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一章 真夜の都の使者



 応接セットのソファで向かい合って座る二人。

 一人が優雅にコーヒーを飲む一方、もう片方の表情は彫像のように硬い。

「そう緊張しなくていいよ。この階からは人を引き払わせてあるし、君が今日訪問する事は極一部を除いて秘密だ」

「じゃあ――今ここであなたを殺しても何の問題も無いのね、エルシェンカ?」

 物騒な質問に、弟は青紫色の方の目でウインクした後、悪戯っぽく笑った。

「問題大ありだよ。まずここで殺せば第一発見者は僕の秘書だ。彼女には僕が万が一死んでいたら、君を永久指名手配するよう言ってある。幾ら六種嫌いの君でも、流石に今後ずっと人前を避けて生活は無理だろう?」

「秘書……どうやら気が回る娘のようね。今日はどんな奇抜な服装で出迎えられるかと思ったのに」

「失礼に当たらなくて良かったよ。僕としては普段着で君と会うのは少し恥ずかしかったんだけど」

「真っ赤な燕尾服とシルクハットよりよっぽどマシだわ」

 そいつはこっ恥ずかしい。本人の気負いはともかく、嫌われるのも納得だ。

「顔や腕のそれは紋様ね。知らない魔術だわ、どんな効果があるの?」

「君の興味が引けて光栄だ。触ってみるかい?」

「遠慮しておく」

 ようやく女が冷めかけたカップに口を付ける。

「用件なら早く済ませて。図書館に寄って帰る予定なの」

「資料が必要なら僕が個人的に取り寄せてあげるのに」

「結構!緊急と聞いたから、わざわざ要請に応じて来てやったのよ。ただのお喋りなら帰るわ!」

 立腹して立ち上がりかけた彼女を手で制す。

「まあ待ちなよリュネ。このまま帰ったら君、絶対後悔する事になるよ」

 いやに自信満々に弟は言った。



 話は数時間前の自宅に戻る。

「終わったぞ、まー……」

 互いの輸血用針を抜き、傷口にガーゼ付きテープを貼り付けて袖を直す。眠っている天使を起こさないよう、俺が座っていた椅子を音を立てずにダイニングへ戻した。

(ぐっすり寝てるな)

 再び歩み寄り、寝椅子の肘に置いたブランケットを胸の下まで掛けてやる。輸血の終わった頬は僅かに赤みを取り戻し、食べ頃を迎える前の白桃を想起させた。

(昨日は遅かったし、無理もないか)

 やってきた温かな春を祝う村祭り。年に一度、豊穣を願う焚火を囲んで村人達は葡萄酒と焼き菓子を飲み食いし、牧歌的な音楽に合わせ各々自己流に踊り狂う。出不精だった俺にとっては十数年振りのドンチャン騒ぎだ。

 しかし今年は少々趣きが違った。月を背に、両手首をナズナの腕輪で飾った黒髪の天使が優雅で華麗に舞い、村人達をすっかり虜にしたせいだ。

『誠君上手ねえ。オバサン達がいたら邪魔だわ。好きなだけ踊っていってね』

 彼女等の謙遜で舞台に一人立たされた彼は、あろう事か素人の俺を呼び寄せた。

『ねえウィル、一緒に踊ろう』

 そこからは夢中だ。彼に付いていこうと手足を必死に動かし、剣を振るう方が余程簡単だと思い知らされた。バテかけた俺に代わり、オリオールが軽快なステップでリズムを刻み、兄と共に可愛らしいワルツを踊る。

『だらしないのーお兄さん』

『なにおう!まーくん、もう一度!』

『ふふ、いいよ』

 結局彼は二度の短い休憩を挟んで三時間近く舞い続けていた。当然就寝も深夜、疲れもするだろう。朝食の時も寝足りなさそうだった。

 外でオリオールが元気に鍬を振るう音が聞こえてくる。爺と二人、家に隣接した畑で秋スイーツ用の南瓜の種を撒いている最中だ。プリン、タルトにケーキ、羊羹やきんとんにと用途は広い。今年は食べる人手が多いので例年より沢山撒くらしい。今から楽しみだ。

(ぼちぼち終わるかな。茶の準備でもしておくか……)薬缶に湯を目一杯掛け、火を点ける。(……平和だなぁ)

 政府館に出向しない日、つまり休日なのだから当然と言えば当然なのだが。仕事も無い。化物も出ない。家でのんびりなど以前ならほぼ一年中の事だったのに。今じゃ却って落ち着かなくて尻がムズムズしてくる。

(でもまぁ、休みは必要だよな。特にまーくんは)さらさらの黒髪を撫でながら心の中で呟く。(こう毎日働かされてちゃ身体が保たないもんな)睫毛長い。綺麗だよな本当……これが喋って動くって言うんだから吃驚だ。


 キィ。


「お兄さん、お客さん……ぁ」手を泥だらけにした少年が声を落とす。「お、お客さんだよ……」小声で言い直してから、起こしていないか兄の様子を窺う。

「客?一体誰――あ、何だ。詩野さんか」

 パリッと糊の効いた新品の白い政府員制服に身を包み、弟の婚約者は少し気恥ずかしげに我が家へ入ってきた。「お邪魔します。おはようございますウィルさん、ま……」口元に手を当てて言葉を止める。

「どうかしたのか?エルから何か」手招きでダイニングを示す。「似合うな制服。ま、取り合えず座れよ。茶淹れるから」

 彼女は大事そうに革製の鞄を抱えたまま、「ありがとうございます」丁寧に頭を下げた。

「頂き物のとら巻きも一緒に如何ですか?」空の種袋を畳みながら爺も入ってきた。

「囲碁の婆さんからか?」

「はい。一人では食べ切れないそうで。先に一つ頂きましたが、こし餡も皮もしっかりしています。御主人様の口にも合うかと」

「そいつは楽しみだ」

 二人が農耕具を片付けて手を洗う間、俺は濃いめのアールグレイ四杯と一杯のホットミルクを作る。その間に詩野さんが冷蔵庫の上にあったとら巻きをテーブルに広げ、紅茶に入れるミルクと砂糖のポットを持って来てくれた。

「兄様」だらりと下がった腕を優しく揺さぶって、少年は眠り姫を起こす。

「ん………あ、れ……私、寝てた……?」

「輸血の途中からな」

 潤んだ黒目がきょろきょろと部屋を、とりわけさっきまでいなかった詩野さんを見る。

「え?どうして、美希さんがここにいるの?エルは?」

「エル様は今日大事な来客があるんです。それで代わりに私がお二人に資料をお持ちしました」言い終わってふふ、年相応に笑う。「エル様の言う通りですね。ここに来れば必ず美味しいスイーツを頂ける、って」

