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公爵令嬢の侍女

少々長いですがイルマ視点です。

ごきげんよう。私はイルマ・ジルブレヒトと申します。

このグレンディア国を支える貴族の中でも、末席の方に名を連ねる成り上がり男爵家の令嬢でございます。


令嬢と言っても三女である私は爵位を継ぐことも、他の貴族に乞われることもほぼありません。せいぜいどこかの商人の息子の嫁にと望まれるくらいでしょうか。

次期男爵位は兄が継ぎますし、民の血税を貪って何もせずに過ごすことも憚られましたので、家を出て知り合いの伝でレーネ公爵家へ奉公に上がったのでございます。

侍女としては14歳と少し遅い上がりでしたが、丁度その頃公爵家のご令嬢であるマルティナ様が8歳になられ、同時にお付きの侍女を探していたようで、その話があった際に偶々そこにいた私が抜擢されることになりました。


私とマルティナ様は6歳ほど年が離れており、9年経った今もなお、マルティナ様のお傍に控え続けお世話をさせていただいております。私が言うのも烏滸がましいのですが、もちろん息はぴったりで、マルティナ様は姉が出来たみたいで嬉しいと仰って下さいます。かく言う私も、二人だけの時は砕けた口調で会話をしたりするので、妹が出来たみたいですごく嬉しいのです。


さて、私の事はこのくらいで宜しいでしょうか。

これから先は我が主マルティナ様のお話をしたいと思います。

あ、それと口調も崩させていただきますね。




私の主は先ほどから述べていますが、マルティナ様です。レーネ公爵家のご令嬢で、本名はマルティナ・レラ・レーネ様。

マルティナ様は、世にも珍しいプラチナブロンドをお持ちで、腰まで届く手入れの行き届いたその髪は、ふわりと緩く波を打っていて、まるで夜に映える月のよう。

奥様によく似たそのご容貌は花も恥じらうばかりの美しさ。

透明感のある雪のような白い肌に、健康的な印象を与える薔薇色の頬、長い睫毛にすっと通る形の良い鼻と、紅を刷いたような色合いが綺麗な唇。

透き通る瞳は極上の紫水晶のように光り輝き、きっ、とつり上がった目でさえ負の印象を与えず、寧ろその配置バランスはより美しさを際立たせていて、さも神話から飛び出してきた女神様のよう。


けれど、絶世の美女と言う単語では言い尽くせないほどのあの凛としたお美しさは、世の中には知らされてはおらず、ご家族である公爵様方と従兄であるハルトヴィヒ様とそのご家族、あとはエミーリエ様方、そして私と公爵家の限られた極一部の者しか知らないことです。勿論他言無用なので外部にマルティナ様のお美しさは伝わらず、私としては歯痒くてなりません。


では普段外行きのマルティナ様は一体どのような姿なのかと言うと、女神のような美しさとは真逆を行く、とても儚く可憐な姿なのです。

それはそれで可愛らしい少女の姿なのですが、やはり本当の姿を知っている私からすれば、マルティナ様の本来の美しさを半減させていると言わざるを得ないのではないでしょうか。勿体ない。実に勿体ない。


何故そのような姿なのかと言いますと、少々不愉快な、いえ、今思い出しても腹立たしい話なのです。

私が実際にその場に居合わせたわけではないので聞いた話になってしまいますが、聞いただけでも怒りが込み上げて…。

コホン。努めて冷静に話さなくてはなりませんね。頑張りますよ。




それはマルティナ様が6歳の頃のお話です。

この国一番の魔力持ちと名高い、レーネ公爵マティアス様の血を受け継ぐマルティナ様は、旦那様ほどではありませんでしたが、陛下を凌ぐほどの力を秘められていたそうです。6歳の時に行われた魔力測定では高数値を叩き出されたとか。

その結果を知った者の間では「王子妃候補」と囁かれていたようですが、旦那様はそれを否定なさっていたようです。


それにマルティナ様は当時奥様のご実家であるクルネール辺境伯家の嫡男、ハルトヴィヒ・テオ・クルネール様との婚約話を進めていらっしゃいました。

けれど、いざその話が纏まろうとしていた矢先、突然王家から婚約をねじ込まれたのだとか。やはり強い魔力を王家に取り込みたいとの思いもあったのでしょうね。いろいろ思うところはありますが否定は致しません。国を繁栄させるために必要だと言われれば仕方がないと思うところもございますから。


