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第二話 変わらない日常と変わる気持ち

チュン、チュン……

朝。

鳥の鳴き声が聞こえる。

シャッ

カーテンが開けられたようだ。

瞼の向こうに、眩しい光を感じる。

「ほーら、もう起きなさいっ!いい加減遅刻するわよ」

「んむぅ……」

眠い。

というかなんだか体が重いような……

昨日、何かしたっけ?

目を開くと、すでに制服を着た優子が立っていた。

「おはよう。目が覚めた?もうご飯食べてる時間ないから、さっさと着替えなさいよ」

言われて時計を見ると、針はあらぬ時刻を指し示していた。

「うげっ!こんな時間かよっ」

「はいはい、玄関で待ってるから、早くねー」

優子が部屋を出て行ってから、ベッドを出ようとしたとき。

「うっ!?」

鈍い痛みが襲ってきた。

「あだだだだ……」

もうどこが痛いのかすらわからない。

ベッドから出るだけで一苦労だ。

「あ」

思い出した。

昨日、賢人に剣道部に引っ張っていかれたんだった。

……ってことは、筋肉痛か、これ…………?

「原因がわかっても、痛みは引かないよなぁ……」

当たり前のことを口にしつつ、のろのろと着替えた。

 

「お、おまたせ……」

「遅いっ!遅刻するわ……よ…………って、どうかしたの?」

のろのろと体を引きずるように現れた俺を見て、優子が驚いている。

そういえば、こいつも同じ練習をしたはずだよな……?

「お、お前は何ともないのか……?」

「何とも、って……何?」

「筋肉痛」

「あぁ。アンタ、運動不足なんじゃない?」

「違うって。今まで使ったことのない筋肉使ったせいだって」

「まあ、とにかく早く行きましょ。その調子じゃ、ホントに遅刻しちゃうかもね」

「うはぁ……」

俺たちは、軋む体に鞭打って、のろのろと歩き出した。

「それにしても、なんでお前は平気なんだ?」

同じ練習をしたのに、優子はケロッとしている。

「うん?さぁ……なんでだろ?」

「実は怪しいヨガでもやってるとか?」

「んなのやってないわよ。いつもみたいにストレッチと柔軟を……」

「えっ?いつもそんなのやってるのか?」

意外な習慣だった。

「う、うん、まあね……昨日はお風呂で、腕とかよく揉み解したし……」

お風呂で……。

い、いかん、イケナイ妄想が……

……って、優子相手に何考えてるんだ、俺は。

小さい頃は一緒にお風呂も入ってたというのに。

「……?どうしたの?急に黙り込んで……」

「い、いや……」

「あっ、わかった。お風呂のこと聞いて、想像しちゃったんだー?アッキーのえっちー」

「ちっ、違うって」

どうせ想像するなら、もっと胸元にボリュームのある人のほうが……

「……アッキー、なんか今、ものすごく失礼なこと考えてない?」

「うっ」

「悪かったわねっ、胸がなくてっ!」

「いっ、いやっ、ナイなんてちっとも思ってないから!ちょっと太めの男子・山下君より小さそうなんて、これぽっちもっ!」

しまった、自爆だ!

「思ってるんじゃない!バカーーーーっ!!」

「わわーーーーっ!?」

結局、悲鳴を上げる体に鞭打って、教室まで走ることになった。

 

「あ、あれ……?俺は一体……!?」

気付いたら昼休みになっていた。

「……何寝ぼけてんだ?1時間目からずっと寝通しだったじゃないか。……まだ授業初日だというのに」

前の席の賢人が呆れたように言う。

「そうだっけ?」

まるで記憶がない。

教室を見渡して優子を探すと、女子数人と一緒に昼食を摂っていた。

ちらりと目が合うと、朝のことをまだ怒っているのか、すんごく睨まれた。

「……ん?」

すぐさま優子から目を逸らすと、逸らした先、窓の外に、キツネがいた。

じっとこっちを見ていたようだが、目が合うとすぐに綺麗な銀色の毛並みを翻して飛び降りた。

「どうした?」

「いや、今、窓の外に銀色のキツネが」

「……はぁ?」

賢人は訝しげな表情をした。

「お前、まだ寝てんじゃないか?ここ、4階だぞ?キツネなんかいるわけないだろ。しかも銀色って何だよ」

「……それもそっか」

どことなくいてもおかしくないような不思議な雰囲気を持っていたのだが、説明するのも面倒で、適当に相槌を打っておいた。

「んじゃ、頭もすっきりしたことだし、購買でなんか買ってくるよ」

「それじゃ、俺ヤキソバパンな」

「自分で行けよっ!」

「なはは、冗談だ。しかしだな、現実はときに冗談よりも残酷なものなのだよ……」

突然芝居がかり始めた。

「何言ってんだか」

「本当のことだぞ。おそらく、この時間ではもう、何も残ってはいないだろう」

「んな大げさな」

まだ昼休み始まって10分くらいだぞ。

「ふふふ、帰ってきてからもそのセリフが言えるといいな。あそこは昼は戦場なんだ」

「あーはいはい」

これ以上こいつに付き合ってたら、本当に売り切れになってしまうかもしれない。

賢人を適当にあしらって、購買へ向かうことにした。

…………およそ3分後、俺は、賢人の言葉が嘘でなかったことを知った。

――現実はときに冗談よりも残酷なものなのだよ。

本当にその通りでした、賢人先生。

そんなわけで、本日の昼食は紙パックの牛乳だけでしたとさ。とほほ。

 

