一
―――それは遥か天上に棲まいし天竜の息より誕生する。
自由を持ちながらも、自然界の大摂理を司る幽玄なる水の意志。
彼らと心通わせしはただ一人、
天上を統べる女神に愛される御子
……―――それがこの村に伝わる『雲使い』の話。
彼らは雲を意のままに操り、天候を司る。私たちが住むこの村を切り開いた、偉大なる人々。
代々雲使いに選ばれるのは、御子…つまり男の子。
だから村の男の子たちはその話をする時に、いつも心踊らせて、もしや自分こそがとウキウキしている。
じいちゃんは、私のお父さんも雲使いだったと言うけれど、本当かどうか分からない。
とはいえ、この現在の科学社会で、そんなことを信じている人は村のじいちゃんばあちゃんくらいだ。
「風音、林間学校はいつ終わるんだっけか」
「水曜に帰ってくるよ。
だから三日間は隣のヨシさん家と一緒にご飯食べてね」
そうかい、とじいちゃんは眼鏡をかけなおして新聞に目を通す。
あたしは皿を片付けながら、鼻歌を再開する。
「楽しそうじゃな」
そりゃ待ちに待った林間学校。
村から少し離れた山の頂上で、みんなで作った友達とカレーを食べて、朝までおしゃべりをする。
非日常は大歓迎、それが中学生ってもんだ。
「雲使いが棲んでるっていう天竜山に行くってだけでバカ男子たちは嬉しいみたいだし。
あたしもすーごく楽しみなんだ!」
じいちゃんは新聞を読みながら、あたしの止まらないおしゃべりに頷く。
興奮して寝れないかも、と考えてたけど、布団に入ったらすぐに寝てしまった。
そして朝…。
学校に行く足取りは不思議と軽くて、校庭に停まっているバスに息を吸い込む。
「かっちゃん!おっはよー!」
私と変わらないハイテンションのえっちゃん。
私も無駄に大声で返す。
そんなもんだから、バスの中は当然大騒ぎ。
先生に怒られても止まらない。
旅館に着いても興奮は止まらず、メガホンでようやく先生の声が聞こえるくらいだ。
『これからハイキングコースに入りますが、ちゃんとついてくるように!くれぐれも寄り道しないこと!』
天竜山のハイキングコースは二つあって、私たち小学生が登れるような緩やかなコースが今回の道。
もう一つは大人が真面目に登れるような、頂上を目指すコース。
馬鹿な男子は大人のコースにこっそり行こうとしてるみたいで、えっちゃんとあたしでしっかり先生にチクっといた。
「風音!なんで邪魔すんだよ」
馬鹿男子の一人が文句を言いに、班に乗り込んできた。
あたしとえっちゃんは毅然と立ち向かう。
「大人コースなんだから、子供が行けるわけないじゃん」
「大人コースには雲使いの幽霊がいるんだよ。
捕まえたいだろ」
ため息。馬鹿な話だなー。
あたしたちの様子を見兼ねたのか、別の一人がそれに、と付け加えた。
「俺たち子供しか通れない道があって、そこには秘密の場所があるんだ。
本当は俺たちだけで行こうかと思ってたんだけど、特別におまえらも連れてってやるよ!」
「…………」
交渉成立。
小学生は非日常を求めている。




