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小学校から家までの道のりをひたすら歩いていたとき、下を向いていた僕の視界にキラっと光る何かが入ってきた。
近づいてよく見ると、地面の上にハサミが落ちていた。銀色で模様一つ無い、シンプルなハサミだった。
手に取ると意外と軽くて、まだ新しそうだったので僕は家に持って帰った。明日、先生にハサミを届けよう……なんて、全く思わなかった。なんだかかっこいいハサミで、僕は気に入ったからだ。
寝る前に綺麗な布でハサミを磨いた。ピカピカになったそのハサミはかっこよさが7程アップした。
翌日、ハサミをポケットに突っ込んで学校へ行った。授業中も掃除の時間も、お昼休みにサッカーをするときも、ずっとハサミはポケットに入れていた。さすがにサッカーをするときは、ポケットからハサミが落ちるかもしれないと心配に思ったけれど、ハサミは一回も落ちなかったどころか、跳んだり跳ねたりしてみても、まるでハサミの重みを感じなかった。
僕はこのハサミが少し変なことに薄々勘付き始めた。
どこか特殊なんだ。このハサミは。なんというか、オーラが。
ハサミを右手に帰路に着いた。右手で空気を切るようにハサミを開いたり閉じたりして動かしていた。
そのハサミは切れ味がよさそうな、シャキンという乾いた音をたてた。なんでも切れそうな感じがした。
僕は歩みを止めて学校へ振り返った。まだ校門を出て10m程しか歩いてない。
僕の学校には、のっぽの木がある。何の木かはよく分からないけれど、学校の校舎よりも背が高い。しかし遠近法の法則で、ここから見たのっぽの木は小さかった。
右腕を学校の方へ突き出して、ハサミの刃を広げてみた。金属同士が擦れ合うシュッという微かな音が耳から入ってきた。
のっぽの木は、突き出したハサミに収まる大きさだった。
なんとなく、木のてっぺんの枝に目が止まった。枝を切ってみたくなった。
僕は、広げていたハサミの刃と刃の間に木の枝が入るように照準を合わせた。
切った。
シャキン
と音が響いた。
木の枝が落下していくのが遠目に見えた。
僕は、明らかに不自然なところで切断された枝が地面に落ちるのを見て驚いた。
僕が切ったんだ。
この不思議なハサミで。
すごいぞ、と思った。
*
ある日、学校で算数の先生が僕を叱った。僕が授業中うとうとしてたからだ。
算数の先生は僕の頭をげんこつで叩いた。痛くて泣きそうになった。なにも暴力ふるうことないじゃないか。このやろう。
僕が先生を睨んでいると、「何だその目はッ!」と僕に怒鳴った。僕の怒りは頂点に達した。
先生がふとメガネをはずして教卓に置いた。高そうなメガネだった。
あのメガネ、切ってやろう。と唐突に思った。
僕の席は一番後ろだったけど、魔法のハサミを使えば大丈夫だ。木の枝だって切れたんだから、メガネを切るくらい余裕だろうと頭で計算した。
先生が黒板側を向いているうちに、僕はポケットからハサミをすばやく取り出した。刃を開き、焦点をメガネに合わせて、閉じる。
乾いた刃の音は小さかった。教卓の上でメガネが真っ二つになるのを僕は見た。
皆おしゃべりに夢中で、僕がハサミを取り出したことにも、先生のメガネが教卓の上で勝手に半分になったことにも気づいて無いようだった。
ポケットにハサミを戻しながら、先生が振り返るのをわくわくして待った。
あ、振り返った。
先生は僕たちを見回して静かにするよう注意し、すっと目線を下げた。先生用の教科書を何ページかめくった後、メガネに視線をとめた。先生は一瞬眉を顰めて、メガネを手に取ろうとした。
しかしメガネは真ん中で半分になっているため、先生の手に掴まれた方は持ち上がり、もう片方はそのまま教卓の上に置き去りにされた。
先生は「へっ?」という、なんともマヌケな声を出した。あまりにもマヌケだったので、僕は思わず笑いそうになるのを必死でこらえた。
そのうち、クラスのみんなも先生が慌てていることに気付き、先生の様子を伺い始めた。一番前の席の子が「あー!先生のメガネ壊れてるー!!」と叫ぶのが聞こえ、僕は清々とした気持ちでハサミをポケットの外側から握り締めた。