「まぁな、それについて弁解の余地は一切無い。期待していいぞ」

「はい」素直な子だ、誠程ではないが。弟が惚れたのも分かる。

 まだ眠気があるのか、寝椅子から立ち上がった誠は弟に支えられてもふらふらしている。

「大丈夫兄様?」

「うん……ごめんね、もう平気」

「謝らなくていいよ。兄様のためなら僕、何でもするから」

 全員がテーブルに着き、いそいそと九時の甘味に手を伸ばす。とら巻きは全部で十二個、一人二つは食える計算だ。

「……こんな美味しい餡子、初めて食べました」

 一口頬張った詩野さんがほうっ、と感嘆の溜息を洩らす。

「老舗の和菓子屋だからな。俺も先代の頃から時々買ってくる」

「包装が無いのに、食べただけでお店が分かるんですか?」

「ああ。こいつは“碧の星”の名店吉祥軒の物、だろ爺?」

「仰る通りでございます。流石御主人様、よくお判りになりましたね」

「まぁな」

 そう言って兄弟の方に視線を移す。少年が餡を口の端に付けながらガツガツ食う横で、彼は二本の指で摘まんでちびちび真珠みたいな歯で削っていた。余り腹が減っていないようだ。朝食のデニッシュも三分の一以上弟に食わせていたし。

「二人は美味いか?」

「まあまあだね」大人ぶった返事で二つ目に手を伸ばす。「僕ならもっと餡子をたっぷり入れるけど」

「こいつが計算された絶妙なバランスなんだよ。子供には分からないだろうがな」

「むー!兄様、お兄さんが虐めるー!」

 弟の憤慨に、しかし当の本人は小首を傾げて微笑んだ。

「オリオールは餡子が好きなんだ。じゃあ今度、えっと……ぼた餅を買って食べる?あれ?おはぎだっけウィル?」

「どっちも物自体は一緒だよ。季節で呼び方が変わるだけだ。今ならぼた餅で正解」

「そっか。ウィルはお菓子の事なら何でも知っているんだね、凄いなあ」ホットミルクを啜る。「折角外にいるんだし、私ももっと色々な事勉強しなきゃ」

「誠さんはよく頑張っていますよ」詩野さんが言った。「昨日も病院に行っていらしたんでしょう?」

 そう問われると、彼は何故か困ったような顔をした。

「ああ、うん……精神病棟にね……」

「どうしました?何かあったんですか?」

 精神の病特有の氣に当てられ、具合を悪くしたのだろうか?と思ったら違った。

「えっと……患者さん達、私が来るのを凄く楽しみにしているみたい。シャーゼさんのお母さんとか、行き始めてから何人も回復をしているらしくて……私はただ氣を添わせて、少しお話を聞いただけなのに……」

「まあ凄い!名医じゃないですか誠さん!」手を叩き感心する詩野さん。「確かに私もエル様の付き添いをしていた時、話しているだけで随分気が楽になりましたよ」

 魔術の影響で意識不明だった時の話だ。彼女の献身的な介抱のお陰で、弟は再び殺人的仕事量をバリバリこなせるまでに回復した。良いか悪いかは別として。

「そう、ですか……?でも私はお医者さんではありません。リーズやアムリさんみたいにちゃんとした勉強もしてないし……いい、のかな?」

「治らないより治る方がいいだろそりゃ。それで本人が新たに色々苦しんでも、そいつはもうまーくんの責任の範疇じゃねえよ。気にせず自分のやりたいようにやればいい」

 万人に救いの手を差し伸べるのが天使の使命ならば、俺みたいな凡人は精々その手を支えて届く助けになるまでだ。

「――うん。ごめんね変な事言って」

 彼は両手でカップを持ち、静かに目を閉じる。

「何を考えているんだ?」

 深い溜息。「私は……誰よりも軽いね」

「?」

「生命の重さや記憶が無くて、だから子供のオリオールよりももっと軽くて軽くて……皆に支えられて辛うじて立っていられる」

 少しの風でフッ、と掻き消える、永遠に触れられぬ湖面の月。幻影の光を想わせる寂しげな表情に、心臓がキリキリ痛んだ。

「兄様、悩んでいるの?」弟が片手握り拳で尋ねる。「そんな物無くても兄様は飛んで消えていったりしないよ。僕がずっと掴んでいるもん。お兄さんやお姉さんだって」

「ごめんね、悩みって程深刻でもないんだよ。ただ……私には確かな過去が無いから、ちょっと皆が羨ましいなって思っただけ」

 鬱々と死人のように暮らしていた、なんて口が裂けても言えないな。


「そんなの必要無いよ」


「え?」

 泣き出しそうな顔で少年はもう一度「必要無いもん」と呟いた。

「辛いの、オリオール?」小さな拳を長く細い指で包み込む。「私の過去があなたを辛くさせるの?」

「……兄様は軽くなんてない。あんな記憶が入って来れないぐらいずっしり重いんだ。僕やお兄さん、お姉さん達でもう一杯だよ?それじゃ駄目なの?」

 『あんな』ときたか。本当に何があったんだ、彼に。

「ううん、充分過ぎるぐらいだよ。だけどねオリオール……お父さんお母さんや生まれた土地、それまでの営みを忘れた私は、まるで川を流されていく根無し草みたい。心の拠り所……原風景、故郷が欲しいの。せめて風で飛んで行かないだけの重さが……」

 彼は目を伏せ、平身低頭して謝った。

「ごめんね。自分で思い出さなきゃいけないのに無理言って……」


「取り戻せるかもしれませんよ」


 突然詩野嬢が口を開いて言った。

「え?」

「その話もしに来たんです。可能性は高くありませんが、誠さん。記憶の糸口を掴めるチャンスなんです」

「え?どういう事ですか……?」

 両手でカップを掴み直し、詩野さんは真正面に誠の目を見て話し始めた。

「エル様の大事なお客様と言うのは……実は“黒の都”からの使者、れっきとした不死族です。その方と会って話を聞けば或いは」

「会うのは拙い」衝撃的な展開に慄きつつも、俺は慌てて首を横に振る。「無断で外に出た罪で逮捕されちまう」

「いえウィル様。お二人は“黒の燐光”、一族の命とも言える物を探しているのです。代表者ともあろう方がその不在を知らないはずがない。仮令万が一知らなかったとしても、正当性はお二人に。私達聖族政府の手前と言う立場上からも、下手に連行は出来ないはずです」

「賢いな」

「そんな。殆どエル様の受け売りです。――どうしますか誠さん?」



 と言う訳で、俺達は執務室のドアの前に押し合いへし合いになっている。

 使者の名前はリュネ、見た目二十代後半の美人だ。切れ長の目、肩まで伸ばした深い藍色の髪。詩野さんの制服によく似たかっちりしたデザインの服を着、隣に大きな皮鞄を置いている。その隙間からは銀色の筒のような物が突き出ていた。

 ドアの二センチ程の隙間に、下からオリオール、誠、詩野さん、俺が頭を縦並びにして覗き見の真っ最中。妙な姿勢を続けているせいで若干腰が痛い。

「どうだ、まーくん?彼女に見覚えはあるか?」

 沈黙。

「……ううん、全然。何も思い出せないよ……」

 返答に詩野さんが溜息を洩らす。

「そうですか……代表と言うぐらいですから、流石に思い出せると思ったのですが……」

「オリオールは知ってるのあの人?」

「うん。面と向かって話した事は無いけど、不死族で知らない人はいないよ。一族のユーリョクシャだもん」

「だろうな」でなければこんな場に来ないだろう。

 にしても、不死族との交渉チャンネルなど今まで全く思い付きもしなかった。よくよく考えれば存在して当たり前だ。相手は言葉も通じるし、六種を見るなり襲って骨までしゃぶり尽くす蛮族でもない。百七十二条と言う悪法こそ制定しているものの(その時点で相手にしてみればブチ切れ物だが)、外交の利は充分にある。

