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「う~~ん」
目を開けた先に見えたのは、無骨な天井だった。
コンクリートが剥き出して、装飾なんて一切無い。
そう言えば、頭の下の感覚も硬い。これじゃ、絶対に寝違えてしまうぐらいに硬い。
何とか意識が覚醒して、凝り固まった体をほぐしながら起きあがって、辺りを確認していく。
「え~と、ここは牢獄ですね。きゃ、羽津香はこんな閉塞的なシュチエーションは好きなのですよ。ここは一つポーズを決めて写真撮影ですか?」
「全く、キミは壁に頭をぶつけたせいでついに精神崩壊を起こしたのか?」
鉄格子に向かってポーズを決めていたら、羽津香がこの世界で一番嫌っている、嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な、この国王様が現れてきた。
全く、そんな無駄に気配を消して現れるなんて、羽津香のえくぼが可愛いキュートな寝顔でも盗撮するつもりだったに違いない。
この変態がっ。
「何言っているのですか、七美。壁に頭ぶつけたぐらいで壊れているのなら、七美の従者なんて勤まるわけ無いじゃないですか。この暴力国王様」
「ボクは、基本的に誠実で清楚可憐な王様として、国内外での人気はとても高いんだけどな。それにボクに蹴られるのは、キミの普段の行いが悪いせいじゃないか」
「だって、羽津香は七美のことが大嫌いなんですもん、そこは仕方ないことなのですよ。それで、何で羽津香はこんな所に閉じこめられているのですか?」
七美があきれ果てて、“こいつ、もう救いようがないな”って感じの目でこっちを蔑んでいる。
「そうだったよ。忘れていたよ。キミは頭をぶつける前から、馬鹿だったって事をね。思い出してみて、今日のキミの行いを。牢屋にぶち込まれて当然だろう」
「今日の羽津香の行い………え~と、人助けですね」
にっこり、笑顔百点満点で答えた瞬間、七美の蹴りが鉄格子に炸裂。
あまりに強く蹴るから鉄格子が曲がってしまっている。
それにその脚は早く下ろした方が良いよ。
見ても全然嬉しくない、七美のスカートの中身がこっちに丸見え状態なんだからね。
「何寝ぼけたこと言っているのだよ、この犯罪者。キミが助けたのは、人間じゃなくて、サルティナだ。それにキミが戦ったのはこの国を守る騎士団だ!!」
「でも、羽津香が助けのは、大切な友達なのですよ!!」
頬ふくらませて言い返したけど、それは逆に火に油を注ぐ行為だったみたい。
七美は力任せに鉄格子を踏みつけると、馬鹿足力の国王様によって、羽津香を閉じこめていた鉄格子は見事に破壊してしまった。
「サルティナは放っておけば、この国、いや世界を滅ぼす元になってしまう」
「サルティナとか関係有りません。分かり合えば友達にも恋人にもなれます」
牢屋の中に入ってきて、躊躇なく蹴りを放ってくるけど、その蹴りを羽津香は左腕一本で受け止めた。
「キミ達は死んでもその馬鹿げた考えを変えなさそうだね」
「だって、変える必要なんて何処にもありませんからね」
七美の意志も、羽津香の意志も互いに曲がる事はない。
七美が真っ直ぐな瞳でにらみ付けてくるから、こっちだって負けじとにらみ返してやる。
そうしてお互いにいがみ合っていると七美がゆっくりと脚を下ろして、手に持っていた一枚の書類を突きつけてきた。
上の方に、大きく聖フォルッテシモ学園入学証明書って書かれているのだけど、何これ?
「騎士団相手にやり合った犯罪者が、何のお咎め無しだと、騎士団にも示しがつかない。名目上はこの牢獄に監禁って事にして、羽津香にはこの聖フォルッテシモ学園に潜入してもらう」
「何を企んでいるのですか、七美?」
懲罰が目的なら素直にこの牢獄に監禁していれば良いのに、わざわざ極秘裏に潜入捜査をさせようなんて、裏がない方がおかしな話だね。
「騎士団からの報告だと、キミは騎士団を退治した後、謎の女性に強襲され無惨に負けて、サルティナの少女を奪われてしまったのだろう」
嫌みったらしく”負けた”の部分を強調して言ってくるけど、真実だけに羽津香も言い返せない。
屈辱の言葉には歯を食いしばって耐えるしかない。
「その通りですけど、それと潜入捜査と何か関係があるのですか?」
「ボクは羽津香を負かせたその少女を見ていないから、確実なことは何も言えない。でも、彼女の放つ風はそれを通じて感じさせてもらったよ」
七美が羽津香のおへそを指さした。
そこにあるのは、エデンの黄金石だ。
このエデンの黄金石の主である七美は羽津香の下半身が感じた事をそのまま感じることが出来る。
さきの戦闘の際にも戦場に吹き荒れる風をエデンの黄金石を通じて感じていたってことだね。
全く、公務中に下半身は全く別の事を感じているなんて、七美は最悪な国王様だよ。
「あの風の主に心当たりがあるのですね」
「まあね、今年の聖徒選抜競技会を視察したときに感じた風だよ。聖徒の名前は、リティルダ・詩杏。予備動作無しに風を起こすことが出来る天才少女だよ」
なるほど。
いくら風の民とは言え、確かに全くの予備動作無しに風を起こすのは特出した才能がない限りは無理な話だから、七美の持ってきた話はアタリの可能性が高いね。
相変わらず有能で、文句のつけようが無い位だよ、全く。
「良いのですか、その話を羽津香にしまして。羽津香は、プリセマリーを、大切な友達を見つけ出したら、必ず、救い出しますよ」
「ああ、分かっているよ。でも、キミのおへそに埋まった宝石を掴んでいるのは、このボクだからね。キミがサルティナの少女を見つけ出したと判断したときは、ボクはボクで動くから問題ない。せいぜい、国務で忙しくて自由に動けないボクの脚代わりにがんばってくれ」
七美の蹴りがおへそに埋め込まれたエデンの黄金石に当たり、無骨な音が響き渡る。
七美の手の上で踊らされているのは正直言って気にくわないけど、友達を助け出さないなんて選択肢が取れるわけがない。
目の前に差し出された入学証明書を受け取り、羽津香は、牢獄を抜け出したんだよ。