ワールドエンド、アンドロイド(3)
ここらへんから、ようやく面白くなってきます(多分)
次の日。
「375号」
「はい」
部屋の掃除が終わった私は、主様に声を掛けられました。
昔は、掃除用のアンドロイドがあったとの事ですが、壊れてしまったらしく、私が部屋の掃除を命じられました。
とは言っても、殆どの部屋は綺麗に清掃されており、わずかに積もったホコリやチリを掃くだけの簡単な掃除でしたが。
ただ、主様は私が清掃する様子をじっと見ておられました。
それは居間から始まり、順番としては、最後の部屋になった書斎にまで続きました。
「掃除、お疲れさん」
「いえ、主様の命令に従っただけです。それに疲れてはおりません。そもそも掃除をする必要はないほど、清潔だったと思います。何故私に清掃させたのですか」
「何故だと思う、375号」
「申し訳ありませんが、わかりません」
そう答えると、「いつか、分かってくれればそれでいい」と主様は笑いました
人間特有の、気まぐれ、という奴でしょうか、と推測しましたが、正解ではなさそうなので、黙っておきました。
「よし、それじゃあ掃除を頑張ったご褒美だ、375号。これを読む権利を与えてやる」
主様はそう言って、書棚から一冊の本を私に手渡しました。
「これを読め。で、感想を聞かせろ」
「わかりました」
読め、と呼ばれたので、およそ300ページほどあるそれを、私に搭載されてある機能を駆使して、ページをパラパラと送って、一ページずつスキャンし、一分と十秒ほどで、世界観とキャラクターの性格、バラまかれた伏線やその回収、タイトルの意味などを理解しました。
「読みました」
「どうだった」
「惹かれ合う男女が、苦難を乗り越えてやがて結ばれる物語でしたね。昔から、どこにでもあるような物語です」
「おう、それは分かってる。で、お前の感想は?」
「いえ、先程のが私の感想です」
「好きなセリフとかシーンとか、描写とか、そういうのを聞いている」
「特にありません」
「……」
黙った主様は、私の返答に不満を抱いているようでした。
なので、私は一つ感想を付け足します。
「ですが、もう一つ感想を言うのであれば」
「……お、言ってみ」
「何故、主人公とヒロインの両名は、わざわざ苦労をして、お互いをあれほどまでに求めたのでしょうか。そこだけが疑問でした」
「ほう」
「子供を作る、あるいは性欲を解消、もしくは人肌恋しいのであれば、身近な男女で済ませればよいだけのことです。主人公もヒロインも、それなりに容姿に恵まれ、手近な異性に好意を持たれているようにも思えましたので」
「何故、主人公とヒロインの二人は、そうしなかったと思う?」
「わかりません。ですが合理化、効率化の提案ならば出来ます」
「へぇ」
主様は、私の言葉の続きを待っているようでした。
なので、続けて口を開きます。
「そも、動物の基本的欲求、あるいは義務は、子孫を残すことでしょう。なるべくより良い容姿や能力――言ってしまえば、優れた遺伝子を持つ相手と、です」
「おう。それで?」
「そして人間も所詮は動物です。ならば、物語の主人公とヒロインは、お互いに固執することなく、子孫を残すべきでした。主人公の方は2~3人の女性に好かれていたように思えましたし、ヒロインの方は、主人公よりも優れた能力や容姿を持った男性に結婚まで申し込まれていました」
「うむ」
「ならば主人公は、言い寄ってきた女性陣と性交に励み、ヒロインは主人公以外の男性と結婚し、子供を設けた方が、幸せだったのでは、と私は思います 一時の恋愛感情に流され、いらぬ苦労をしてまで、結ばれようとする二人が、私には理解不能でした」
「そこが、人間の良いところだ。お前にもいずれ、それが分かる時が来る」
「主様」
そう言った主様に、私は主様の思考を先回りして、問いかけを発します。
「私の頭の中には、千は下らぬ物語が知識として入っています。そしてその中には、アンドロイドやロボットが、人間になりたい、人間のように感情を持ちたいと思う物語も、3個ほどありました。主様は、そのようなストーリーを、私に期待しておりますのでしょうか」
「……さぁ、どうかな」
「先に言わせていただきますが、その期待に沿うことは出来ません。私の中に内蔵されているA.Iは自律成長型ではありますが、かと言って、そのような無駄なことに時間を割くようなことは致しません。感情などという、不確定要素が多いものを自ら抱え込むなど、愚かな行為です」
「……」
「第一、私達アンドロイドから見て、人間とは、合理的、効率的に動くことのできない、無駄と無意味の塊です。仕えるべき主、とインプットされております故、従っているだけのこと。勘違いはなさらぬようにお願いします」
「……なるほど」
私の言葉に、主様は深くうなずきました。
私は、主様のご期待に添えないことで、廃棄されることも想定しました。
が、主様の口から出た言葉は、全く想定外のものでした。
「お前、いいな」
主様のその言葉が理解できず、A.Iが一瞬だけ機能停止に陥ったのを感じました。
「……主様、私の言葉を正常に性格に理解されておりますか。私は主様のご期待に答えることは出来ないと言ったのです。なのに何故、私をお褒めになるのですか」
「いや、何か新鮮だったわ。お前いいよ。悪くない。お前みたいな奴を、俺は待ってた気がするよ」
「……何を仰っているのです」
「いや、なんつーか? 俺を褒めちぎったり讃えたり、そういう従順なアンドロイドばっかり相手にしてたからさ、なんか逆に新鮮だわ。うん」
主様は、そう言って笑顔になります。
……理解不能、と私の中のA.Iが告げます。
「明日からもその調子で頼むぞ、375号」
主様にそう言われ、私は黙ってうなずきました。
でも、何故だか、A.Iの中に、解析不明、除去不能のエラーが一つ、たまりました。