五
じいちゃんが言うに、雲使いになるにはそれなりに時間がかかるらしい。
だからじいちゃんと過ごした日々を忘れないように、とあたしに手の平ほどの小さな巾着袋をくれた。
「寂しくて辛くて堪らなくなったら、それを使いなさい。
じいちゃんはいつも風音を思っておるからの」
シェルシェに連れられて、あたしはまた学校へと歩きだした。
黙って歩いていたら、なんだか涙が出そうになる。
必死で堪え、首から下げた巾着袋を握り締める。
あたしを横目に見ながら、シェルシェは微笑んだ。
「風音は強いんだなぁ。
だいたい歴代の雲使いはねぇ、この辺で大泣きするんだよ」
ふぅん、と呟くように頷く。
泣きたくなる気持ちをごまかすために、シェルシェの話に耳を傾けた。
「シェルシェも雲使いなの?」
「ううん、ボクは雲使いじゃないよ。
えーとね…
雲使いっていうのは、正式に女神…神様から選ばれた子のことを言うの。
ボクも雲を使えるけど、《風待ち》って言ってねぇ、雲使いを一人前にするための手伝いをするんだよぉ」
どうも実感が湧かない。
ほんの数分前にえっちゃん達と山にいたんだ。
当たり前かもしれない。
ぼーっとしているあたしに構わず、シェルシェは続ける。
「これから忙しくなるなぁ。
湯浴みを済ませて、守竜と風御子に謁見するからね。
よし、上に戻ろっか。準備を手伝わなくちゃ」
気が付いたら学校に着いていた。
また例のテレポートかと思ったけど、あたしが普通にぼーっとしていただけみたい。
手を伸ばすシェルシェに、頷いて彼の手を握る。
……と、急に割り込むように誰かが手を伸ばしてきた。
驚いてその手の先を見る。
「ほう、これが雲使いか?
どう見ても女にしか見えぬが」
金の瞳。
作り物みたいな、顔。
一瞬その美しさに目を奪われた。
シェルシェが慌てたように、あたしの手を強く握る。
「ま、まだ儀式は済ませておりません!お戯れが過ぎますよ、風御子様!」
「心配するな。しばし借りる」
何かを叫ぶような、うなり声のような音が響いて、
……また、あたりは一変した。
何処かのお城みたいな場所…静まり返った広間に、あたしはいた。
「…なんかいろんなことが起こるなぁ…」
呆れ半分で呟く。
さっきの金の瞳の人はどこだろ、と辺りを見回す。
「我はここじゃ」
後ろを振り返ると、彼が宙に浮いていた。
金の瞳。黒い服。王様みたい。
青黒い髪は編み込みで後ろに垂らしているけど、足元までそれが続いているくらい長い。
「…あたしは風音。
残念ながら女の雲使いよ」
「そのようじゃな。
我は風御子、ガルダ。
我の新しい依り代を先に見ておきたくての」
じろじろとあたしの顔を見るガルダ。
年齢は分からない。
見た目はシェルシェと同じくらいだけど…たぶん人間と同じ年のとり方をしないだろう。
じゃ、とかじいちゃんみたいだし。
「お主…本当に女なのか?」
ガルダの金の瞳が、強く瞬く。
そんなに男みたいに見えるんだろうか。
ハーフパンツだからかな。仕方ない。
さっきまで山登りしてたんだから。
ガルダはさらに近づく。
頬に手を伸ばせば触れられるくらい。
正直そんなにまじまじと見られても困る。
珍しい動物でも見るように、髪の毛を触ったりもしないでほしい。
「あの、女の子なんで…ちゃんと扱ってください」
きょと、と金の瞳が見開かれる。納得したように頷き、あたしの頬に手を伸ばす。
「ちゃんと、か」
私の言葉に小さく呟いて、ガルダは頬にキスを落とした。
「これでいいか?」




