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短編・白

奏でる旋律、それは希望

作者: 早坂智也

数年前に書いた短編です。何に影響されていたのか丸わかりですね。

 かつて旧世紀で使われていた紀年法と言う概念で例えれば、

現在西暦3500年前後にあたる。

年数があやふやなのはこの時代に置いて、

正確に年数を数えている人間がいないからである。

これにはいくつか致命的な原因がある。

一つ、世界は着実なる荒廃の一途を辿っており、

あるタイミングで文明が消滅しかけた。

一つ、今日一日を無事生き残る事で精一杯。


 緩やかな滅びは文明の風化を促していく。

世界荒廃の直接的な原因は不明とされているが、

名だたる宗教家や妖しき預言者達は口を揃えてこう答えた。


―― 人類という種に対する罰である ――


 あまりに論外である為、

多くの人達は一笑にふし精々夕餉の話題にごく稀に上がる程度だった。

だが立証された原因が不明である以上、食事時の話題が相場なのだろう。

それこそ実は神話で語られるように神の怒りに触れ、

ソドムとゴモラよろしく、天空の城よろしく、

あるいは滅びの堕天使が舞い降り地上を破壊しつくしたのかもしれない。

あくまでも可能性の話である。


 人類は文明が消滅しかけてもしぶとく種を保っていた。

地上で生活を営んでいる人間の数と言えば、全盛期の100分の1まで減少、

年々減少している点から

種の滅亡の危機に直面しているのは言うまでも無い。

国家という枠組みはすでに無く、人類は少数グループ”シティ”を組織し、

お互いを助け合いながら生き長らえていた。

この時代の人間達の仕事と言えば、

環境に耐え抜いた遺伝子的に強い農作物の生育、

エネルギー生産工場の管理、

あとは土砂と地殻変動で埋没した過去の遺物の発掘作業だった。


*************


 人類の大半は北半球にいる。

南半球はとても生物が住める状態になく、

赤道を境に大きく環境が変化してしまっている。

汚染なのか、大地・大気の組成が変わったのか。

この時代の人間には知る術は無かった。

北半球は一年の2/3もの期間雪に覆われる極寒の地、

一面銀世界と言えば聞こえは良いが、

その低温のせいで作物は育たず常に食糧不足という大問題が付きまとっている。

南半球より幾分かマシであるが、五十歩百歩だという論者もいるらしい。


 北半球の内陸部、ここは約500人にも満たない小さなシティ”プロキオン”。

内陸部のシティは食料生産業とエネルギー管理業が主だが

いくつかは発掘を生業としている。

シティは他にも旅団メテオと呼ばれる行商旅団を組織している。

旅団メテオは、各シティ毎に組織され、

情報交換や品物の交換を主目的に各地を転々としている。

基本的に10人から20人前後の一団である。

旅団メテオはどこのシティでも人気があり、

彼等の来訪はシティに新しい風と刺激を与えてくれる存在だった。


 ここ”プロキオン”は食料生産業と平行して発掘業を行っているシティである。

発掘業は言わば人類の文明を救出する仕事、

この時代に置いては二の次ではあるが無視するわけにはいかないとのことで、

片手に収まる程度のシティで細々と行われていた。

ちなみに発掘現場はシティから数キロ離れた場所にあり、

地面は穴だらけ山も横穴だらけとなっている。


 そんな中、現在発掘作業中の洞窟の中で、

砂埃にまみれた中年の男が深いため息を一つ入れる。

隣で同じような格好をした若い男が、中年の男の言葉に同調し難しい顔をしていた。


「ここら一帯はもう何もでねえなぁ。

 ガラクタ一つ出てきやしねぇ。」

「そうですねぇ……数日このままのようなら、

 今度は南側に手を出してみましょうか。」

「そうさなぁ、他の連中とも相談してみねぇと何ともだがよ、

 南はいいかもしれねぇな。」

「もう30日もしたら寒さが厳しくなりますからね、ゆっくりもしてられませんよ。

 俺からも報告しときます。」

「……たのまぁ。」


 中年の男が腰を落として、懐に入れていた一枚の葉っぱを取り出す。

それを器用にくるくると巻き口に含み、すーすーと息を吸った。

旧世紀の頃、煙草と言われていた嗜好品の一種である。

彼等は煙草とは言わず”タブ”と称している。

中年層以降で一定の人気があり、

在庫数によっては臨時の争奪戦が発生するまでになっていた。


「なんですかそれ?」

「これか?

