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兄と妹

スウィート・ホーム・クリスマス

作者: いちのじ

 電飾の光が雪を照らし、淡く灯る。荷物を提げて歩く人々はきっと、微笑みを浮かべて歩いているのだろう。今日はクリスマスイブだ。それは聖なる夜。一年で最も奇跡が起こる確率が高く、また最もロマンチックな日でもある。だから今日だけは特別を期待する。

 

 今日が彼との距離を近づけてくれるかも。

 今日が彼女に近づく勇気をくれるかも。

 今日が遠くの誰かを連れてきてくれるかも。

 今日が遠くの誰かと惹き合わせてくれるかも。

 

 そんな今日という奇跡を信じる気持ちは、きっと本当に奇跡を呼ぶのだろう。きっと誰かに魔法をかける。聖なる夜への憧れがまた新たな魔法を生み、誰かを幸せにする。そんなロマンチックが今日にある――今日だけは、魔法も奇跡もある。


    ◇  ◆  ◇


 表はすっかり聖なる夜。

 そんなクリスマスイブの今夜だったが、俺はというと家のソファーに寝ころび雑誌を見ていた。全くロマンチックではないし、魔法も生まれそうにない。起こるもんなら起こってみやがれ、奇跡。

 同じリビングに妹もいる。少し視線を移すと、ツリーのすぐ横で着込んでいる姿が見えた。藍色のダッフルに白いマフラー、下はミニスカートに黒いニーソックスという格好。いつもの感じのような気もするし、男受けを狙っているような気もする。


「んじゃー、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 母に見送られ、いつも使っているポーチを掛けてパタパタと出掛けていった。出かけ際にニット帽も被っていった。少し袖がめくれ、白い手首が見えた。

 少し静かになった部屋。雑誌を見ようとすると、すかさず母さんがはしゃぎだした。


「ねーねーお兄ちゃん、あの子、デートかしら」

「クリスマスパーティーだって言ってたよ」

「どんな人かしら」


 母さんは俺の言葉を聞いているのか、よく分からない。

 俳優の名前を挙げながら、どんな男がいいか喋っている。俺がちゃんと聞いているかどうかなどまるでお構いなしだ。


「さて、そろそろあたしも出掛けようかしら」

「母さんも出掛けるの? 不倫か何か?」

「まー刺激は恋しいけど、今日はお友達とよん」


 なんとなく、意味のない冗談を言ってしまった。


「お兄ちゃんは出掛けないの? 今日、家に誰もいないわよ?」

「誰も? 父さんは?」

「クリスマス同窓会だって」


 なんだそれ。クリスマスくらい家族と過ごせよバカなにやってんだバカ親父バカ。

 まあ、実際のところ帰ってきても、愛しの妻も愛しの娘もいないわけなのだが。


「えー? あれー? お兄ちゃんにはクリスマスを一緒に過ごす、素敵な人はいないのかしら? んー?」

「……」


 そんな人がいたなら、俺はこの時間に家にはいなかっただろうね。それが結果なんだよ、母さん。


「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「でも大丈夫よお兄ちゃん! 来年こそいい人が」

「遅れるよ早く行かないと」


 ぶっきらぼうに母を見送ると、家の中の音はテレビからの笑い声だけとなった。家に自分ひとりというのは特に珍しくはないが、クリスマスの空気は確かに流れていた。そのせいか妙な虚無感を味わった。

 俺は雑誌をテーブルに置くと、テレビの電源を落とし、完全に静かになった家を後にする準備を始める。一緒に過ごす誰かはいないが、俺にだって予定くらいある。

 家の灯りを消して、色めく街へ歩き出す。


「雪か……」


 息は白く、外は雪が降っていた。




 午前二時。

 俺は自分の部屋をそっと抜け出した。

 あの後、空っぽになった家には俺が最初に帰ってきた。それから母さんと、続いて妹が帰ってきた。きっとふたりとも、俺はずっと家にいたものと思っていることだろう。夜の十一時にもなる頃には、妹はソファーで寝そうになっていた。彼女と同じくらいの時間に床に就いた母さん共々、今ごろは部屋でぐっすりのはずだ。

