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第三話 ケンカ

ピピピピッ……ピピピピッ……

耳慣れた電子音が聞こえる。

ピピピピッ……ピピピピッ……

あー、もう、うるさいな……

ピピピピッ……ピピピピッ……バシッ

「だー、くそ、黙れこの野郎!」

あまりの眠気に、つい目覚ましに八つ当たりしてしまった。

でも起きなきゃいけないんだよなぁ……

俺は仕方なくベッドから起き上がる。

「はあぁ〜……」

よくはわからないが、ため息が洩れた。

昨夜、何かを考えていたような気がするんだけどな……

あまりいいことではなかった気もするけど。

何だっけ?

ピピピピッ……ピピピピッ……

「おわっ!?」

目覚ましが再び鳴り始めた。

「ん?」

止めようとして、はたと気付く。

「壊れてる……」

強く叩きすぎたのか、アラームを止めるボタンが外れてしまっていた。

ピピピピッ……ピピピピッ……

「…………」

憂鬱な気持ちになりながら、電池を外して止めておいた。

 

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

部屋から出て、階段を下りようとしたところで、優子とぶつかりそうになった。

ちょうど最後の一段を上ろうとしていた優子は、バランスを崩して……

「あ、危ないっ!」

とっさに体が動いた。

「きゃああっ!」

間一髪。

なんとか間に合ったみたいだ。

と思ったら、あ、あれ?

「うわわっ!?」

ドタン!バスン、ゴロゴロ……バタバタ、ゴンッ!

「あだっ!?」

……見事に一階まで転げ落ちた。

しかも最後は頭打つし。

「だ、大丈夫、アッキー……?」

優子が心配そうに覗き込んでくる。

「あ、ああ、このくらいなんともない」

「またそんなこと言って。ほら、頭打ったんでしょ?どこ?」

「ここ」

優子の手がそっと触れる。

「っ……」

「あ、ごめんね、痛かった?」

「い、いや、平気……」

優子の手が触れていると、さっきまでジンジンと痛んでいた箇所から、痛みがスーッと抜けていくようだった。

「その……ごめんね。……っていうか、ありがと」

「え?」

「私のこと、庇ってくれたでしょ?だから、ありがと」

そう言って、優子は優しく微笑んだ。

「…………」

どきどきしていた。

……べ、別に、優子が可愛いとか、笑顔に見とれちゃったとか、そういうことじゃないからな?

「って、誰に言い訳してんだ、俺は」

「え?」

「な、なんでもない……」

「……?あ、それより、今日はいつもより少し早いじゃない」

「ああ、昨日風呂入らずに寝ちゃったから、シャワー浴びようと思って。少し汗臭いだろ?」

「それでまだ着替えてないわけね」

優子は納得したように言う。

「んじゃ、そういうわけだから」

「じゃあ、私はご飯の用意しておくね」

「用意ったって、温めるだけだろ」

共働きの両親が用意しておいてくれる朝食を温めるだけなので、一人でもできるのだが……

「はいはい、遅刻しちゃうから早くしてよね」

優子はそのままキッチンへ入っていった。

「やべっ、ほんとに時間がなくなる」

俺は、シャワーをさっさと済ませることにした。

 

シャーーーー

お湯がシャンプーの泡を流していく。

「ふああ〜……」

眠い。

「やっぱ朝はギリギリまで寝ていたいよなぁ……」

「じゃあ夜のうちに済ませておきなさいよねー」

「ああ、いや、昨日は特別だったというか……」

「へー?どう特別だったの?」

「うーん、なんか考え事してたような気がするんだよなぁ」

「どんなこと考えてたの?」

「それが思い出せなくて。あんまりいいことじゃなかった気が……」

……ちょっと待て。

「なんでお前がそこにいるんだよっ!」

脱衣所から返事をしていたのは優子だった。

「あはは、やっと気付いた」

「あはは、じゃないっ!」

「背中、流してあげよっか♪」

「せなっ……」

「…………」

「…………」

「ちょ、ちょっと、本気にしないでよっ?少しからかってみただけなんだからねっ」

「するかっ!さっさと戻ってろっ!」

優子はなにやらぶつぶつと言いながら、脱衣所を出て行った。

「つ、疲れた……」

 

キーンコーンカーンコーン

「賢人、学食でも行くか?」

「おいおい、今日は土曜だから学食も購買もやってないぞ?」

「えっ?」

言われてみると、賢人は既にコンビニの袋を持っている。

「来るときに買っておけよな。コンビニ、結構遠いぞ」

「うーん……」

土曜なら授業は午前中だけで終わりだ。

あとは部活だけか……

「仕方ない、買ってくるよ」

「部活、1時からだから、あんま時間ないぞ」

「わかった」

賢人と別れ、小走りにコンビニに向かう。

「ん?」

校門を出ようとしたところで、少し離れたところに見知った人影を見つけた。

あれは、優子と、徹先輩か……?

