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今は出会った瞬間から親友になったプリセマリーと近くのケーキ屋さんでお食事中だよ。
「それよりも、この宝石がださいとは何ですか、プリセマリー。羽津香的にはこの首輪は、エンレージリングならぬ、エンレージジュエリーなのですよ。羽津香の愛しい清風と一生を共にすると誓った証がこの宝石なのです!!」
おでこに埋め込まれた宝石を指さしながら、力説だよ。
こんな羽津香の姿はもう、フォルッテシモ神国では有名だから周りの人も温かい視線で、清風と羽津香の仲を見守ってくれているんだよ。
う~~ん、みんな応援ありがとうだよ~~~。
「清風って名前、プリセも聞いたことある。確か、二年前にエデンへとふ化してしまったサルティナがそんな名前だったはず」
「その通りですよ、プリセマリー。その清風で間違えありません。もう、世界を滅ぼすエデンになったって言っても、清風はず~と羽津香の清風だったというのに、極悪非道な七美がエデンは悪だって決めつけて封印してしまうのですよ。酷いと思いません、プリセマリー」
こういう公共の場で堂々と国王を侮辱する発言を口にしても、咎められる事がないのは主席メイドの特権だね。
七美と一緒のベットで朝まで添い寝特権を使うことがない分、七美の悪口を朝まで言っても国家反逆罪になりません権はこれでもかってぐらいに活用しているんだよ。
「アクエお姉ちゃんがサルティナを恐れない理由は、その清風って人がいたからなんだね」
「そうですよ。清風と出会う前の羽津香は、今の七美みたいにサルティナなんて全員殺してしまえば良いんですよって考えてましたから。イールシェット様が死んで、その死体を使ってサルティナになられて、そしてエデンへと孵化して清風が生まれて…………清風と出会ったから、羽津香は独りじゃなくなったのです」
「アクエお姉ちゃん、幸せそうな顔」
「それはもう、今は清風とのつながりはこの宝石しかありませんけど、清風と過ごしたあの日々は羽津香の何よりの宝物ですし、それにいつかは七美の秘密を暴いて、清風を封印から解放してみせるのです」
羽津香の顔がどんな風に見えているか知ることは出来ないけど、確信できる。
きっと今の羽津香は使命感に燃えながらも、プリセマリーの言うように満ち足りた幸せそうな顔をしているはずだ。
大切な人と再び会うために。
そんな確固たる目標があるから今を一生懸命に生きているのだから。
「アクエお姉ちゃんはうらやましいな。そんな風に大切に思える人がいるんだから」
明らかにプリセマリーの声がトーンダウンしてしまった。
はてまたどうしたものかと思っていると、なにやら周りの空気が騒がしくなってきたような気がする。
「あらあれ、なにやら騎士団の方々が羽津香の周りを囲んでいるように見えるのですが。皆さんどうされたのですか?」
辺りを見渡せば重厚な鎧を身につけた王宮騎士団員が羽津香とプリセマリーを覆うように円陣を組んでいる。
いつの間にか周りにいたはずのお客さんまでそこに避難させていて、もう如何にも準備は万端ですって状況だ。
羽津香はプリセマリーとの話にちょっとばかり集中しすぎていたのかな?
