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潜入2

荒い息を整えて、改めて邸を見る。

思った通りだ。二階の窓が開いている。


今日は天気がいいし気温も高い。窓が開いている可能性は十分にあったので、それに賭けた。

結果は私の勝利。一階のみならず二階、三階と部屋の窓が開け放たれている。

むろん、すべての部屋ではない。けれど、これだけ多くの部屋の窓が開いているのなら、条件に見合う部屋があるというもの。


「あの部屋がいいかしら。人の気配は……ないわね」


目をつけたのは二階の部屋。すぐに上の階に行ける、階段脇の部屋だ。

周りに木はなく、バルコニーもない。普通に考えたら侵入するのは難しい。

だがよく見れば、外壁は石造りで凹凸がある。一階の窓枠も利用すれば、難なく二階の部屋に行けるはずだ。


すぐさま人の気配を探り、誰もいないことを確認して行動に移る。

まずは窓枠の底辺部分に左手をかけて、壁のわずかな突起に右足をかける。

そこから体重を右足に移動。踏ん張りながら勢いよく体を伸ばす。

そのままだとバランスが崩れるので、急いで窓枠の上部に右手をかけて、体勢を立て直す。いい感じだ。

現在行き場を失っている左足は、窓枠の底辺に置いて次の拠点とする。


そうやって地道に上へと登っていけば、時間もさしてかからずに目指していた部屋に着いた。


……誰もいないわね。


侵入した部屋は客室だったようで、日常的に使用している形跡は見られなかった。

そのためか、廊下に通じる扉も堂々と開け放たれていた。なんて幸運なのだろう。


足音を立てずに慎重に歩き、扉の前で足を止める。それからそっと廊下に顔を出す。

長い廊下に人の姿は見当たらない。門扉が騒がしくて、仕事どころではないのだろう。


すぐに部屋を出て、側にある階段を上る。

ここまでは順調だ。この先がどうなっているか気になるところだけれど、もしもの時は強引に押し通せばいい。


心を決めて三階に上がると、即座に廊下の様子を窺う。

廊下の中程に、護衛と思しき兵士が二人立っていた。目的の部屋の前だ。


一般的な貴族の邸では、客室は一階か二階にあり、三階にあるのは珍しい。

聞くところによれば、ここスヴェンデラ邸も客室は二階のみで、本来なら三階にはないのだとか。

それにもかかわらずわざわざ三階に部屋を設け、護衛まで置いている。侯爵は余程あの人を隠したいらしい。まあでも、気にせずに連れていくけれどね。


護衛の様子を窺いながら、躊躇うことなく廊下に出る。

認識阻害の魔法の影響で、護衛はまだ私の存在に気付いていないようだ。

さまざまな状況を想定して対策を練っていたけれど、これなら下手に策を用いる必要はない。

こそこそする必要もないので、堂々と廊下の真ん中を歩く。

三階はほかの階とは違って廊下にふかふかの絨毯が敷かれてある。

かなり近くまで行かなければ、足音に気付かれることもないだろう。


「おい、なんか変な音がしないか?」

「? 何も聞こえないが……」

「うーん、俺の気のせ、がはっ……」

「お、おい、どうし、うぐっ」


護衛たちが順番に倒れる。私が二人を殴って気絶させたからだ。

結構気合いを入れて殴ってしまったけれど、その分長く眠っていてくれるのなら願ったり叶ったりだ。


とはいえ、張り合いがなくて少し物足りない。私の足音を空耳と判断する姿勢もいただけない。

呆れの感情を込めながら、倒れている二人に忠告する。


「仮にも護衛なら気配に敏感になりなさい。命がいくつあっても足りなくてよ?」


我ながらなかなかの正論だと思うのだが、夢の中にいる二人には当然聞こえていない。でも、まあ、いいか。

気持ちを切り替えて、目の前の扉を開ける。同時に、認識阻害の魔法を解除した。


「失礼するわ。ああ、やっと見つけた。大変お世話になったから、早くお会いしたかったのよ、()()()()()()()?」

「な……誰だ、お前は!」


小太りの男が、ソファにふんぞり返るように座っている。今まで好々爺然とした態度しか見てこなかったのもあり、目の前のふてぶてしい態度は悪い意味で新鮮だ。


「まあ。お目が悪くなったのかしら? わたくしを覚えていらっしゃらないだなんて、少々生き急いでいるのではございませんこと?」


わざと困ったような表情を作り、首を傾げる。その際、気の毒げな目を向けるのも忘れない。

そんな私の態度が癪に障ったらしく、伯爵の顔がみるみる真っ赤になった。


「無礼者めが!! おい、誰か! 侵入者を捕らえろ!」


伯爵が目をつり上げてソファから立ち上がる。想像以上にお冠のようだ。

無理もない。私が伯爵に言った言葉は、『耄碌したんじゃない?』という、どう逆立ちしても非常に失礼なものだから。

態度も相俟って、余計に腹が立っただろう。


でも私は、発言を撤回する気はない。

だって、今の私の髪色は元の色合いだ。このプラチナブロンドを見たにもかかわらず、私の正体に気付かないとなれば、老いを心配されても仕方がない。


もっとも、私は個人的に思うところがあるので、微塵も心配はしないけれども。


「無礼でもなんでも構わないわ。私はあなたを捕らえるだけ。そうそう、助けを呼んでも誰も来ないわよ? みんな別のことに気を取られているからね」


そこまで言うと、伯爵に眠りの魔法をかける。

護衛と同じように殴ってもよかったけれど、相手は伯爵だ。それに護衛みたいに体を鍛えていない。殴ったらいけない気がして、魔法にした。


眠りの魔法はすぐに効き、伯爵の体が傾いた。

即座に風の魔法を使用して伯爵を守る。併せて、体も軽くした。


「さて、と。だいたいの任務は完了ね。あとは陛下の許に戻るだけ……あら? 意外と近くにいらっしゃるわ。中に入れてもらえたのかしら」


居場所を突き止めるために陛下の魔力を探る。すると、比較的近い場所で陛下の魔力を感じた。

陛下が近くにいるのなら合流しやすい。認識阻害の魔法をかける必要もなさそうだ。


伯爵の後ろ襟をむんずと掴み、伯爵を引き摺りながら部屋を出る。

風の魔法がかかっているので、伯爵が怪我をする心配はない。

陛下の魔力を頼りに、階段を下りていく。


二階に下りて長い廊下を進み、中央階段を目指す。

一階に行くには、中央にある階段を通るしかない。当然、使用人に会わずに行くのは無理だった。

とはいっても、使用人たちは皆一様に目を見開くだけで攻撃してくる様子はない。さっと道を譲って私たちを見送るのみだ。


その腫物を扱うような態度に、「やっぱり伯爵を引き摺る女の姿は異様だったわよね」と、少しだけ反省したのだった。

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