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最終話 愛する人へ

「なんだなんだぁ〜?お前、俺を裏切ろうってのかぁ?」

キツネに向かって、死神が言う。

「……あなたは狂っています。人を殺し、幸せを奪うことで快楽を得る。それも、どんどんエスカレートして……薬物中毒(Narcotic Addiction)のように」

「だぁっはっはっは、薬中ってか?そいつぁ、もっともだ」

この上なく愉快そうだった。

人を殺し、幸せを奪うことで快楽を得る。

……そんなの、狂ってる。

「お前の好きにはさせない」

腹に力を込め、雰囲気に呑まれないように言った。

自分を鼓舞するように。

隣で震える優子を安心させるように。

「だったらどうするってんだ?弱っちい人間ごときが」

そう言って、左手を軽く薙ぐ。

「がぁっ!?」

「アッキーっ!」

車に撥ねられたかと錯覚するような、強い衝撃。

口の中は血と泥の味が混じっていた。

「ぐっ……平気だ」

すぐに立ち上がる。

膝ががくがくと笑っていたが、優子に心配はかけたくない。

と、優子が俺の腕を取り、自分の肩に回した。

「ほら、そんなに震えて……立ってるのもやっとじゃない」

優子に肩を借りると、不思議と震えが治まっていく。

「……やっぱり、あなたは間違っています」

キツネが俺たちを庇うように前に立つ。

「なるほど、裏切るってことだな」

「上司を諌めるのも部下の務めです」

睨み合う二人。

街灯しかなく、暗い公園。

音といえば、風音だけ。

そんな静かな空間で、この二人の間だけは空気が違った。

ぴんと張り詰めた糸のように。

高まった緊張は、ぷつんと音を立てて決壊した。

「殺してやるっ」

「止めますっ」

二人が発した力の奔流が、正面からぶつかり合う。

大きなエネルギーは虹色の光となり、暗かった公園を様々な色に染め上げていく。

その強さは、直視できないほどだ。

「ぐぅ……力が…………足りない……っ……」

キツネが呻く。

そのとき、光の向こうからこちらへ動く影を目が捉えた。

「秋彦君っ」

キツネもそれに気付いたようだった。

が、もう遅い。

死神は、右手に持った大鎌を振り上げ……

「優子っ」

「きゃっ」

優子を抱きしめるようにして庇う。

「アッキー!」

ひゅんっ

首の後ろ、わずか数ミリを、冷たい風が通り抜けた。

どさっ

気付くと、地面に倒れた優子に覆いかぶさるような格好だった。

どうやら、優子が引き倒して助けてくれたようだ。

どんっ

腹に響く、重低音の爆発が聞こえた。

「無事かいっ!?」

キツネが助けてくれたようで、振り返ると、死神は少し離れた位置にいた。

「優子、怪我ないか?」

「バカッ!」

「うわっ!?」

……こんな近くで大声を出すなよ。

「何考えてんのよっ、この大バカッ!『一番望んでないことだ』って言ったの、アッキーでしょっ」

「あ、ああ、そうだったな。悪い」

そうか。

優子はこんな気持ちだったのか。

自分の命を犠牲にしてでも、相手を守りたいと思う気持ち。

でも、それはただの自己満足なんだ。

その行為が相手をどれほど傷つけるのかを、俺は一番よく知っていたはずなのに。

「勝手な真似しないでよっ」

「これで、おあいこだろ?……もうしないから」

「……ばか…………」

立ち上がり、死神に向き直る。

「なんだ?二人仲良く、あの世に行く覚悟ができたか?……もっとも、一緒に行ったとしてもあっちではバラバラになるだろうがな」

ぎゃはは、と下品に笑った。

「……もう、やめてください」

キツネの発したその声は、悲痛だった。

「あなたはそんな人ではなかったはずです。思い出してください。あなたの愛した人を。……今なお、愛している人を」

死神が笑うのをやめた。

「愛する人と幸せにできない辛さを、誰よりも知っているはずではないですか。それなのに……」

「黙れ」

死神は小さく震えていた。

「愛することの意味もわからん小僧が、何を偉そうに!」

「わかります!あなたの奥さんも、お子さんも、そんなこと、望んでいない……」

「黙れっ!俺は妻と娘のためなら何でもするっ!これがあいつらのためなんだっ!」

「……違うわ」

静かに、低い声で。

でも、力強く。

優子が、否定の言葉を発した。

「あなたのやっていることは、愛情の押し売りだわ」

そう。

最初は優子がやって。

さっきは俺がやって。

相手が最も望まないことを、『一番いい』と勘違いする。

どんな形かは知らないけど、そんなすれ違いを、この人もやっていたんだ……

「黙れっ」

「……あんたにも、大切な人がいるんだろ?」

言葉に、ありったけの力を込めた。

「大切な人がいるなら、その人の気持ちを考えてあげるべきなんじゃないか?」

『一番いい』を決め付けて押し付けるのではなくて。

相手のことを、わかった気になるのではなくて。

しっかりと対話し、向き合うことが大切なんだ。

「……だまれ……」

その言葉には、もうさっきほどの勢いはなかった。