 なんつったけな。薬草じゃなくて…タブだったかな?」

「タブですか。

 そういやこの前、”フォーマルハウトシティ”の

 旅団メテオが来ていましたけど、

 そこで手に入れたんですね。」

「こうやってよ細長く巻いてな、

 息を吸い込むとすーっとして気持ちいいんだってよ。

 まあ、ものは試しともらってきたが、何とも言えねぇなコレ。」

「知りませんよ、そういったモノを見つかって怒られても。

 奥さん、確かそういう嗜好品はお嫌いじゃありませんでしたっけ?」


 中年の男は黙ってろよ、と視線だけ飛ばすと

ゆらりと立ち上がり立て掛けていた少しくたびれているピッケルを持った。

若い男もその様子を見て壁を掘り始めた。

彼等は発掘作業を主とするこの時代では珍しい遺物発掘作業に従事している人間である。

しばらく二人は無言で壁を掘り続けた。

もう何年も同じ事を繰り返している。


ガキンッ!!!


 中年の男が掘り進めていた箇所で、

ピッケルと硬い何かが激突する音がこだました。

かなり大きい音だったようで、

発掘場にいた他の作業員達もワラワラと集まりだしていた。


「っつ~っ!! 

 イッテェな、おい。

 なんだこの手応えは。

 思い切り叩いたお陰で腕が痺れちまったぜ……ったく。」

「ちょっと見せてください。」


 若い男が中年の掘り進めていた箇所を見ると、

壁から今まで一度も見たことがない不思議な立方体状の黒い箱があった。

材質は不明、ただピッケルよりも固いことだけは確かである。

物体の形状や雰囲気から、過去の遺物の一つであることは明白だったが、

若い男は今までに感じたことがない妙な高揚感に駆られていた。


「…なんですかねこの物体は。

 過去の遺物の一つだとは思いますけど、

 こうなんというか、不思議な感じがしませんか?」

「そうかぁ?

 俺にはただの黒い箱にしか見えんね。

 そいつがどんなものなのかは持ち帰ってからゆっくりと調べたらどうだ?

 こういうのは得意だろ。」

「了解しました。

 取り急ぎ、この物体の搬出を手配しましょう。」


 発掘現場は久しぶりに見つかった過去の遺物に色めき立っていた。

ここ数十日、まともな過去の遺物は見つかっておらず

諦めを含んだ閉塞感に包まれていたからである。

例えそれがどんな不明物であろうと、

彼らにとって物体の内容などどうでもよかったのだった。

ただ一人を除いてだが。


 若い男は物体を持ち出すと、発掘作業を取り仕切る

”プロキオン”の上層部の部屋に飛び込んで、

これは役に立たない無用の長物では無く、

世界を変革させる可能性を秘めた物体だと熱弁を奮っていた。


「取り敢えず事情は分ったが、お前コイツを調べてどうするつもりだ?

