表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダンボールからはみ出した故郷

作者: かちゃ

 留守番電話のランプがちかちかと点滅していた。

誰もいない真っ暗なアパートの部屋の中に、まるで蛍が潜んでいるように、小さな緑の光が息づいていた。

一日中窓を閉めきっていると、ぬらりとした熱気がこもってしまう。仕事で疲れきって帰った夜、そんな空気にねっとりと肌を包まれると、私の背中に重たい淋しさがのしかかってくる。


『蛍のかがやくまち』

 私の故郷は、そんなキャッチフレーズが物語るように、手つかずの自然しか誇るものがない退屈な田舎町だ。

毎年、夏が近づくと、実家のそばの小川にはたくさんの蛍が集まってくる。川べりに立つと、満天の星空が私の足元まで降りてきたみたいに緑の光でいっぱいになった。

私はそんな故郷が好きだった。でも、高校を出ると地元ではろくな就職先が見つからない。だから私は、同じ県内の大都市に小さなアパートを見つけて暮らしている。

毎日、日付が変わる頃まで働いて、休日は気が抜けた炭酸水みたいに眠って過ごす。そんな暮らしを三年も続けている。長い間実家に帰ることもできなくて、一人暮らしの母に電話すらしていなかった。


 留守番電話に吹き込まれた声は、実家に近い郵便局の人のものだった。

私から、実家の母に宛てられた小包を配達したのだけれど、何度たずねても母が不在だというのだ。

 ――小包?

 私は、母に宛てて荷物を送った覚えなんてなかった。

たぶん郵便局の人が、差出人の名を言い違えたのだろう。母が畑で作った野菜や、手製の保存食を小包で送ってくることが度々あったから、また何か送ってくれたのかもしれない。

箱に「ナマモノ」と書いてあるので、郵便局では扱いに困って私に電話をしてきたんだそうだ。


 翌朝、仕事に出かける前に実家に電話をかけてみた。何度かけても留守番電話のメッセージが流れるだけだった。駅のホームからも、そのあと仕事の合間にも、何度も電話してみたけれど母は出なかった。

私の心にはじめて不安がよぎった。

母は旅行に出ているだけかもしれない。そう考えて自分の気持ちを落ち着かせようとした。

けれどそれはうまくいかなかった。

離れて暮らしていても、しばらく家を留守にするときには、いつも私に連絡をくれる律儀な人なのだ。私に黙って何日も出かけてしまうなんて考えられなかった。

去年のお正月に帰ったときには、いつもどおり元気そうに見えたのだけれど、しばらく会わない間に身体を悪くしてしまったのかもしれない。

もし家の中で一人で倒れていたりしたらどうしよう。

私は不安でたまらなくなって、上司に事情を話し、翌日までの休暇をもらうことにした。


 私は故郷の町で、実家へ向かうバスに揺られていた。窓の外では、濃いオレンジ色の夕陽が山肌やあぜ道の影を真っ黒に焼きつけていた。

私はひざの上に置いたダンボールに手を触れた。

バスの待ち時間があったので、ついでに郵便局に寄って、小包を受け取ったのだ。それは両手のひらにすっぽり収まるぐらいの小さな箱で、何も入っていないみたいに軽かった。

伝票を確かめると差出人の名前は私になっていて、宛て先には、母の名前と実家の住所が書かれていた。

その字は間違いなく母の書いたものだった。

しっかり者の母がこんな単純な書き間違いをするなんて、やはり身体の具合が悪かったのだろうか。


 厳重にガムテープで閉じられた箱を開けながら、郵便局で局長さんに言われたことを思い返した。

母はいつも、小包を送るたびに、何も連絡をよこさない私を心配していたそうだ。

 ――たった一人の親なんだから、もっと顔を見せて安心させてやらなきゃ

 局長さんは、私がまだ子どもの頃から知り合いで、おじいちゃんみたいな存在だったから、その言葉はあたたかく私の心に沁みてきた。



 箱を開けると、一枚の紙切れが入っていた。

そこにも、懐かしい母の字が書かれていた。

 ――たまにはゆっくり休みを取って帰ってきなさい



 浮かんでくる涙で母の字がゆがんだ。いろいろな感情が、いっぺんに私の胸にこみ上げてきた。母が無事だったことが分かって、張りつめていた気持ちが一気にゆるんだ。こんな子どもっぽい悪戯を仕掛けられて、大事な仕事を休む羽目になったことにものすごく腹が立った。でも、久しぶりに故郷に帰ってきれいな夕陽を見られたことが、とても嬉しかった。

そういえば、明日は母の誕生日だった。

今夜だけはゆっくりと母と話をしよう。母に仕立ててもらった浴衣を着て、久しぶりに蛍でも見に行こうか。

それよりも、実家に帰ったら母にどんな言葉をかければいいだろう。バスに揺られながら、私は考えをめぐらせた。



 私は実家の玄関に立つと、呼び鈴を押した。

そしてこんな風に声をかけた。

「お届けものです」

 母が待ちかねていた小包の中身を届けるために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