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ワールドエンド、アンドロイド(4)

見てくれていてくれる人、本当に僅か(10人もいない……)ですが、本当に嬉しいです。

ありがとうございます。


 次の日。


「主様。何をなさるのですか」

 

 私は、主様に訪ねました。

 主様は、何か、大きな黒い物体――ピアノ、と呼ばれるであろうものの前に座っていました。 

 長い白と、短い黒が、規則正しく並んだ鍵盤の上に指を置いています。


「音楽だ。知っているというか、頭の中に、知識として入っているだろう、375号」

「はい」

「聞かせてやる。心して聞け」

「私に心はありません」

「……いいから、とりあえず黙って聞け」

「はい」


 私がそう言うと、主様は演奏をはじめました。

 ゆったりとした、規則正しいテンポで、鍵盤の音が部屋に響きます。

 低い音、高い音、響く音、それらが混じりあい、メロディとなっていきます。

 主様の手が、私達アンドロイドと同じように、機械のごとく正確に、音を刻んでいきます。

 静かで、穏やかな曲調のそれを、主様は一音一音、噛みしめるように、演奏していました。

 ……4分ほど経過して、その曲が終わりました。


「ふぅ……何回演奏しても、いい曲だ……どうだった、375号」

「心がありませんので、何も感じませんでしたが」

「だろうな」


 何回目かの問答なので、主様は私の返答に期待はしていないようでした。

 ただ、と前置きをして、もう一つ質問をしてきました。


「効率化、合理化の面から見れば、どうだよ375号」

「その面から見れば、当然、音楽も無意味で無駄です」

「だろうな。でも、俺は音楽が好きだよ」


 答えた後、ポロロン、と戯れにピアノの上に指を置いて、音を立てます。

 

「主様」

「うん?」

「人間とは――いえ、主様以外の人間に接したことがないので正確ではありませんが――無意味で無駄なことが好きなのですね」


 私は、ふとそう口にしています。


「音楽など、どうして人間は生んだのでしょう。そんなものが無くても、人間は生きていけます、それなのに、人間は古くから音楽を好み、様々な楽器を作り上げ数えきれないほどの楽曲を作り出してきました」

「ああ」

「私にはわかりません。何がそこまで人間を駆り立てるのか。いえ、そもそも」


 私は、一息を入れて、次の言葉を口にしました。


「どうして、人間はいつか死ぬのに、そういうことをするのでしょう」

「……」

「昨日もいいましたが、人間の役割など、せいぜい子供を生む、自らの遺伝子を残すという、原始から脈々と受け継がれてきたもの以外、なにもないでしょう。それなのに、何故人間は物語を作り、音楽を奏でるのでしょう。全ては無意味で、無駄だというのに」

「……」

「合理的、効率的に考えれば、すべてのものはいつか壊れ、腐り、死を迎え、灰あるいはチリになります。私も、主様も」

「……」

「いつか無くなるものなら、何をやっても無意味でしょう。この世のありとあらゆるもの、森羅万象は、全て無価値です。この星も、あの太陽も、私達がいる銀河も、宇宙も、あるいは世界そのものさえ、いつか消えてしまう事でしょう」

「……」

「そして実際、人類は主様を残して全滅してしまいました。かつて、地球上で栄えていたという恐竜が今では見る影もないのと、そっくり同じように」

「……」

「どれほど栄えた国や企業でもいつかは衰退し、どれほど力を持った上流階級の家柄や血筋もいつかは没落し、どれほど懸命に生きても、人間はいつか死にます。必ず、死にます」

「……」

「死という絶対的な終局が待ち受けていながら、何故人間は無駄なことをするのでしょうか。私には理解できません。わかるのは、人間とは、愚かな生き物だという事くらいです」


