2話 日は沈む
夕暮れ時、空が綺麗な橙色へ変わる頃。
「まさか、奢ってもらえるなんて思わなかったね」
「そうですね。なにか悪い気もしますが」
二人はお詫びとお礼として、女の子の両親にカフェテラスでラテを奢ってもらった。
太陽は、地平線へと着実に沈んでいる。もうすぐ夜が訪れるのだが、人々は遊園地から離れる気配が無い。何故なら夜には恒例のパレードが行われ、園内中を騒音とライトと演出と、そして活気と熱気で彩を添えるからである。
人々は、楽しい夜に胸を躍らせながら、辺りを行きかっていた。
「結局、アタシ達って必要なかった気が……」
「言うな、何も言うな……」
アホ友の言葉を気さく友は遮った。
悉く作戦に失敗した四人は、一同集合し、中島と源を隠れて見守っていた。
補足だが、アホ友は幼児退化から元に戻っている。
「まぁ、でもこの感じなら源さんが中島を振ってくれるんじゃない?」
「だな。何だかんだ源さんが頑張ってくれて良かったよ」
「魔法が凄いってのもあるけど、一日人に触れられず過ごすって凄いよね」
「やっぱり最初っから使っときゃ良かったんじゃ?」
「まあまあ。何はともあれ無事に事が進んだんだし良いじゃん。多分これから中島の告白を源さんが振ってくれるだろうし。一応一安心かな」
「…………いや、アタシは全然無事じゃないけど?」
「「「あ、あははは」」」
四人は、肩の荷が下りたのか、お疲れムードで軽い会話を交わす。
デートは、そろそろ終わりの時間を迎えようとしており、もうすぐ中島と源は帰路へ着こうとしていた。
中島と源は、手元のラテをゆっくり嗜みながら、テラスで夕暮れに染まる園内を眺めている。ラテからはほんのり熱が感じ取れて、気温も下がりいよいよ夜が降りてくる今の時刻において、大変有難い暖かみである。
カフェテラスは人々で賑わっているが、喋れない二人の空間はいやに静かで、世界から遮断されたような感覚に陥る。
そしてその空間は、ゆっくりと進んでいた。
「あの迷子の子の家族、とても仲が良さそうで、微笑ましかったね」
ふと、その静寂を遮るように中島が口を開く。視線は、園内にいる人々に向けられている。行きかう人々の中には、親子共々仲睦まじくする光景が何組も観覧できた。
その家族ら全員が笑らっており、中島も釣られて、口元が緩んでいく。
「ああいう家族が、良い家族と呼ばれるのだろうね」
「……そうですね」
源も中島と同じ光景を眺めている。
人々は、とても楽しそうで………………まるで人生の絶頂を体験しているように愉しそうで。
「……いい、ですよね。ああいう家庭を作っていくのは、きっと素敵ですよね」
つい、本音が零れてしまう。
ハッと我に返る。自身が吐露した感情は、紛れもなく本物で。しかしこの場で口にするのは余り芳しくない言葉で。褒められる発言ではなくて。しかしつい発してしまった。
源は、自分が先程から少し可笑しい事に気付いていた。
感情を抑える魔法を使っているのに、何故か感情が揺れ動くことが今日何度かあった。
それは決まって中島が関係している時に起こり、そしてその感情の名前は…………。
源は、咄嗟に中島の顔を確認する。
中島は呆気に取られた表情をしていたが、すぐに微笑んで。
「僕も、君とあんな家庭を築きたい」
「…………っ」
甘いマスクの微笑みは、やはり源の心に波風を起こした。
胸のあたりがドキドキしだして、つまり心臓の鼓動が早くなっていた。
(な、何か、話題を変えるか? なんだか、その方がいい気がする)
この話題のまま話を進めるのは、どういう訳かダメな気がする。源はそう考えた。
何か別の話題は無いか。逡巡して、そうだと、気掛かりだった事を聞いた。
「聞いても、いいですか?」
「ん? どうしたんだい?」
「な、中島君は。今日はなんだか、奥手というか……その、何というか…………」
「ああ、なるほど。言いたいことは分かるよ」
中島はラテを啜って、ふうっと一息ついた。
