雨
ザァァーーーーーーー。
電話が混線した時のノイズの様な音が鳴り止まず、絶えず鼓膜を延々と叩き続け、青年の意識は緩やかに覚めた。
「いッ……」
首を擡げようすると首の後ろ、後頭部の丁度下の辺りから短期的な鈍い痛みが走る。
それと同時に今度は頭の中がズキンと何か鈍器で殴られた様な鋭い激痛が走り、反射的に右手で頭を押さえる。
収まらない脳内を直接鈍器で殴られた様な痛みと首を動かすたびに走る鈍い痛みに思考がぼんやりとしながら、青年は開かれた双眸を左に向ける。
(あぁ………そうだった)
今だ眠そうにほっそりと開かれる双眸の先には、およそ大人の膝下程度の高さ、一人暮らしの小部屋に相応しい大きさの丸い透明なガラスのテーブル、その上に四本の既に開けられた缶ビールの殻が置いてある。
テーブルを挟んだ奥、つけっぱなしの小さなテレビから淡い光がチカチカと、真っ暗な部屋の物を次々と入り混じった淡い色でうっすらと変色させてゆく―――――――
何の音も聞こえてこないのは、決してこのノイズがかき消しているわけではなく、単にテレビの音を消しているためだった。
………続いて本日のニュースです。五年前から央都のセントラル研究所にて推し進められていた自己発達型アンドロイドが開発段階に移行し、2072年4月の上旬頃には実装が開始されるとの見通しで――――――――――
画面中央でニュースアナウンサーがぱくぱくと口を動かす中、画面下部には音の代わりに字幕が映っている。
記憶が半ば不明瞭だが、昨夜どうやら酒を飲みながらテレビを見ていたところそのまま寝てしまったらしい。頭が痛いのは酒の飲み過ぎ、つまりは二日酔いというやつだ。首が痛いのはおそらく、ソファーで横になって寝てしまったためだ。
ザァァーーーーーーー………
カシャァッ……。
(雨…………)
音に吸い寄せられるように自分から見て右前の壁に掛かっているカーテンを開けると、窓には水滴が幾つもついていて次から次へと勢いよく窓の表面を滴り落ちていくのが分かる。しかしこちら側の表面が曇っていて外がよく見えない。結露した窓の表面の所々には水滴が滴り落ちた跡がいくつかあった。
キュイキュイ。結露した窓を右手で拭い取る。
(冷たっ……)
見渡しが良くなった窓からはいくつかの屋根や電信柱、遠くには高いビルや建物、塔などが見える。
窓からの眺めは一様に数多の映り変わっていく斜線によって覆われている。
ザァァーーーーーーー……………
「ウッ……!」
後ろを見ようと首を左に捻ろうとして、再び鈍い痛みが走る。
二日酔いもあって少しばかりの苛立ちを覚えながら体の向きごと後ろに向く。
…………2071,12/19,07:12
テレビの右隣、長方形のデジタル時計を一瞥する。
ついでに必然的に視界に入る液晶画面には煌びやかなイルミネーションがたった今流され、薄暗い部屋をその色に淡く染めていた――――――――
――――――――――玄関に続くドアを開ける直前、もう一度時計を見やる。
2071,12/19,08:07…………
身支度を済ませた青年は気怠さを感じさせる眠そうな顔で玄関へ向かう。
折角の整った顔を倦怠感で弛緩させ切り、伸びきってしまい目に掛かっている髪は乾き切っておらずボサボサのままで。
折角の容姿を台無しにする青年は、ダラッと制服を着崩しながら家を出た。