 他の遺物と違って使用目的が分らん以上、

 我々にとってはただのゴミなのだぞ。」

「分っていますよ、もちろんそんなことは。

 俺の第六感が囁くんです、これは必ず人類にとって重要なものになると!」

「第六感が囁くか、目利きのお前らしいが……。

 まあなんだ、お前の仕事ぶりは評価しているし、無下に却下するつもりはない。

 仕事に支障をきたさないのであれば好きにしろ。」

「ほんとうですか!」

「ああ、ただ何か分ったら必ず報告しろよ。」


*************


 翌日、若い男は発掘されたばかりの物体と睨めっこをしていた。

否、どんなものか検証をしていた。

彼の一存で自宅に持ち帰り検証させてくれと上司に談判した以上、

成果を出さなければと意気込んでいた。

若い男は現場でも遺物鑑定の目利きであるが、

さしもの若い男もその物体が何なのか

一晩程度では解明など出来るわけも無かった。


「ここにちっさな穴はあるけど、指は入らないしな……。」


 小さな穴は見つかったが、それだけだった。

指が入るほどの大きさではなく、指よりも二回りほど穴は小さかった。

もちろんぱっと判るようなら何の苦労もしないのだが、

触ってみても操作するような突起物類はなく、

見事な正四角形である事だけが判った。


「……何なんだろう。」


 若い男は目の下にクマを作りながら、

足下を少々フラつかせながら、

近くで心配そうに眺める妹の視線を袖にしていた。


「兄さん、もう寝なよ。

 昨日から一睡もしてないんでしょ?」

「大丈夫だって。

 たかが1日くらい寝なくても死なない…よ。

 何としても…こいつ…の、正体を…暴いて…やる。」

「ちょっと! フラフラしてるよ!?

 そんなんで大丈夫?」

「だいじょうぶ問題…ない…。」


 豪快に倒れる若い男。思わず手でこめかみを押さえる妹。

窓の外から降り注ぐ太陽の光がやけに眩しく見えていたことだろう。

昼間は現場で発掘作業をし、

自宅に帰ってから向こう6時間、一睡もせずに検証作業をすれば当然の結果だ。


「あ~もぅ!!」

「Zzzzzz……。」


 妹はぶつくさ何か言いながらも、

優しく倒れ伏した若い男を引き摺って彼の部屋に向かった。

こうなってくると妹、と言うよりは母親か姉と言っても差し支えのない状況だ。

余程疲れていたのだろう、若い男の部屋に向かう途中、

何度かモノぶつかったのだが起きなかった。

その時だった。男のジャケットのポケットから何かが地面に落ちた。

地面に落ちた瞬間、金属音を響かせる。

妹は気づきそれを慌てて拾い上げる。


「何コレ?

 スプーンでもないし極小のピッケル?でもないし。」


 妹はその金属物を若い男のジャケットに入れ直したのだった。


*************


「寝過ごしたっ!」

「あ、起きた。」


 若い男は慌てた様子でベッドから跳ね起き、寝ぼけ眼のまま周囲を見渡した。

近くで妹も目を擦りながら椅子に座っている。

頭がふらふら動いている様子、さっきまでウトウトしていたようだ。

しばらく状況を脳内で必死に整理した後、若い男は今置かれている状況を理解した。


「あの後、ぶっ倒れたのか。」

「うん、豪快にね。バタンって。

 ここまで運ぶの大変だったんだからね、感謝してよね兄さん。」

「あ、ああ、ありがとう。」


 実を言うと若い男は妹に対して若干の苦手意識を持っていた。

理由は至極簡単だ。妹のクセして母親みたいに自分に対して接するからだ。

自宅内でならまだしも、外に行っても態度が変わらないのだから、

たまたまその様子を仲間達に目撃された事もあり、たまに職場で冷やかされていた。

彼女が母のように接するのにはワケがある。

それは死別した両親との約束だったからだ。


「そういや兄さんのジャケットに変なのが入っていたよ。

 移動するときに落ちたから入れ直しといたけど、それってなんなの?」

「ジャケットにはいっている?

 なんだそれ?」


 若い男は妹に言われるがまま、ジャケットのポケットを探った。

すると今まで見た事もない金属物が入っているではないか。

若い男もいつ混入したのか記憶になく頭を捻っていた。


「うーん……本当に変な形だな。

 形状から過去の遺物の一つだろうが…うーん。」

「動物の骨みたいにも見えるね。

 ここがアバラで、この先っぽみたいなところが尻尾。」


 いつの間にか若い男の近くまで寄ってきていた妹が口を出した。

確かに言われる通り、動物の骨の形に見えなくもない。

だが、金属物でこういった形を作る意味が分からないと若い男は悩んでいた。

若い男は寝癖でぼさぼさになった頭のまま、

自室から出ると正体不明の物体へ向かったのだった。


「謎の小さい金属物、謎の四角形の物体。

 これは符号?」


 若い男は謎の物体の小さな穴の所を眺めていた。

この点だけ違和感があるからだ。

あの後、穴に入りそうなモノをいくつか入れてみたが、何の反応も無かった。

若い男はジャケットのポケットから出てきたという小さな金属物を試してみることにした。

大きさで見れば合致するようにも思えた。

途端、心臓の鼓動が激しくなった。

言い知れぬ期待感が若い男を襲う。

思わず口がほころんできた。

妹も後を追ってきていたようで、

若い男が謎の物体に小さな金属物を入れる瞬間に間に合った。


「ぴったりだ。」


 若い男が小さな金属物を謎の物体の穴に差し込んだ瞬間、

聞いたこともない音が鳴り始めた。

低周波で奏でられるその音に兄妹は思わず耳を塞いだ。

低周波の音はしばらく鳴り続けた後、落ち着きを取り戻した。


「な、なんだったんだ、今の。」

「お腹に響く音って感じだったね。

 あ、兄さん見て!