「エル様によると、リュネさんは魔術と機械工学を融合させた第三の技術、魔術機械の第一人者だそうです。以前は政府館で研究をなさっていたとか。ですが、他の職員方から理解を得られず“黒の都”へ。エル様は寸前まで便宜を図っていたそうなのですが……」

「成程、それで六種嫌いか。その技術、完成はしているのか?」

「恐らくは」


「後悔ですって?今あなたとつまらない話をしている事以上の後悔だって言うの?」

「酷い言い様だね相変わらず。でもまぁその通りだ。僕の推測じゃ百倍、いや一千倍は悔恨が残るだろう」

「針小棒大ねエルシェンカ。あなたがそこまでの切り札を持っているはずがないわ」

「そう言い切れるのも今の内さ」

「随分自信があるのね。どうせハッタリに決まっているけれど」

「どうかな?」弟は不敵に笑う。「ところでリュネ。不死である君は当然“黒の燐光”を見た事があるよね?」

「何を突然?汚らわしい聖族の分際で至宝の名を軽々しく呼ばないで」

「失礼。その、君達の大事な宝の件で、一つ気になる噂があるのさ。盗まれて外界に持ち出されているとか……」掌を上にして両腕を上げる。「まさかとは思うけど一応訊くよ。“黒の燐光”、ちゃんと“都”にあるよね?」

「当たり前よ!私達が厳重に守る“燐光”を、たかが盗人風情にどうこうできるはずない!そんなデマを信じるなんて、あなたも堕ちた物ね」

「デマ……ねえ。僕には強ちそうとも思えないな。因みに君が最後に至宝を拝んだのは何時?」

 女はしばらく考え込んだ後、二ヶ月半前よ、と答えた。

「ほう!なら盗まれていても全く不思議ではないね」

「馬鹿言わないで!“燐光”は王が管理しているのよ。盗まれるはずがない!それに“信仰者”だって何も……」

「だが君は最近見ていない。その二人が真実を隠蔽しているとしたら……どうだろうね?」


 バチンッ!


「エル様!!」

 止める間も無かった。部屋に飛び込んだ詩野さんのせいでバランスが崩れ、兄弟が前のめりになってドアが全開になる。誠が少年の肩を、俺が誠の肩を掴んで何とか立ち上がった。

「止めて下さい!!いきなり暴力を振るうなんて……」

 間に割り込んだ秘書を、“都”からの使者は冷ややかに見つめた。

「へえ、中々の美人ね。どこで引っ掛けてきたの?」

「せめて知り合ったと言ってくれよ、人聞きの悪い。僕の可愛いフィアンセなんだぞ。幾ら尊敬する君でも、彼女に対する侮辱は赦さない」

 平手打ちされた弟は平然と宣言する。

「結婚?あなたがこの娘と?覗き見なんて良い教育しているわね」

「君を刺激しないためだよ。今後はずっと隣にいてもらう、秘書だからね。――美希、いい?」

「はい。あのでもエル様、実は……」

 詩野さんの視線に合わせ、二人も揃ってこちらを見た。

「ああ、構わないよ。出来ればもう少し後に登場してもらった方が良かったけど」

「私の行動まで計算済みだったのですか?」

「当然さ。美希、君は実に優秀なパートナーだよ」

 そのまま唇にキス。

「さてリュネ。この二人は見知っているかい?彼等は盗まれた“燐光”を探す事も含め、僕等と協力関係にある。同胞のため、取り合えず宝が何ら変わらず安置されているか確認を」


