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理想都市ノア  作者: 伊佐伊波
8/9

月光

 どこまでも暗く黒く長く続く闇を、等間隔に並ぶ街灯の光が浸食している。

 何匹もの蛾が薄汚くそれに群がり、不気味な淡い影はアスファルトの上をゆらゆらと揺蕩う。

 音は聞こえない。住宅に明かりもほとんど点いていない。

 車1台分が精々な道幅だが、何分人一人が悠々と歩くとなれば話は別だ。夜の道を独占するというのはとてもいい。ここは自分の世界。俺しかいない時間。誰も浸ることのできない感傷。邪魔のいない空間。素晴らしい世界。

 夜の静寂に包まれながら歩いているこのときがまさに趣向だ。

 馬鹿らしいのはわかってる。まだ青いこと、そんなの自分でとっくのとうにわかってる。誰に言われなくとも自分がガキなのはわかっている。

 それでもやめられない。譲りたくない。この特別な時間だけは。優雅に自由に奔放に憂鬱になれるこの瞬間だけは。

 自嘲癖がある。いつからかはわからない。昔からじゃない。でもいつからかはわからない。昔はこんなんじゃなかった。もっとまともだった。他人を信じていた。信じた末に得られる結果を信じていた。知っていた。信じたからこそ経るべき過程を。でも今は知らない。わからない。当たり前だと思っていたことが。もう戻れない。昔の自分には戻れない。それは理解した。一度腐った人間はもう治らない。それは理解している。きっとそうなのだと理解している。

 自分は異常だ。いや、この言い方は、言い逃れだ。自分はクズだ。なんて面倒臭い奴だ。社会から浮き出た膿だ。学校ではみんなが一生懸命人と関わって生きているが、俺は当てはまらない。もう正直、人間が嫌いだ。誰とも関わる必要の無い世界になってほしい。そんなのあり得ない。でもそうなってほしい。だって頭がおかしくなりそうだ。最後に笑ったのはいつだろう。いつから笑っていないのか。なぜ笑わなくなったのか。どうしてだっただろうか。人とは普通にしゃべっているつもりだ。必要のある場合は。それ以外はしゃべらない。話したくない。昔はいろんな人と話した。いろんな人と笑い合った。友達もいた。でももういない。一体どんな風に人と仲良くしていたのか。自然にできていたことが今はもうできない。昔のことはもう思い出せない。時が経てば経つほどに。これからもっとわからなくなる。もう思い出せない。それは悪化していく。



 いつの間にか歩いていた夜の街。図々しいピンク色の光が昼間とは打って変わって、街を怪しい活気に染め上げる。気づけば周りには露出の激しい女性やスーツを着た男性が点々とし始める。色香を纏った女性に惑わされた男は歓楽街の奥へと消えてゆく。

 中には女子高生もいる。明らかに浮いている。完全に問題である。

 だが気づけば俺は嘲けていた。一体何をか。それを深く考えようとは思わない。馬鹿らしいことだ。

 黒い影は歓楽街の路地裏へと溶け込んでいった。


 


 「グッ!?」

 「なっ!……なんなんだよ!!、俺たちが何やったって言うんだよ?!」

 「……」

 「このイカれやろうがぁぁ!!――――――――――――――ッッ!!?」

 

 気持ちがいい。あぁ。本当に気持ちがいい。

 何でこんなにこれが心地よいものなのか、その真意は自分のことながらよくわからない。ただ表社会とはかけ離れた、まさに裏社会と言うべきか、そんな一面に自分の居場所を誇示できているようで興奮してしまっている。そんなところな気がする。自分の居場所は規律と常識に束縛された現実なのではなく、利己的と非情を押しつけ合う虚構なのだと。むしろ虚構こそが己を見いだせる唯一の現実で真実なのだと。そうやって悪質な実感に酔いしれていくのが心地良かった。感じれば感じるほど止められない。麻薬の様なもの。その虚構も所詮はお子ちゃまなものに過ぎないというのに。そういった中途半端で曖昧な、無知な虚構はすぐに崩壊の一途を辿るはずだった。中途半端な自暴自棄はすぐに矯正され忘れ去られる。それが普通だ。

