3-1
今日も学校に吹く風は平和に流れている。
イフエティーはしばらく学校に来られなくなったみたいだけど、一人欠けた所で学校に大きな変化がある訳じゃない。
何事もなく今日も一日が過ぎていく。
放課後になって、通学鞄を手に持って、羽津香は一人廊下を突き進んでいた。
たどり着いたのは、昨日、イフエティーに案内された秘密の部室だった。
彼が言うにはいつもここでイフエティーとリティルダは二人きりでご飯を食べていたらしい。
扉の前に立つだけで、向こうから二人の笑い声が聞こえてきそうな気がする。
一度深呼吸をして、ゆっくりと扉を開けると、予想通り、彼女はそこにいた。
「やっぱり、ここへ来てしまったのね」
「ええ。ついでに言わせてもらいますと、羽津香はあなたとは違って、逃げ出したりなどしませんから、ご安心下さいませ」
メイド養成学校で鍛え上げた技術で優雅に一礼。
「でも、ここに来たって事は、あなた、イフエティーを見殺しにするつもりなのね」
「う~ん、それは全然違いますよ。イフエティーを見殺しになんてしません。そして、プリセマリーも見殺しになんてしません。羽津香は大切な友達は、みんな守りたいのです!」
「みんなを、守る? なに都合の良いこと言っているのよ!」
「はい、とても都合が良いことです。だって、羽津香は一番大切だった清風を守れなかったのですからね………」
密室状態の部屋に風が走った。
頬に気流を感じ取ることが出来る。
ルティルダの周りに風が渦を巻いていた。
羽津香も手を大きく回して、産み出した風を圧縮していく。
「真瀬を助け出すためには、なんとしてもあのサルティナは必要なのよ。だから、アクトリス先生の邪魔なんて、絶対にさせないのよ」
ルティルダの周りに形成された風が一気に解き放たれて迫ってきた。
床に転がるように倒れ伏せてその攻撃をやり過ごしたけど、間髪入れずに次弾が放たれている。
普通、風の民が風を操るのに何かしらの予備動作を必要とする。
普通の人が直立不動状態から一気に走り出せないように、風を操るにもそれなりの準備が必要とされている。
でも、ルティルダは風を操ることに天才的な才能を持っていて、予備動作なしに風を操っている。
相当に厄介な能力だけど、これは純粋に風の力を競い合う競技じゃなくて、勝つか負けるかの実戦だ。
風の力を使うだけが、戦いかたじゃない。
「はああああああああああああああっ」
さきほどの腕にため込んでいた風を一気に床にたたきつけた。
風は床材を抉り、砕け散った床材は風に乗って部屋の中に拡散していく。
「っっく」
ルティルダの舌打ちが聞こえてきた。
やっぱり、彼女は実戦には慣れていないみたいだ。
風を操る技術は天才的らしいけど、学校じゃこんな悪条件で風を操るなんて機会ない。
既に、ルティルダの持ち味であるスピードが台無しになっている。
「はああああ」
ルティルダが混乱している隙に羽津香は一気に彼女と詰め寄った。
そのまま足を振り上げて彼女の胸に叩きつけた。
「うっは」
ルティルダの脇腹にめり込んでいる足を取り除くと、休むこと無い連続蹴りの嵐だ。
ルティルダが風を産み出すよりもさらに早い足技の連続攻撃に彼女は防戦一方となっている。
「いくら、風を産み出すのが早くても、それよりも早い攻撃方法はいくらでもあるのですよ!」
一際強い蹴りがルティルダの顔面を捉え、その体が壁に叩きつけられた。
「………どうしてなのよ?」
よろよろとした足取りで立ち上がりながらルティルダは………泣いていた。
ボロボロと大粒の涙を零しながら、羽津香のことを睨み付けていた。
「サルティナなんて、やがてエデンとなって、この世界を滅ぼす害虫じゃないのよ! なんで、そんな害虫と真瀬の命を天秤にかけたら、真瀬が負けるのよ! 全く、訳が分からないわよ!」
「天秤にかけたつもりもないですし、イフエティーが、プリセマリーに負けているって訳でもないんですよ。人間だろうが、病人だろうが、サルティナだろうが、エデンだろうが、羽津香にとっては、みんな平等なのですよ。ただ、それだけのことなのですよ」
風が、春風にのって咲き始めたばかりの花の香りを伝えるような優しい風が、舞った。
風に乗り、羽津香の勢いが加速。
ルティルダが対抗して風を放ってくるけど、まだまだ全然錬り足りていない。
ここに勝負が決する。
羽津香の拳がルティルダの目と鼻の先でピタリと止まった。
「だから、羽津香はみんなを救ってみせます」
そして、一歩だけ下がると、ルティルダに突きつけていた拳を開いて、彼女に差し出した。
まるで握手を求めていくかのように。
「本気で言っているの?」
「羽津香は、いつでも大まじめなのです」
「そんなの、間違っているわよ!」
「そうかもしれません。ですが、羽津香は正しいことを突き進んでくれる英雄を知っています。だから、羽津香は、心おきなく間違った道を突き進むことが出来るのです」
「………あんたって、最高級の馬鹿なの?」
「はい。知ってますよ」
羽津香の笑顔に吊られるようにルティルダも小さく笑って、羽津香の手を握り替えしてくれた。
羽津香とルティルダ。
二人が力を合わせれば、きっとイフエティーもプリセマリーも両方救い出すことが出来るはずだ。
そう確信した瞬間に、羽津香とルティルダの間に新たなる風が吹き荒れてきた。