「坊ちゃまから離れて!!」


 使者の手が鞄の中の筒を引っ張り出す。銃だ。銃身は普通の拳銃の約五倍。全体的に銀色に光輝き、金属の正確な材質はよく分からない。

「全員手を上げなさい!抵抗すれば撃つわよ!」

「え、え……?」恐る恐るホールドアップする誠。「こ、こうですか……?」

「坊ちゃまは下ろしておいて下さい。そこの聖族!早く上げないと眉間に穴を開けるわよ!」厳しい口調で命令し、俺に銃口を向ける。


「止めて下さい!!」


 滅多に聞かない叫び声の一瞬後、ガチャン!女が構えていた銃を取り落とした。何故か金縛りに遭っているらしく、唇を戦慄かせたまま指一本動かない。

「ど、どうしたんだ急に??」

 俺が肩に触れようとすると凄く睨んできたが、振り払いたくても出来ないようだ。

「どうなってんだエル?コーヒーに痺れ薬でも盛ったのか?」

「人格を疑われるような事言うなよ兄上。僕はとっておきの豆を挽いて出しただけだ。他に考えられるのは」

「私のせい……?」

 蒼褪めた兄の手を少年が掴む。

「氣だよ兄様。きっと無意識に使って、それで動けなくなっちゃったんだ」

「え……?奇跡で、こんな風に……?」

 彼はショックを受けているようだが、本当の所どうなんだろう?今まで散々危険と遭遇してきたが、こんな発現の仕方は初めてだ。事前に氣も練っていない。

 誠は両手で同族の硬直した手を包み込み、頭を深く下げて謝罪した。

「ごめんなさいリュネさん。すぐ元に戻しますね」

 掌から温かな光が放たれ、氣が流れる。

「ぁ……坊ちゃま………」

「大丈夫ですか?どこか他に動かせない所は」

 元に戻った使者は軽く首や肩を回す。

「いいえ、もう問題ありません。それより坊ちゃま、私の傍を離れないで下さい」

 取り落とした銃を拾おうと屈みかけた所を誠が制止する。

「あ、あの!武器は、必要ありません!ここにいるのは皆私の友達です。私達の味方、なんです……どうか信じて下さい、お願いします」

 力の抜けた唇から「はい……坊ちゃま」不自然に機械的な声が漏れた。何だ、さっきまでと様子が違う。操り人形のように銃の安全装置を掛け、鞄に仕舞う。

「ありがとうございます」

 これも奇跡?どちらかと言うと催眠術のようだ。何なんだこの女?俺達は勿論こんな風にならない。とすれば聞く側に原因があるとしか。

「どうなっているんだいこれは?まるで条件反射じゃないか」弟も訝しげな表情を浮かべた。「誠、奇跡は使っていないよね?」

「う、うん。普通に話しているだけ」

「馴れ馴れしく坊ちゃまを呼ぶな、下賎の者の分際で!!」

 詩野さんはともかく、弟は怒鳴られても飄々としたままだ。

「リュネ、少し静かに話そうじゃないか。――あー、それともまた誠に命令された方がいいかい?」

 提案に反応して明らかな動揺が走る。

「だろ?女性に無理矢理は性に合わない。冷静な、大人の話し合いをしようじゃないか」

「――分かったわ」

 不機嫌なままソファに腰を下ろす。

「兄上達はそっちの二人掛けに……待った、銃に手を掛けるな。誠、美女のリクエストだ。隣に座って」

「あ、うん」

 ペタン、と子供みたいに腰掛け「そんなに緊張しなくていいですよ。皆優しい人達ばかりです」そう声を掛ける。

 使者の真向かいに弟、少年、俺の順で座った。

「コーヒーがすっかり冷めてしまいましたね。皆さんの分も新しく淹れ直しましょうか?」詩野さんの言葉に弟の顔が綻ぶ。

「ああ頼むよ美希。三人は何にする?生憎紅茶は無いけど」

「知ってる。じゃあ俺はブラックコーヒー。まーくんはいつも通りホットミルク?」

「うん」

「僕カフェオレ。砂糖はティースプーン三杯だよ」

「リュネさんは如何なさいます?」

「――ブラックで」

「分かりました。少しお待ち下さい」

 そう言って、執務室の隅に設えられた簡易キッチンのコンロに薬缶とミルクパンを掛ける。

「さてリュネ。さっきも言ったけど、“黒の燐光”の安否を問い合わせてもらえないか?なるべく早く。宇宙船に星間通信が搭載してあるならすぐにでも判るだろう?」

 手で少年と誠を示す。

「今まで二人は本国の援助を一切受けずに調査してきた。その頑張りに君等も」


「無いわ」「「「え?」」」


 一瞬何を言われたのか解らなかった。

「エルシェンカ、あなたの言う通り“燐光”は盗まれました。今“黒の都”には存在しない」

「問い合わせてもいないのに何故断言できる?さっきあんた言ったよな、最後に確認したのは二ヶ月半前だと。なのにどうして急に証言を翻したんだ?」

 だが彼女は俺の方を見ずに言葉を続けた。

「だから聖族政府は手を引きなさい。私の耳に入った以上、今後一切の事は一族が総力を上げて調査します。勿論、坊ちゃまとそこの子供はこの場で引き渡して」

「な!?」思わず驚嘆の声を漏らしてしまった。

「構わないわよね?あなた達の法律では、発見された不死族は“黒の星”への送還措置を受けるはず。手間が省けて丁度いいでしょう?」

 確かに正論だが、唐突過ぎる。

「戻して罰するのかこの二人を?今までたった二人で一生懸命頑張って、しかも俺達と何度も猟奇事件解決に協力してくれたのに?歴史の長い一族にしてはあんまりな報奨だな」

 言いつつ頭では考えざるを得なかった。兄弟がいなくなった後残される空虚感。その巨大な恐怖に頭が支配されそうになる。

 分かってはいた。俺と彼等は住む世界が違う。何れは元の住処へ帰らなければ……だが、もう?もうその時なのか?

「下界での行動に関しては“黒の都”へ帰って皆で判断します。審議するべき点はそれこそ山程ありますから」


「止めてくれ!!」


 口から勝手に言葉が迸り、溢れた。自力では到底止められない。

「なああんた、人道的に考えろよ!子供と病人なんだぞ!罰ってどんな酷い事をする気だ!?八つ裂きか、火炙りか、それとも街中引き回すのか!?仮令離れていても、二人がそんな目に遭わされるなんて耐えられない!頼む、連れて行かないでくれ!」恥も外聞も無く叫んだ。

「ウィル……」

 誠が悲しげに目を伏せる。

「それにそうだ。まーくんには“黒の星”を出るまでの記憶が一切無い。肝心の罪自体覚えていないのにどうやって判断するつもりだ!?」

「え??記憶が…………無い?」

 彼女は慌てて誠に向き直る。

「ぼ、坊ちゃま!私を覚えていらっしゃらないのですか!?」

「え、ええ……さっきから思い出そうとしているのですが、全然……」

「嘘です……本当に、まさか………」

 ボロボロッ。気丈な女の目から大粒の涙が零れた。

「リュネさん、ごめんなさい……ああでも、どうか気を確かにして下さい」

 肩に手を添えた彼に視線をやり、彼女は本格的に泣き出す。

「坊ちゃま……坊ちゃまがこんな事になってしまうなんて………私達のせいだわ……」

 しくしくしく。美希さんがトレーに飲み物を載せて戻って来、心配気に同性の方を見た。

「大丈夫ですかリュネさん?」

「ショックを受けているだけだよ。ありがと、美希も僕の椅子に座って。一緒にコーヒーブレイクとしよう」

「はい」左右の隅に書類が積み上げられた大きなデスク、それに備え付けられた黒革張りチェアの前に立ち「失礼します」と言ってから腰を下ろした。手中のカップの中身を一口。俺もコーヒーを口に入れる。マジ苦い。甘ったるいスイーツが欲しい。ってか角砂糖でもいい。

「良い香りだ。やっぱり新しい豆はいいね」

 弟は一人そう感心し、「君も早くこれが飲めるようになりなよ」少年に言った。

「えぇーやだ!そんな苦いのいらないよ!大人って変なの!!」ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレを啜りながら反論する。微笑ましい光景だ、バックミュージックが泣き声でさえなければ。

「リュネさん、涙を拭いて下さい。折角美希さんが用意してくれたコーヒーが冷めてしまいます」

「今はとてもそんな気分ではありません……ああ……」しくしくしく。「私は結構ですから召し上がって下さい」

「一族代表のあなたを放って私だけ頂く訳にはいきません。無理にとは言いませんが……」

 困った風に自分のカップを見つめる姿に、彼女は悲嘆も忘れてあたふたし始めた。

「坊ちゃまが我慢なさらないで下さい。私などのために……」

「でも……」

「一緒に飲みます、喜んで飲ませて頂きます」ゴクリ。「熱っ!エルシェンカ!秘書の教育がなってないわよ!」

「冷まさなかった君が悪い。火傷なんてあっと言う間に治るだろ、不死なんだから」

 反論しかけた横で天使がようやくホットミルクを口に運んだ。「美味しい……ありがとうございます美希さん」ぺこり。

「喜んでもらえて何よりです」

 弟がお代わりを淹れて再び席に着いた後、徐に「じゃあ美希、例の資料を出して」

「分かりました」

 家では遂に閉めたままだった革鞄を開き、左端をホッチキスで留めた数枚の書類を俺に手渡した。表紙は白紙だ。

「これは?」

「白鳩調査団担当の可能性の一つ。最近世間を賑わせている“炎の魔女”事件は知っているだろう?」

 その瞬間、複数の息を詰める音が聞こえた。すぐ隣と、斜向かいからだ。

「どうやら不死族の二人は既知のようだね。誠は?―――ああ、兄上の家は新聞取ってなかったねそう言えば。“炎の魔女”ってのは無差別大量殺人犯さ。彼女の犯行で既に四つの街が灰塵と化した。動機も、何故そこまでの力を持っているのかも不明。僅かな生き残りの話では高笑いを上げながら生きた人間を」

「エル!!」俺は首を横に振る。「詳しい説明はいい」カップを持ったまま硬直した彼を目で示す。

「――そうだね。調査自体には余り必要な情報じゃないし」

 弟はフィアンセに話し掛けるのと同じ優しい声で、大丈夫だよ誠、この話は終わりだ、と言った。

「まさかその女を探させるつもりか?“死肉喰らい”や首狩の餓鬼よりずっと」

「危険だろうね。だけど宇宙を統治する政府として、これ以上の蛮行を赦すつもりはない。死者だけで万単位だ。今頃ヤシェ達が嬉々として書き殴っているだろうね、聖族政府は野良犬以下の無能集団だって」

