闇
教室についた後は、まだ残ってクラスメイトとのたわいない会話を楽しむ者、部活に向かう者、帰路に付く者と様々であった。
俺もさっさと帰ろうとロッカーから出した荷物をリュックに詰め、教室を出て階段を下る。
昇降口で上履きを脱ぎ、靴に履き替える。隣の下駄箱が雑にもしっかり締まりきっておらず、靴も不格好に突っ込まれていて、半分程はみ出ている。
下駄箱から靴を取り出し、履き替えたところで、
「葉月くんッ!......」
一人の女生徒が、外へと足を向ける俺の背と向かい合うように立っていた。
肩を上下させ息を切らす女生徒は、真っ直ぐに俺の目を見詰めていた。
「.........」
「その、昨日のお礼が言いたくて...」
(............)
幾分か息の整った女生徒はやがてこちらに迷いなく近付いてくる。
(あー...、めんどくせぇ...)
こちらへ寄ってくる女生徒を無視して大股に右足を帰路へと踏み出した。
「あ...!ちょ...、ちょっと待ってッ!」
言葉も無視して再び続けて二歩三歩とその足を前に進める。
ただ、一息つく暇もなく、尚更諦めること無く女生徒は多少乱雑に上履きを下駄箱に入れると自分の靴を取り出す。乱雑に入れられた上履きと入れ替わるように下にあった不格好な上履きは運悪くバランスを崩して落ちて転がる。
「ちょ...!待ってってば!!」
急ぐ女生徒の右手が青年の逃がさないとばかりにやや強引に右肩を掴む―――――――――
数瞬後、女生徒は右手が力を失ったように掴む力を弱めると、青年は女生徒の手を軽く振り払い、ゆっくりと正門へと歩き始める。
女生徒はただ呆然として、何も言わず、立ち尽くすことしか出来なかった。女生徒の瞳は、誰も居ない灰色の空を捉えていた。
高校二年二学期最後の下校となる道のりは、今までと何ら変わりない。朝と同じ道をただ逆方向に、遡るように行くだけ。
もう何度目かもわからない光景には新鮮味の欠片もない。
二学期が終わった感慨にふけることも無く、長期休暇に胸を膨らませるわけもなく、初冬の空は今も灰雲に覆われていた。
「これ以上しつこくしてくるなら……警察っ……呼びますよ!」
どこからどう見ても威嚇にもほど遠い、強がりとしか思えない少女の震えきった声は余計奴らを調子づかせるだけだ。
「そんなこと言われるなんてお兄さん達傷つくナ~。ただ俺たちとちょっと楽しいことして遊ばない?って言ってるだけじゃーん」
「オイ見ろよコイツ。足震えてんぞ」
「おいおいマジかよ、何?俺たちってそんなに怖かった~?」
二十代前半と思われる男たちは、三人。寄って集って少女を脅して、恐れさせて、慄かせていた。
「ちょっと!、触んないでよっ!やだっ!離して!!」
場所は学校の途中に通る街の中。ほどよい緑の生い茂る公園。時間帯は深夜。時刻は12時なのでもう少年少女が出歩いていい時間でも無い。
「オイ、あんまし暴れんなっての……っ!て……、痛ってーなっ!」
少女の腕を握っていた男の腕を少女が必死に振りほどこうと逆の手で男を殴りつける。
(あーあ……)
殴られた男は頭に血が上りおちゃらけた態度を一変させると少女の腹に蹴りを入れて、少女はいとも簡単に臀部から盛大に転ぶ。
「ウッ!……」
少女は腹の痛みに耐えきれず、転んだまま左手が地面につき、右手で腹を押さえる状態で咳き込みながら嗚咽を漏らし、下に俯いている。
残り二人の男は以前態度を変えず、むしろ飄々としてその状況を楽しんでいた。
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効率化を元に生成された現在のこの社会でもその社会の仕組みに付随して様々な人間が出来上がる。
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一連の様子を映しているような監視カメラは周りには見受けられない。丁度死角ということなのだろう。
