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羽津香の名前は、アクエアリ・羽津香って言うんだよ。
職業は、フォルッテシモ神国の現国王、クリスティーナ・七美に仕える主席メイド。
この主席メイドっていうのがどれぐらい凄いかって言うとね、国王である七美の寝室に入ることを唯一許可されている上に、なんと一緒に寝ることまで公的に許されちゃっているなんとも百合百合な立場にいるんだ。
どうだ、凄いだろう。
でも、羽津香には心に決めた大切な人がいるから七美と一緒に寝ることは無い。
他のメイドさんが心から羨んでいる。
添い寝の特権を使ったことは一回ぐらいしかなかったはずだね。
その一回も、七美の寝床を狙って夜這いしようとしたけど、あの王様は未だに女騎士時代の血が染みこんでいるみたいで、羽津香の夜這いはあえなく失敗。
ぐっすり寝息を立てていたから、絶対に上手く封印解除の方法を自白させる事が出来ると思ったんだけどね。
っと話が変な方向に言っちゃいそうだったから、軌道修正。
羽津香はフォルッテシモ神国の主席メイド。
でも、その格好はこの国のメイドさんの中でいっちばん変わっているの。
「おや、アクエちゃん。おはよう、今日もおでこの宝石が真っ赤に輝いて綺麗だよ」
「あらやだ、果物屋のおじさん。お褒めになられても、何も出ませんよ~~~」
「たああ、おでこに埋まった宝石を褒められて恥じるなんったぁぁ~~。もう、おじさん訳わからねえ。でも、そんなところがおじさんは大好きだぜ」
と、朝から繰り広げられるそんな会話から推測できるように、羽津香は常時宝石を埋め込んでいるの。
それはもう、言葉の通り、常時だよ。
起きている間はもちろん、寝ている時や、お風呂にはいる時、はたまた、人には見せられないいけないこともしている時や、お花を摘みに行くときでも、この宝石を外すことだけはしないの。
その上になんと、羽津香が埋め込んでいる宝石は一つじゃないんだ。
おでこに真紅の宝石、おむねの谷間に蒼天の宝石、おへそに黄金の宝石の三点セット。
上から下まで宝石を体に埋め込んだメイドさんなの。
なんで羽津香がこんな宝石を埋め込んでいるかを語ろうとすると長くなるからここでは割愛するね。
それについては、話が進んでいくうちに追々話していくことにするよ。
「え~と、七美用のざくろゼリーは買いましたし、特売の速攻睡眠薬と自白剤もゲット出来ましたし、宝石磨き用クリーナーも買いましたし…………。よし、お買い物、終了です~~~」
羽津香のお買い物は無事に終わった。
軽やかな足取りでフォルッテシモ城への帰路へ突こうとした瞬間、
「きゃふん」
誰かとぶつかってしまって、羽津香はそのまま顔面ダイブを敢行してしまった。
両手は荷物でふさがれていたから受け身を取ることも出来ず、それもう地面に羽津香の顔を彫り込むんじゃないかってぐらいにば~~~んと。
うううう、これかなり、痛いよ。
「痛いですよ。もう、誰ですか、羽津香を押し倒すという事はですね、それは七美を押し倒すのと同意語なんですよ~~」
怒りに頬をぷく~~とふくらまして羽津香は必死に抗議を行ったけど、
「おや、これは羽津香殿。申し訳ない、緊急出動だったので、急いでおりまして」
「あら、あなたは確か第一騎士団の団長さんですね。何かあったのですか?」
羽津香を押し倒した不届き者は王宮で働く身内だった。
全身重そうな鎧に身を包んでいるって事は本当に事件みたいだ。
「サルティナです。サルティナが城下町に出現したのです!!」
「へ?」
と言うわけで、ここで用語説明の時間だよ。
サルティナって言うのは、この世界に時たま発生する破滅の前兆なの。
サルティナは死者の肉体に全く別の精神が宿った状態のことを指して、別名は死体寄生って名付けられているの。
死者の肉体に全く別の精神が宿ることがどうして、破滅の前兆なのかって?