 そこではぁ、と溜息。

「実は調査を議題に出した途端、政府員の半数近くが有休を取って逃亡したんだ。正直早く“魔女”事件を解決させないと政府自体機能しなくなる。切実だろ?」

 ハッ!反体制派が嘲りの息を吐く。

「金も権力も持っているくせに腑抜け揃いね。そのまま滅びればいいのよ。残った物は私達がもっと有効利用してあげる」

「おいおいリュネ。この宇宙のインフラ整備はどこがやっていると思っているんだい?人口三百人前後の不死族に維持は無理だ。と、ああそうだ」弟は立ち上がり、詩野さんの隣でデスクの書類の山に判を押し始めた。「赦してくれよ。如何せん人手不足なんだ、現在進行形で」

「忙しいエルを私達でも手伝えるのが、その女の人を探す事なんだね」

「話が早くて助かるよ誠。兄上、五ページ目を開いて」顔を上げないまま指示する弟。

 ぱらぱら。何々……幽族の大貴族、アイゼンハーク家の、家系図?

「この一族がどうかしたのか?」

「現当主の下に六人の兄弟の名前があるだろう。その内の左から四人は既に死亡が確認されている」

「……まさか、“炎の魔女”に殺されたってんじゃないだろうな?」

「その通りさ。一つの街につき一人ずつ。偶然にしては出来過ぎてるだろ?確率的にも相当低い」

「動機は?」

「相手は貴族だ。大体想像が付く」

「遺産か。となると犯人はこの二人のどちらか」

 一生食っていけるだけの金があればもう充分だろうに。わざわざ兄弟のパイまで奪う心理が俺には理解できない。

「僕等はそう睨んでいる。但し本命はあくまで結託している“魔女”だ。最終的に奴を引き摺り出さなければ意味が無い」

 当主はビル。二人の息子はワーズワムルとベリド、五男と六男か。

「こいつ等の母親は?」

「十数年前に蒸発して以来行方不明だ。前当主にして稀代の夢使い、エミル・アイゼンハーク。君なら知っているんじゃないかい、リュネ?」

 沈黙を保っていた女は眉間に皺を寄せた。

「ええ勿論。常識以前の問題ですもの。でも驚いたわ、幽族の中でも能力の高さで知られたアイゼンハーク家が滅亡寸前なんて」

「?跡取りはまだ二人いるぞ?この事件でどうなるか分からんが」

「違うわよ。跡取りはどっちも男、問題はそこ」

「??どういう事ですか?男性ではその、不都合があるんですか?」

 同胞の質問に、彼女は得意気かつ猫撫で声で説明を始める。

「ええ坊ちゃま。魔術と違い、夢を扱う能力と言うのは男女差が非常に大きいのです。そのため名のある夢使いの家は全て母系一族、当主も代々女性と決まっています。しかしアイゼンハーク家の場合、前当主は失踪して残されたのは男子のみ。仮に張りぼての跡取りが女児を儲けたとしても、先代からの技術の継承は不可能。能力無き一族は没落するしかありません」

「……ま、確かにね。この調査を見る限り、現当主達はどうやら天才と謳われたエミルの遺産を食い潰して生活しているようだし、今更自力で稼ごうとは思わないかも」弟が手に持った書類をパン!と指で弾く。「食い扶持を減らせばその分自分が楽に暮らせる。そう考えても全くおかしくないね」

 動機は充分、って訳か。

「……どうして、そのエミルさんって人はいなくなったのかな?家族が困るって分かっていたはずなのに……」

「本人の意志ではなかったのかもね。色々想像は出来るけど決め手に欠ける」大人しめに言う。流石百戦錬磨の弟でも誠相手に、殺された、などと滅多な事は言えない。

「で、エル。要するにこいつ等が“魔女”と繋がっていないか調べればいいんだな?」

「そう言う事。アイゼンハーク家は“赤の星”の首都オルテカの一等地。君等には家人の外出時に尾行し、接触が認められた場合“魔女”もろとも捕縛して欲しい」

 成程な……。

「餌に釣られてえらい貧乏籤引いちまったよ」

「僕だって身内と友人を犠牲にしたくない。困った事があれば何時でも電話してきてくれ、出来るだけサポートするよ」

「つまり来ない訳だなお前は」

「司令塔だからね。死んだら精々恨むといい」

 軽口を叩きつつ、弟の心中は恐らく俺達への申し訳無さで一杯だろう。似ていないとは言え双子、最近は何となく考える事が分かってきた。無責任な四天使に代わって政府を支える大変さ、何百分の一とは言え俺も理解出来る。

「お前が恨まれるべきは高性能でしかも美人の婚約者がいる事だけだ」

「そりゃ光栄だね」わざわざ書類から顔を上げ、悪戯っぽいウインクを返す。


「ねえ!」


 いつの間にか不死族の使者は腕組みし、こちらを睨んでいた。

「エルシェンカ!あなたさっき『友人』と言ったわよね!?誰の事」

「話の流れ的に一人、いや二人しかいないだろ?」弟が兄弟に視線を向ける。

「巫山戯ないで!坊ちゃまをこき使う気!それもそんな無駄な調査に」

「無駄?」会心の笑みを浮かべる。「何故君にそれが判る?その口振りだとまるで“魔女”を知っているようじゃないか」

「穿ち過ぎな感想ね!私はただ可能性が極めて低いと判断しただけよ。大体発想が飛躍し過ぎているわ、六種と契約して街を破壊しているなんて……労力に見合う報酬、没落貴族如きが対価に何を支払えると言うの?」

「確かにな。街四つ分のギャラになりそうな物なんてそうそう」

「それは本人達に訊けばいい。他人には理解し難い取引なのかもしれないしね。――リュネは反対みたいだけど、どうする誠?」

 彼は少し躊躇した後、首を縦に振った。

「行くよ、ウィル一人じゃ危険だし……戦えなくても炎を遮る壁ぐらいにはなれるから」それから小さな同胞の目を見る。「でもオリオールは安全な所にいた方がいいと思うよ。白鳩の正式なメンバーじゃないもの」

「ヤダ!!」

 予想通りの甲高い拒絶。

「だけど、今までよりずっと危険らしいし」

「なら兄様も残ってよ!」

「それは駄目。ウィルにもしもの事があったら」

「じゃあ決まり!僕も兄様達と一緒に行く!もう確定だから文句言わないでね!」

 やり込められた誠は呆気に取られた後、しょうがないなあ、宜しくね、と微笑んだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい坊ちゃま!?“黒の都”へ帰られないおつもりですか!?」

 使者の言葉に、彼の表情が曇る。

「残念ですがリュネさん、今はまだ……。“炎の魔女”は現在宇宙で最大の脅威です、私達不死族も含めて……次に焼き尽くされるのは“黒の都”かもしれません。そうでなくても、このまま放っておけばまた多くの人の命が消えてしまいます」

「“都”を“魔女”が攻撃するなど有り得ません!坊ちゃまは聖族共に騙されていい様に使われているだけです!あぁ、お願いです。帰ると仰って下さい。でないとこのリュネ……どうしたらいいか……」