 父さんも帰りは遅かったから、疲れて眠っているだろう。


「……」


 暗い部屋から暗い廊下に出る。躓いたりはしないのはやはり、目が暗闇に慣れている……というよりも普段の生活で、体が慣れているという方が大きいかもしれない。


 そしてこの先は慣れない空間だ。


 俺は妹の部屋の前に立っていた。どこからの反射なのか薄らと光るノブに手をかけ、静かに開く。幸いにも妹はカーテンをあまりしっかり締めておらず、闇に慣れた目なら室内の様子をシルエット程度には窺うことができた。

 それでも部屋は全体に、暗いフィルターがかかっているようなものだ。そこに何かあるのは分かるのだが、それが何か、どういう輪郭を持っているのか、それは分からない。そっとドアを締め、ぶつかって音を立てたりしないよう慎重に進む。

 妹にかなり近づくと、息遣いが聞こえた。


「寝てると可愛いもんだな」


 もともと小さな体だが、起きている時よりさらに小さく感じた。寝ている時は大人しいらしく、ちゃんと布団を被っている。


「さてと。早く終えるか」


 暗闇の中にあって分かりにくいが、俺は今、サンタクロースの恰好をしている。赤いサンタ服、白いもさもさのひげ、赤い帽子、白い袋。恰幅だけはどうしようもないが、赤と白のコスはサンタそのもの。やはり完璧だ。妹が起きていることも想定してこういう格好をしたが、必要はなかったようだ。

 俺は袋から箱を取り出す。今日の仕事はこのプレゼントを妹の枕元に、そおっと置くことである。ひとりクリスマスの街に向かったのは、これを買うためだった。

 中身は何かって? それは妹が箱を開けるまで秘密だ。とにかくそれを妹の枕元に置いて、仕事を――


「……誰だよ、あんた」

「お前こそ誰じゃ」


 ――終えることができなかった。


 暗くてしっかりとは見えないが、俺のすぐ横に誰かいる。置こうとしたプレゼントはどうやら、突如現れたその人物に遮られたらしい。

 俺は内心すくみ上がっていた。それと知ってか知らずか、そいつは小声で会話の口火を切った。


「わしはサンタクロースじゃ。見ればわかるだろう。馬鹿者」

「は? 俺だって今日はサンタなんですけど」


 尤も、そもそも暗くて見えないのだが。


「にわかサンタは黙っとれ。この子にはわしからプレゼントを贈る。お前はもう帰りなさい」

「やなこった。帰れと言われて帰るサンタがいるかよ。言っただろ、今日は俺がサンタだ」


 尤も、帰れと言われてもここが俺の家なのだが。

 突如として現れた訳の分からない輩に、俺の計画した「サンタがうちにやってくる大作戦」を邪魔されるなんてゴメンだ。何が何でも俺のプレゼントを置いて帰ろう。共存? ありえないね。どうやら相手の方も同じことを考えているらしいし。