ですから私が憤っているのはそこではなく、その後のお話なのです。

婚約が決まり、当時はまだ立太子していなかった殿下と、マルティナ様が初顔合わせを行った時のこと。顔合わせのためのお茶会が催され、王妃様、公爵夫人、そして殿下とマルティナ様がその場にいらしたと聞いております。

まだ子供だったお二人は幼いながらも、目の前の人と将来結婚するのだと理解していたようで、互いに緊張なさっていたとか。

ところが自己紹介の後、殿下がマルティナ様の顔をまじまじとご覧になられた直後に眉を顰めてこう仰ったそうな。

「お前の顔がきつくて嫌だ!」と。


もう何様だって話ですよ!あ、王子様でした。

それを受けてマルティナ様は「申し訳ございません、次回から変えて参ります」と表情を変えずに淡々と述べられたそうで、この頃から未来の国母として及第点の回答をなさっていたことに脱帽しております。


それはともかく、殿下の発言によりマルティナ様は、当時の侍女で、現侍女長の手により少しずつ目のつり上がりを抑えた化粧を施し始め、約一年後にはすっかり今のお顔に落ち着くこととなりました。つり上がっていた目はその角度を変え、寧ろ下がり目となったのです。私も当時の技術を踏襲しつつ、日々新しい化粧術を学んではおりますが、基本は当時からあまり変わってはおりませんね。

そして、落ち着くまでは何かと言われ続けたマルティナ様ですが、その後殿下がマルティナ様のお顔に何かを言うことはなくなったそうです。

マルティナ様はそれ以来、その可憐なお姿と、月も恥じらうような綺麗なプラチナブロンドにより『月の妖精』と謳われるようになりました。



さて、そんなマルティナ様と殿下ではありましたが、その仲はそこそこ上手くいっていたのです。そう、数か月前までは。

互いに家族のような情があり、信頼関係も築かれていたようですが、双方どちらも恋情が生まれることはありませんでした。その隙を衝いて現れたのが某子爵家のご令嬢です。私もちらっと遠くから拝見しましたが可愛らしい方だったと記憶しております。

令嬢は殿下との距離を瞬く間に詰め、殿下もそんなご令嬢にいつの間にか心を奪われていきました。学院では人目を忍んでの逢瀬ではありましたが完全に忍ぶことなどできず、一人二人と徐々にその目撃者の数を増やしあっという間に噂が広って、やがてマルティナ様の許にも届いたようです。マルティナ様は「殿下が心から愛しているのであれば側妃になされるでしょうから、わたくしからは何も申し上げることはございません」と殿下の恋を見守られていました。


しかし、そのマルティナ様の優しさに()のご令嬢が付け入り、あろうことかマルティナ様に牙を剥いたのです。マルティナ様たちが学院を卒業なさる前日のことでした。

ですがそれはマルティナ様の幼馴染にして親友の、ローエンシュタイン侯爵令嬢エミーリエ様の手腕により見事にうち砕かれ、逆に反撃された()のご令嬢は、冤罪の証拠を次々と突き付けられて牢に繋がれたのです。

婚約白紙ともども正直胸がすっといたしました。


それが今から遡ること四日前のお話です。

そして、その事件の前日に我々を欺くかのように雲隠れしてしまったマルティナ様は、五日経った今でも依然として行方が知れず、公爵家の『影』を使って捜索を秘密裏に行ってはおりますが、未だ消息を掴むまでには至っておりません。

とある消息筋の話によれば、あの日以来殿下もマルティナ様の行方を追っているそうです。どうやらマルティナ様を失って、今までどれだけ支えられていたのか、その存在の大きさを知ったようです。が、一体どの面下げてと言いたいですね。例えマルティナ様が許しても私は一生許しません!はぁ、また落ち着かねば。






私はマルティナ様のいらっしゃらないここ数日、他の使用人と同じような仕事を熟しておりました。

今日もずっと働き続けて昼が過ぎた頃。侍女長から頼まれていた雑用を終えて報告に向かう途中、執事であるハンネス様に呼ばれたのです。至急と言うことなので、私を呼びに来た同僚に侍女長への報告を頼み、執事室へと向かいました。


コンコンと軽く執事室の扉をノックすると、応えがあったので「失礼します」と声をかけて中に入る。

ハンネス様は執務机の上に置かれた書類を捌いているようでしたが、私が入ってきたのを見るとすっと一通の分厚い封筒を差し出してきました。それを受け取り裏面の差出人を確かめる。けれど、名前どころか宛先すら書かれてはおりません。不思議に思い「これは?」と発しながら小首を傾げました。