 再び泣き出しそうな彼女に対し、誠は「済みません。咎は戻ってから幾らでも受けます。ですから今だけ、私の我儘を赦して下さい」珍しくきっぱりと言い切った。

「それより、さっきの『有り得ない』発言は聞き逃せないぞ。きっちり理由を聞かせてもらわないと」今度は弟が詰問する。「本当は“魔女”を知っているんじゃないかい?」

「馬鹿馬鹿しい!有り得ないと言ったのは下界のどこより難攻不落だからよ!死なない兵士に魔術機械の防衛力。それに比べたらシャバムなんて紙の防御だわ」

 成程、自信分差し引いても普通の街より危険度は低いか。暗黒の支配する街、“燐光”不在の現在、誰にとっても特別攻め落とす理由は無いだろう。

「――でしたらリュネさんも御一緒に行っては如何です?」

 それまで黙って俺達の話を聞いていた秘書の提案に、不死族は目を丸くした。

「それは良いアイデアだ。流石は美希」

「どうしてそうなるのよ!?」

「と言う訳で頼むよ兄上」ニヤニヤ笑いながら言う。「間近で魔術機械を見られるなんて羨ましいなあ!いや実に羨ましい!一生に一度かもしれないよ、帰って来たら是非感想を聞かせてくれ」それが本音か。代わってやりたいのは山々だが、無理なのは本人が一番承知しているはずだ。

「ああ、分かった。楽しみにしていろよ」

 せめて気楽な立場にある兄としてそう言ってやった。

「勝手に決めないで!!」



 お茶会が終わり、ウィルが美希さんから資料の入った封筒を受け取る。

「調査に必要な物は、先に現地へ行った交代要員の方から渡されるはずです。まずはオルテカの政府駐在所へ行って下さい。連絡は既にエル様が」

「分かった。ところで誰なんだそいつは?俺達の知り合いか?」

「知っているも何も、僕の一番の使いっ走りだよ」

「何だラキスか。それなら引き継ぎはスムーズだな」

 そう言えば執務室に来るまで一度も姿を見ていない。普段なら一日何度かは廊下で会って明るい挨拶をしてくれるのに。

 リュネさんはあれからずっと不機嫌なまま。一応付いて来てはくれるみたいだけど、大丈夫かな……?

「誠、いいかい?」

 エルが私を呼び、廊下へのドアを指差す。

「どうした?」

「個人的な話。少し借りてくよ」

「ああ」

「ちょっとエルシェンカ!勝手に坊ちゃまを」

「調査中の体調管理についてだよ。幾ら君でも医療に関しては素人だろう?」

 言葉に詰まったリュネさんを置いて、私達は廊下を出た。執務室から数十歩先、資料室のプレートが掛かった部屋に入る。狭い室内に天井まで届きそうな本棚の壁が何列も並び、中はぎっちり分厚いファイル。古紙の匂いがぷん、と鼻に入ってきた。

「俺に用事か?」私にしか見えないあの人が左肩に顎を置いた。確かに重さを感じるのに、友人の話では彼は『いない』人らしい。「野郎と個人面談なんてゾッとしねえな」

「仕方ないだろう。君の声は僕と誠以外聞こえないんだ。あそこで喋ってみろ、二人揃って立派な気違いだぞ?」エルは両腕を上げて掌を天井に向ける。「美希や兄上の失神する姿が目に浮かぶよ」

「惚気を聞かされるために俺は呼ばれたのか?」

「それは今度白鳩全員が集まった時に」

「する気かよ!?」

 彼は片手を振る仕草をした。

「単刀直入に、リュネの隠している事について知る限り全て教えてくれ。彼女の、特に誠に対する様子は只事じゃない。そこら辺の説明が是非とも必要だとは思わないか?」

「ま、確かに外の人間から見りゃかなり異常だわな」

「一族の文化に多大な貢献をしているはずの彼女よりもヒエラルキーが上。小晶 誠とは一体何者だ?それにあの金縛りや暗示状態は」

「やれやれ。知らずにいた方がお前のためだと思うが……その分じゃ一応仮説がありそうだな。聞いてやるよ、言ってみろ」

 友人はその台詞を待っていたようだ。

「結論から言うよ、違っていたら教えてくれ。――誠は“燐光”の守り手なんじゃないか?」

 彼は興味深げに眉を上げた。「ほう、どうしてそう思った?」

「“燐光”を守る者なら真っ先に探しに行くのは当然だ。そして至宝は一族の命も同然。仕える人間が他より階層が上と言うのも至極当たり前の話。金縛りや暗示は目上の者を前にしての過緊張。これが僕の仮説だ、どうだい?」

「成程な……大外れだ。いや、ほんの一部いい線行っているか」

「パーセンテージ的には?」

「五パー、いや三パーセント。考え方自体は悪くない。非常に常識的な回答だ、こっちの世界でなら充分有り得る」

「それは残念」

 納得しかけた私もがっかり。晴れかけた霧がまた立ち込めてしまう。

「なら改めて訊こう。誠は何者なんだ?黙秘権はある。ただ本国に知られた以上隠しておくのは得策ではないと思うが、如何かな?」

 友人は腕を組んであの人、つまり私を真っ直ぐ射抜く。何だかとても恥ずかしい。

「あんまりこいつを見つめるなよ。そっちの気があんのかお前?キモ」

「兄上じゃあるまいし、ある訳ないだろ。僕は完全なヘテロだよ」

 え?どうしてそこでウィルが登場するの?困惑する私を他所に二人は話を進めていく。

「とにかくだ、手前に話せる事は無い。下手に調べようとすればあの女の怒りを買うぞ」

 警告に、エルは顎に手をやってふんふん頷いた。

「それはそれは、ますます興味が増してきたね」

「俺の話聞いてねえな……おい」

 彼に背中を押されて、仕方なく私からもお願いする。

「この人もこう言ってくれているし、その、エルは関わらない方がいいよ。何か思い出したらちゃんと相談するから」何時になるか分からないけど。「それじゃ、駄目?」

「誠、僕はね……君の記憶はもう戻らないんじゃないかと思っている」

「え?」

「そいつのせいでね」見えないはずのあの人を指差す。「だから知る必要があるのさ。その記憶が齎す脅威を」半分が青紫色の友人の顔に陰が射す。「最近起こった三つの事件の原因もそこにある気がするんだ。ジプリールは美希に言った、“燐光”を探せと。全ての根は君達一族の宝に繋がっている、そうだろ?」

 唇を噛み締めるエルはとても苦しそうで、悲しそうだ。我知らず、私は謝罪の言葉を口にしていた。

「……済まない、責めている訳じゃないんだ。誠は僕等のためによく頑張ってくれているよ。非の打ち所が無いぐらい、本当に」

「お前等が働かなさ過ぎるだけだろ」

 酷い返答だ。

「君の兄弟は心底口が悪いね誠。しかも肝心の事は何一つ喋らないときたもんだ」言いつつ何故か表情は晴れやか。「話はまた今度にしよう。そろそろ兄上達が痺れを切らしている頃だ」

 執務室に戻った私の元に、リュネさんが駆け寄って来て色々な事を訊かれた。席を外している間、凄く心配していたみたい。でもエルを危険視し過ぎだ、彼が暴力なんて振るう訳無いのに。

