作為があったのもな。で、スヴェンデラ侯爵は何をしたんだ?」


リディの質問に、ゆるゆると顔を上げて答える。


「議会に手の者を忍び込ませて、クラウス様以外の派遣を認めないようにしたらしいわ。犠牲者を出させることで、イストゥール侯爵家の力を削ごうとしたのよ。ただ、おおっぴらに行動して本懐を遂げる前に捕まったら困るから、本腰を入れなかったようよ」

「……じゃあ、兄上は危険を承知のうえで領に戻った? 俺に会いに来た時には覚悟していたのか?」


リディの声がわずかに震える。当然だ。


リディがクラウス様と最後に会った時、クラウス様は既に自分の状況を理解していた。

そのため、万が一のことを考えてリディにお別れを告げたのだろう。


片やリディは、クラウス様を取り巻く背景など全く知らずにクラウス様を気楽に送り出してしまった。

でもよくよく見ていたら、普段とは違うクラウス様の様子に気付けたかもしれない。そう考えてしまったのだと思う。


……本当に不器用な人ね。


リディの心を思いつつも、偽らずに答える。


「ええ。覚悟をなさっていたと思うわ」

「なら、ち、父上は……」

「閣下が知らないはずがないわ。でも、異を唱えることはできなかったでしょうね。昨日、スヴェンデラ侯爵の事情聴取をした時、閣下は殴りかからないように必死に堪えていらしたわ。……ああ、言っておくけれど、閣下はあなたが瀕死の重傷を負った時も同じ反応をなさったわよ? クラウス様もあなたも、閣下に愛されているわね」


ただでさえ将軍との関係を拗らせていたのだ。きちんとフォローしておかないと、またもやリディが殻に閉じこもり、出てこなくなる。


だが、その心配は杞憂だったらしい。リディは少し落ち着かなそうにしながらも照れていた。誤解を解いていたおかげかもしれない。

きっと今なら、私の話を聞いてくれるはずだ。期待を込めて口を開く。


「リディ」

「ん?」

「仮にあなたがクラウス様の事情を知っていたとしても、その時点ではどうすることもできなかったわ。悔やまないで、とは言わない。けれど、自分を責めないで」


私の言葉にリディが軽く目を見開き、わずかに瞳を揺らした。

それから彼は苦しげに目を閉じ、そのまま時が過ぎていく。


どのくらい経ったか。やがてリディがゆっくりと目を開けて、真っ直ぐこちらを見た。


「ありがとう、ルティナ」


謝辞を述べるリディの声は穏やかで、心温まるような優しい音色だ。

胸の奥がほっこりとして自然と笑みが浮かぶ。

その笑みのまま「どういたしまして」と返せば、リディが頷いた。


「それで、ルティナ。俺は何故、瀕死の状態から助かったんだ? 知っているんだろう?」


笑顔のまま、ぴしっと固まる。

話を逸らせたと思っていたのに、まさか蒸し返してくるなんて。

しかも今回は逃げ道がない。再び話題を逸らしても、リディが乗ってくれるかどうか……。


……あーもう! この話は恥ずかしいから、一生秘密にしておきたかったのに!


とはいえ、今更どうしようもない。仕方なく心を決める。


「……私が魔力暴走を起こしたのは知っているでしょう? 実はあの時、魔力が一か所に集まる一方で、いくらか外に漏れていたらしいの。一般的な魔力の量であれば微々たる量で済んだみたいだけれど、私の場合はほら、規格外でしょう? だから漏れ出た量も相当だったみたい。その漏れ出た魔力がすぐ側にいたリディの傷口を圧迫していたんですって。殿下がいらっしゃるまで持ったのはそれが理由だそうよ」


魔力の制御に成功した途端、リディの出血量が増えたと感じたのは間違いではなかった。

止血の役割を果たしていた魔力がなくなったのなら当然だろう。


「そんな理由だったのか。だが、納得した。俺はお前のおかげで助かったんだな。ルティナ、ありがとう」

「わ、私……何もできなかった。癒すことすらできなくて……」

「だがお前ができる中で、最高の処置だったと思う。何もできなかったんじゃない。目立たなかっただけだ。お前の魔力は、確かに俺の命を繋ぐための一助となってくれた。心から感謝している」

「あ……」


胸が痛い。目も熱くて堪らない。


リディの危機に何もできなかった。それが、ずっと私の心に引っかかっていた。

でも実際は、何もできなかったわけではなかったのだ。少なくても、止血はできていたのだから。


そう思ったら、一粒の涙が目からこぼれ落ちた。


「は!? 待て待て待て待て!! なんで泣く!?」

「……私、破壊しかできないから、リディの側にいるだけだったから……でも私、役に立てたんだって、む、胸がいっぱいで……」


言葉を詰まらせながら、少しずつ思いの丈を口にする。

するとリディがわずかに目を見張った。かと思えば彼はすぐさま眉根を寄せて、ふーっ、と長く息を吐く。心苦しげな表情だ。


「何やってんだろうな、俺は。お前には心穏やかでいてほしかっただけなのに、つらい思いをさせて……」

「リ……」


つらそうな表情をするリディにかける言葉が見つからない。

とにかく名前を呼ぼうと口を開くも、彼の名を皆まで音にすることはかなわなかった。


「お嬢様! ご無事ですかっ!?」


不意に声をかけられてゆっくりと振り返れば、ヴェルフたちが乗った馬が近くにいた。


「ええ、大丈夫よ。危険なことなんて何もないもの。ヴェルフは、リディが危険だとでも言うの?」


ふふ、と笑いながら返すと、ヴェルフではなくイルマから答えが返ってきた。


「男は総じて狼と申します。イストゥール様もあるいはそうなのかもしれません。私が目を光らせる必要は多分にあるかと」

「君の鉄壁の守りは、さすがとしか言いようがないよな。崩すのが大変そうだ」

「光栄でございます」


リディの言葉にイルマが頭を下げて恭しく答える。

よく見れば、どちらもいい笑顔だ。

そんな二人のやり取りを見て、側に控えていたヴェルフに顔を向ける。


「ヴェルフ、どうしましょう。リディとイルマが仲良しだわ。私は嫉妬した方がいいのかしら? それとも、私たちも仲良くすべき?」

「お嬢様。そのような冗談は言わなくても大丈夫です。私とお嬢様が仲良くしたら、私の胃に穴が空いてしまいます」

「それは大変! 仲良くするよりも先にお薬を用意しておきましょう。でも、ヴェルフ。リディは狭量ではなくてよ?」


私に危険が及べば怒るのかもしれないけれど、基本リディは広量だ。

一緒に冒険をし、時にこっ酷く叱られた私だからよくわかる。


とはいえ、裏を返せば私の身を案じてくれているからこそリディが怒るのだ。そう考えるとなんだか嬉しい。

が、それはそれ。すぐに意識を現実に引き戻す。

今はじっくり考えている暇はない。さっさと王都に向かわなくては。


「まあその話はまたにして、そろそろ行きましょう? フィンさ……バハルド殿下が首を長くして待っていそうだわ」


リディたちの同意を得て、再び移動を開始する。

おそらく往路と同じ日数で王都に着けるだろう。

道中何事もないことを祈って、ひたすら王都に向かって馬を走らせた。

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