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プリセマリーの口から人間が発したとは思えない程高音の悲鳴が沸き上がってきて、暴れ狂うかのように風が吹き荒れていく。
エデンが封印を拒否して、生き残るために、必死に暴れ回っていく。
プリセマリーが生みだしていた竜巻がついに解き放たれてしまった。
首輪の取れてしまった猛犬であるかのように、市街地に向け、竜巻が迫っていく。
「まずいッ。羽津香、行けるか?」
「………っく。分かりました!」
プリセマリーは自分が犠牲になってでも、みんなを守りたいと願っていたんだ。
その願いを、叶えて上げられるのは、羽津香なんだ。
「七美。タイミングは如何致しましょう?」
「ボクがキミに合わせる。キミから感じ取る風を、一瞬たりとも見逃したりなんかしないよ」
そう言って、七美は自分のお臍の辺りをそっと撫でた。
服に隠れて見ることが出来ないけど、そこにあるのは、エデンの黄金石。
三つある、エデンの鎖の内一つで、羽津香の下半身の感覚を共有することが出来る、エデンの遺産だ。
「分かりましたわ。でも、羽津香のいけない事まで、感じたりなんてしないで下さいよ」
いつもの軽口を叩くなり、羽津香は解き放たれた竜巻に向かって、一気に跳躍。
「はあああああああああああ」
風の力を限界にまでため込んだ拳で、何度も、何度も、何度も竜巻を殴りつけていく。
全ては、竜巻の根本にまで辿り着けるための突破口を開くために。
「はあああああああああああああああ!!」
握り締めた両手を竜巻に向かって突き出した。
一つじゃない、二倍の風の力によって、若干ではあるけど、竜巻の風が弱まったのを感じた。
そして、それはしっかりとエデンの黄金石のマスターでもある七美にも伝わっていたみみたいだ。
一瞬の突破口を見逃すこともなく、七美が竜巻に迫っていく。元々足に風の力を生み出せる特異体質なだけに、風の力を使っての加速力は羽津香の比じゃない。
瞬きした次の瞬間には、七美が竜巻の根元にまで迫っていた。
「いくぞ、羽津香!」
風が頬を撫でた。
それは七美らしい凛として真っ直ぐに突き進む風だった。
七美が腰を低くかがめて地面を抉るかのように足を払っていく。
風を纏ったその蹴りは、大地を掛け抜けて、竜巻の根元を切り裂いていった。
足に風の力が宿った特異体質の方に人々の印象が行っているが、七美は馬鹿風力でもある。
強引に大地から切り離された竜巻はもう、成長する事はない。
後は、断ち切るだけだ。
「七美。こればかりは、日頃の恨みも込めて、一気に行かせてもらいますよ」
「ああ、こい。そして、ボクを高みへと連れて行け!」
成長が止まった竜巻に向かって羽津香が駆け出す。
その手には出来る限りの風の力を右腕に込めている。
風が渦を巻き、視覚化できるぐらいにたまった瞬間、準備完了とばかりに左手で、足を叩いた。
羽津香の下半身は、エデンの黄金石を通じて、七美と繋がっている。
これまでだって、何度もこの感覚の共有を利用して意志疎通を図ってきたから、タイミングがずれることなどない。
七美が風の力を利用した脚力でまたしても跳躍した。
海の上を跳ねるイルカのように体を反らしながら、空中で一回転して、羽津香に向かって急降下してくる。
「たあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
急降下してくる七美の足に狙いを定めて、風の力をため込んだ拳を叩きつけた。
日頃の恨みや、清風を封印した張本人ということで、羽津香がためた風の力は今まで以上だった。
風の力をためている七美の足裏に、同じく風の力がたまっている羽津香の拳がぶつかり合う。
七美の風と羽津香の風は混ざり合い、やがて一つの風となり、七美を空へと押し上げる強大な力となる。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
拳を一気に降りぬいた。
その瞬間、七美の足裏で、風が爆発した。
羽津香と七美の力が混じり合った風は、七美と空へと押し上げていく。
彼女は高く舞い上がり、砂粒のように小さくなって見えなくなっていく。
でも、空から落ちてくる彼女の風は、羽津香の髪を力強く揺らし続けてくる。
「てあああああああああああああああああぁぁぁ!」
空から七美の雄叫びが聞こえてきて、凛とした風が急降下して落ちてくる。
空に突き刺すようにそびえ立っていた竜巻が真っ二つに割れていく。
そして、空から急降下してくる七美がやっと見えるようになってきた。
「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」
羽津香と七美の風の力を纏った右足を竜巻に突き刺しながら、この国の王様は空から降りてくる。
竜巻が真っ二つに割れていくのは、七美が風の力を纏った右足で無理矢理、竜巻を引き裂いているからだ。
「…………それにしても、七美はパンツが丸見えですね」
七美を身ながらぽつりと呟いた。
七美は空から落ちてくる上に、右足は前に突き出して竜巻を一刀両断ならぬ、一蹴両断している。
それは、スカートがまくり上がって、乙女の秘密のパンツが丸見えになってしまう。
「たやあああらああああ…………あああぁぁぁぁぁっっっ!」
空から墜ちてきた七美が羽津香の目の前で着地した。
竜巻は七美によって両断されてしまって、もう形すらとどめることが出来なくなったみたいで、形を崩して本来の風へと戻っていく。
「お疲れ様です、七美」
「全くだよ。流石に、今のは、ちょっとばかり骨が折れてしまったよ」
そう言いながら、額に浮かんだ汗を拭いながら起き上がっていく。
でも、疲れたとは言っても、風を扱う力が底を尽きた訳ではない。
だって、七美の力が尽きてしまえば、清風の封印はとけるはずだ。
それに、七美は現在進行形で、もう一人のエデンを封印しようとしている。
「そのまま、全てを使いきって、清風の封印を解いて頂けると、羽津香はとても嬉しいのですが」
「残念ながら、キミの期待に応えるわけにはいかないよ。でも、まあ………」
珍しく肩で息をしながら、七美は視線を横にずらした。
そこにはあるのは、何であるか、羽津香も分かっている。
七美の風の術によって、今まさに封印されようとしているプリセマリーだ。
彼女は、今、一体どんな顔をしているのだろう。
やっぱり、封印されるのが怖くて、怯えているのかな? それとも、必死に抗っているのかな?
もしかしたら、清風みたいに、封印される運命を受けれいて、平穏としているのだろうか?
でも、どんな顔をしていても、プリセマリーが七美によって封印されるのは変わらない未来だった。
「また連続で、エデンを封印する風の術を作動させるのは、難しいだろうけどね」
まるで貧血になったかのように七美がよろめいた。
羽津香は咄嗟に七美を抱き寄せたけど、確かに顔色は少し白くなっているように見えた。
羽津香の助力があったとは言え、あれだけの竜巻を風の力で引き裂いたのだから、全くの無傷というわけには行かない。
本当に、この国王様は、エデンやサルティナには容赦ないのに、国民を守ることに対しては、愚直なまでに自分を犠牲に出来るんだから。
「………エデンを封印する風の術はもはや、使えないか。それは都合が良いな」