 二人と別れ、四人で政府館を後にする。真っ直ぐ船着場に向かおうとした私達を、不思議そうな顔をしてリュネさんは引き留めた。

「どこへ行かれるおつもりです坊ちゃま?船はあちらに御用意出来ていますよ」

 そう言って政府館の裏、普段立ち入らない船着場へ案内された。一番奥に停泊した銀色の小型船の出入口ドアを開ける。「さ、御乗り下さい」差し伸べられた手を掴んで乗り込む。弟、最後にウィルが続く。

 船内は操縦室を始め、キッチンやラウンジなどもあった。いつも乗る宇宙船のように対面席でない、しかもふかふかのソファ。オリオールが真っ先にお尻を沈み込ませて喜ぶ。

「まるでホテルだな」

 ウィルの感嘆の声に、定期船が汚れ過ぎなのよ、リュネさんが批判的に言った。あんな物に乗る六種共の気が知れないわ。

「そう、ですか?私は余り気になりませんが……」

 彼女が一人操縦室に入って五分後。信じられない事に、平然とラウンジへ戻ってきた。

「!?おい、操縦はどうした?」

「自動航行に移行させたに決まっているでしょう。あと十分程経ったらワープするわ。一分程船内の重力が弱まるから、どこかに掴まるか座るかして、怪我するわよ」

「??」

「坊ちゃま。オルテカには約一時間で到着します。こちらへどうぞ」

 リクライニングソファが倒れ、横になった私の肩から靴を脱いだ爪先まで毛布が掛けられた。肌心地が良くて温かい生地だ。

「そのままお休みになって下さい」頬、そして額に触れ「冷たい……後で空調を上げておきますね」

「あの、本当に一時間で着くんですか?」普通ならどんなに速くても三時間は掛かるのに。

「はい。この船は私の開発した魔術機械を採用しております。六種の船など本船に比べれば蟻の行進も同然。空間移動、つまりワープ機能も搭載し、ここから“黒の星”へも三時間程度で移動可能ですよ」

「それは凄い!魔術機械って素晴らしい技術ですね」

「坊ちゃま……」破顔一笑、女性らしい表情になる。「喜んで頂けて光栄の極みです。これで記憶さえ戻ればどんなに……」

「相変わらず大袈裟な女だ」あの人が耳元でボソッと呟く。「こいつは中々厄介な奴だぞ。連中の中じゃ五本の指に入る面倒さだ」

 聞こえていないとは言え、面と向かってその評価はどうなんだろう。

「どうやらこの船には他に誰もいないみたいだな。いいか、降りたらくれぐれも二人きりになるなよ。奴はお前を連れて帰るのを全然諦めていない。ぼーっとしてると誘拐されるぞ?」

 私の目線が不自然だったのか、彼女の顔に影が現れる。

「坊ちゃま、どうかなさいましたか?船酔いでも」

「あ、いえ……その」

「昨日は寝るのが遅くて、それで少し疲れているんです兄様。僕達が静かにしていないと」

 オリオールが小さな手で毛布越しに私のお腹をトントン叩く。

「そうだな。あんたは席を外してくれ。記憶の無い今は他人同然だし、傍にいられると緊張しちまう。な、まーくん?」

「う、うん……あの、どうか私の事は気にしないで下さい。幾ら同族でも甘え過ぎてはいけないと思いますから……リュネさんにもお仕事があるんですよね?私は二人とここにいるので、そちらをなさってきて下さい」

「――お気遣い感謝します。ですが坊ちゃま以上に優先される用など私には……」辛そうに息を吐く。「いいえ。こうして話していては何時までも眠れないのですよね?分かりました、私はコクピットに下がらせて頂きます。何かありましたら」ジロッ!上からオリオールを睨む。「彼に遠慮無くお申し付け下さい。では、失礼します」

 バタン。ドアが閉まると同時に二人の溜息が聞こえてきた。

「大丈夫?」思わず両側に声を掛ける。

「何とかな。しかしギスギスした女だ。一緒にいるだけで心拍数が上がっちまう」

 ソファに座り、今度は肩から息を吐き出した。反対側にいる弟はキャスター付きの小さい椅子を押してきて私の隣で腰掛ける。

「いつもあんななのか?」

「割と。研究で滅多に街中へは出て来ないけど。僕も会ったのは今日で三回目ぐらい」立て膝で肘を支え、両方の掌に顎を乗せて喋る。

「こいつの?」床を指差し「一人でか?」

「エンジンとか大事な所はそう。他は流石に手伝ってもらったんじゃない?女の人一人で全部の材料を運び込むのは無理だよ」

「まあな。って事は“黒の都”にはそれなりのドッグがある訳だ」

「郊外の方にね。僕はカンケイシャじゃないから、中に何があるのかは知らないよ。あの銃より強力な武器だってあるかも」

「成程な」

 “都”の話をしたがらない弟も、慣れたウィルの前では口が軽くなるみたいだ。実は彼も内心誰かに喋りたかったのかもしれない。気兼ね無く話せる、誰かに。

 目を瞑った私に配慮して二人は小声で会話を交わす。顔の上で飛んでいく声と声。

「お兄さんは僕達が帰ったら寂しい?」

「当たり前だろ。毎日こうして会う隣人がいなくなりゃ」

「違うってば」ぶぅ!ほっぺたを膨らます音が聞こえる。「さっき凄く怒ってたじゃん」

「あれは、あの女の言い様が余りにもお前達を無視していたからだ」

「ムカつく、このクソアマ、ブタヤロウって事?」

「違えよ。一体どこでそんな言葉覚えたんだ。まーくんの前で使ったら殴るぞ本気で」

 暴力反対!弟が半分面白がって言う。

「なあ、無断外出ってのは……実際どんぐらいの罰になるんだ?あと、外界の人間に正体がバレた場合」ポリポリ頭を掻きながら尋ねた。

 ギィギィ。弟が不安を紛らわせようと椅子の上で左右に揺れる。

「人による」

 ギィギィギィ。

「でも、僕は極刑確定」

「?何だって?」

 五月蠅いぐらい激しくオリオールは椅子を鳴らす。

「帰ったら死にたくなるような拷問にたっぷり掛けられるよ。その後――ヘイトさんみたいに核を壊されて、苦痛を与えられながら嬲り殺されるんだ、多分」

「まさか……お前は宝を探しにきただけなんだぞ?そりゃ、うっかり正体を晒しちまったのは痛いミスだったが、仕方ないっちゃ仕方ない。逆にそのお陰で宇宙にネットワークを持つ政府の協力を得られたんだ。災い転じて福と為す、刑に加算されるような事じゃない」

 説得するウィルの声も震えている。だって不死族にとって核は心臓、破壊されると言う事は――即、死を意味する。

「要は“燐光”さえ取り戻せばいいんだろ?なら何も怯える必要は」

「皆酷いよ!!」

 叫んだ弟の口をウィルが慌てて立ち上がって塞ぐ物音がした。

「こら!まーくんが起きちまうだろ、折角寝たのに」

「……ごめんなさい」

 どうやら私は寝たフリが上手らしい。二人共全く気付いていないようだ。

 記憶喪失になって目覚めた時、その最初の記憶を思い出す。酷いショックを受けた弟は、そうだ。鞄から小さな茶色いノートを出して、中に書かれた単語を一つ一つ言ったのだ。本当に知らないと判るまで何度も……。そう言えば、一つだけ人の名前があった。“ゲイル・ハワード”、確か一番時間を掛けて思い出させようと――名前の刻まれたお墓にも行った。それでも記憶は一片も浮かばず、以来弟は一度もその名を出していない。