「よいか、この子は近年稀にみるよい子なのじゃ。お前のような若造に仕事を盗られたのでは、沽券に係わる」

「沽券とか知るか。悪いが、これは譲れねぇ」

「ふん、若造が。年季を思い知らせてやるわい。表へ出ろ」

「やんのかこら」


 相手の顔が見えないから強気に出たけど、この老舗サンタ、めっちゃ強かったらどうしよう……。


「ところで表ってどこまで出るんだよ。外か?」

「……外はちょっと、寒いからだめじゃ」


 出無精かよ。強そうとか心配した俺がバカみたいじゃないか。

 まあ、出無精が弱いとは限らないけど。


「雪も降っとるしなぁ。廊下ってのもあれだし、君の部屋にしようか」

「俺の部屋……? い、嫌に決まってんだろ!」

「声がでかいわ、この、馬鹿者が!」

「お前もだよ!」


 しまった。熱くなりすぎた。俺は老舗サンタと顔を見合わせた。……暗いから本当に見合っていたかは分からないが。

 妹の方を見ると、依然としてスヤスヤ眠っている。眠りが深いようだ。


「よかった……」

「危なかったわい。よいか若造、物音を立てんよう、気を付けてドアの方に向かうのじゃ。こうやって慎重に、慎重に――」


 ぐさっ。


「――ぎゃあああああああああああっ」

「っ!?」


 老舗サンタが奇声を発した。


「んぅ……だれぇ」


 やばい、妹、起きた!?


「だ、誰もいないよぉ」

「ふぁ? ……じゃあいいや」


 咄嗟にありえない言い訳をしてしまったが、どうやら妹は寝ぼけていたようで、また寝息をたてはじめた。確認後、俺はヒィヒィ言っている老舗サンタの頭をすぱこーんと叩く。勘で手を振ったが、ちゃんと当たった。


「おい、何やってんだあんた」

「だって、だってなんか踏んだんじゃもん」

「こいつが部屋を綺麗に片付けてるわけないだろ」


 近年稀にみるよい子とか言ってたけど、勘違いだろう。


「さっき近年稀に見るよい子とか言っちゃったけど、勘違いかもしれん」

「俺さっきそれ思ったから、言わなくていいよもう」

「お前が思ったこと、わし言っちゃいけないの?」

「そんなことより気を付けろよ。この部屋の物なんか壊したら、洒落にならんから」


 泣くぞー、うちの妹。大事な物なら片付けとけよと思うが、それとこれとは本人の中では別らしいから。


「わしの心配……いや、なんでもないわい」

「あんた、足、怪我したんだろ。後は俺に任せて帰りなよ」

「そうじゃな。お言葉に甘え……ないぞ。わしがプレゼントをあげるのじゃ」

「ちっ」


 さすがにこんな簡単な手にはかからないか。


「さすがにそんな簡単な手には乗らんぞ」

「だから俺が思ったこと、二度目は言わなくていいから」

「さっきからなんじゃね、そのルールは」


 俺はすんなりこの部屋に入って来られたが、思いのほか床にいろいろ散らかっているのだろうか。だとしたら厄介だ。


「もう何も踏むなよ。慎重に歩くんだ」

「それさっきわしも思ったから、言わんでよいぞ」

「そんなん知るか。俺は言う」

「なんじゃと……」


 よく目を凝らせば、床に模様があるのが分かる。それは、そこに何か物があり、僅かに光の当たり方が異なっていることを意味している。仮に何か物を踏みそうになっても避けられるように、ゆっくりと歩こう。


「老舗サンタ、あんた、ちゃんと見えてるか」

「わしには見えるぞ、わしからのプレゼントをもらって喜ぶ子ども達の笑顔が」

「そんなこと訊いちゃいないよ。暗い中で視界は利くのかと訊いてるんだ」


 夢見がちか。


「よいか。わしはな――」


 彼が何か言いかけたその時だった。俺の視界は白く暗転した。


「うあっ」


 咄嗟に目を閉じる。

 閉じたはいいが、目を開くことができない。

 眩しすぎる。

 そんな中、微かに開けた視界には、部屋の色が映っていた。


「え……サンタさん!?」


 妹の声がして、全てを悟った。

 俺たちが騒いでいたせいで、彼女は起きてしまったのだ。


「い、妹ちゃん、頼むから電気をもうちょっと暗くしてくれるかな」

「へ? あ、ごめんなさい」


 照度を落としてくれた。薄ら明るい。

 そういやこいつ、急に明るくなっても平気なのか。意外な特技(?)を見つけた。


「すごーい。本当にサンタさんっているんだー」


 口ぶりからすると俺をサンタだと思い込んでいるらしい。この衣装にしておいた甲斐があったというものだ。部屋があまり明るくないからだろうか、俺が兄であることはばれていない。

