十二
まさかこんな山の中に立派なお屋敷があるとは…とびっくりしたけど、確かにシェルシェや青が野宿してるわけじゃないもんな。
お屋敷は守竜様のとこみたいな王宮とは違って…なんというか、忍者屋敷みたい。
「ふふ、忍者屋敷はいいねぇ」
あたしの膝元で寝転がりながら、シェルシェは猫みたいに笑っている。
態度が幼いから騙されがちだけど、たぶん一応年上。
「でも早かったねぇ、雲動かすの。
一日でやっちゃうとかすごいよぉー」
「ふーん…あんま、実感湧かない」
「すごいよすごい。
ボクはこれでも青の次くらいに、風待ちやってるけどねぇ。それでもなっかなかいないんだよぉ。
だいたい十年とかかかっちゃったりするんだよ。
でも風音はその中でも例外!」
目を輝かせて熱く語るシェルシェ。
その頭をくしゃりと撫でながら、ふぅんと頷く。
「あたしは笛吹いただけだもん。だからよく分かんない。
きっと…これまでの人のほうがすごいんだよ、たぶん」
「ふえ?」
首を傾げる仕草がこれまた可愛い。
とか考えてたら、
「『笛』ってもしや『ちとせ』のこと?」
あたしの後ろにエンが立っていた。
「にーしても…………
シェルちゃん、ずいぶんイチャコラしてんじゃねぇかよ」
えへ、とシェルシェは笑った。
「だってー風音ってぇーすぅーごいんだもーん!
…………エンも、する?」
結構です。と短く答えて、エンは座った。
あたしはしがみついてるシェルシェを引きずりながら、エンに近寄る。
「ね、それより、ちとせって」
「あ?笛の名前だろ。
先代雲使いの話じゃねーの?」
先代。
一気に神経が研ぎ澄まされる。
「聞かせて!」
びっくりしているエン。
片手に持ったお茶菓子を持ったまま固まっている。
先代。
それはつまり、あたしの前の人。
守竜様の、いなくなった雲使い。
ガルダの言っていた、雲使い。
聞きたい。
ガルダが遠い目をしていた訳を知りたかった。
「………エン」
止めたのはシェルシェだった。
先ほどみたいな天真爛漫無邪気な顔じゃない。
真剣な目。
「ボクたちの領域を越えちゃダメだよ。
それを話すのは、風御子様、でしょ?」
「…………ああ」
シェルシェの声に返事したのは、エンじゃなかった。
「が、ガルダ!」
あたしの部屋にはプライバシーはないの?
ガルダが部屋に入ってきていた。腰にしがみついているシェルシェを見るなり、ものすごい形相で睨むガルダ。
でもシェルシェは笑顔のまま首を傾げている。
「……雲使い。話がある。
今すぐそいつから離れろ」
ぐい、とあたしの腕をつかんだ。
襖を開け、庭にどかどかと歩いていく。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!」
「……いいから!」
ふわ、とガルダが風を起こした。
宙に浮く。
「ご安心ください、風御子様」
シェルシェが廊下に座りながら、ガルダを見ている。
その目は、真剣な目。
「ボクは風音の味方です……」
いってらしゃーい!とシェルシェは笑った。
そのまま風に乗って、月が浮かぶ夜空に舞う。
足場のない浮遊感。慣れてないから、まだ気持ち悪い。
必至で、ガルダにしがみつく。
「……先代のこと、そんなに知りたいか」
ぼそり、と消えそうな声。
泣きそう、みたい。
あたしは頷く。
最初は関係ないと思ってた。
前の人がなんだろうと、昔の話だと。
でも―――今は違う。
『お主はあいつによく似ている』
その意味が知りたかった。
あたしによく似ているという雲使い。
どうしていなくなったのか。
ガルダが話すのが嫌でも、あたしは知りたい。
「ガルダ、なにか知ってるんでしょ?」
金の瞳は伏せられたまま、語る。
「『あいつ』は、我のたった一人の、大切な親友だった」




