王都へ1
ティーナを走らせ、王都へと延びる大きな街道を突き進む。
連れ立つ者は誰もいない。
ゼイヴィア殿下は既にネイフォートに戻っているし、陛下たちはスヴェンデラ侯爵邸に留まって事後処理に当たっている。
私一人だけが別行動だ。
急いで帝国に向かう必要があり、朝早くに聖騎のみんなに見送られて侯爵邸を出た。
現在、デュナー伯爵領を北に向かって走っている。
早くフィンたちに追いつきたいが、焦りは禁物。ティーナのことを考えて、休みをこまめにとりながら移動する。
といっても風の魔法を使用しているため、ティーナはあまり疲れていないようだ。
この調子であれば、追いつくことはそう難しくないだろう。
事実、少しもしないうちに誰かが馬の脇に佇んでいるのが見えた。
でも、何か様子が変だ。五人いるはずなのに、二人しか姿が見えない。
不思議に思いながらも馬を進める。
程なくして、佇む二人は私の侍女と魔術師だとわかった。
「イルマ、ヴェルフ!!」
「お嬢様、お待ちしておりました」
「どういうことか説明してもらえる?」
恭しく頭を下げる、私の専属魔術師――ヴェルフに問う。
ヴェルフは私に断りを入れて、頭を上げた。
「殿下が書き置きを残して邸を抜け出されました」
「そう。当初の予定は?」
「私の魔法は馬二頭が限度でしたので、殿下とノア様は先行する予定でした」
「なら何も問題ないのではなくて?」
先に行く予定だったのなら、邸を抜け出したとは言えないのではないだろうか?
ヴェルフの話に首を傾げる。
「それが、あらかじめ決めていた時間よりも早く邸を飛び出されたようで……。ノア様は我々に書き置きを届けるなり、殿下のあとを追われました」
「その書き置きがこちらです」
今まで無言だったイルマが、一枚の紙きれを差し出してきた。
その紙きれを受け取り、目を落とす。紙には乱れた文字で、『すまない、じっとしていられない、王都に向かう』と書かれてあった。
書置きを読むなり、大きなため息を落とす。
アマーリエに散々泣かれて、フィンもさすがにまいっただろうと思っていた。それなのに、まさか昨日の今日で勝手な行動に出るとは、予想外にも程がある。
ノアもノアで、殴ってでもフィンを止める、と言っていたのは嘘だったの?
いえ、違うわね。ノアがアマーリエと約束をしたのは、フィンが命に係わる行動をとった時のみ。王都に行くだけなら命に係わる行動とは言えないだろう。
とはいえ、勝手な行動は慎んでもらいたいものだ。
「それで、リディは?」
「申し訳ございません。私が足を引っ張りました」
ヴェルフではなくイルマが返事をし、頭を下げてきた。
わけがわからずヴェルフを見ると、彼がゆるく首を振った。
「速度を上げすぎたようで、イルマの体が持ちませんでした。そのためイストゥール様が『俺があとを追うから、お前たちはここでルティナを待て』と指示なさり、お一人で殿下の許に向かわれました」
侍女であるイルマに、武人同様の馬術を求めるのは無理だ。
ヴェルフも、イルマを乗せて高速で移動するのは大変だっただろう。
おそらくリディもそう判断した。だから無理をして、単独でフィンたちの許に向かったのだと思う。……呆れる程にリディらしいわ。
「我々が追いかけます、と申し上げたのですが、イストゥール様は『俺じゃないと説得できないだろう』とおっしゃって……」
「一理あるわね」
フィンにしてみれば、イルマとヴェルフは何度か顔を合わせただけの存在。二人に引き留められても、意思を曲げることはないだろう。
だが、彼らの上司であるリディなら話は別だ。嫌でも耳を傾けるに違いない。
しかしそうだとしても、リディは怪我人だ。一人で追いかけるなど無謀すぎる。
「私が至らないばかりに、イストゥール様にもご無理を強いてしまいました……」
「いいえ、イルマ。あなたは私の言いつけ通り、リディに回復魔法をかけてくれたのでしょう? なら、至らないなんてことはないわ」
イルマはささやかながらも回復魔法が使える。
ゼイヴィア殿下のような傷を癒す魔法ではないものの、ちょっとした不調なら難なく癒せる。
それゆえにイルマをスヴェンデラには連れていかず、リディの側においた。こまめに魔法をかけるように、と指示をして。
だから、リディは大丈夫。そう信じたい。ただ――
……それでも心配してしまうのだけれどもね。