 ばれていないけど、いや、むしろ気づけよ。何年一緒にいるんだよ。声で気付って話だよ。


「しかも、ふたりも来てくれるなんて」

「……」


 そうなのだ。今この部屋にはサンタクロースが、ふたりもいることになってしまっている。


「お嬢さん、サンタはこのわしじゃ。そこの若いのはいったい、誰じゃろうな」

「老舗サンタは黙ってろ。今は俺がサンタだ」

「あれ? サンタ同士って仲悪いの?」


 仄明るくなってはじめて、意外に老舗サンタはスマートな体形をしていることが分かった。体格的には俺と同じくらいではないだろうか。


「妹ちゃん、今からどっちが君にプレゼントを渡すか決めるから、ちょっと寝ててくれ」

「えぇーっ!? 今ここにいるなら直接ちょうだいよ」

「果たしてどっちがプレゼントを渡すに相応しいか、思い知らせてくれるわい」

「そんなこと言ってないで、ふたりともくれてもいいんだよ? 私としては」


 俺たちのプライドは退くことを許さない。ところでどうやって決着をつければいいんだろう。決着の前にそれを決めなければならない。


「おい、老舗サンタ。今からどうやって決着をつけるか決めようじゃないか」

「ふん。ならばわしが決めてやろう。そうじゃな――」

「待て。なんでお前が決めるんだよ。その前にどっちが決め方を決めるかを決めようじゃないか」

「よかろう」


 などと言い合っていると、部屋がまたひとつ明るくなった。


「もー。そんなんじゃ決まんないよー」


 妹が電気を点けたのだった。明るい方に目が慣れていたらしく、さっきのような眩しさは感じなかった。毛布みたいなパジャマに身を包んだ妹がよく見える。

 逆にこちらの姿もよく見えているはずだが、依然、気づかれている気配はない。俺の変装が上にすごいのか、それとも妹の機能が下にすごいのか。

 ベッドの端に座りなおして、彼女は言った。


「いい? まずサンタさんに大事なのは、子どもを思う気持ちなの。オーケー?」


 なんだ急に偉そうだな。


「だから子どもを敬い、慈しみ、通学時間帯には子ども達を見守り、三時になったらおやつを与えなさい。オーケー?」


 それやってるおじさんいた!


 子どもの頃、いつも通学路を散歩しているおじさんがいた。顔を見れば挨拶をしたし、時々は話したりもしていた。おじさんの昔話に付き合って、黒糖飴をもらったりもした。いつからか友達と寄り道をするようになって、おじさんのことはすっかり忘れていた。


 今もまだ元気にしているだろうか。

 俺のことを覚えているだろうか。

 今も元気に歩けているだろうか。

 あの道を通ればまた会えるのだろうか。

 あの時の黒糖飴、どの店に行っても見つからないのはなぜだろう。


 ……。

 ……あれ、なんか、涙が。


「わしは子どもが本当に好きじゃ。目に入れても痛うはない」


 しまった、老舗サンタがアピールを始めている。感慨に耽っている場合じゃない。


「俺だって子どもは好きだ。将来の夢は学校の先生か、学校の体育館だ」

「なるほど。合格」


 合否判定だった。


「ふたりとも気持ちの上では互角だね」


 腕を組み、なにか偉そうに頷いている。なんで自分にプレゼントをくれるサンタに対して、こんなにも上からものを言えるのだろう。猫の思考か。飼い主が自分に餌をくれるのは、自分が偉いからだと思っていると噂の、猫脳か。でもあれってどうなんだろう。個体差とかやっぱりありそうなものだけど。