「あの、騎士団の皆さん、おつとめご苦労様です。でもでも、一体どうされたのですか?そんな今にも剣を抜いてしまいそうなぐらい張りつめた顔をしまして。羽津香は、そんな重罪を犯したつもりは全くないのですけど………」
「何を言っているのですか、あなたの後ろにいるその少女はサルティナですよ。あなたは分かっているんでしょう!」
「はい。それはもう、羽津香とプリセマリーは親友同士ですから。さすがにまだお尻のほくろの数とかは分かりませんけど、プリセマリーの出で立ちぐらいなら知ってますよ。でもでも、どうして騎士団の方々も知っているのですか?」
「それは、こんな人が多い所で堂々とサルティナだなんて話をされたら、誰にだって響き渡りますよ!!」
羽津香は人差し指を頬に当てて、しばらくシンキングタイム。
顔をメトロノームみたいに可愛らしく左右に振り続けること、6往復。
やっと状況を把握できたみたい。
「あ、そっか。そう言えば、この国ってサルティナは即死刑になる法令が出ているのでしたね。あはは、羽津香はそんな法律破ってしまえって思ってますから、すっかり忘れておりましたね」
頭の後ろを掻きながら脳天気に笑っている。
無邪気な笑顔に騎士団のみんなもつい毒気が抜かれたような顔になっちゃうけど、駄目だな、そんなんじゃ羽津香の思うつぼだよ。
「っは、った」
まずは、近くにいた若い騎士を回し蹴りで吹き飛ばすと、そのまましゃがみ込んでその後ろに控えていた騎士の懐に潜り込む。
「え?」
この騎士もまだまだ未熟者みたい。
状況が把握出来ていないで固まっているなんて命取りも良いところだよ。
羽津香の拳がそれぞれの鳩尾にのめり込んで、二人の騎士はその場に崩れ落ちていったよ。
「とりあえず、プリセマリーは羽津香の近くから離れないで下さいね。このままこの騎士さん達を倒して中央突破をはかりますから」
「良いの、アクエお姉ちゃん。サルティナのプリセを守ることって悪いことだよ。アクエお姉ちゃんにも迷惑が掛かっちゃうよ」
「何を言っているのですか。友達を守ることは全然悪いことじゃないのですよ」
羽津香は無謀にも騎士団の中へ飛び込んでいった。騎士団の数はざっと20人といった所だ。
近くにいた三人の騎士が同時に掌をこちらに向けてきた。
この世界の住民は大なり小なり風を操る能力を持っている。
気流が変わり、羽津香のさらさらの髪の毛がなびいている。
「風よ!!」
圧縮した風を空気砲として放ってきた。
騎士学校で教わったであろう戦術だった。
でも、まだまだ練り込みが足りない。
その程度の空気砲なら羽津香は素手で弾いてしまえるよ。
三人の騎士は、予想外の状況に唖然となって、それは面白いぐらいに目を見開いて羽津香が素手ではじき飛ばした空気砲を凝視している。
でも、戦うって心を決めた羽津香は優しくなんかない。
続けざま三人の騎士の顔面にパンチをのめり込ませた。
風の攻撃じゃ羽津香には勝てないって判断したのか、別の騎士が今度は腰に携帯していた刀を抜刀してきた。
でも、羽津香は振り切られた刀身を踏み台代わりに大空へ飛翔する。
太陽を背に空中で一回転。
「ッ!!」
そのままメイド服のスカートがめくれるのも気にせず一気に垂直落下キックで、騎士団 をなぎ倒していった。
これぞ、必殺の羽津香メイド蹴りだ。
今の一撃で半分は片づけたかな。
羽津香は両手で大きく円を描くと、拳の間に形成した風を一気に圧縮した。
都合の良いことに騎士団は全員、羽津香の前に控えている。
キックの着地地点は計算通りだ。
「それでは皆さん、目が覚めたら七美にお伝え下さい。この馬鹿国王!!ってね」
笑顔で主の悪態をついて、圧縮空気を一気に解放した。
我慢していた小水が一気に放出されるように、羽津香の拳にあった風は暴風となって騎士団を遙か彼方へ吹き飛ばしていく。
羽津香の勝利だ。
「それでは、この瞬間から騎士団に喧嘩を売った羽津香のお尋ね者なのですね。っと言うわけで、お尋ね者同士一緒に逃げたりしてみませんか、プリセマリー?」
向き直って、恐がりで寂しがりやなサルティナの少女に優しく手をさしのべた。
でも、プリセマリーを巡る戦いはまだ終わりを告げていなかったんだよ。