―――どうして忘れちゃったの兄様?あんなに会いたがっていたのに……。


 そうだ。ゲイルさんのお墓から帰るまで、弟は懸命に私の記憶喪失を治そうとしていた。だけど今は逆に、少しでも思い出すのを怖がっている。

 もしもあの時、その人の事だけでも思い出せていたら、オリオールはどうしたんだろう……分からない。

 気配で並んで座ったのが分かった。キィキィ、今度は二人で揺れている。

「でも、もう駄目だよ……リュネさんは一族の中でも厳しい事で有名だもん。首に縄付けてでも連れて帰る気だ」

「そんな横暴が許されるか。あいつにとってここは治外法権区域だぞ?政府の組織の人間を勝手にどうこうしたらそれこそ犯罪だ」

「関係無い。下手に止めたらあの人、一族を率いて戦争しかねないよ。兄様は特別だから何とかが立つんだ。ほら、タイギ……えっと、何だっけ?」

「大義名分」

「べ、別に知らなかった訳じゃないよ!?お兄さんを試してあげたんだ」

「はいはい。つまり度忘れしたんだろ?」

「違うってば!」

 微笑ましい会話に寝たフリを止めて混ざりたくなった。だけど瞼を開けかけて止める。途中で起きたら二人にまた気を遣わせてしまう。

 ドアが開く音。リュネさんが弟を呼ぶ声。

「ここで話せばいいだろう?」

「聖族の耳には入れたくないの。来なさい」

「はい」返事してから私の傍に寄る。「すぐ戻って来るからね兄様」


 パタパタパタ……バタン。


 残された静寂の中、ウィルが頭を優しく撫でた。

「本当は眠っていないんだろう?起きてていいぞ?」

「え……どうして……?」

 眩しさを感じつつ両目を開ける。ずれていた毛布を友人が肩の上に直してくれた。

「朝眠ったばかりだし、何となくな。オリオールは本気で気付いてねえみたいだけど。一丁前に喋ってても、やっぱまだまだ子供だな」

 ワープと言うのは気付かない内に既に終わったらしい。目の前には耐圧硝子越しに無数の星が漂っている。部屋の照明を落とせばもっと綺麗に見えるだろう。

「済まない、あんまり記憶の鍵になるような話は聞けなかったな」

「いいよ、そんなの……二人が楽しそうにしているだけで、私は嬉しいよ」

 そう言うと何故か彼の頬がさっと赤くなった。

「そ、そうか……」

「?」

 どうしたんだろう?彼の顔を覗き込もうと上体を起こしかけた時、窓の右側半分に白い船体が現れた。見覚えがある、でもどこで?……あ。

「あれ、天宝の船か?」ウィルも私と同じ事を考えていたらしい。よく見ようと窓辺に立って「まーくん!あそこ、アイザがいるぞ!」

「本当!?」

 急いで起き上がり、ウィルの隣まで行って人差し指の方向にある丸窓を見る。いた!宇宙空間越しに確かに視線が合う。慌てて右腕を振って応えると、向こうは上背のある分もっと大きいボディランゲージで返してくれた。

「天宝の人達もオルテカに行く途中かな?」

「操縦室の無線を使えば話せるはずだ。行って頼んでみよう」

 廊下に出ると、弟が目的地のドアを開けて駆けてきた。

「あ、兄様!丁度良かった!通信入っているよ、大きいお姉さんから!」

「向こうの方が一瞬早かったみたいだな」

 コクピットは沢山のボタンやレバーが付いた機械が部屋の半分を占めていた。中央で座っていたリュネさんが不機嫌そうにこちらを振り返り、私を認めて慌てた。

「坊ちゃま!?お休み中だったのでは」

「無線を繋いで下さい。私の友達なんです、お願いします」

「あの無礼な女が御友人?――わ、分かりました。音声を出します」


 ザ、ザザッ……ピー。『ちょっと、聞いてるの?』


「私だよアイザ。オリオールとウィルも一緒だよ」

『……その声、誠?やだ、一瞬どこの御令嬢が出たのかと思ったよ。吃驚した』

 溜息の後、彼女は早口で捲し立て始める。

『聞いてよ三人共。その女、賎しい人間の言葉は聞きませんっていきなり通信切ったんだよ!それも二回も!まだそこにいる?』

「あ、うん。リュネさんは船長さんで、この船もリュネさんの物なんだ。彼女は私達の同族で、これから一緒にオルテカに行って調査団の仕事を手伝ってもらうの」

『同族……って事は不死?ふーん、あんた達二人とは随分違うタイプなんだね』

 どうやら相当怒っているようだ。見えていない事を承知で私は頭を下げ、友人に謝罪した。

「坊ちゃま!?たかが六種の小娘相手に頭を垂れるなど、止めて下さいませ!」

 上体を起こそうと伸びてきた手をやんわり遮る。

「でもリュネさん。彼女は大切な友達なんです、失いたくない……」

『――誠、頭を上げて。あんたが謝る事無いの。もう怒ってないから、頼むよ』

 姿勢を元に戻した私はもう一度謝った。

『止めてってば!あんたみたいな素直な子に謝られると、まるでアタシが悪者じゃない!ウィル、引き起こしてあげて今すぐ!』

 隣にいた彼は苦笑。「これ以上上げたら勢い余ってバク転しちまうぞ?」クスクス。つられて向こうも笑い出す。

『あはは!首の骨折れそうだからいいや。それより、アタシ達もこれからオルテカに降りるんだよ。うちは八番ドッグ、そっちは?』

「――九」眉間に皺を寄せてモニターを睨みながらリュネさんが答えた。「非常に残念だわ」

『本当に?ラッキー!着いたら直接話………あ、ごめん。ちょっと待ってて』

 内容は分からないけど、微かに誰かと話す声が入ってくる。

『あーあー、聞えておるかの?』宝お爺さんだ。

「ああ爺さん、ちゃんと入ってるよ。アイザはどうしたんだ?」

『休んでいた母親がコクピットに入ってきただけじゃ。宥めるのに少し時間が掛かる、済まんの』

 アイザのお母さんが……約一週間前の不安そうな顔を思い出す。

「あれから順調に回復しているのか?」

『肉体の衰弱はほぼ完治したようじゃ。じゃが精神的には……』お爺さんは唸る。『のう、二人共。良ければ……』

「どうしました?」

『ごめん皆、話の続きは船着場に降りてからにして!ほら、お母さん。休憩室に戻ろう――』

 遠ざかる友人の足音。

『済まんの。バタバタしてしもうて』

「別に構わないさ。長く自由を奪われていたんだ、多少混乱していても無理ない。俺達にできる事があれば言ってくれ」

『ありがとう。――では、オルテカで』

「はい」

 プツッ。





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