ワールドエンド、アンドロイド(5)
そろそろストック切れます……
次の日。
「おい、375号」
「はい」
「俺は今日、ずっと本を読んでいたい気分なんだ。俺は一人で書斎に閉じこもる。お前は好きにしていろ」
「主様とずっと一緒にいるのが、私の目的のはずですが」
「なら、今日だけは別だ。人間にはそういう気分の日もあるというのを覚えておけ」
「わかりました」
「じゃあ、そういう事だ。何でも好きにやっていてくれ」
主様は言って、書斎のドアを閉められました。
私は一人になりました。
「……」
好きにしていろ、と言われましたが、したい事など特にありません。
掃除はこの前してしまいましたので、清掃する必要もないほど、家中はキレイです。
人間でしたら、睡眠や食事、あるいは運動などで、暇つぶしが出来るかも知れませんが、私はアンドロイドです。
まだ起動して日が浅く、身体のメンテナンスなどもする必要は見当たりません。
「……」
このままずっと、主様が出てくるのを、書斎のドアの前で待っていましょうか。
そんな事も考えてましたが、なんとなく、不毛という言葉が頭に浮かびました。
「……」
とりあえず、書斎の前から離れました。
特に目的もなく、家の中を歩き回ります。
「……」
しかし、やはりする事がありません。
「人間の言葉で言えば、暇、という状態なのでしょうか、私は」
そんな言葉を呟いてみましたが、どうして呟いたかわかりません。
独り言を言っても意味がないなど、わかりきった事なのに。
無駄で、無意味で、無価値な事です。
それなのに、なぜ。
「……」
どれだけ考えてもわかりませんでした。
なので思考を打ち切ります。
家の中に居ても、する事が無かったので、外に出てみる事にしました。
ガチャリと音を立て、玄関のドアを開けます。
「……これは」
外に出てみると、たくさんの花があちらこちらに咲き誇っていました。
黄色、赤、白、紫、水色、桃色、様々な色合いの花が、所狭しと咲き乱れています。
一面の花畑が広がっていました。
「……」
太陽の光が遠慮もなく降り注ぎ、花畑の中を小さな虫が飛び交い、空には鳥がさえずっています。
「……これら全ても、いつかは消えてなくなるのですね」
そう呟いてみましたが何も変わりません。
「……」
家の近くには、主様が作られたのであろう畑があり、様々な野菜が実っていました。
「……主様は、やはり愚かですね。主様一人が生き延びたところで、もはや人類は絶滅という運命から逃れられません。ならば、せっせと食物を作ったところで、無意味ですのに」
そう言いながら、私は野菜に触ります。
紫色の、太く長いそれは、茄子という食べ物だと、A.Iが教えてくれます。
そしてそれが、とても高品質な出来であるということも。
……ひょっとしたら、音楽と同じように、このような茄子を作るのにも一筋縄では行かず、奥が深いのかも知れません。
「それが何だと言うのですか……」
そう呟いてみました。
つぶやいたところで、やはり何も変わりません。
「……主様は男性で、私は女性ですが、アンドロイドですので子はなしえません。人類は滅びるのです。だから、これら全ては、無意味です。無駄です。無価値です……」
小さな声で、そうつぶやきます。
ですが、呟けば呟くほど、私の頭の中に、小さなエラーが溜まっていく感覚に陥り、私は、何も言えなくなりました。
「……」
そのまま、することもないので3時間ほど何も言わず、動かず、ただじっとしていました。
すると、私を彫像か何かと勘違いしたのでしょうか、一匹の茶色い小鳥が、私の肩に乗ってきました。
「……私は彫像ではありません」
言ってみましたが、人語が通じるはずもなく、小鳥はずっと、私の肩に乗ってきます。
ちゅん、ちゅん、と鳴いています。
「小鳥さん、お願いですから、離れてください……」
言いましたが、それでも、小鳥は私の肩から離れることはありません。
……困りました。
そして、その内、小鳥は、私の頬をツンツンとつばんできました。
痛覚はないので、問題ないと言えば問題ないのですが、頬が汚れてしまいます。
「小鳥さん、辞めてください……」
言ってみましたが、やはり小鳥は私の頬をツンツンするのを辞めません。
「……もうっ」
言って、私は手で小鳥を追い払おうとしました。
すると小鳥は、すばやく私の手の気配を察知したのか、私が触る前にすばやく羽ばたいて、どこかへ行ってしまいました。
「……あっ」
すぐに姿が見えなくなります。
行ってしまいました。
……行ってしまいました。
「……」
私は何故か、数十分ほど、小鳥の行った方をずっと眺めていました。
「主様は、まだ本をお読みになられているのですね」
家に戻りましたが、主様は書斎をまだ出られていないようです。
しょうがないので、またしても私は家の中をうろうろします。
「……」
そして、気がつけば、何故かピアノがある部屋に来ていました。
用はありません、ありませんが……
「……このピアノも、誰かが一生懸命作ったもの、なのでしょうね」
鍵盤に触れ、意味のない音を立てながら、私はそうつぶやきます。
「……」
もう一度だけ、演奏してみましょうか。
そう思いました。
他意はありません。
他にする事がないので、しかたなくです。
――昨日の演奏の記憶を再生。
――トレース時の検証。――修正。――検証。――修正。――修正。――検証。――修正、修正、修正。
――修正。
主様に指摘されたことを頼りに、演奏の修正を完了。
12箇所の手指の動作ミスと、29箇所の些細なテンポのズレを改善。
……演奏開始。
「……!」
主様に言われた通り、鍵盤を押す速さや強さ、それに両手の使い方と、手や指の大きさや長さを意識して演奏していくと、明らかに昨日とは違いました。
リズムが正確に刻まれ、メロディがメロディとして、曲が曲として成り立っているのがわかります。
昨日の私が失敗してしまった曲とは、別物のようです。
曲に生命が宿り、生まれたばかりの命が瑞々しく躍動しているようでした。
「……あ」
ですが、最後の方、昨日失敗してしまい、途中で辞めてしまった先の演奏まで修正は出来ていなかったので、その先はまた、失敗してしまいました。
「……また修正すればいいだけの事です」
そう呟いて、昨日の主様の演奏の記憶を再生しようとしたその時。
ドアの方に気配がしました。
そちらを見ると、主様がドアにもたれかかって私を見ていました。
笑顔――それも、とてもうれしそうな笑顔で、です。
「……」
「……」
私はまたしても、熱を感じるようなエラーが、脳内に貯まるのを感じました。
「よう、375号。今、何をしていた?」
「……別に何もしておりません」
「そうか、俺の目には、ピアノを演奏しているように見えたが」
「気のせいではないでしょうか。幻覚、という奴でしょう」
「ピアノの音も聞こえたんだがな」
「幻聴です。お薬を飲むことをおすすめいたします。ありもしない姿を見てありもしない音を聞くとは、さすが愚かな人間としかいいようがありません」
「俺、お前の主なんだけど!?」
主様は興奮した様子でそう言ってきましたが、そんなに興奮しても、どうせいつか死にますから無駄ですのに、と思考するだけでした。
ただ、先程まで溜まっていた小さなエラーが、主様と喋った事で全て消えていきました。
何故なのでしょうか。
主様に聞こうと思いましたが、なんとなくそれは憚れました。