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イフエティーと一緒に何とか教室に戻ることが出来たけど、もちろん授業には遅刻だったから、先生から大目玉を頂いたよ。
でも、こんなの日々、七美から受けている理不尽なお仕置きに比べたら全然対したことなかったよね。
そんな事があったけど、無事に午後の授業も終了。
やっと放課後になったよ。
「イフエティー、よろしければ一緒に帰りませんか?」
あの後、イフエティーにリティルダの教室を教えてもらったけど、彼女は早退したみたいで教室に帰ってくることはなかったよ。
まあ、羽津香がこの学校に潜入していることが一発でばれちゃったからね。
もしかしたら、しばらくは学校には出てこないかもしれないね。
「あ、えっそ、その………良いの?」
「はい。だって、もう羽津香達は友達じゃありませんか」
イフエティーは恥ずかしそうに、はにかんで頷いてくれた。
鞄を持って一緒に下校しながら、何気ない会話をしている。
内気なイフエティーは余り喋らずに、9割方は羽津香が清風との思い出をのろけていたのだけど、イフエティーも時より楽しそうに笑ってくれていた。
「あれれ、何かあるのでしょうか?」
見れば沿道に人が集まってきているね。何かのパレードもあるのかな?
近寄ると身動きが取れなくなってしまいそうなぐらいに人が押し寄せているよ。
よっぽど、人気のパレードでもあるのかな?
「その、今日は、その天使王様のパレードがあるから……じゃないかな」
「天使王……ああ、そう言えば、本日の公務にそんなものが入っておりましたね」
主席メイドとして本当なら羽津香も一緒に参加しなくちゃいけないんだろうけど、嬉しいことに今の羽津香は、名目上は謹慎処分中。
だから、嫌な嫌な七美と一緒に公務をしなくて良いのだよね。
とか思っていると目の前から一際大きな声援が聞こえてきた。思わず耳を塞ぎたくなるような大歓声だった。
圧倒的に迫力についつい羽津香が一歩たじろいでしまっていた。
遠く離れた羽津香からでさえ、よく見える大きな馬車に乗っているのは、天使王 クリスティーナ・七美。
羽津香といるときはあんなに不機嫌なのに、今はあんなにも笑顔を振りまいている。
国民のみなさ~~ん、騙されないで下さいよ。
その七美の笑顔は、仮面ですからね~~。
「天使王様か………やっぱりどんなサルティナでも殺すのかな?」
「もちろんです。七美はどんなサルティナでも殺してしまう無慈悲なやつなのです」
隣から聞こえてきた質問に胸を張って答える。
今だって、羽津香の友人である幼いサルティナを追うために、こうして羽津香を潜入捜査させているぐらいだからね。
全く、困った国王様だよ。
「その……アクエリアさん。ここだと聞こえないと思うけど、国王様を漢名で呼ぶのは犯罪物だよ。そんなのは国王家か、主席メイドとか、一部の人にしか認めされていないはずだよ………」
ここでまたまた用語説明タイムだね。
今、イフエティーが言った漢名っていうのは、羽津香や七美とか言った本名の後ろに漢字で表記されている方の名前だよ。
風の民達は古くからの習慣として、漢名で呼び合うことこそ心を許した親しさの証として考えているんだよね。
だから、イフエティーと羽津香は友達になったけど、今日出会ったばかりだから漢名で呼び合っていないんだよ。
それに男女で漢名で呼び合うなんて、それこそ兄妹か夫婦ぐらいの関係だよ。
駄目だよ、イフエティー。
羽津香には清風っていう心に決めた百合百合な運命の人がいるんだからね。
………って、少し話が逸れてしまったけど、つまり漢名で呼び合うっていうのはそう言うことだよ。
そして、国王ともなれば、気安く漢名で呼んでしまった日には、下手すれば厳罰を受けてしまうぐらいに厳しく規制されているのだよね。
まあ、羽津香は主席メイドだから、しっかり七美を漢名で呼べる資格をもっているんだけどね。
「ご心配、ありがとうございます。ですが、ご安心下さい。羽津香は、七美を嫌っておりますが、漢名で呼び合える間柄ですの」
「………え、そうなの?」
イフエティーは目を丸くして驚いている。
羽津香は何も言わずに額にある赤い宝石を指さして、自分の正体を教えて上げたよ。
天使王の隣に立つ三色の宝石を体に埋め込んだ主席メイドの姿は有名だからね、イフエティーも羽津香が言いたいことが分かってくれたみたいだね。
「それって………その、本物だったの?」
「もちろんですよ。この宝石こそ、羽津香と清風を繋ぐ絆なのですよ。偽物な訳ないじゃないですか」
そう言って、こつんと額の真紅石を小突いた。
うん、今日もしっかりと、羽津香と清風の繋がりを感じ取れるよ。
「そっか……ねえ、そのそれだったら、アクエアリさんは、その、ずっと側で天使王様を見ているんだよね。良いな、羨ましいよ」
「はあああぁぁぁぁぁ?」
イフエティーがあまりにおかしな事を言ったから、思わず上擦った声が出てしまった。
「七美のすぐ側にいれるのが、羨ましいですって。それって何の冗談ですか?」
あんな、羽津香を見れば口より、先に足が出てしまうようなメイド虐待趣味のご主人様の一体何処に羨ましがられる要素があるっていうの?
「だって、その、天使王様は、かつてエデンからこの国を救ってくれた英雄なんだよ。いいなぁ、そんな凄い人のすぐ側に入れて。僕も……その、いつも誰かに守られてばかりだから、天使王様みたいに、いつかは誰かを守れるような人になりたいな」
そうなんだよね。
清風がエデン化して、この国のみんなから恐れられている時に、清風を封じてこの国に平和をもたらしたのが、七美なんだよね。
だから、七美は英雄で、エデンである清風が悪者なんだよね。
「………そんなの、絶対に間違ってますよ。清風は悪者なんかじゃありませんよ」
羽津香の声は七美を前にした観衆の大声援に消されちゃった。
………これが、エデンには優しくないこの世界の現実なんだよね。
「本当、嫌な世界ですよ。でも、そんな愚痴を言っても始まりませんから、とりあえず、今日は帰りましょうか?」
そう言って隣に立っているはずのイフエティーに手を差し伸べたけど、そこに彼はいなかった。
「………イフエティー?」
何が起きているの?
さっきまであんなに普通に接していたイフエティーが顔を蒼白にして、胸をかきむしるように呻きながら地面に倒れていた。
咳き込んでいると思ったら、口から………真っ赤な血が逆流してきて、地面を赤く染めていった。