午後の授業が終わり、放課後。

なし崩し的にとはいえ、入部してしまった剣道部へ。

昨日と同じ、ピンポン球を打つ練習……

カンッ

「あっ」

初めて竹刀の芯で捕らえた。

「やるじゃない。偶然だろうけど」

横から優子が言う。

態度がいつもと変わらないところを見ると、朝のことは忘れてくれたようだ。

「ふっふっふ、負け惜しみか?」

「冗談。私は昨日何回も成功させてるんだから」

「そーかそーか、今日は調子が悪いだけだよな」

優子はさっきから失敗してばかりだった。

「う、うるさいわねっ!……昨日の疲れがまだ残ってるみたいなの」

「ん、そうなのか?少し休む?」

今日の指導担当の徹先輩が言う。

「甘やかしちゃダメですよ、先輩。上達しないからって言い訳してるだけですから」

「ちっ、違うわよっ!本当にそうなんだってばっ!……っていうかアンタ、筋肉痛はどうしたのよ?」

「む……そういえば」

いつの間にか、すっかりなくなっている。

それどころか、昨日よりも動きやすいようにさえ感じる。

「午前中ずっと寝てたのがよかったのかな」

「ふぅ、先生たち呆れてたわよ?初日だっていうのにいきなり爆睡なんだもん」

「起こしてくれればよかったのに」

「あのねえ、先生たちに何回起こされたと思って……」

優子が言いかけたときだった。

「メーーーーンッ!!」

パパァンッ!

防具を打つ竹刀の小気味よい音と男女の声が、二つずつ重なり合って剣道場全体に響き渡った。

しーんと静まり返る。

二人の剣士がお互いを打った勢いで背を向け合っていた。

一人は男子部部長の久木田先輩、もう一人は……

「すごい……」

優子がつぶやく。

俺は背を向けていたので見えなかったが、優子には見えていたようだ。

練習を再開したのか、剣道場のあちこちから竹刀の音が響き始めた。

「そんなにすごかったのか?」

「うんっ、一瞬の隙を突いた久木田さんの攻撃もすごかったけど、それよりあっちの女の人がすごかった!」

「ああ、亜希さんはすげー強いからな」

「ええっ!?亜希さんなんですか!?」

その人がこちらを振り返ると、腰には『宇佐美』と書かれていた。

「あっ……」

「本当……」

その後の練習中の優子は、亜希さんに触発されたせいか、いっそう気合が入っていた。

 

「つ、疲れた……」

「俺の美人姉貴の勇姿が見られたんだからいいだろ?」

「……なんか昨日も似たようなセリフを聞いた気がするんだけど、私の気のせいかしら?」

「おお、珍しく意見があったな、優子」

賢人のシスコンは筋金入りのようだ。

「ほんじゃ、俺、こっちだから」

「おう、じゃあな」

「お疲れー」

途中の三叉路で賢人と別れた。

「それにしても、亜希さんかっこよかったよな。俺は終わったところしか見てないけど」

「うん、ホント惚れ惚れしちゃったよ。あれは絶対見なきゃ損だって。アッキーは残念だったね」

残念だったね、と言いつつ、優子の声は弾んでいた。

「うわー、なんかそういう言い方されるとすんごい損した気分になる」

「あはは、なれなれ〜」

優子は、本当に楽しそうに笑った。

そんな風に笑う優子を、不覚にも可愛いなんて思ってしまったりして。

邪気のない笑顔につられて、俺も笑った。

そんな俺を見て、優子がまた笑って。

優子が笑うのを見て、俺がまた笑って。

おかしいことなんて何もないのに、なぜか笑いは止まらなくて。

楽しいことなんて何もしていないはずなのに、とても楽しくて。

家の前で優子と別れるまで、ずっと二人で笑い合っていた。

 

部屋に入ると、着替えもせずにベッドに倒れこんだ。

さっきまではあんなに楽しい気分だったのに。

今は、なぜかとても寂しい。

目を閉じると、すぐに優子の笑顔が浮かんできた。

そうすると、不思議な感情が胸の中を満たす。

心地よくて、苦しい。

心が躍るようで、切ない。

そんな相反する感情が混ざり合ったような気持ち。

しかし、それは一瞬のことで、その不思議な気持ちの正体を掴もうとしたときにはすでに消えていた。

「ふう」

少し大げさに息をつく。

開けっ放しのカーテンから窓の外を見ると、向かいの部屋のカーテン越しに光が漏れていた。

窓を開け、窓をノック。

こんこんっ

…………。

……………………。

無反応だった。

もう一度。

こんこんっ

すると、カーテンと窓が開けられ、部屋の主が顔を出した。

いつもの部屋着に着替えていた。

「少しはタイミングを考えなさいよね。びっくりするでしょ」

「ん、タイミング悪かったか?」

「悪かったか?じゃないわよ。帰ってきてすぐなんだから、着替えてるに決まってるでしょ」

「ああ、そっか。悪い」

「まあ、別にいいけど。それで、どうしたの?」

「ん?」

「何か用事があるんじゃないの?」

「いや、別にないけど」

「あ、あのねえ……」

優子がため息をつく。

「用がなきゃ呼んじゃいけないのか?」

「いけないってことはないけどさ、私たち、さっきまで話してたでしょうが」

そういえばそうだった。

でも、部屋の明かりが点いていて、優子の顔を思い出したら、体が勝手に動いていた。

……なんだか恥ずかしくなってきた。

「ん、いきなり呼び出して悪かった。じゃあ、風邪引くなよ」

「あ、ちょっと……」

そのまま窓を閉め、カーテンを引く。

「もう、何なのよ……」

そんな声が聞こえ、ガラス越しに、窓とカーテンが閉められる音がした。

なんか今日の俺はよくわからない。

特別変わったことなんて起こってないのに、感じ方が違うというか。

とにかく、今日はもう寝てしまおう……

翌朝、シャワーを浴びる時間を取るために目覚ましを早め時間にセットし、部屋の明かりを消して瞼を閉じた。


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