二人の男は変わらず口角を曲げている。
「おいおいマジでどうしてくれんのこれ~、あばら骨折れたわ絶対」
怒りを滲ませて少女を責める男に、本当に痛みを感じているような様子は全くない。
「ゲホッ……ゲホッ……」
少女は咳き込んでいる。
「え?何無視すんの?ヒドくなーい?、こっちは暴力されてんのに~」
周りの男はゲラゲラと汚い笑う。
「骨折れた分ちゃんと体で払ってくれるよね~、ちゃんと」
少女が漸く頭を持ち上げると少女の表情は完全な恐怖だけで支配されていた。
それに火を焚き付けられるように男たちの口は愉悦に歪む。
骨が折れたと虚言を挺していた男が少女に覆い被さるようにのし掛かる。
「嫌っ!!やめぇ!、ンンッッー!!!」
少女は泣き叫び、悲鳴を上げようとするが男に口を押さえつけられる。
男は優越に浸った顔でこう言う、
「社会に何の貢献もしていないおまえら学生ごときが!っ、!、立派な社会人を慰める程度のことはしてもらわないとな~!」
と。
しかし少女はそんなことを耳にする余裕もないほどのパニックに陥っている。もはやただ暴れて死ぬ気で抵抗することしかできない。
対して男ももはや自分の醜い欲望を少女でこれから吐き出せることしか頭にない。
つまりはお互いがお互いに自分のことしか頭にないわけだ。
片方は恐怖に埋め尽くされ、はたやもう片方は欲にまみれ。
それにしてもまさかこんなところにブランクエリアがあったとは。全くもって知らなかった。
(ここなら……いいか……)
ガサガサッという草の揺れる音に男たちが過敏に反応する。続いてさらに驚愕する。なぜならそこに一人の青年がたっていたのだから。
要するにここまでのやりとりを見られていたということである。
当然男たちは焦り出す。俺をどうにかしなければと…………
二人の男がこちらに近づいてくる。
「何見てんだ?ガキが出歩いていい時間じゃねぇぞ。」
二人の男は俺の正面に横行に立つ。
もう一人の男は少女にのし掛かったまま口を押さえこちらの様子を伺っている。
少女の服は乱雑にはだけ、下着が露出している。
「何々俺たちと一緒に遊びたかったわけ?女の声で寄って来ちゃった?なぁなぁ??」
少女は何が起こっているのか状況がわからずただ目には今も涙を浮かべながらこちらを見ていた。
「てめぇなに黙ってんだよっ?聞いてんのかオイッ!」
左正面にいた男の膝が思いっきり青年の腹に入る。そして………………
青年は左手を男の腹に打ち付ける。
「ウッ!…………オッ、!オェッ!」
「!?!?」
男は蹲り嗚咽を漏らし、次にはすぐに失神した。
青年は誰よりも醜悪に笑うと――――――――――――――
白色の弱々しい照明が唯一の光源となって部屋の静けさを照らしている。
…………2071,12/20,23:49
もう人々もだんだんと寝静まり、夏と違って虫のさざ鳴きも聞こえない冬の夜は明快に静かである。頼りになるのはこの静寂の闇夜を紛らわすたった一つの、それも小さな白い灯火だけ。
目が覚めると、何も考えないままに浴室へ向かう。
着たままだった制服を、しわがつくのも気にせずくしゃくしゃに脱ぎ捨てると浴室の扉を開ける。
家に帰ってからソファーに腰掛けていた青年は徐々に深まっていく眠気に一切の抵抗をすることなく欲のなすままに眠りについていた。眠りにつく瞬間は、少しだけ
先程の女生徒が頭を過ぎった。
シャーーー……
肌に染みていた冬の寒さを、肌を伝っていく湯がゆっくりと溶かしていく。
程なくして体の表面が暖かくなるとシャワーを止めて浴室を出た。
裸で頭までびしょびしょであっても、青年は気に止めず水をポタポタと落としながらリビングに向かう。棚からタオルを取り出すとその場で体を拭いていく。タオルをソファーに投げ捨て服一式を取り出す。
床を拭きもせず、黒のパーカーを頭まで深く被り、部屋の照明を消すと、昨夜と同じように深い夜の街へと繰り出していった。