二人で何やら楽しそうに話している。

なんだか胸がざわつく。

まあ、水を差すのもなんだし、今は昼食の調達が先決だ。

そう思っているにも関わらず、足は自然と二人のほうへ向こうとしている。

二人の会話に入りたいわけではない。

二人の間に入りたい。

自然とそんなことを考えていた。

……何考えてんだ、俺。

楽しそうなんだから、放っておけばいい。

何を話しているのか気になるなら、このあとの部活のときにでも聞けばいい。

それなのに、そうしようとしない俺がいる。

……どうかしてる。

俺は、全速力で校門を後にした。

なぜかイライラしていた。

胸が苦しい。

嫌な動悸がする。

膝ががくがくと震え、視界は白くなっていく。

体は熱く、全身の汗腺から冷や汗が吹き出し、寒気がする。

どうしようもないくらいの苦しさと、行き場のない怒りを感じている。

この場にうずくまって泣き出したい。

すれ違う、名前も知らない人に、殴りかかってしまいたい。

――コンビニの前に古いタイプの不良でもいたら、ケンカになるかな……

そんな馬鹿げたことを思いながら、ただひたすらに走った。

 

「お、おお、早かったな、秋彦」

息を切らして教室に飛び込むと、賢人が驚いたように言った。

全速力で走ったのだから当然だ。

「まあな」

「なんだよ、機嫌悪いな」

「そんなことないって」

幸いにも古いタイプの不良には出くわさず、無事に昼食を買った。

小銭をレジのカウンターに叩きつけたときには当然店員は驚いた様子だったが、俺が不機嫌なのを悟ったのか、何事もなく対応していた。

コンビニの接客マニュアルには、『不機嫌な客の対応』なる項でも存在しているのだろうか。

「何があったのかは聞かないほうがいいか?」

「何もないって」

事実だった。

本当に、特別なことは何もないのだ。

部活の先輩と後輩が話す、なんて、自然極まりない。

それなのに、優子と徹先輩が話しているのを見かけてから、なぜか無性に腹が立つ。

それと背中合わせのように、苦しさが付きまとっている。

自分のことなのに、ぜんぜんわからない。

俺は、むっつりと押し黙ったまま、昼食を摂った。

賢人は気を遣ったのか、話しかけてこなかった。

 

今日の部活は、打つ練習だった。

沙耶先輩が、竹刀の両端を持って頭上に一文字に構え、それを面の要領で打つ。

「力を入れすぎないで。上体を楽にして、素早く竹刀を振り下ろすの」

「叩くんじゃなくて、相手を打つイメージよ」

「竹刀が当たるポイントを意識して。どこに当てるか、コントロールするの」

一本打つごとに、沙耶先輩がアドバイスをくれる。

しかし、せっかくアドバイスをもらっても、そのほとんどは右から左に抜けていってしまう。

どうしても、隣でやっている優子と徹先輩が気になるのだ。

会話内容は、俺と沙耶先輩の会話と大差ない。

同じ練習をしているのだから当然だ。

だが、優子はとても楽しそうに返事をしているように思える。

「……だから何だってんだ?」

「え?何?」

「あ、いえ、独り言です」

「ふふ、練習中に自分の世界にトリップするなんて、アッキーはホント想像力、っていうか妄想力が豊かなんだから」

隣から優子が口を挟む。

「うるさいな。いちいち耳をそばだててないで練習しろよ」

「だ、誰がそばだててるのよっ」

竹刀を振り回し始めた。

「うわ、ちょっと、あぶっ、危ないって」

ちょっとした冗談なのに、何を慌ててるんだ?

「はは、優子ちゃん、江藤君をいじめるのはそれくらいにしてあげなよ。ほら、打つのはこっち」

徹先輩はそう言って、竹刀を頭上に構えた。

……『優子ちゃん』?