「午前中、急ぎとのことでジルブレヒト男爵本人が持って来られた手紙です。宛先も差出人の名もありませんが、間違いなくあなた宛てですよ。男爵宛ての手紙に同封されていたとのことです。男爵の手紙には差出人の名が書かれていたようで、その名が『白金の妖精』だったと仰っておりました」

「そ、それでは、これは…」

「ええ、間違いなくお嬢様からの手紙でしょう。至急らしいので部屋へ戻ってすぐに読みなさい。このことは他の者に知られてはなりません。良いですね?」

「はい、かしこまりました。ハンネス様、ありがとうございます。失礼いたしました」





挨拶もそぞろに執事室を飛び出し、手紙を胸に抱き自室に戻る。与えられている部屋は一人部屋だ。誰の目にも触れられることなく手紙を読むことが出来る。


机からペーパーナイフを取り出すと封を切った。中には手紙が三枚と一つの缶。缶はとりあえず後にして手紙に目を通す。

そこには、現在のマルティナ様の状況と、私に対するお願い事、それらが事細かにびっしりと書かれてあった。


マルティナ様からの数日ぶりの指示だ。まず指示された最初の行動に移行する。

いくら他言無用だとは言え、旦那様に何も言わないわけにはいかない。部屋から飛び出した私は、そのまま旦那様の執務室へと乗り込む。

扉をノックした後、返事を受けるや否や勢いよく中へ突撃した。


「旦那様ぁーっ!!!お話がございます!」

「うわっ、びっくりした。どうしたんだい、イルマ」

「先程お嬢様から私宛に手紙が届きましたのでそのご報告と、数日間のお暇の許可を頂きに参りました。嫌と仰られても無理矢理勝ち取る所存でございます」

「なにっ!?執事からこれを受け取って喜んでたのに…。なんで君はそんなに分厚い手紙で、私の方は手紙一枚なんだ?おかしいだろう」


旦那様が一枚の便箋を取り出しぴらぴらと振る。私の手紙と見比べているためか、その表情は捨てられた子犬のようにしょんぼりとしていた。

お嬢様、旦那様の扱いが面倒くさくなるのでしっかりと手紙を書いて下さい。


「今回の件には関係ないからではないですかね?」

「冷たっ!君、相変わらずブレないね…」

「お褒めに預かり光栄にございます」

「いや、褒めてないんだけどね!?」


これ以上絡まれてもどうしようもないので適当に突き放す。旦那様の対応はこれが正解だ。旦那様も容認なさっているので問題はない。

いじける旦那様を軽く無視し、マルティナ様から話してもいいと言われた部分を掻い摘んで説明する。旦那様宛の文には別の内容が書かれていたようで、私の手紙に書かれてあった件は微塵も触れられてはいないみたいだ。説明後に数日間のお暇をいただくことも忘れない。

尚もいじけていた旦那様ではあったが、私が迫ると二つ返事でお暇の許可を出してくれた。だからここにはもう用はない。ただ一つ、旦那様に伝えておかなければならないことがあったので部屋を出る寸前に言う。


「あ、旦那様。お嬢様から一つ言付けがございます。「申し訳ございませんがこの件が片付くまでは帰りません」だそうです」

「はぁ。ならばイルマ、一つ頼まれてくれ。ティナに―――」


「かしこまりました」と丁寧に腰を折ると部屋を辞する。ドアを閉める際にちらりと旦那様の様子を窺えば「まあ、仕方がないか」と呟きながらも少しスッキリとした表情を浮かべられていた。



旦那様からの許可を頂いたので次の指示に従い、マルティナ様のお部屋から必要な物をバッグに詰め込む。ドレスは皺にならないように細心の注意を払いつつ鞄へ。後は化粧道具とお手入れ用のオイルに美容関係の道具をあれこれ。

テキパキと用意をし、夕方前にはすっかり荷支度を終え公爵邸を出ると、実家であるジルブレヒト男爵邸に向かった。

実家は公爵邸と同じタウンハウス街にあるので、乗合馬車を利用すれば日が暮れる前に辿り着くことが出来るだろう。


こうして何事もなく実家に戻り、久しぶりの我が家でゆっくりと羽を伸ばさせてもらうこととなった。






そして翌日。私は店が開き始める時間帯に実家を出ると、急いで目的のお店へと向かった。大通りから裏路地へ入ったところにある一軒のお店。マルティナ様から指定された店ではあったが、なんと言うか、少々訳がありそうなお店だ。

