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清き風の物語~見守っているからね~  作者:
第六章:超人類の誕生
43/50

6-7


 吹き飛ばされる羽津香の横を通り過ぎて、イフエティーがアクトリスに肉薄。

 そのまま三人でこじ開けた防御壁の穴に向かって、風を叩きつける。


「どうしてだ………どうして、貴様らは、このオレ様の素晴らしさが分からないのだよぉぉ!」

「その、すみません。ボクは、アクトリス先生みたいに、その、頭が良くないです。だから、その、誰かを犠牲にして、得る、幸せなんて、ボクには、その、全然理解できないですよ」


 アクトリスに一発をたたき込んだイフエティーが素早く後退。

 そして、彼の行動が最初から分かっていると言わんばかりのタイミングで、連続空気弾がアクトリスに打ち込まれた。


「だ~か~ら、あたしは、前にも言ったよね。大スキなイフエティーが幸せにならない世界の何処が、素晴らしいっていうのよ? あんたの思うとおりになったら、サルティナになったイフエティーは人間のための、研究サンプルになって、全然、幸せになれないでしょが!」


 流れ落ちる滝のような連続空気弾が放たれる中、ルティルダが叫んでいる。

 そして、彼女は、想いを糧に、高らかに宣言してくれたんだ。

 羽津香や、清風が、泣いてもまだ全然足りないぐらい、嬉しいその一言を。


「あたしはね、この戦いが終わったら、イフエティーと結婚するわ!」

「……女、貴様は、正気か? その男は、人間ではなく、サルティナなのだぞ? 何を言っているんだ?」

「サルティナだろうが、あたしの大好きなイフエティーなのよ。良いでしょう、あたしが、大好きなんだもん。やっと、イフエティーの病気も治ったのよ、これで、結婚するなって方が無理な話なのよ」


 ルティルダと羽津香は似た者同士だった。

 二人とも、自分の大好きな人のために、世界の理とか一切無視して、立ち向かっていく勇気と行動力を持っている。


「す、素晴らしいです。ルティルダ。その決意、羽津香的には、感激すぎて、涙が出てきそうです。いいえ、もう泣いてしまっていますが、大感激です」


 涙で視界が滲んでいる。

 でも、そんな人間とサルティナが結婚する、歴史的第一歩を踏み出すためには、やっぱりこのエデンを取り込んだ新人類をどうにかしないといけない。

 羽津香は、目にたまっていた涙をぬぐい去って、気持ちを新たに、風の力を集めていく。


「………この国は、人間とサルティナの結婚を認める法律はないはずだけど?」

「ま~た、七美はそんな水を差すような事を言いまして。でも、大丈夫ですよ、この国は、逆に人間とサルティナの結婚を認めないという法律もまた、ありませんからね。言ったもん勝ちってやつです」

「ふん。キミは本当に、ことある事に、ボクの意見にたてついてくるな………っは!」


 七美がルティルダの攻撃の合間を縫って、アクトリスに接近して、そのまま風の力をため込んだ足で何度も蹴りつけていく。

 もう、殆ど、体力も残っていないはずなのに、無謀としか言えない行動だ。


「羽津香、このエデンは、ボク達が抑える………だから、キミが風の術を使うんだっ!」

「え? ちょっと、七美何を言っているのですか?」


 アクトリスへの攻撃を止めることなく、七美が突拍子もないことを言ってきた。

 このタイミングで言う風の術って、それは、つまり、あの風の術のことだよね。

 確かに、その戦術は盲点だった。


「キミが、エデン封印の風の術を使うのだ!」

「なっ、何を言っているのですか? あれは、王家秘伝の風の術じゃないのですか?」

「確かに、風の術自体はね。でも、さっき、アクトリスが封印の風の術を改良して、使ってみせたではないか。風の術自体は、王家秘伝でも、術を使う奏者には、王家の血は関係ないみたいだよ」


 何を考えているかと思えば、全く七美は最悪な国王様だよ。


「大丈夫だ。キミは、清風封印の時と、今のプリセマリー封印の時と、ボクの風の術を二回も見ているはずだ。それだけ、見れば、キミなら風の術を覚えていることだろう」


 ………清風とプリセマリー、羽津香の大切な人達が封印されてきく瞬間を羽津香に思い出させて、さらには、そんな悲劇の引き金となった風の術を今度は、羽津香に使えと言ってきているのだから。

 人情なんて、全く感じさせない選択だ。

 でも、確かに、この状況を打破できるとすれば、その手段しかないのかもしれない。

 今度は、喜びではなく、苦しみからこぼれ落ちそうになる涙を手で拭って、羽津香はしっかりと前を見て、そして、強がりでも良いから、運命に負けないように満面の笑みを浮かべて見せた。


「はい。分かりました。清風が帰ってきたときには、この綺麗な国をお見せしたいですし、何より、プリセマリーとの約束がありますもんね」


 バク転の要領で、アクトリスから離れていく。

 目を閉じて、風を感じれば、ここには、沢山の風が吹いてる事が分かる。

 禍々しいアクトリスの風に、凛とした七美の風、イフエティーやルティルダの風もある。

 そして、優しくも哀しみに満ちていたプリセマリーの風も、まだここには残っていた。


「………だって、これが約束なのですよね」


 羽津香は目をつぶって、小さく深呼吸してみせた。

 そして、暗闇に閉ざされたい視界に光が差し込んできて、またしても世界が見えてきた。

 不思議だ。

 そこに拡がっている世界は、これまでと一緒のはずなのに、どうしてこんなにも哀しくして、それでいて光り輝いて見えるのかな?

 羽津香は風の力をため込んで両手を拡げて風の術を起動させていく。

 両手が印を結ぶたびに、風が舞うかのように踊り風の術を形成していく。

 本当に嫌な風になってくる。

 こんな風を顔全体で浴び得てしまったら、否応なくあの日、清風が七美に封印されてしまった日のことを思い出してしまうよ。

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