「そうなると次はあれだよ、どれだけ私の心をつかめるかの勝負だよ」


 胸に手を当て、穏やかな表情をする妹。だからなぜ上からなんだ。


「では問題です。寒い冬の日、私がマッチを売り歩いていますが、誰も買ってはくれません」

「どこかで聞いた話」

「さて、そこでサンタさんはどうしますか」

「……えっ?」


 急展開。


「ふん。簡単なことじゃ。マッチを買ってやればよいではないか」

「あー、老舗サンタさん普通だね。ベリー普通。音信普通」


 通じてるじゃん、音信。


「本来は五〇点くらいだけど、初回サービスで六〇点にしてあげる」

「その点数は、高いのか、低いのか」

「若サンタさんはどうする?」

「俺なら、そうさな。『このマッチで君の心に、恋という名のタワー○ング・インフェルノ』って言って買う」

「……留年」

「渾身の胸キュンゼリフだと思ったけど……」

「あのビル欠陥だらけだったじゃん。まあでも、初回サービスで六〇点にしてあげるよ」


 同点になっちゃった。これにはいくつもの理不尽や不条理を目の当たりにしてきたはずの老舗サンタが、大変に驚いた表情をしていた。


「そういえばサンタさんたちって、今夜はみんなの家を回ってるの?」

「え? あー、うん」

「そうなんだー。うちさ、兄ちゃんがいるんだけど、兄ちゃんにもプレゼントあげるの?」


 もちろんさ。そう言おうとしたが、老舗サンタが遮った。


「いや、この家へのプレゼントはひとつしか持ってきておらん」

「へ? 兄ちゃん、プレゼント貰えないの?」

「そうなるのう」


 そうだ。俺もプレゼントは彼女の分しか用意していない。迂闊にもそこで「用意している」と言ってしまうと、明日の朝、俺が困ることになるんだった。

 それにしても。


「そっか。兄ちゃんの、ないんだ……」


 そう言ってうなだれる妹。まさか俺のことを、そんなに想っていてくれたなんて。やはりプレゼントを持ってきてあげて正解だったな。


「兄ちゃん……サンタさんから見捨てられてやんの。日頃の行いの差かな? ぷぷぷっ」

「……」


 俺が今のを聞かなかったことにすれば、美談で終わるんだ。そうなんだ。忘れろ、俺。


「では第二問!」

「まだ続けるのかね」

「雪の降る公園のベンチで、私が座って待っています。あなたはそこでどうしますか? いちばん、後ろからコートをかける。にばん、後ろから暖かいポタージュの缶をほっぺにあてる。さんばん、コートで何かかけてください」

「問題の答え方がようわからん」


 俺にもよくわからない。


「そうじゃな、とりあえず、いちばんじゃ」

「なるほどー。初心者優遇で六〇点かな」

「またかね」


 そして元は何点なんだよ。


「若さんは?」

「じゃあ俺は、にばん」

「六〇点」


 結論、早っ!

 そしてまた六〇点かよ。


「ちなみに、さんばんの答えはなんだ?」

「ふぇ? さんばんは、えっと、コートとかけまして……。……六〇点」


 思いつかんのかい。

 例えば、コートとかけまして……その、……思いつかないけど。


「今のところ同点だね。次が最終問題。なんと正解すると二〇〇点が入ります」

「同点なのじゃから、あえてその展開にせんでもよいのではないか?」


 ご尤もだ。でも恒例のセリフだから、言ってみたくなる気持ちは分かるが。


「最終問題! 私の――」


    ◇  ◆  ◇


 俺は揺り起こされた。

 起こされて初めて、眠っていたことに気付く。


「ほら、起きろ」

「んあ?」


 カーテンから注ぐ旭光が、室内を柔らかに照らしているのに気付く。朝だった。空気中の冬成分が幾重にも重なり、光を淡くぼやけさせているみたいだ。外が白い。採光に照らされる父の顔があった。見覚えのある顔が、見覚えのない恰好をしていた。