確かにね、それだけじゃ世界は破滅に向かわない。でもね、サルティナは一種の繭なの。
繭から時間が経てば蝶がふ化するようにね、サルティナもね、ある程度の時間が経てばふ化が起こるんだよ。
サルティナという繭からふ化して出てくる存在、それはエデンって呼ばれているの。
エデンって言うのは、旧歴史においてこの世界を破滅寸前にまで導いたとっても危険な存在として伝えられているの。
さらりと言っちゃうけど、ここテストに出る大事な所だから、しっかりと覚えておいてね。
とまあ、そんな訳でサルティナを放置しておくとエデンが生まれちゃって世界が大変なことになっちゃうから、サルティナを見つけたらすぐに退治するのがこの世界の暗黙のルールって訳なの。
本当、サルティナからしてみたら迷惑な話だよね。
それじゃ、用語説明はここまで。
場面は元に戻るけど、用語説明中に状況は進んで、今、羽津香は第一騎士団員と一緒にサルティナを路地裏に追い込んだ場面になっているよ。
「駄目だよ、おじさん達。今、プリセは自分を抑えられないの。近づいちゃうと、おじさん達を殺しちゃうよ」
今回のサルティナは幼女のようだった。
全身鎧で武装した上に剣と盾まで持った大の大人が数人掛かりで丸腰の幼女を取り囲んでいる絵って絶対に騎士団の人たちの方が悪役って構図だよ………。
騎士団の人達も名前も与えられないようないかにもやられキャラって感じだし……… とか言っていると、
「きゃああああああああ」
「うやああああああああ」
サルティナの少女を中心に一陣の強風が吹き荒れ、騎士団の人たちがそれはもう良いところなく吹き飛ばされていった。
大事な事だから、二回目も言うよ。
普段は天然さんで通っている羽津香だけど、その戦闘能力は実は高かったりするの。なんて言っても国王である七美の主席メイドだからね、何時いかなる時暗殺者が国王を狙ってくるか分からない。
へたれじゃ、主席メイドはやっていられない。
なので、サルティナの少女を守るように吹き荒れた強風の中でも羽津香一人が吹き飛ばされるに耐えしのぐことが出来た。
「え~と、念のために一つだけ、確認させてくださいね。そこにいる、あなたはサルティナ。それも、かなり意識剥離が進行していると考えてよろしいのでしょうか?」
サルティナの少女は泣いているみたいだった。
自分自身を拒絶するように首を何度も横に振っているけど右手を羽津香の方に向けたままだ。
表情と行動が一致していない。
これは彼女の意識が乗っ取られ始めてきたと考えて良いかも知れない。
ってことは、本当にエデン化が進行しているみたいだ。
「そうだよ。プリセはサルティナなんだよ。そして、これからきっとエデンになるんだよ。だから、お姉ちゃん。お願いだから、プリセの前から逃げ出して。プリセは、もう、誰も殺したくなんか、ないんだよぉぉぉぉ!」
サルティナの少女はそう言って突き出した右手から強風を生み出した。
羽津香が強風に吹き飛ばされないように踏ん張っている最中だけど、ここで再び用語説明だ。
この世界に住んでいる人は風の民って呼ばれて、大なり小なり風を操る力を持っているの。
これは侵略者エデンからこの世界を守った聖天使ブルースカイ・アークエルが引き起こした奇跡って言い伝えられているんだよ。
以上。
羽津香はピンチ中だから、用語説明も短めに終了。
「あなたは何を言っているのですか? サルティナが全員、エデンになるなんて確証は何処にもないですよ。羽津香はね、サルティナがみんな、エデンになるなんて絶対に信じたくないのですよ!」
強風に耐えきった羽津香は自分に言い聞かせるように叫んで、サルティナの少女に向かって一歩を踏み出した。
「お姉ちゃんは、なにを言ってるの?」
「羽津香もね、経験あるのですよ。とても大切な人がサルティナになっちゃったこと。だから、あんな悲劇を繰り返さないためにも、あなたは羽津香が止めてみせます」
それはもう二年ぐらい前の出来事になっちゃうのかな。
清風がサルティナとして覚醒して、そしてエデンにまでふ化してしまってフォルッテシモ神国全土を巻き込んだ一代事件にまで発達してしまったあの事件から。
「嘘だよ。その宝石、噂で聞いたことがあるよ。お姉ちゃんはクリスティーナ国王に仕える主席メイドなんでしょう。サルティナを全て殺そうとしている殺戮王の一番近くにいるお姉ちゃんが、サルティナのプリセを助けたいなんて、そんなのおかしいよ!」
全くその通りだね。
確かに、七美は清風の一件以降、サルティナの全て排除するような法令を発令したのは真実だし、羽津香がそんな七美の一番近くにいて一番信頼を置かれているのもこれまた真実なんだ。
傍目から羽津香を見たら言っていることとやっていることが矛盾している様に思っても仕方ないかも知れない。
でも、一日でも良いから羽津香の視線で世界を見たらきっとそんなことは言えなくなるはずだよ。
「いやだ。駄目だよ、止まってよ、!!」
ヒステリックな叫び声と共に三度、強風が放たれる。
しかも、嫌な状況である事に今の羽津香はサルティナの少女に近づきすぎていた。
これだけ、接近しているとさっきみたいに強風を堪え忍ぶのは難しいかも知れない。
でも、そこは主席メイドたる羽津香の咄嗟の判断の見せ所だ。
「耐えられないのなら、立ち向かえばいいだけです!」
強風に向かって、流麗なフォームを描く蹴りを打ち込む。
強風なんて打ち砕いてしまえば良いんだ。
「はあああああああああああああああ!! たぁうた!!」
ちょっと変な雄叫び声を上げたけど、羽津香は難無く強風を、宝石を埋め込んだおへそより下にある脚の蹴りで打ち砕いた。
この”宝石を埋め込んだおへそより下にある脚”って所がとっても大切だから、あえて強調しておくよ。
「ってあれあら。サルティナの人がいなくなっちゃったですよ~~」
ついそこまでいたはずのサルティナの少女は、それは見事な逃げ足で颯爽と姿を消してしまった。
どうやら、取り逃がしてしまったみたいだね。