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清き風の物語~見守っているからね~  作者:
第三章:プリセマリー救出作戦
16/50

3-2


 羽津香とルティルダの間に新たなる風が吹き荒れてきた。


「うぅぅぅううう」

「きゃああああああ」


 この風は前に感じたことがあった。

 この頬を流れ落ちる涙のように、哀しい夢にうなされているかのような風こそ、羽津香が探し求めていた彼女が産み出した風。

 でも、どうしてだろう。

 風に秘められている悲しさが前よりも強くなっているような気がする。


「………この風は……プリセマリーなのですか?」


 メチャクチャにかき乱された部屋の中、よろめきながら起き上がると、小柄な少女が孤独に立ちつくしていた。

 容姿は何処から見てもプリセマリーだった。でも、そこにある瞳はあの日出会った少女と同一人物とは思えない程に光が宿っていない。


「プリセマリー?」


 羽津香の呼びかけにプリセマリーは答えない。

 ただ、邪魔な枝を排除するかのように手をこちらに向けてきて、躊躇い一つ見せずに風を放ってきた。


「うったッ」


 風に流され、そのまま壁に押しつけられる。

 頭が壁にめり込んでいって、視界が真っ白になりそうなぐらいの衝撃に意識が飛んでしまいそうになる。


「ぅくくく。プリセマリー………どうしたのですか? 羽津香です! あなたの友達なのですよ!」


 必死の呼びかけにもプリセマリーは眉一つ動かさないでいる。

 これはもしかして、プリセマリーの自我が無くなりエデン化が進行しているってことなの? 

 でも、一昨日出会ったときは、自我を奪われそうになっていたけど、確かにプリセマリーとしての意識はしっかりとしていた。

 いくらエデン化が進行していると言っても、この進行速度は異常すぎる。

 まるで、誰かが、意図的にエデン化を進めているとしか考えられない………。


「…………そう言うことですか………。これも、あなたの研究だと言うのですか、アクトリス!」


 金髪で顔は悪くないし、医者としての技術も申し分ない。

 でも、その心に宿っているのは、人間と人間とも思わないどす黒い精神。

 彼は、イフエティーを救うために、プリセマリーのサルティナとしての体を使うとか考えていたようだけど、こんな事態になってくると、その考え自体、本当のことだったのかさえ怪しくなってくる。

 羽津香を押さえつけていた風が不意に止んだ。

 攻撃によって切り裂かれた制服が風に舞って教室の中を漂っている。

 胸元や、上着の裾も裂けていて、胸と胸の間に埋め込まれた蒼天石や、丁度おへその辺りに埋め込まれている黄金石が露わになっている。


「全く、これだけダメージを受けてしまいますと、七美の下半身にも凄い振動が行っていそうですね…………これは、帰ったら間違えなくお仕置きコースが確定、嫌ですわ」

「その心配は無いぜ。なんて言っても、貴様達は、もう帰れないのだからな」


 エデン化が急速に進行しているプリセマリーの隣に、絶対に許すことの出来ないアクトリスが立っていた。

 しかも、その肩に担がれているのは………


「真瀬っ! どうして? アクトリス先生、真瀬は危篤状態なんでしょう。こんな所に連れてきたら、真瀬が死んじゃうわ!」


 イフエティーだった。ルティルダが狂乱しているように、イフエティーの顔色は遠くから見ているだけでも分かるぐらいに白くなっている。

 青ざめているのを既に超えている。

 これは、冗談抜きにして、生命の危機的状況だ。

 一刻も早く、イフエティーを取り戻さないと、彼が死んでしまう。

 羽津香は勇気を分けてもらうかのように額の真紅石をコツンと叩くと、傷だらけの体でしっかりと立ち上がった。


「あなたは、一体何がしたいのでしょうか? 羽津香には全く分かりません。サルティナを利用して、イフエティーを救うとか言っていたかと思えば、プリセマリーのエデン化を進行させてております。あなたのやっていることは支離滅裂ですよ!」

「ふん。支離滅裂か、そうでもないぜ、ただ単に、俺は人々の難病を救うよりよい方法を見つけ出しただけなんだぜ」


 アクトリスはまるでやっと念願のおもちゃを買ってもらった子供のような顔で、横に立っているプリセマリーの顔をなで回している。

 そのまま放っておいたら、そのまま顔中をなめ回してしまいそうなぐらいの勢いだ。


「より良い方法ですか?」

「ああ、そうだぜ。このサルティナの体を至ると事まで研究させてもらったが、もう感動の一言だぜ。体の至る部位が普通の人間とは根本から作り上げられている。心臓移植なんてしたら日には、もうそいつは一生安泰だろうな」

