6-10
「詩杏ちゃんと天使王様を、離してよね」
イフエティーの拳が、アクトリスの顔にめり込んだ。
でも、駄目だ。
全然効果が無かったみたい。
アクトリスは、殴れたっていうのに、顔色一つ変えずに、歪みきった笑みを浮かべると、鷲づかみにしていた七美とルティルダをそのまま、イフエティーにぶつけてきた。
三人の体が重なりあって、そのまま投げ飛ばされていく。
しかも、それで終わりじゃない。
そんな三人を追従するかのように、アクトリスから風の銃弾が放たれてきた。
「っく!」
イフエティーが風を三人の回りに張り巡らして、防御壁を作り出すけど、サルティナが作り出した防御壁をエデンの風は易々とすり抜けていった。
「きゃあああああぁぁぁ」
「詩杏ちゃんぅぅぅぅ、天使王様っ!」
七美とルティルダを守るように、覆い被さったイフエティーの体にいくつもの風の球がめり込んでいく。
死体蘇生なんて言われているけど、サルティナと言えども、ちゃんと生きている。
命がある。
不死身なんかじゃない。
傷付けば、死ぬことだってもちろんある。
「ちょっと、何やっているのよ、真瀬っ! あんた、私のから、二度も死ぬなんて、そんな事、絶対に、許さないわよっ!」
「だ……大丈夫………だよ」
風に乗って、イフエティーの弱々しい声が響いてくる。
無事みたいだけど、風に乗って血特有のあの生々しい匂いが鼻孔に届いてくる。
今は何も出来ない、自分が悔しくてしょうがないよ。
みんな、こんなに頑張っているのに、ただ見守って上げることしか出来ないなんて、悔しいよ。
コツン。コツン。コツン。
「さあ、お願いしますよ、清風。羽津香に勇気を下さい」
羽津香は何度も、何度も、何度も、額に埋まっているエデンの真紅石をこづいている。
小刻みな振動が頭に響いてくる。
この振動こそ、羽津香と清風を繋げている、唯一の絆だから。
大丈夫だよ。
七美によって、封印されてしまった清風には、この一言すら伝えることすら出来ない。
でも、二人は確かに繋がっているんだよね。
………ありがとう、勇気しっかりともらったからね。
ラストスパートとばかりに、風の術を刻んでいく。
みんなを守りたいから。
ずっと、見守ってきたみんなが、あんなにも傷付いて、苦しんでいるのだから。
もう、見守っているだけは、嫌だから。
清風が、みんなを守ってみせるんだぁぁぁ!!!
「ふん。主席メイドさんは、そんなボロボロの体なのに、まだ立ち上がれるというのか?」
「ええ、だって、羽津香には、清風との大切な約束があるのです。こんな所で、立ち止まるわけにはいかないのですよ」
「エデンとの約束? それはなんだ?」
「清風に、世界を見せて上げることですっ!」
「世界? それはどういう事だ。封印されたエデンに、どうやって、世界を見せるというのだ?」
「そのための、これなんですよ」
そう言って、まるで結婚指輪を見せつけるようにして、羽津香は額に埋まっていたエデンの真紅石を指さした。
「………それはどういう意味だ? まあ、どうでも良いか。どうせ、お前が見てきた世界は、今日ここから、終わりを迎えるのだからな。新人類となったオレ様と、お前の大好きな清風がアダムとイブとなって、新人類による新世界が始まるのだからな」
そんなのは、絶対にゴメンだよ。
「さっきから、聞いていれば、何を勝手に、清風の結婚相手を名乗っているのさ!!!!!」
世界に声が響き渡った。
それは、なんとも清らかな声で、風にのって、世界中に拡がっていく。
「この声っ、誰だ?」
そう言えば、アクトリスは聞いたことが無かったんだよね。
声も聞いたことがないっているのに、よくもまあ、結婚相手だって豪語出来たもんだね。
そんなの恥ずかしくないのかな?
「この声って………そ、んな、でも………間違えない………清風なの?」
「そうだよ。アクトリスがね、七美の風の力を封じてくれたおかげで、プリセマリーだけじゃなくて、清風の封印もとけたって訳だよ」
うん。今の清風は、直接、羽津香と話が出来ているよ。
エデンの真紅石を通じて、聞いているだけじゃない。
誰もいない世界で一方的に話しかけているだけじゃない。
風にのった言葉と言葉が、お互いの鼓膜を震わせている。
この振動が、確かな繋がりなんだよね。
羽津香が見ている先で、風が渦を巻いていく。
清き風はやがて竜巻となって、空へと繋がる螺旋へと成長いていく。
さあ、やっと、清風と羽津香の世界を繋ぐ風の術が完成した。
羽津香、今から、そっちにいくから、待っていてよね。




