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「うわあ。このスープ、凄く美味しいよ、アクエお姉ちゃん」
「うふふ、そうでしょう。そのスープの元はこの森で取れる木の実で、前に清風が見つけてくれたのですよ」
「へええ。確か清風お姉ちゃんって、昨日の甘い果実も見つけ出したんだよね。すごいお姉ちゃんだったんだね」
「ええ、それはもう、エデンでしたら、毒キノコ、毒果実、毒虫、そんなの一切気にせずに食べることが出来ましたからね。あの時は、ありとあらゆる食材に果敢にチャレンジしておりましたよ」
羽津香とプリセマリーがこのログハウスに逃げ込んできて、早一週間が経過しようとしていた。
プリセマリーのエデン化は一応の沈静化状態であるるみたいで、プリセマリーとしての意識を取り戻して以降は、ずっとプリセマリーの自我を保ち続けている。
でも、油断は禁物だ。
清風の前例もあることだし、いつまたエデン化が進行して、プリセマリーの体がエデンという別の意識に支配されるか分からない。
清風はどういう訳か、エデン化しても特殊だったみたいで、自分の意識を保ち続けることが出来たのだけど、プリセマリーのこれまでの経過を見ていると清風の場合とは状況が違っている。
清風を除いた過去の二体のエデンがそうであったように、エデンとしての破壊衝動にその身を支配されて、世界を破滅に導く存在になってしまうのだろう。
「じゃあ、プリセもサルティナだから、色々な食材にチャレンジしてみようかな?」
「羽津香は止めませんですよ。でも、サルティナにも味覚があるのですよね。毒には耐性があったとしても、死ぬほどまずい食材を食べたときのダメージは軽減できませんよ」
「うわああ、そうだったぁぁ~~~」
意気消沈とばかりにプリセマリーが、木の株を利用して作ったテーブルに倒れ伏せた。
「清風も、まずい食材を食べた時は顔を真っ青にして悶絶しておりました」
でも、その甲斐あって、こうした美味しい食材を見つけ出すことも出来た。
やっぱり、久々に食べるこの特製スープは美味しくてたまらない。
これは羽津香と清風の思い出が詰まった大切な味だからね。
「ちゃ、つめた~い」
「川ですからね。流石にログハウスにお風呂を沸かす機能はないので、これは我慢するしかないですよ~~」
プリセマリーが体を縮ませてながら、川の中に入っている。羽津香も体を震わせながら、川の中で体の汚れを落としている。
「行きますよ。覚悟はよろしいですよね」
羽津香は意を決して、手ですくった冷たい水で顔を洗った。それはもう、頭がき~んってしてしまうぐらいに冷たい水だった。
もう、これって軽い拷問レベルだよ。
「ねえ、アクエお姉ちゃん。手を握っても良いかな?」
明かりと言えば、窓から差し込んでくる月明かりぐらい。
深夜のログハウスは薄暗くて、森の動物さん達が奏でている鳴き声が優しい子守歌となって響いている。
狭いログハウスの中、羽津香とプリセマリーは互いの肩を寄せ合うようにして眠ってい
たら、プリセマリーからそんなお願いをされてしまった。
「どうしたのですか、プリセマリー?」
「寝るのが、怖くなってきっちゃったよ。寝て目が覚めたら、プリセはもう、プリセじゃなくなっていそうで………凄く怖いんだよ」
エデン化の進行は止まっているけど、無くなった訳じゃない。
そのことはプリセマリーも分かっているみたいだ。
羽津香は躊躇わず、プリセマリーの手を握り締めて上げた。
「アクエお姉ちゃん………ありがとう」
「何を言っているのですか? 羽津香とプリセマリーは友達なのですよ。これぐらい当然ですよ」
「………でも、プリセはサルティナだから、みんな怖がって……だれも触ってくれなかったんだよ」
「………そんなの、羽津香には全く関係のないことですよ」
羽津香の言葉に嘘は全くなかった。
だって、怖がっているのなら羽津香はこんなに安らかに眠ることなんて出来ないからね。
羽津香はちゃんとプリセマリーの事を信頼している。
だから、プリセマリーも安心して寝てよ。
「………ありがとうだね、アクエお姉ちゃん……でも、やっぱり、プリセは凄く怖いよ………このまま、プリセがエデンになったら、きっと一番最初にアクエお姉ちゃんを殺しちゃう…………そんなの、絶対に、やだよぉぉぉぉ」
羽津香は目を閉ざしているから、世界は真っ暗のまま変化していない。
そんな世界の中、プリセマリーの孤独な泣き声だけが響き続けていた。
大丈夫だよ、プリセマリー。
もし、あなたがエデンになったとしても、必ず助け出してあげるよ。
今は、言葉を伝えることが出来ないけど、ここに約束するよ。