 しかし青年には一つのイレギュラーが存在した。それが妄想で終わるはずだった虚構を半端な現実へと変質させてしまっていた。


 「ハハッ……ハ、ハハハ……クハハハハ」

 青年は笑う。悍ましく。青年の中の”もう一人の少年”は無邪気に笑うのだ。


 存分に笑った少年はもう青年に変わっていた。目の前に転がる二つの残骸―――――――――気絶しているだけ―――――――――に一瞥を下すと青年は次の獲物を求めて再び歩き出した。


 



 いつのことだっただろうか……。

 確か中学三年生の時のことだ。既にこの頃から心に何らかのしこりがあった。果たしてそれは意外と多くの人が当てはまるのかもしれない。

 俺は自分が嫌いだった。頑張って人と群れて、プライドまで犠牲にして自分の地位を守っている自分が嫌いだった。

 今ではわかる。中学生は子供から大人への変化の現れ始める時期で出鱈目な人間関係というべきか。自分のカーストを少しでも上に上げようとする。その優越の味をはっきりと覚え始めてしまう時期なのだろう。

 今になってわかることは昔にはわからない。当時中学生になってからというものそれがわからなかった俺はすぐに他人を信じては裏切られ、それを何度も繰り返していくうちに気づけば都合のよい人間だと思われる位置づけになっていた。自分を守るためによくもわからない不確かな空気とやらに合わせる。そうして気づけば他人を裏切っていた。自分も裏切り者だと思っていた奴らと全くもって同じだった。それが何よりも耐えられなかった。自分が空気とやらにまるで操り人形のように扱われているのに耐えられなかった。

 だから俺はその空気に逆らった。なぜあんなことをしたのだろうかと今でも思う。


 俺はいじめられていた奴を助けた。きっかけは日々溜まっていた鬱憤だったと思う。とにかく俺は味方になった、そいつの。まだ甘ったれた理想を捨てきれなかった俺は正義のヒーローにでもなったつもりでそいつを助けた。ただの自己満足だったとしても。それでも、こんなのは間違っていると、苦しんでいるのなら手を差し伸べようと、純粋にそう思う本心、優しい童心もあった。

 だからそれが起こったとき俺の童心ははっきりと消滅した。また、裏切られた。それも助けようとした奴に。そうして俺はやっと学習した。これが現実。人間はどこまで行っても自分しか考えていない。それを知った。

 それからだ。心の中にぽっかりと穴が開いた。今まで信頼という言葉で埋まっていた場所は完全に消えた。空洞になった。裏切りに飲み込まれた。


 それから俺はいじめられた。まぁ当たり前だろう。そう。当たり前のこと。他人を信頼した俺が馬鹿だったんだ。全部こうなったのは俺のせい。自分の責任だ。誰も悪くなんて無い。あぁそうさ全部俺が悪いよ。だってそうだろ。世間知らずだった俺が悪いんだから。人間の本質はどこまで行っても自己の安全、確率しか考えてない。ただの自己中でできてんだから。他人にどこまでも綺麗で美しく吐き気がするきったねぇ理想を押しつけていたのが問題だった。信頼。信用。友情。愛情。同情。そんなものは上辺だけの空想の理想でしかない。綺麗事なんて呼び方も分不相応のただの言葉の飾り付けでしかない。よくもこんな罪深い言葉を本気で信じていたものだ。きっとみんな俺よりもこの事を早く知って自分を守っていたのだろう。みんな利口だな。いや、今までそれに気づかなかった俺が馬鹿なだけか。まぁいいや。だけどさぁ、


それなら俺ももう自分のためだけに生きていいよね???…………………………だって、



 

               みんなやってるもんね????





 中三の冬。俺は俺をいじめた奴を全員―――――――――――…………………………。


 ――――――――――――――――――――――――――そうして少年は無邪気に笑った。




 冬の夜。明かりのない閉ざされた空間で青年は求める。獲物を探して。こういった路地裏はほとんど監視カメラが設置されておらず、周知のブランクエリアとなっている。

 監視カメラのない場所はブランクエリアと呼ばれ犯罪件数が非常に多いため普通は人は寄りつかない。さらにこの街の路地裏は広く複雑に入り組んでいるため特に危険である。そこに現れるのはつまりはそういったものたちであり、”少年”の獲物だ。

 自分が狂っていることくらいわかっている。同時に立派なクズである事も。でも、一度知った味は忘れられない。

 それに、今の自分もそう悪くない。そう思う。

 青年は真っ暗な路地裏を気まぐれに行く。そして………………、







 差し込む月光の下。青年は、少女に出会う。


 


 

 

 

やっとメインヒロイン登場まで来ました。

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