十一
雲を眺めて何日も経った、気がする。
ガルダはあたしの横で黙って座っていた。
「ここには夜があるのね」
「ああ、雲の上だからな」
「そっか。
…あたしがきて、どのくらい経ったかな」
「人の世と竜の暦は違うが…下界はまだそれ程経ってはいまい」
「そうなんだ。
まぁ雲使いにならないと村にも帰れないから、関係ないんだけどね」
「村に心を残した者がいるのか」
「うん。あたしにも残ってるよ。
……ほら、この袋。
じいちゃんからもらったの」
「じいちゃん、か…変わった名だな。
その袋に入っているのはなんなのだ?」
「なんだろうね。
すごく困った時に使いなさいって言ってたけど。
…ふふ、開けちゃおうか」
「ふん。じいちゃん、ね。……覚えておいてやろう」
「ん?なんか言った?
……ん、ああ、これ…」
取り出す。
両手にすっぽり収まる、小さな小さな縦笛。
一度だけじいちゃんが吹いたのをあたしは覚えていた。
忘れられない、笛の音。
「それは…」
ガルダは笛を見て、何故か驚いていた。
「お主、それを…どこで。
いやその前に……吹けるのか?」
分からない。
じいちゃんの笛の音を思い出しながら、見よう見まねで吹いてみた。
あの透明な世界へ。
その夜、村に雲の群れが集った。
幾重にも重なる雲が集まり、やがて強い風が村の隅々まで行き渡ったかと見えると、
冷たい雨が降り始めた。
雨の音は激しかったが、微かにどこからか笛に似た音を村人は言う。
その音は、雨にそぐわない高い音で、雲を率いてきたような勇ましさがあった。
「雨、降ったね」
「雲を率いてくるとは…選ぶのではなく呼ぶのだな、お主も」
「よく分からない。
なんか笛を吹きながらだと、声が……よく聞こえたの」
雲の声が。
笛を通して、身体中を駆け巡るように。
不思議な感覚だった。
あたしの笛の音に重なるように、応えるようで。怖いのに、心地よくて安心する。
「でもあたしが呼んだんじゃないよ。
この笛の音がなかったら、聞こえないんだし。
なんか裏技使ったみたいで嫌」
「だが結果、お主は雲を動かせた。
お母上にご報告申し上げなければな。
それにその笛を使えるのは、いまはお主しかいまい」
ガルダはぼそりと呟いた。
首を傾げる。
「ガルダ、この笛を知っているの?」
言い終わる前に、風があたしたちを包む。
この風の感触…ウォゼフだ。
「……知っている」
吹き荒れる風に身を任せて、ガルダは呟く。
彼の長い三つ編みが風で空を舞っている。
「お主は、あいつによく………
似ている」
強い風。
てっきり一緒に下に降りるのだと思ってたのに、ガルダは自分で風を起こして、あたしとは違う方向に翔んだ。
だから聞けなかった。
ガルダが知っている、あたしに似ているという『あいつ』を。




