2
それから僕は色んなものを切ってハサミの性能を確かめたけれど、このハサミに切れないものは無かった。
捨てられたヤカンや、ガードレール、信号機、パソコン、空き地の雑草。水を切れば一瞬分かれて再び一つになる。
雲を切ってみたこともあった。雲はまっすぐ半分に分かれて、時間が立つとまた元通りくっついた。
ただ一つだけ、「刃の間におさまるものでないと切れない」というルールがあった。
つまり、学校の壁を内側から切ることは出来ないのだ。ちゃんと端と端が空いていないと駄目なのだ。でも僕は最近、「遠近法」というものを父から教わった。遠いものは小さくなって、近いものは大きくなるらしい。その「遠近法」の法則を使えば、きっとこのハサミに切れないものはなくなるだろう。ムテキでサイキョーの、僕のハサミだ。
ハサミでモノを切るとき、いつも不思議な気分がした。切った感覚がないのだ。ただ何も無い空間を切っているだけのような感じ。感覚が無くなったような感覚。
実際空を切っているのだから、感覚がないのは当たり前のことなのかもしれない。
不思議なのは、刃と刃の擦れる感覚もしないということだ。普通のハサミなら、二つの刃が摩擦する感覚が手に伝わるはずなのに、このハサミにはそれが無い。
しかし、音は聞こえる。僕がいままで使ってきたどのハサミよりも綺麗で乾いた音が、ハッキリと僕の耳に聞こえるのだ。
音は聞こえるのに感覚は無いという奇妙な出来事に、僕はいつも不思議な気持ちになる。
すっかり魔法のハサミの虜になった僕は、毎日色んなものを切っていたが、あるものだけまだ試していないままだった。
人間だ。
人間の肉体も切ることが出来るのか。いつしかそう考えるようになった。
僕の心は毎日それでいっぱいになった。いつか試そういつか試そうと思ってずっと先延ばしにしてきたが、ついに僕は今日決心した。
明日、学校でやってみよう。
誰を切るかはもうすでに決まっていた。誰でもいいという訳ではない。もちろん僕が恨んでいる人だ。子供だからといつも僕を馬鹿にしやがって。
父におやすみを言って部屋へ向かった。魔法のハサミはポケットの中で握り締めたままだ。
明日、あいつの右腕を切ってやろう。チョークを持てなくなって困るに違いない。僕はベットの中で期待に胸を膨らませながら眠った。遠足に行く前日の夜みたいな気分だった。
翌日、僕は目覚まし時計のアラームで目が覚めた。直ぐに学校へ行く支度をして、朝食を食べに居間へ行った。
居間には父母がいた。母は朝食を作っており、父はソファにねっころがっていた。あら、今日は起きるの早いわね。と母が言うので、僕は興奮して早起きしちゃったんだと答えた。母は納得したような顔で朝食を僕の前に差し出した。今日の朝食はどうやら牛乳と菓子パンらしい。
僕は大好きな菓子パンを喜んで食べた。父は相変わらずソファでぐうたらしていた。
見送ってくれた母に手を振りながら僕は家を出た。
母は僕が玄関を出たとき、あとで行くからね。とにこやかに言った。そうだ。今日は学習参観日。親が子供の授業風景や態度を見に来る日なのだ。
父も来る予定だったが、大丈夫だろうか。来てくれないとものすごく困る。どうか来てください。僕は眩しい朝日に目を細めながらそう祈り、通学路を進んだ。
*
ねぇ、あなたの両親がいるわよ。
二時間目の授業中、斜め前の女の子が僕に耳打ちしてきた。
僕は彼女の目線を辿って斜め後ろをチラッと見た。確かに僕の母と父が並んで立っていた。父が来たことに、僕は心でガッツポーズをとって喜んだ。
二時間目は算数だった。あの先生が、いつもよりちょっと優しげな表情をして数式を読み上げている。僕は父母に向かって軽く手を振った。母はにっこり笑い返してくれて、父は手に持っているカメラを構えた。僕はカメラに気づかない振りをして顔を前に向けた。
父が廊下に出た気配がした。どうやら前から僕を撮るようだ。他の子の親もそうしている人が何人かいた。
僕はポケットから魔法のハサミを取り出した。
母に目をやる。母はいつの間にか廊下で他の子の親と談笑していた。
先生は黒板に数式を書いていた。当然こっちを向いてはいない。後ろを振り返ると、二人の親が立っていた。一人は壁にかかっている掲示物をじっくり読んでいて、もう一人は自分の子の撮影に忙しいみたいだ。
父はカメラの電源をいれていた。目線はカメラのボタンにある。
僕の絶好のチャンスだった。
僕はハサミを広げ、標的に照準を合わせた。
乾いた音が響いた瞬間、先生が振り返った。
先生は自分の腕に巻いてある腕時計を見た。
父がカメラを落とした。
というか、手を落とした。
父の手は僕の魔法のハサミによって切断されたのだった。




