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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

∞真似事の虚像∽

作者: 鯣 肴

-彼と蘇生-


ある高名な錬金術師がいた。


ある日彼は死んだ。


ある日、彼は目覚めた。


偉大なる自分が、記憶の一部を失っていることに気付く。ゴーレム作りを極めたマイスターとしての、技術と、秘匿すべき記憶。それが、壊れたように、欠けているいる。奪われた形跡はない。一時的もしくは永遠に忘却させられた形跡もない。壊れたように、欠けている。


彼は、己が毎日を欠かさず記録していた。文字というものを憶えてからずっと。それを見るが、読み取れない。一部が、読み取れない。それは暗号化されて書かれていた。彼のみぞ知る、秘密の暗号。様々な読み方があるが、答えは一つだけ。彼が予め定めた通りに読まないと意味をなさない。


だが、幸いにも、全てが読めない、というわけではなかった。読める部分と、読めない部分。それがモザイク状に存在していた。だが、不幸にも、重要な記述の部分はほぼ須く、読めなかった。複数回の暗号化の暗号化を重ねなければ読めない方式になっていたから。


彼は、ヒントを探る。そして、それは幸か不幸か、あった。他の錬金術師の名が書かれていた。なるほど、それらは、その分野の大家として名が知られているものだ。そこまでは覚えていた。


そして、それを見ると、なぜか怒りが沸いた。なぜ、そいつらは知っていて、今の自分は知らないことがあるのか、と。彼は、勤勉で、聡明であったが、嫉妬深かった。敬うのではなく、見習うのではなく、嫉妬するのだ。






-旅立ちと地図-


彼は旅立った。日記のアンノウンを埋めるために。そして、元通り、極めしマイスターへと戻るために。


最初は何一つ手掛かりはなかった。偉大なる彼は偉大であったが、それ故に、彼が偉大なる彼本人であるとどれだけ宣おうが意味は無かった。偉大なる彼はすぐさまそれに気付き、無名の旅人であるかのように振る舞い始めた。