昨日のピンポン球の練習のときは、『森田さん』だったはずだ。

たった一日で、そんなに仲良くなったのだろうか。

胸がざわつき始めた。

昼休みに感じたものよりも強烈な、どす黒い感情が渦巻く。

なぜか徹先輩が憎い。

今、徹先輩の顔を見たら、きっと手にした竹刀で殴りかかってしまう。

それほどまでに膨れ上がった衝動を抑えようと、俺は自分の足元を睨みつけた。

「……くん、江藤君」

沙耶先輩の声に、はっと我に返った。

「大丈夫?具合悪い?」

「え?あ、はあ……」

肯定とも否定ともつかない返事をする。

どうやらかなりひどい顔をしていたらしい。

「大丈夫か?保健室、行くか?」

「っ……!」

背後からかけられた徹先輩の声に、体がびくっと震えた。

「あ、いえ、少し体調が悪いだけですから。……すいません、今日は早退させてください」

徹先輩の顔を見ないようにそう言うと、俺は竹刀を捨て、返事も聞かずに走り出した。

「あ、おいっ」

「ちょっとっ」

「ど、どうしたのよっ」

3人の戸惑ったような声が聞こえてきたが、無視して走り続けた。

 

「くそっ」

ぼすんっ

部屋に入り、クッションを思いっきり殴りつける。

「は、はは……」

ちっとも痛くなくて、思わず笑ってしまった。

そのまま脱力したようにベッドに倒れ込む。

「何なんだよ……」

自分の心が全くわからない。

いつも通りに行動できない自分が歯痒い。

何かが変わったはずなのに、何が変わったのかわからなくてイライラする。

自分の中の、嫌な感情に振り回されるのが不快だ。

「…………」

目を閉じる。

浮かんでくるのは、優子の顔……

笑ったり、怒ったり、照れたり、忙しいヤツだ。

幼い頃からずっと見てきて、今なお毎日見る顔。

親の顔より、自分の顔より、頻繁に見る顔。

なのに見飽きることのない、不思議な顔。

その顔が、ふと寂しそうな笑みに変わり、隣に現れた徹先輩の手を取って……

「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」

理由のない激しい憤怒と、それをすっかり呑み込んでしまうような絶望感に、思わず絶叫し、がばっと体を起こす。

辺りは真っ暗だった。

どうやら眠ってしまったらしい。

こんこんっ

窓が叩かれた。

優子が向かいの窓から身を乗り出している。

「大丈夫?なんかすごい叫び声が聞こえたけど」

窓を開けるなり、そんなことを言われた。

「別に、なんでもない。……何か用?」

正直言って、あまり話したい気分ではない。

イライラが、今にも溢れてしまいそうだ。

できれば一人にしてほしいんだけどな……

「うーん、用っていうか……部活のとき、どうしたの?」

「別に」

「……アッキー、機嫌悪い?」

「別に」

「アッキー、さっきから、別に、しか言ってないよ?」

普段通りの俺なら、さらりと流せるところだっただろう。が……

「ほっとけよっ!何なんだよ、お前っ!」

必死に抑えつけていた激情が破裂した。

「保護者ヅラしやがって!一人になりたいっつってんだよっ、わかんねえのかよっ!」

優子はただ心配してくれただけなのに。

「いつもいつも、お節介なんだよっ!いい加減にしろっ!」

言うつもりがないどころか、考えてもいなかったことが口からポンポン飛び出す。

「迷惑なんだよっ!俺に構うなっ!」

「……何よ」

優子の顔が、だんだん怒りに赤くなっていく。

「少し気になっただけじゃないっ!一人になりたいならはっきりそう言いなさいよっ!私だって好きでアンタに構ってるわけじゃないんだからっ!一人じゃ何もできないくせにっ!アンタのこと心配なんかぜんぜんしてないんだからねっ!」

「心配してないんだったら気にかけるなっ!」

「うるさいっ!アンタのことなんてミジンコほどにも思ってないわよっ!バカッ!!」

ピシャッ!!

勢いよく窓が閉められ、カーテンが引かれる。

「……はぁ……」

優子の姿がカーテンの向こうに見えなくなると、冷静な思考が戻ってきた。

と同時に襲ってくる、激しい自己嫌悪と後悔。

「八つ当たり、しちゃったな……ごめん……」

聞こえるはずもないのに、一人呟く。

のろのろと窓を閉め、カーテンを引いた。

大した長さは生きていないが、確実に人生でワースト3には入るであろう、陰鬱な夜だった。


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