 私が畳み掛けるようにそう問うと、主様は、幾分か考えたあと、口を開きました。


「……いつかは死ぬ……ならば全ては無駄。そう、そう通りだ 375号。俺も昔は、そういうことをずいぶんと考えた……いや、今でもちょくちょく考えるな」


 主様は私に向き合い、私の目を見ながら喋ります。


「ただ、人間が生きている事にはきっと意味はある。ただ、漠然と、俺はそう信じているんだ」

「根拠のない事を信じられるのですか、主様は」

「まぁな。実は幽霊とかも怖いんだよ」

「幽霊など存在しません。存在しないものを怖がるのは、愚かな事です」

「いたら俺は、ちょっとは嬉しいけどな」

「……主様は、どうしてそこまで頭が悪いのですか」

「お、お前いま、主を馬鹿にしたなおい!?」

「感情がないので、なんでも正直に言ってしまうのです。感情がないので」

「お前それ免罪符にしたら何でも言っていいってもんじゃねえぞ!? なぁ! おい!」

「主様、いつかは主様も死ぬのです。そんなに興奮しても無駄です」

「うるせえ!!これがツッコまずにいられるか!」


 私の言葉に全く耳を貸さずに、興奮した様子のままそう喋ってくる主様ですが、やがて落ち着いたのか、息を切らしながら口を開きます。


「はぁはぁ……全く、旧世代の欠陥A.Iはこれだから……」

「申し訳ありません。ですが、起動したのは主様です」

「……まぁいい。ところで375号」

「はい」

「ちょっとお前、弾いてみろ」


 そう言うと、主様はピアノの前にある椅子から立ち上がりました。

 そして、座れ、とばかりに椅子を指差します。 

 

「弾いてみろとは、どういう事ですか」

「そのまんまの意味だ。弾いてみろ、375号」

「私には、演奏機能はついておりませんが」

「さっきの俺の指の動きは覚えているというか、記憶してあるだろう。それをトレースして弾いてみろ」

「それをする意味を、教えていただけますか」

「なんだ、出来ないのか。愚かな人間が出来ることを」

「……出来ないとは言っていません」


 主様は私の質問には答えてくれませんでしたが、ともかくやれ、という事なのでしょう。

 そう理解し、私はピアノの前に座ります。

 ――5分ほど前の主様の動きの記憶を起動。

 ――動きを確認、検証、検証、検証、検証――検証終了。

 ――トレース可。

 その文字をA.Iが出したのを確認すると、私はピアノを弾き始めました。

 ただ主様の指を動きをなぞるだけの、簡単な作業と思っていました。

 が。

 

「……あ……」


 私は、ミスを犯しました。

 明らかに、指の動きが遅れ、音はズレ、リズムは崩れ、メロディはメロディとしての形をなしえませんでした。


「……」

「……」

「どうした? 375号」

「何がですか何のことですか何の話をしているのですか主様私が今なにかしましたでしょうか今私は主様に言われたことをこなしております最中ですがなにか問題ありますか」

「……なぁお前、動揺してない?」

「感情がないので動揺はしておりません人間のような愚かな生物と一緒になさらないでくださいますか私に動揺の二文字などありませんのべ」

「今噛んだ、今噛んだお前!? お前、それで動揺してないって無理があるからな!?」

「……」


 私は何も言えず、黙りました。

 どうして失敗したのでしょうか。

 考えても考えても答えは出ず、私は口を開きます。


「……主様」

「おう」

「どうして、私が失敗したと思いますか?」


 そう聞く時、なぜだか頭の中に、解析不明、除去不能のエラーがまた一つ増えました。

 前のエラーとは違い、そのエラーは、熱を持っているように見受けられました。何の熱かはわかりません。

 ただ、人間で言うのならば、恥、のようなものに思えました。

 

「とりあえず、俺とお前じゃあ、指の長さも、指でピアノを押す速さも強さも違う。まずそこを考慮出来なかったのが一つ」

「……」

「あと、ピアノを弾くときは、両手とも同じように使えばいいと思っているのかもしれないが、右手と左手じゃあ微妙に使い方が違うんだ。それも一つ」

「……」

「そして最後、俺とおまえじゃあ経験値が違う。故にお前は俺のように弾けない」

「……そうですか」


 私は頷きましたが、あまり納得は出来ません。


「納得行かないか?」

「……」

「なら、練習すればいい。お前はアンドロイドで人間の数十倍の学習機能を持っている。人間ならば弾くのに数年、あるいは10年以上掛かる曲でも、お前なら一年以内に弾けるようになるだろう」

「……数年、10年……ただ、楽譜通りに弾けるようになるのに、それだけの年月、歳月が必要なのですか」

「ただ弾くだけならそこまで掛からないかも知れない。だが表現力を磨き、曲の魅力を最大限に出すためには、それくらいの努力が必要なんだ」

「……」

「どうだよ375号。お前が無駄、無意味と断じた音楽は、奥が深いだろう」

「……確かに、奥が深いかも知れません。ただ、それだけです」

「ああ、そうだ。それだけだ。でも多分、それを面白がれるかどうかで」

「……どうかで?」

 

 人生が、世界が、面白くなるかどうか、決まる。

 

 と主様は言ってきましたが、私は何も答える事が出来ませんでした。


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