「だったら、今すぐにでも、その化け物の心臓を真瀬に移植してよ。そう言う約束だったはずでしょう!」


 話に割り込んできたのはルティルダだった。


「まあまあ、話は最後まで聞け。最初は俺もそのつもりだったよ。でもな、サルティナの体を研究しているうちに、新たな考えが浮かんできたんだよ。サルティナでこれだ。もし、この体がエデンに成ったとすれば、一体どれだけの人間を救うことが出来るのだろうってな」


 もう何度も言っているから、みんなも覚えているよね。

 サルティナはエデンが生まれるための繭みたいなモノで、サルティナから生まれたエデンは、この世に破滅をもたらすほどに強大な力を秘めている。


「それは、何とも素晴らしい考えですね。確かに、エデンの体を研究しつくせば、今の医学は格段に進歩するかもしれない。もしかして、あなたはこの世界の救世主になれるかもしれませんね」

「ほう、主席メイドは俺の考えに理解を示してくれるのか?」

「ええ。素晴らしい考えすぎて、反吐が出てきそうですわ!」


 でも、そんなのはエデンの人権を無視した傲慢も良いところだよ!!


「私もアクエアリに同感かな。人類を救うとか、そんなのは私には関係ないよ。そんな事よりも私は、真瀬を救って欲しいんだよ!」


 肩を並べるようにルティルが横に立って啖呵を切ってくれた。


「ふん。この愚か者共が。一人のサルティナと、一人の少年。ただ、それだけが犠牲になるだけで、何万という人々を救えることになるのだぞ。俺が救世主で、お前達が反逆者だぞ!」


 アクトリスが何や吠えているみたいだけど、全然頭の中には残ってこない。


「反逆者で結構ですよ。どうせ、サルティナを守ると言っている時点で、この国では、羽津香は犯罪者らしいですので、ご自由にお呼び下さい」

「大切な人を一人、救えないで救世主なんて名乗れる訳ないでしょう! この大馬鹿野郎っ!」


 羽津香とルティルダは全く同じタイミングで風を産み出して、一気に加速。アクトリスに急接近。

 だけど、羽津香達の前に立ちはだかったのはプリセマリーだった。

 自我を失ってしまうほどエデン化が進んでいるから、風の力も羽津香達とは段違いだ。

 手を一振りするだけで、羽津香とルティルダが吹き飛ばされてしまうぐらいの強風が吹き荒れてしまう。

 でも、こんな力だけの風に羽津香達は負けるわけにはいかない。

 風に抗うことなく吹き飛ばされると、そのまま教室の壁に足をつけた。

 風が止んだその隙を狙って再び羽津香はプリセマリーに向かって特攻だ。

 教室の壁を思い切りけりつけると羽津香が産み出した気流に乗って、体を、そして、想いを届けるよ。


「プリセマリー! 目を覚まして下さい! エデンなんかに負けないで下さい!」


 でも、どれだけ羽津香が叫んでも、プリセマリーに自我が戻ってくる事はなかった。

 プリセマリーが放たれた風が無慈悲に羽津香を包み込み、体中を切り刻んで行く。


「今ですっ、ルティルダ!」


 羽津香の叫び声と共に死角からルティルダが飛び出してプリセマリーとの距離を詰めていく。

 プリセマリーの産み出した風は今、羽津香を傷つけている。

 つまり、今、この瞬間なら、プリセマリーは丸裸も同然ってことだ。

 風で強化されたルティルダの拳がプリセマリーに迫る。


「おいおい。折角ここまで育て上げた実験体なんだぜ。簡単に壊されてたまるかよ」


 いつの間にかルティルダの背後にアクトリスが立っていた。前だけを見ていたルティルダの背後はがら空きで、彼は手にしていたナイフを躊躇うことなく突きつけた。


「かああああああああああああっ」


 無惨に破壊された教室にルティルダの悲鳴が響き渡る。

 背中から赤々した血が止まることなくあふれ出して、彼女の背中が何度も痙攣している。


「ルティルダっ!」


 急いで彼女の元へ駆け寄ろうとしたけど、身動きが取れなくなった彼女の首もとに別のナイフが突きつけられて、羽津香自身も身動きが取れなくなってしまう。


「そうだそうだ。物わかりが良くて助かるぜ。俺の言うこと聞かないと、こいつののど元をかっさいてやるからな」


 背中から血を流し続けているルティルダは、このまま応急処理をしなければ出血多量で死んでしまうかもしれない。

 でも下手に動けば、その前に彼女の喉が引き裂かれて、それでも死んでしまう。

 もはや、羽津香に選択肢なんて残っている訳が無かった。

 出来ることと言えば、抵抗の意志はないと示すために制服のスカートをギュッとに握り締めるぐらいだった。


「あははは。良いぜ。この女には興味がないが、お前はこの世界に唯一現存しているエデンの居場所を知っているよな。この後で、じっくりとお前の知っているエデンについて、教えてもらうからな」


 アクトリスの笑い声が風に乗っている。

 その勝ち誇った姿を、羽津香はただ唇を噛みしめて見つめることしか出来なかった。

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