「なんでサンタの格好してるの?」

「そりゃお前も同じだろう。いいから起きろ」


 同じ。

 ベッドから這い出て自身の恰好を確かめると、確かに父と同じような赤い服を着ている。


「ひげも忘れるな」

「ちゃんと剃るよ」

「違う。そっちだ」


 父が指差したのは、ベッドのすぐ下に落ちている、白くてもさもさしたものだった。これは昨夜、俺がつけていたつけひげじゃないか。

 昨日の記憶が蘇ってくる。あの後、俺と老舗サンタと妹でトランプをしたんだった。


「あれ、老舗サンタはどこだ?」

「寝ぼけてるのか? ここにいるだろう」


 そう言われても、部屋にいるのは俺と妹と、父さんだけだ。そうなると……?


「あれって父さんだったの?」

「まさか本当に気づいてなかったのか」

「全く気付かなかった」


 てっきりそういうノリなのかと思ったよ、と父さんは言った。


「たぶん、こいつも気づいてないと思うよ」


 まだベッドと布団に挟まれている妹を見る。実に幸せそうに眠っているじゃないか。俺ももう一度ベッドに戻りたい。


「お前らなぁ……何年一緒にいるんだよ。声で気付けって話だよ」


 あれ、そのセリフ、デジャヴ。

 そういえば老舗サンタが「君の部屋でやろう」って言ったとき、俺は違和感を覚えたんだった。今思えば、まるで俺の正体を知っているかのようじゃないか。まるでも何も、知っていたのだが。


「正体がバレてないのなら、見られないうちに部屋を出よう」

「あ。そうだね」


 部屋に忘れ物はないか一通り見渡して、妹の部屋を出る。最後に、彼女の枕元に置かれたふたつのプレゼントを確認した。部屋を出ると、ひやりとした空気が纏わりついた。妹の部屋に特に暖房は入っていなかったが、人が三人もいれば温もるものなのだろう。

 後ろ手にドアを閉じる。


「しかしなぁ。まさか同じタイミングで同じことを考えるとはな」

「そうだね」


 思えば老舗サンタと俺の思考がやたらと一致していたっけ。


「ふぁー。俺はもう一眠りするぞ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 父さんは自室に帰っていった。

 俺はいったん着替えて、リビングに向かってみた。


「うぅ、寒ぅ」


 息が白い。部屋に一番乗りしてしまうと必ずこうなるのだ。ひとまず、昨日も座っていたソファーに寝ころび、毛布に包まった。

 目の前のテーブルに、昨日見ていた雑誌がそのまま置いてある。


「ふふっ」


 俺はひとり、「サンタがうちにやってくる大作戦」の成功を喜んだ。いろいろ想定外はあったけど、一番の目的は果たせたのだ。成功と見ていいだろう。

 あいつ、どんな反応するのかなー。なんて考えながら、温もり始めた毛布の中で、俺は眠りに落ちてしまった。


    ◇  ◆  ◇


 目が覚める直前に、記憶がフラッシュバックした。

 あの時の妹の最終問題は次のような結果になったこと。


「私の勝ちね! だからプレゼントは両方ちょうだい!」


 彼女が申し出たトランプゲームにて、彼女は見事勝利し、二〇〇点を獲得した。俺と老舗サンタは同点でそれぞれ一二〇点。よって彼女の勝利だ。そして勝者である彼女はプレゼントを両方貰うという選択を得た。


「それから、ふたりとも仲良くしてよね」

「え?」

「ケンカはだめだよ」

「……」


 ひょっとすると、だが。

 妹が俺たちの勝負に介入してきたのは、このためだったのだろうか。彼女からすれば意味もない争いを、自ら介入することで楽しいゲームに変えて、果ては自分がトップに君臨した。つまらない争いをそして終わらせたのだ。