「心なんて、目に見えないものだからさ、言葉にしないと伝わらないだろ」

「…………」

「相手の心を確かめもしないで相手のためになるだなんて、自己満足もいいところだ」

「…………自己満足、か」

死神は、大きく息を吐いた。

「そう、だったのかもしれんな。……会社を辞めたときから、俺は自棄になっていたのかもしれん」

「……死神の世界にも、会社があるのか?」

「ははっ……俺は、元人間だ」

死神はフードを脱いだ。

その下に現れたのは、骸骨なんかではなく、少しくたびれた感じの、優しそうなおじさんの顔だった。

ずっと苦しんでいたことを、吐き出したかったのかもしれない。

――ひどい会社でね。違法コピーは横行し、ライバル社へのスパイ行動ももはや常識。

カネのためなら何でもする。

そんな会社が上手くいくはずもない。

経営が悪化すると、俺の部下の首を切ろうと言い出した。

有能なヤツでね。上の連中は立場が脅かされると思っていたのか、前々からよく思われてなかったんだ。

いいヤツだったのに……経営の悪化は、バカな上のせいだというのに……アイツは、首になった。

猛反対をしていた俺も、首にすると脅された。

もう、嫌だった。

こんな腐った会社のために働きたくなんてない。

俺は、妻のことも、生まれて間もない娘のことも顧みず、会社のビルの屋上から飛び降りた。

死んでしまってから、後悔したよ。

俺の軽率な行動が、妻と娘を不幸にしてしまった。

周りの幸せそうな家庭を見るたび、二人は辛そうだった。

ならば、俺が幸せな家庭をなくしてしまえばいい。

そうすれば、二人が辛い思いをしなくて済むから。

「ははは、今考えれば、なんてバカげた考えだろうと思うけどね」

おじさんは寂しそうに笑った。

「俺は、二度も過ちを犯してしまったな。どちらも、他人のことなどこれっぽっちも考えていない、ただの自己満足だ」

「おじさん……」

「こんなオヤジの戯言に付き合ってくれてありがとう。少し気が軽くなったよ。……といって、俺の罪が軽くなるわけじゃないがね」

「…………」

「さあ、お別れだ」

おじさんが『向こう側』への入り口を開く。

「しばらく、『こちら側』と『向こう側』は切り離すとしよう。死神は死神界に閉じ込める。……それじゃあ、元気でな」

「あ、あの……」

キツネが言いにくそうに口を開いた。

「優子さんも死神です。だから……」

「あ……」

そうだった。

優子も、『向こう側』に閉じ込められるのか……?

「そ、そんな……」

「お、お願いですっ、私、『こっち』にいたい……」

「……好きにしなさい」

「えっ?」

おじさんはこちらに背中を向けたまま言う。

「当然、死神は全員『向こう側』へ連れて行く。ただ、そうだね……人間と同じ姿をした死神一人をこの広い人間界から探し出すのは、さすがの俺でもちょっと難しいかな」

おじさんは振り返り、悪巧みをする少年のように笑って見せた。

「そ、それって……」

「ほら、行くぞ、キツネ」

「…………僕の名前は覚えて下さっていないのですね」

二人、いや、一人と一匹が『向こう側』へ消える。

「ありがとう……ありがとう、おじさんっ!」

結局、名前も聞かないまま……

俺たちは、入り口が消滅してからも、しばらく眺めていた。

「あ……!アッキー、見てっ」

優子がはしゃいだように東の空を指差す。

いつの間にか白んでいた空に、太陽が今、まさに昇ろうとしていた。

「うわ、すっげ……」

優子と、初めて二人で見る日の出。

それは、俺たちのこれからを祝福してくれるかのように。

「……綺麗だね」

「……ああ」

神々しいまでの輝きで、俺たちの明日を照らし出してくれた。

「アッキー、大好きだよっ」

ちゅっ

唇に触れる、温かく、柔らかい感触。

「……えっ」

それはほんの一瞬の出来事で。

夢でも見ていたかのように、朧気で。

「あははっ、アッキーと朝帰りだねっ」

きゅっと手が握られる。

――でも、夢じゃないんだ。

優子が急に真面目な顔をする。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

畏まって頭を下げる。

「……こっちのセリフだ」

「ぷっ、あははっ、何それ……こちらこそ、でしょー?」

「う、うるさいな、いいだろ、何だって」

「あははっ」

優子の笑顔は、作ったところのない、自然なもので。

この笑顔が取り戻せて、本当によかった。

そう思った。

きゅっ

優子の手を、しっかりと握り返す。

「どうしたの?」

「いや……よろしくな、改めて」

「ふふっ、こちらこそ」

優子の幸せそうな笑顔。

もう二度と、失わせない。

 

Fin.


Narcotic Addiction、いかがでしたか?意見、感想等いただけると幸いです。著者としては、執筆途中でストーリーの核心部分を変更したため、活かせなかった設定があったのが残念です。次回作からは、「田中伊織」という名前に変更しようと思っています。次回作も是非読んでくださいませ。

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