それが板についた頃。彼はとある町で、彼自身が残した地図の断片を見つけた。それを各所で買い叩きつつ、彼自身が生前に


そこは、朽ち果てた村だった。自らが保持した地図をその場所には、魔術的な隠れ里が存在する筈だった。彼が彼自身の痕跡を残した可能性のある場所の一つであった。






-一人目-


旅を始めて一か月もした頃のこと。


それは、人であって人でなかった。人の形はしていたが、人の心を持たなかった。まるで獣のように、思うが儘に、死肉を漁っていた。


200人程度の村。隠れ里としては大きめ。深い深い山の中。その中に忽然と現れる森。それを抜けた先にある広い開けた場所。


太々しい樹木を模したかのような、ばらされた木材によって組まれたツリーハウス。全て、木と葉と蔓から成る。


その血みどろの化け物を彼は殺した。


手にしていた杖で容易に。


それは衰弱していた。禄に動けない程に。原因は明らか。所々にある、血ではない未だ新しい嘔吐の跡。


餌となるものが不足したこと。死体はやがて腐敗する。この森は湿度が高く、気温が高い。だからだろうか。化け物にとって、もう、餌は餌たり得なかった、ということだ。


人の形をしているというのに、それは人の世界での集合知的な常識、腐敗物は餌としての役割を果たすどころか、その逆の作用を齎す、ということを知らなかったのだろう。


【知性を持たない人というのは、獣と同義であるが、人の本質の一部でもある】






-二人目-


旅をしていて二ヶ月経つ頃。


彼は人の形をした薄緑の風、の子供の噂を町で耳にした。彼がその噂をより詳細に知りたいと思い、酒場で数日に渡って噂を収集している最中、それは現れた。


……。何ということはなかった。


彼は杖で自慢の魔力で、悪戯旋風であるその子供形取るそれを、拡散できないように固定した。固めれば、拡散、つまり、逃避は不可能。


犯した罪の累積から、それは裁きから逃れることはできない。彼はそれへの裁きの執行に手を貸した。


【風を束ね、特定の形に収束することで、再現可能な維持可能な流動的な固体として扱うという発想を得る】






-三人目-


旅をして半年程度が経過した頃。


彼は荒野での野営の篝火の色が、普段よりも赤々しく、妙に多く見えた。そう思った男は、魔法で大量の水を出し、それを消そうとする。


それはどういう訳か暴れたが、男は難なく、それに抵抗を許すことなく、動かなくした。


小さな小さな、人の赤子程度の、火の粉の塊のようなものが、どれだけ水を掛けようが、弱弱しく残った。男はそれに水を掛け続ける。魔力によって絶え間なく。


きりがないと感じた為、周囲の土で、それを包み込み、密封した。


【炎の形をした自律的な疑似生物の理論的な創造法と消滅法を得た】






-四人目-


旅をして一年。


そんな日、夢の中に現れた、一人の子供。それは少女だった。顔のない少女。石膏でけきているかのような。


男はそれに指示した。


「顔を形作れ」


するとそれは、みょうに懐かしい感じの、見覚えのある少女の顔を再現した。まるで男のその不明瞭な記憶の断片から読み取ったかのように。


男は言った。


「なら、答えろ。お前は誰だ?」


少女は哀しそうな顔をして、砕け散った。


目が覚めた男は、まだ夜も更けていないというのに旅立った。


【命の形として、存在の安定として、名が必要である。名の無いものに名を聞くことは、その存在の絶対的な否定に値する】






-五人目-


旅をして三年目。


嘗て彼自身が書いたであろう地図の断片から、世界の全景を掴む。そして気付いた、世界の中心。深淵の如く、口を開ける、どれくらい昔からそこに存在したか分からない、半径数十メートルの、底知れぬ穴。


そこに向かって彼はその身を投げ入れる。


延々と続く落下に終わりは見えない。


すると、闇の中から現れた、幼子の道化師。喜怒哀楽の喜を浮かべたその幼子は、その見掛けとは違って、至極真っ当な、無垢な幼子にしか見えない。


手を伸ばす。忽然と現れ、自身と共に落下していくそれへと。


頭に浮かぶ光景。ピンクと赤と青と肉と粘膜の、揺り籠。その中で肉の器、空の人の肉体に宿っていく、魂。その魂は、手を伸ばして触れた、幼子の道化師そのもの。


入り込んだ途端、魂だけで幼子の道化師はその姿を光の珠へと変え、その形を残すことなく、肉の器に宿る。


目を覚ますと、体中の強烈な痛みと共に、深さ数十メートルの穴状の崖の下にいた。無事だったのは、その下に積み重なった大量の人の骨のせい。嬰児から、老人まで。あらゆる年頃、の骨がそこには延々と敷き詰められていた。


男は底がそうなっていることを知っていた。


【命の肉体への定着は、必ず、幼子としての、世界でのあらゆる経験値が零である者となる。外から何一つ持ち出せはしない。それは唯の光へと変換され、無為に散るのみ】






-六人目-


三年と半年。旅を始めてから経過した。


久々に、最初目覚めた地を訪れると、その地の入口には一体の虚命持ちし白き石の巨像が立ち塞がった。


男はそれに向け、破壊の呪文をぶつける。


巨象に刻まれた命の文字、虚ろな命擬きの一部を削ぎ落した。


אמתという古の三文字で書かれた、一つの意味、真理、を現す単語から一文字を削り取った。


מתという古の二文字で書かれた、一つの意味、死。


巨像はそうして、砕け落ちる。


【文字による、意味付け。それは、想像主が使役する、命すら縛る命令の手段である】



-七人目と番外-


七年が経過したが、見つからない最後の一人。


男は今一度、日記に目を通す。何度も見た筈のその日記から、光と共に、秘匿された頁が最後の頁として姿を現す。


番外、エクストラ。日記の一番最後に、書かれていた名前。自身の名前と、もう一人の誰かの名前。


全てを知りしは、我と、……。


秘密を知る者がもう一人いる。彼はそれを知り、動き出す。


無抵抗な彼女を、彼は殺した。


そして、最後、力尽きそうになりつつ、手をのばし、無慈悲な男の顔に触れ、満足げな溜息をはくように言った。


「よかった……。貴方の願いは叶ったのね。では、これを。奥に、同じ日記が、あるから」


手渡されたのは、小さな、鍵。鳩の形をした鍵。


女は、それを男に手渡した後、衣服をまくし上げ、自身の下腹部を露出させ、一本の小さなナイフでそれを割き、その中身、血だらけの人の形の赤き石の塊を引っ張り出す最中に事切れる。


彼女が何がよかったと思っていたのかは男に分からない。だが男は、彼女が何をしようとしていたかは分かっていた。それを引き摺り出し、男はそれを砕いた。


【創造は絶対の成功は保障されない】


男は先へ進む。そこにあるという、日記の複製を求めて。






-齎される真意-


開ける。


開く。


それが本当に複製かどうか確認する。そして、火をくべて、燃やす。二冊とも。読むこともなく、自然と……、どうして、だ……?