意を決して中に入ると、中はこじんまりとしていて、造り付けの棚には鬘を被った首までしかない人形が所狭しと並んでいた。


「いらっしゃい。何をお求めで?」

「え?あ、ええと、これが欲しくて…」


人形に圧倒されていたら、いつの間にか現れた店主に声を掛けられたので、マルティナ様の手紙の中に入っていた缶を取り出して店主に見せた。

缶の中には茶色のクリームのようなものが入っている。これは髪を染めるための物で、マルティナ様がお忍びでギルドに行く時に使用していたものだった。中身を店主が確認する。


「お客さん運がいいね。ついこの間この色を大量購入したお客さんがいてね、昨日まで在庫がなかったんだけど今朝漸く入荷したんだよ」


あ、それ、間違いなくマルティナ様だ。行方を晦ませた際か、その後に買い占めて行ったのだろう。


「まあ、それは良かったわ。それじゃあ、その入荷したもの全部くださいな。それとそちらの鬘も」

「………………は?」


こうして目的の物を購入すると乗合馬車に揺られながら王都の門を抜け、西にあるレーネ公爵領の街へと向かう。そこで宿をとり、観光しながら一泊。


翌朝、まだ夜も明けきらぬうちにこっそりと部屋を抜け出し(事前に支払い済みである)宿屋の裏口から出ると物陰に隠れながら南東へ向かい、グラティア伯爵領にあるイェル村へと向かった。

何故こんな回りくどい方法で村に向かわねばならないのか不思議ではあったが、マルティナ様のことだ。何か理由があるのだろう。

途中仕事に向かうという親切なおじいさんに近くまで馬車に乗せてもらったので、イェル村には昼前に着くことが出来た。


男爵邸(うち)まではいかなくともそれなりに大きい邸の裏口に周り、扉の中央付近にあるノッカーを軽く叩く。すると使用人の一人が顔を出してきたので、名を告げて執事を呼んできてもらうように頼んだ。

5分後、壮齢の男性が現れたので改めて名を名乗る。


「初めまして。ルディ様に呼ばれて参りました、イルマと申します」

「お話は伺っております。どうぞ中にお入りください。今、ルディ様のところにご案内いたします」


ルディと言う名はマルティナ様がギルドで活動する際に使用する偽名だ。今回もギルドの依頼で来ていると手紙に書かれてあったので、マルティナ様をお呼びする時はその名を使用するようにと仰せつかっている。ついうっかりマルティナ様と呼ばないようにしないと。改めて気を引き締める。

因みにこの名を知っているのは私だけなのだが、恐らく旦那様も知っているだろう。


「こちらがイルマ様のお部屋でございます。そしてお隣がルディ様のお部屋となっております。何かご入用の物などありましたら、なんなりとお申し付け下さいませ」

「はい、ありがとうございます」

「ルディ様。イルマ様がお着きになられましたのでこちらにお連れいたしました」

「どうもありがとうございます。イルマ、中へ」


二階にある一室に案内され、荷物を置くとすぐに執事の後を追う。執事が隣の部屋の扉をノックし声をかけると、扉の向こうでマルティナ様のいつもより低めの声が私を招く。マルティナ様の応えを受け、執事は一礼をすると「それでは」とその場を去って行った。

ああ、数日ぶりにマルティナ様にお会いできる。これより先は片時も離れずにお傍に控え続けるぞ、と意気込んで部屋の中へと入ったのだった。











******


「主…」

「どうした、何かわかったのか?」

「いえ、それが何故か迂回や多数の手を介されてしまい、結局何も掴めず…」

「フッ……。面白いじゃないか。まるでこうされることを予期していたみたいだ。なかなか尻尾は掴めない、か。ガキの癖に頭が回る。引き続き調べてくれ」

「はっ!かしこまりました」

「くくっ…お前は一体何者なんだろうな。なあ、ルディ?」

イルマの感情に伴い、途中からメッキが剥がれ落ちています。よっぽど嬉しかったのでしょう。

そして、最後の人物は以前登場の人とはまた別の人です。そうです、あの人です。


誤字脱字修正いたしました。皆さまいつもありがとうございます。

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