「ティナ様?」
「なんでもないわ。リディと別れたのはどのくらい前かしら?」
「一刻半です」
「そう。日が暮れる前にはリディと合流できそうね。急ぎましょう」
イルマたちを促し、急いでリディたちのあとを追った。
*
一言も発することなく、馬を走らせる。
その甲斐あってか、西の空が茜色に染まり始めた頃、前方に何かが見えた。
最初は遠くてわからなかったが、距離が縮まってきたところで騎乗した人だと気付いた。
すぐさまヴェルフに指示を出す。
「ヴェルフ、あなたたちはゆっくり来て。ティーナ、少し急ぐわよ」
姿勢を正し、手綱の調整をするとティーナに合図を送る。直後、ティーナの速度が一気に増した。
速度を上げたまま前方の馬に近づく。相手も馬を駆っているけれど、風の魔法をかけたティーナには敵わない。すぐに相手に追いついた。
「リディ!!」
声を張り上げ、前方の馬を駆る人物――リディを呼ぶ。
私の声が届いたようで、リディが馬の歩みを止めた。彼はそのまま馬から降りてこちらを向く。
「ルティナ! 無事でよかった」
「あなたも。まだ本調子ではないのに無理なんてして……どこかつらいところはない?」
リディの側まで行くとティーナから降り、彼の様子を窺う。貧血はもちろんだが、ほかにも不調があるかもしれない。
「大丈夫だ。君の侍女に回復魔法をかけてもらったし、王太子殿下に血を補ってもらったからな。今のところふらつきもない。即死でもおかしくない怪我だったのに、よく生きていたものだよな。王太子殿下が間に合ったことさえ奇跡に近い」
リディの言葉を聞いた途端、ゼイヴィア殿下の話を思い出して目が泳いだ。
「ホ、ホントに奇跡よねぇ。殿下と女神様に感謝しなくちゃ」
「……なんだ、そのおかしな発音。目も泳いでるし。お前、何か知っているな?」
「え? なんのことかしら? それより、スヴェンデラ侯爵が白状したわよ。イストゥールダンジョンの魔物のスタンピードを事前に察知していたらしいわ」
我ながら強引すぎるとは思ったものの、無理矢理話題を逸らす。
リディはそれ以上追及をせず、話題に乗ってきてくれた。
「は? おかしいだろ。なんでスヴェンデラ侯爵は『スタンピードが起こる』と知っていたんだ? 魔物のスタンピードは人為的には起こせないはずだ」
リディの言う通りだ。
魔物は、ダンジョンの最奥よりこんこんと湧き出る魔力を源として生まれる。
ただ、それ以上のことは事情があってあまり知られていない。
そのため一般的には、『魔物のスタンピードは人為的に起こせない』とされている。
だが、人為的に起こせないと考えているのは私たちグレンディアの者だけだ。他国にこの国の常識が通用するはずもない。
当然他国は、私たちが触れなかった――あえて伏せていた真実を自ら見つけ出してしまった。
「どうやら帝国が、周囲の魔力を増幅させる魔道具を開発してしまったようなのよ」
「増幅? できるのか?」
「ええ。でも問題があって、使用できるのは魔術師だけ。しかも魔力が湧き出る場所で使用しなくてはならないらしくてね。それってつまり、スタンピードを引き起こす代わりに犠牲になるということでしょう? 帝国としては貴重な魔術師を手放したくなくて、ネイフォートに話を持ちかけたらしいわ。ネイフォート王は、話を持ちかけられた頃には既に常軌を逸していたみたい。自国に下った魔術師を惜しみなく投入したそうよ」
今回の騒動で一番驚いた話だ。
グレンディアでは魔物の脅威は身近なもの。百歩譲って『魔物のスタンピードを人為的に起こせる』と考えても、普通の人ならリスクを鑑みて誰も実行に移さない。スタンピードは百害あって一利なしだからだ。
国としても考えは同じ。スタンピードは有害だと認識している。
だから国はスタンピードを防ぎたくて、徹底的にダンジョンや魔物について調査した。
結果究明はできたが、代わりに魔術師の大半が命を落とした。
まあ、研究を前にした魔術師程、自制の効かない者もいないからね。なるべくしてなったとしか言いようがない。
だが国としては、貴重な魔術師が減るのは非常に困る。
ゆえに国は『魔物の解明は極めて困難である』と発表し、関わることを禁じた。
だというのに、この国の庇護下にあるネイフォートが禁忌を犯していたとは。まったく、皮肉なものだ。