 あの箱みたいなの開いてるよ!」


 妹に言われるがまま、若い男は謎の物体の方を見やった。

するとどうだろう、先程までと形状が変わった謎の物体がそこにはあった。

光で出来た板に何やら文字が書かれているのが判った。

旧世紀の文字だと言うことは分るが、無論二人が読めるわけもない。

そして光の板には一人の少女の姿が映し出される。

見たこともない豪華絢爛なる派手な姿格好に、

腰近くまである長い黒髪が印象的な少女だった。

二人には”彼女”が人間なのかそうでないのかの違いは判らなかった。


「……これは……文字か。

 これって間違いなく旧世紀の文字だよな。」

「たぶんね……この子何者だったんだろう。

 黒色の髪に不思議な服装……あと何だろ手に持ってるコレ、筒みたいな?」

「くっそー、この文字は俺には読めないな。

 この光る板、手で触れると触れた内容が別の光の板に反応するみたいだな。」

「この矢印みたいなのを触ると、光の板の中身が判るみたいだよ。

 ほらほら、もの凄い早さで動いてる!

 面白~いっ!」

「こ、こら!

 オモチャじゃないっての。

 下手に触って爆発とかしたらどうすんだよ!」

「大丈夫だって、そんな危険なものって感じはしないよ。」


 はっきりと言い切る妹に対して、

若い男も口には出さないが同じ事思っていた。

直感で何となくそうじゃないかなと思う

というレベルではあるが危険な感じはしない。


「…とにかく動き出した以上、止めないとな。」


 若い男は”それ”らしい箇所を触ってみた。

すると謎の物体から生まれて今までに一度も聞いたことのない

”歌声”と”音”が鳴った。

若い男と妹は思わず謎の物体から流れてくる旋律に耳を傾けた。

その音は不思議な音色、

その歌声は人為らざるモノの声、

2つが合わさった奇跡を感じた。

謎の物体はしばらくの間、

高い音、低い音、中間の音を決められた順番で鳴った。


「この声ってこの子の”声”なんだよ兄さん。

 光の板でこの子が動いているよ、声に合わせて口も動いてる。」

「本当だ……この音って初めて聞いたのになんというか、

 心を揺り動かされた感じがした。

 活力が湧いてくると言うか、

 小さな悩みなんてどっか言ってしまうというか。」

「うん、凄い。

 前に旅団メテオの人がこれに似たような事をやっていたけど、

 アレとは全然違うよ。

 この子の一言、いいえ一音というのかな、不思議な力があるみたい。」

「……そうだな。」


 若い男はふと思う。


「そういやこの子の名前、なんて言うんだろうな。

 旧世紀ではそれなりに有名だったんだろうね。

 言っている言葉が判れば早いんだけど旧世紀の言葉だしなぁ。」


 光る板には旧世紀の文字で”電子の歌姫”と書かれていた。

西暦2000年代初期にとある海洋国家で生まれた歌姫をベースに、

様々な思惑や可能性を宿した人々が渇望した偶像アイドル

彼女のはそんな数多ある歌姫のうちの一人だったのだろう。

彼女達は人が望む詩を歌い、絶望の淵から希望を見いだす調べを紡ぐ存在。

だがこの時代の人間達が旧世紀の文字を読む術があるわけもなく、

彼女の名前を知ることはないだろう。

二人はしばらくの間、謎の物体から流れる様々な”音”に身を委ねたのだった。


「世界はきっと良い方向に変わる。

 こいつを聞いていたらそんな気がするんだ。」


終わり

ディストピアな世界を書こうとしましたが、

管理された社会ではなく、牧歌的な世界になってしまいました。


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