 あの偉そうな態度は計算か天然か。いずれにせよ、俺たちはどうやら、彼女に完敗したらしい。


「もうワンゲームいっとく?」

「いや、もういい。しない」

「えー?」

「……わかったよ」


 彼女の視線に耐えかね、俺たちはもうワンゲーム始めた。

 ちなみに彼女が勝利を手にするまでの過程を完全に省いているが、俺たちは既に五〇回くらいゲームをしている。彼女が負けると仕切り直しを要求され、結局、彼女が勝つまで様々なゲームをしていた。老舗サンタも俺もとっくにグローキーだ。

 ルールは完全に妹だった。その後、気が付けば彼女の部屋で眠ってしまっていて、一度起きて老舗サンタの正体が父さんで俺はひとりリビングに来て、そして――。



「――うぶっ」


 奇妙な声をあげて起きたのは、俺だった。

 見れば、妹が俺の腹に足の裏を強く押し付けていた。端的に言うと俺の腹を踏みつけていた。実の兄の腹を踏みつけるとは何事かと抗議しようとして、それは違うことに気付く。

 彼女は両手にプレゼントを持っていたのだった。なるほど確かに、両手が塞がっていては踏むしかしょうがない。


「兄ちゃん、風邪ひくよ?」

「あ、ああ」


 部屋が少し暖かい。彼女が暖房を入れたのだろう。


「それより見てよこれ! 実は昨日、サンタさんが来てね、これ置いてったの!」

「あぁ、そうか」

「もっと驚いてよ。もー。ノリ悪いなー」

「もっと驚く為五郎」

「……」


 なに、その目。


「開けていいかなー、開けちゃっていいのかなー」

「お前のなんだし、開けちゃえよ」

「ふふん。それでは」


 彼女はまず、父さんの方を開けた。


「おー、これはこれは」


 中身は長財布だった。

 サンタが父さんだと知っている俺は、それはきっと母さんが選んだものだろうと思った。

 妹が使っているのは中学生時代からの、子どもっぽい感じの財布だ。親子で買い物に行く度、母さんは新しい財布買いなさいよと言うが、妹はまだ使えるからと拒んでいたのだ。

 彼女は財布のいろいろなところを開けて、いろいろ調べている。きっといろいろ使いやすい財布のはずだ。母が選んだものなのだから。


「むぅ。中身は空か。残念」

「……」


 こいつまるで分かってねぇ!


「せっかくなんだ、使いなよ、それ」

「うん」


 ひとまずそれはテーブルに置き、今度は俺の箱を開きにかかっている。

 気に入ってくれるだろうか。不覚にもどきどきする。なにも、相手は恋人でもないのに。


「わぉ」


 彼女が驚きの喚声をあげた。


「これは……いい時計だね」


 俺が箱に入れておいたもの。それは腕時計だった。

 少し前、彼女が使っていたものを見ないことに気づいた。そこでさり気なく訊いてみたところ、どうやら失くしてしまったのだそうだ。


「オシャレなの」


 さっそくパジャマの袖を捲り、時計を付けている。


「どう? いい感じ? ね?」

「ああ。似合ってるよ」

「ふふん」


 なぜか得意げに笑う彼女。俺が選んだのだ、似合うと思う。さすがにパジャマには似合わないけど。

 何だか照れくさくて、俺は部屋を立ち去ろうとした。

 すると彼女は俺に抱き着いてきた。


「どうした?」

「うん。ありがとね、兄ちゃん」

「……なにがさ」

「ううん。なんでも」


 なんとなく満更でもなかったから、俺はそのままにしていた。


「そうだ。来年は私が――」

「おはよー。そしてメリークリスマース」

「お母さん! 見て、ほら、これ!」


 母さんが起きてきた。それを見るや否や、妹はそっちに走っていった。俺に何か言っていたのを完全に中断して、財布と時計を自慢し始めている。

 解放された俺は、ひとつため息をつく。


「ま、今年のクリスマスは、そう悪くなかったかな……」


 独り言ちる。


 奇跡も起こらなかったし、魔法もなかった。ロマンチックでもなかったけれど、不思議とそう思えたのだった。



   ―― 完 ――


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