男は我にかえる。知らぬうちに、それに火をつけてしまったことに。


すると、本の灰と炎が混じり合い、人のような形になる。


炎と灰でできたそれは、言葉を発し始めた。


男は知った。自身が、コピーであったということを。オリジナルは、ゴーレムマイスターと呼ばれる、ゴーレムについての、史上最高の錬金術師だった。


だが、男は、先駆者ではなかった。開拓者ではなかった。男がしたのは、世の中にあった、散在した、秘匿とされた多くのゴーレム技術を男の元へ全てかき集めて集中させ、それら、秘術、それは悉く、外道の、禁忌の術師だったから、根絶やしにしたのだ。男は、暗殺に関しても、稀代の才を持っていた。


なぜ、そうしたのか。男は、消したかったのだ。その外法を。秘術を。世界から、消したかったのだ。だが、そこで、一人の女に恋をした。恋に落ちた。結ばれた。そうなってしまった。だが、その女は、ゴーレム秘術を持つ者だったのだ。男はそれを知ったが、殺せなかった。女と結ばれたあとも、秘術の刈り取りと収束を続けた。だが、最後、男は女を殺せなかった。


また、結ばれ、生涯にわたってできた子供7人。彼らには、妻から、男から刻印が受け継がれていた。男は女にばれないように、彼らに、伝道禁止の呪印と、秘術刻紋分植の呪印と、不妊の呪印を刻んだ。


だが、それをしたのは、彼らが生まれてきてから。母体にいる間にやれば、ばれる。つまり、息子、娘の代で、ゴーレム秘術が終わるように。


男は妻から目を離さなかった。信じてはいた。お互いの心に、愛を確かめる線を繋いでいたから。それでも、妻が見知らぬ者から種を受けて、ゴーレム秘術を繋いでしまうことを防ぐために。


当選、コピーは知らない。オリジナルは、どうして、ゴーレム秘術を恨むようになり、それを消そうとしたのか、コピーに言わなかった。


男の体は、秘術の管理のための刻紋によって、蝕まれていた。秘術を知ると、それは刻まれる。そして、一つの秘術と別の秘術を知るものが現れないように、秘術を収束できないように。


火と灰の化身は、コピーである男、ゴーレムである男に、こう言った。


「これは記録だ。キャンセルはできない。いかなる気持ちを抱こうとも、プログラムされたように動くのみ。

さて、開放の、終わりの呪文、滅びの、終わりの、呪文だ。ゴーレム秘術、最後の呪文だ」






-永遠の終わり-


炎を纏った灰が、コピーに向かって、飛ぶ。服に付着する。男は慌てて、服を脱ぐも、そのまま浸透する。間に合わず、体に映るが、コピーは動揺するのをやめた。


ゴーレムの術、つまり、土属性を極めた自身には、火は効かないということを。だが……


どうしてだ、どうしてだ、私が、偽物だからか? ただ、本体がプログラムしたままに、その思いを模倣しただけの、贋作だからか? 私は、至高のゴーレムマイスターではないのか?


本体は死んだなら、私こそ、本物だろう? どうして、どうして、どうして……


「望みを果たし、そして、決めた通り死ねないお前は、所詮、私の虚像なのだよ。とはいえ、必要十分の密度を持った虚像だったが。それが証拠だ。私の体にはそんな紋章はなかった。それこそ、お前が造形物である証。今まで気付けなかったのは、そうプログラムされていたから。」


コピーは叫ぶ。


コピーの名、emeth(エメス)

オリジナルの名、meth(メス)

彼女の名 エィ(e)


「なぜ、なぜ、なぜ、それが、……あるのだ? 私が、私が、私が、きえ、て、い……」


「我が願い、かなえてくれて、ご苦労だった。共に灰となろう。そうなれば、全て、は無為。等しく、我となれるぞ。我と同じ、物質の塊に、な。ああ、……、済まなかった。最後に君にそう言えなかったのは残念だ……」


それは、彼女の名。


崩れ落ちる直前、コピーたる男の胸に刻まれた文様、∞が、∽となった。その消えた線は想像主たる起源たるその声の主の胸元にある紋様、∽が、∞となった。


全てが、終わっ……――


【          】

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