「確かに、今日の僕は源さんに合わせたアプローチを目標に、いつもより抑え気味に接していたんだ。電車に轢かれた時に、そっちの方が良いのではと悟ったからね」
「私に合わせたアプローチ?」
「そうさ。源さんが自然で楽しんでいられる様な、そんなデートを目指していたんだ。だから、今日は少し控えめに行こうって決めていたんだ」
「…………なるほど」
((((なるほど~~~~))))
源と、隠れて観察していた四人は納得する。だからいつものような大胆な奇行はしなかったのだと、今日を振り返って辻褄を合わせる。
空はもう橙色の部分が少なく、代わりにダークブルーと一番星が敷き詰め始めていた。
もうすぐ日は完全に落ちるだろう。
中島は空を見上げ、「でも…………」と話を続けた。
「先程のお嬢さんと話をしていて、言われたんだ。『告白は自分の気持ちを素直に隠さず伝えるべき』……とね。少しハッとしたよ。今の感情を抑え込んでいる僕は、自分に噓を付いているのではとね」
「………………ウソを、ですか?」
ギクリと、源の胸が痛たんだ。いままさに源自身がそうであるからだ。
「別に、相手に合わせて愛を育むのは間違っているとは思わない。いや、寧ろそれが正解だろう。それを否定するのも、変える事もしない。だが―――――――自分の恋心を抑え込むのは、何だか違う気がしてきたよ」
「中島君……」
源は、ジッと中島を見つめている。
ジッと、目を見開いている。
まるで恋する乙女みたいな瞳で。
「あーあ、源さんともし結婚して、穏やかで静かな暮らしも悪くないよな~~。『静かに浜辺で仲睦まじく』みたいな。悪くない…………が、逆に花火のように派手で弾けた生活も捨てがたい! うんうん、どちらも、いや、源さんとならどんな未来であっても最高であろう! 絶対に間違いない!」
中島は立ち上がって、喜々として未来予想図を語り出す。
ラテの残りを一気に飲んでから、近くのごみ箱に捨てに行って、それから源の目前に立つ。
真剣な表情は、源に向けられている。
「な、中島君……」
「ただ、一つ言っておきたいことは。それらの未来の全てにおいて、僕は特大の愛情を君に向けるという事だ」
中島は、一呼吸置いてから、愛を伝える。
「源さん。結婚を前提にお付き合いしてください」
特大の愛を伝える。
「……………………」
源は、ただただ黙って、中島をジッと見つめている。
頭の中では、告白の返事をしなければと思考を巡らす。
(ああ、告白。された。告白された。そうだ。断らないと)
本来の目的を遂行すべく、口を開こうとするが、しかし、口はいう事を聞かない。開かない。
(もし、これで断ったとして、そしたら、中島君とは疎遠になる。いやそれでいいんだ。それがいいんだ)
世界の為である。中島と源が結ばれれば世界は滅ぶ。それが全てである。
(でも、もし。中島君と結婚したら、凄く楽しいだろうなぁ)
いや、そんな事はない。その前に世界は滅ぶ。
(いいなぁ。浜辺で静かに暮すの。子供たちと一緒に、中島君と、綺麗な海を眺めたりして)
違うのである。そんな未来は来ない。
源は否定する。自分の考えを否定して、感情を抑え込もうとする。しなければ世界滅亡だから。
(でも、幸せだろうなあ。中島君との結婚生活。うん、絶対に楽しいよ)
違う、違うと否定して、否定して、違うと否定して。
頭の中で否定と肯定を繰り返している内に、日は完全に暮れて、地平線へと太陽は沈んだ。もう夜はそこまで来ていた。
(ああ、でも、やっぱり、好きだなぁ。中島君好きだなぁ)
――――そう、太陽は完全に落ちた。
(ああ、やっぱり好き。好き好き。愛してる愛してる。凄くカッコいい。何でこんなにイケメンでカッコ良くって優しいの。結婚したい。わ、私だって、な、中島君と、け、け)
――――『感情を抑える魔法』の効力は、日中の、太陽が顔を出している間だけである。
「結婚したい、です」
――――魔法は、完全に解けたのである。




